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【コラム】

筆洗

 「寒いだろうなあ」。吹雪の中に姿を消した脱走兵の身の上を心配する女の短いせりふ。だが、その女優が口にすると本物の吹雪に巻き込まれたようなぞっとする効果があった。「私はしばらくあっけにとられてしまったものである」▼一九六四年、作家の安部公房は一人の女優についてそう書いた。「彼女は自分で光りだす。ぼうっと妖しく内側から乳色の光をあふれさせる、不思議な発光体なのだ」。乳色の光が遠ざかっていく。その女優、市原悦子さんが亡くなった。八十二歳。振り払おうとしても見る者の心にとどまる強い役者であった▼独特な声や口調を思い出し、「寒いだろうなあ」と頭の中で再生してみる。横なぐりの吹雪が浮かんでくるのである▼演じることについてこう書いている。「悪人と善人というのはない。人には美しい瞬間と醜い瞬間があるだけだ」。人を悪人か善人かで割り切らない。人は両方を抱え生きている。その複雑さと悲しさを意識していた。だから、その演技は深く、人間の臭いがした▼こだわりの人でもある。井上ひさしさんの台本が遅れに遅れた。初日は明日。「最後までどういう筋かわからないのにどう演(や)るんですか。一週間稽古がなかったらやりません」▼井上さんの初日を一週間延期させた女優はこの人だけという。才に加えた研究と稽古。それが「発光体」の正体だったのだろう。

 

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