<背景と要約>本抄は、神界から淤能碁呂島(おのごろじま)に天降ったイザナキ、イザナミの二柱の神が、結魂の儀を行うことが描かれた抄です。
ここで人の結婚の儀は、単に肉体を結んで子をなすだけでなく、神様の前で御魂を結ぶという重要な儀式であることが述べられています。
<現代語訳>伊耶那岐命、伊耶那美命は、淤能碁呂島に天から降られますと、まず天之御柱(あめのみはしら)を見立て、八尋殿(やひろのとの)を見立てました。そして妹(いも)の伊耶那美命(いさまみのみこと)に問いて言うには、
「汝(いまし)の身はどのように成っているのですか」
「吾(あ)の身は、成り成りて成り合はざるところがひとところあります。」
そこで伊耶那岐命が、
「我が身は、成り成りて成り余れるところがひとところあります。ついては、この吾(あ)が身の成り余れるところをもって、汝(いまし)の身の成り合はぬところに刺しふさいで、国土を生み成(な)そうとおもいます。生(う)むことは、いかがですか。」
伊耶那美命が、
「然(しか)り。善(よ)いでしょう」と答えますと、伊耶那岐命は、
「では、吾(われ)と汝(いまし)とで、この天之御柱(あめのみはしら)を行(ゆ)きめぐり逢って、みとのまぐあひをしましょう。」とおっしゃられました。<解説>
▼見立天之御柱 見立八尋殿(あめのみはしら みたてまし
やひろのとのを みたてまし)
「みたてる」というのは、一般には、見て選び定めたり、選定したり、別なものになぞらえることをいいます。
ですから「天之御柱を見立てた」ということは、たとえば大木などを神の依代に選定したといった意味です。
「八尋殿」に「みたてたる」ですが、ここは注意が必要です。
一般に「八尋殿」は「広大で立派な御殿」と訳されますが、御殿なら「建てる」と言っても、「見立てる」とは言いません。
では八尋殿とは何かと言うと、「殿」という字はもともと床几(しょうぎ)に座った偉い人を意味する象形、「八尋」は広大かつ無量無辺を意味しますから、「八尋殿」は、「広大かつ無量無辺の偉い人」という意味であり、つまり創生の偉大な神々を指しています。
イザナキとイザナミは、この世界に最初に降り立った偉大な男女神です。
しかしその偉大な男女神であってさえも、それ以前のさらに偉大な創生の神々の前で謙虚であるのです。
古事記は何事も「諸命以(もろもろのみこともちて)」が最大のテーマです。
ですから創生神の一角であるイザナキ、イザナミ神でさえも、さらに偉大な神々の前で謙虚であると書いているのです。
まして私達は人の身です。
なおのこと神々の御心の前で謙虚であらねばならない、ということです。
▼成成不成合処 成成而成余処 わがみなりなり なりあわざるの ところあり
わがみなりなり なりあまれるの ところあり
ここでは男女の身の違いが述べられています。
違いのあるところを合わせることで子が生まれます。
ですから、一緒に子を生みましょうと誘います。
誘うことを「いざなう」、古語で男性のことを「き」、女性のことを「み」と言います。
「おきな(翁)、おみな(嫗)」も同じ用法です。
ですからいざなう男、いざなう女で、イザナキ、イザナミです。
男女は、成り成りて結合し、子を生みます。
ここで大事なことは、イザナキ、イザナミという偉大な神様であっても、「成り成りて」つまり、完全に完璧に成長して、はじめて身を合わせようとしていることです。
まだ成長途中の、親のスネをカジッている状態のことを完全に完璧に成長したとは言いません。
ちゃんと勉強し、武道を学び、学業を終えて仕事を持って働く(はたを楽にする)ようになって、はじめて一人前のオトナとして、結婚をすることができるのです。
では完全に完璧に成長したら、すぐに身を合わせても良いかというと、これまた違います。
まず、先に男女相互の合意が要ります。
だからこの場合もイザナキの側からちゃんと誘っています。
そのうえで、結魂の儀が執り行われます。
▼吾与汝行廻逢是天之御柱而、為美斗能麻具波比」(われとなれとで あめのみはしら ゆきめぐり
みとのまぐはひ なすべしと)
身を結ぶだけなら、昆虫でも動物でも、およそ雌雄に分かれている生き物なら、すべて身を結合して子をなします。
しかし人だけは結魂の儀をあげます。
これは神様の前で御魂を結ぶ儀式です。
だから、まぐあひの前に「あめのみはしらを ゆきめぐりましょう」と述べられています。
天の御柱は創生の神々との交信施設であるということが前段で明かされていました。
その交信施設をめぐるということは、神々の前で御魂の結びを誓い合うということです。
そして人だけが、御魂を結ぶことができます。
だから「魂を結ぶ」と書いて「結魂」です。
「魂を結ぶ」と書いて「結魂」です。
後に「結魂」は、結婚という字に置き換えられましたが、「婚」という字は、日暮れ女性が目を閉じている象形ですから、漢字文化における結婚は、身を結ぶだけの意味になってしまいます。
「婚」の訓読みは、いまではまったくつかわれない言葉ですが、「くながひ」といいます。
「くながひ」は、「来る+長居しに」で、要するに女性のもとへの通い婚を意味します。
ただ、日本語は同音異義語を多数持つこと、および我が国最初の男女神であられるイザナキ、イザナミも創生の神々の前で魂を結ぶ儀を行っているという古事記の記述からするに、男女が結ばれるに際して、結婚の儀が上古の昔から行われてきたであろうことは間違いないと思われます。
ですから意味合いとしては結魂なのですが、「魂」という字は中に「鬼」を含むため、お祝いの席にこの字はないだろうということから、文字としては「婚」、意味としては「御魂の結び」として「結婚」文字が使われるようになったものであろうと思います。
いまでも神社など、神様の前で婚礼の儀を挙げるのは、神様の前で魂を結ぶためです。
神様の前で魂を結ぶのですから、一度結んだら、二度はありません。
ですからたとえば平安時代の和泉式部は、初婚の相手が和泉守だったから、再婚しても和泉式部と呼ばれたのです。
婚礼の儀を経ずに身だけを結ぶなら獣と同じです。
それは、せっかく人間に生まれるという稀有な機会を得ながら、自らを獣に落としてしまうことと同じです。
世間には獣になることを好む民族もあるようですが、私達日本人は、常に御魂の存在を意識している民族であることを、あらためて確認していきたいものだと思います。
お読みいただき、ありがとうございました。
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