義経伝説と日本人
「民明書房の本が実在すると思って神保町を探し回った若い頃の経験をカミングアウトしている歴史解説書」というネタで「と学会年鑑AQUA」に紹介されていた本。
それぐらい緻密に史料分析し、「判官びいき」→「義経生存説」→「義経蝦夷脱出説」→「義経大陸渡海説」→「義経清朝先祖説」→「義経=ジンギスカン説」という俗説の流れと由来を丹念に、かつ新書の枠で平易に解説していて面白い。いわく、義経伝説は架空の文献を根拠としたり、どうみても語呂あわせな由来を根拠としたりと、民明書房のようなエンターテイメントと見るのがよい、と。
と同時に、「判官びいき」を、たんなる同情ではなく、成功者への妬みや、自己反省なき被害者意識といった、どす黒いネガティブな感情として描く。また、蝦夷脱出説が徳川幕府の蝦夷支配の正当化の道具になったことや、「義経=ジンギスカン説」がネガティブなルサンチマンからくる自己肥大意識と西欧コンプレックスに結びつき大陸支配論に発展したことも合わせ、そろそろ「判官びいき」はもう止めませんか? という話でまとめている。
以下、メモ。
- 判官びいきの起こり
- 鎌倉前期の「平家物語」では、戦記を中心に、自滅していく武将としての姿
- 室町時代の「義経記」では、戦記はさておき、生い立ちや没落の悲劇を中心に描かれる。ついでに容貌も美少年ということに
- 近代の東北では、「忠臣蔵」などでも義経がワンシーン登場するという無茶振りも
- 戦国時代の敗者意識から生まれ、江戸時代の身分安定で決定的に?
- 下地
- 「清悦物語」
- 義経の家来が人魚の肉(?)を食って死なない体になる話
- 残夢伝説
- 江戸時代に義経の家来の常陸坊海尊が残夢という名の老僧として現れたとする伝説
- 「御伽草子」
- 義経が修行時代に一時、蝦夷に渡っていたとする伝説
- 「清悦物語」
- 生存説、蝦夷脱出説
- 寛文7(1667)年、幕府の巡検使一行、オキクルミ=判官説を松前藩官僚から聞く
- どう見ても語呂合わせの冗談です
- 林羅山、俗説として「蝦夷脱出説」を紹介
- 寛政11(1799)年、近藤重蔵、義経神社を建てる
- 元禄3(1690)年「残太平記」→元禄13(1700)年「本朝武家評林」と、平泉からの脱出方法がエスカレート
- 身代わり説の定番の成立
- 正徳2(1717)年「義経勲功記」
- 残夢伝説+清悦物語で、義経や弁慶が不老不死の仙人となったという物語
- 「シャクワン=判官」説(語呂合わせ)
- 寛文7(1667)年、幕府の巡検使一行、オキクルミ=判官説を松前藩官僚から聞く
- 大陸渡海説
- 元禄年間「可足記」
- 義経が韃靼の金国に渡ったとする説
- 享保2(1717)年「鎌倉実記」
- 「金史」別本を根拠とする
- 新井白石「どう見ても捏造です」
- 金田一京介:「沢田源内による偽造」説
- 岩崎克己:「著者の加藤謙斎による偽造」説
- 「金史」別本を根拠とする
- 元禄年間「可足記」
- 清朝先祖説
- 天明3(1783)年「国学忘貝」
- 清王朝編纂の「古今図書集成」にある「図書輯勘録」で、清朝皇帝が「源義経の子孫である」と宣言している、と記述
- 伊勢貞丈「そんな記述ありませんが」
- 桂川中良「「古今図書集成」の目録を調べたけど「図書輯勘録」なんて存在しなかった」
- 清王朝編纂の「古今図書集成」にある「図書輯勘録」で、清朝皇帝が「源義経の子孫である」と宣言している、と記述
- 日本国として光栄である、というキナ臭い空気の発生
- 天明3(1783)年「国学忘貝」
- 義経=ジンギスカン説
- シーボルト「日本」
- 「カン」=「カミ」、説
- 韃靼と蒙古を混同したこじつけ?
- 明治12(1879)年「The Identity of the Great Conqueror Genghis Khan with the Japanese Hero Yoshitune」
- 日本人の末松謙澄がイギリスで発表した英語論文
- 「源義経」=「ゲンギケイ」=「ジンギスカン」、父の名のエゾガイは「蝦夷海」、といった語呂合わせ
- 著者名を明かさず、イギリス人の著作に見せかけ「義経再興記」として翻訳
- 国威高揚の目的
- 大正13(1924)年「成吉思汗ハ源義経也」
- 小谷部全一郎著
- ロマンチスト、宗教家、理想家、ドグマの重い障壁(金田一京介)
- 没落貴族である自己を投影?(大森金五郎)
- 歴史学者による反論
- 「成吉思汗は源義経にあらず」
- が、岩崎克己「鰯の頭を信心している人に向かって、尻尾に含有されるヴィタミンの効用を説明しているようなもの」という反省も
- 大川周明や甘粕正彦などナショナリストが絶賛
- 小谷部全一郎著
- シーボルト「日本」
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