どうやったらこの駄女神に知性を与えられるかについて   作:コヘヘ
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彼には運命が欠如していた。

だが、抗う才能があった。彼は幸運等なくとも、どんな試練でも乗り越えられた。

…彼には運命の出会いというものがなかった。

彼の才能や頭脳を惜しみつつも、彼はいつだって裏切られて来た。

運命が彼を拒絶してきた。

彼は人の意思で全ての運命を捻じ伏せてきた。

だから、最後に救いを知れた。

運命が拒絶した、彼への救いを知れた。

遠回り過ぎたが、彼は前世で運命に勝った。

悪意に身を委ね、愛も友情も知らない絶対悪に彼はならなかった。

人の可能性を彼は追及し続けた。


第十五話 シンフォニア家の『恥』牢屋直送事件

11月18日14時 ベルゼルグ王城

 

 

彼は知らない。アイリス王女の誘いを断る冒険者は今までいなかった。

 

彼なら普通に断る。何よりも情報漏洩を恐れた。だが、それをした者がいなかった。

 

 

あっても本当に不味い状況で、後日に謁見するというのはあった。

 

冒険話を聞きたがるお姫様に面会できるなら即座に話をしにいく勇者候補は多い。女性の転生者でも話に行った。

 

実際、アイリス姫は見目麗しく、名誉や利益以外でもサブカルチャーに汚染された日本の若者達はもちろん、この世界の冒険者でさえ魅了された。

 

ミツルギキョウヤくらいだ。ミツルギはアイリス王女に下心無しに近づいたイケメン勇者だった。クレアもこの点は高く評価していた。

 

 

だが、アイリス王女の誘いを彼は完全に断った。

 

手紙では丁寧な文体で申し訳なさが滲み出ているように感じた。

 

レインは素直に受け止めた。他の騎士団等も似たような反応だった。

 

 

しかし、アイリス姫は彼の真意を何となくわかった。

 

そして、クレアは彼の真意を変態の洞察力で察した。

 

 

冒険者とは思えないかなり上位の貴族を思わせる気品に満ちた手紙だった。

 

…彼はアイリス王女に会うのを本気で拒否してきた。

 

 

『私は魔王を討伐しないといけないのです。申し訳ありませんが、時間がありません。

 

 …変態や狂人で有名な最弱の冒険者を見たいとかアイリス王女は暇なのでしょうか?

 

 これ私のステータスです。酷いでしょう?仲間の魔法使いにすら筋力で負けます。

 

 早めに魔王討伐します。全てが終わったら仲間達がきっと会いに行きます。

 

 楽しみに待っていてください。楽しい愉快なお話が聞けることだと思います。

 

 それまではお誘い有難いのですが、ミツルギキョウヤ等と仲良くしてあげてください』

 

アイリス王女が感じた彼の手紙の中身はこうだった。

 

クレアは本気で彼の真意のみを汲み取ったので気が付けない。

 

純粋なアイリス姫は彼のサディズム溢れる真意を汲み取れなかった。

 

 

だから気が付けた。

 

教養ある丁寧な文章に隠された彼の焦りを察せた。

 

そして、どこかアイリス王女を心配していた。

 

彼については貧弱なステータス以外何も書かれていなかった。

 

なお、長々しい手紙で仲間はべた褒めしていた。

 

だが、具体的な魔法や能力は書いてない。仲間のアークプリーストに至っては名前を書いていなかった。

 

彼的に魔王軍に漏れると不味いからだ。

 

それでも彼は詩的な表現で緊迫感溢れる戦いを書いて寄越した。

 

王都に行けない代わりにと小説仕立てで書いてみた。

 

彼は仲間の活躍を本気で盛った。

 

 

魔王軍幹部を倒したという一報は、ベルゼルグ王国だけでなく世界を震撼させた。

 

冒険者登録わずか三週間、パーティー4人の結成2日目で魔王軍幹部ベルディアとその配下を全滅させた。

 

 

彼の計画はここで大幅な修正を加えられた。

 

彼の印象操作はこの世界では化け物だったので計画に戻すことができていた。

 

 

ダスティネス家のララティーナ、紅魔族のアークウィザードとアークプリーストが大活躍をしたという評判で王都ですら話題で持ち切りだった。

 

アイリス姫はこれまで色んな冒険者達をわざわざ呼ぶ程、冒険や英雄の話が大好きだった。

 

アイリス姫は気が付いた。

 

彼の話は卑怯な罠で嵌め殺したという話しか広がっていなかった。

 

 

誰かに『彼』の情報が意図的に遮断されていると気が付けた。

 

手紙から推測できた。…彼はアクアのアホがうつっていた。

 

これは前世の彼なら絶対しないミスだった。

 

彼は自分を卑下し過ぎて、11歳のお姫様に勘付かれた。

 

最も、バイアスから気が付けないはずだった。

 

有り得ない偶然が起こっていた。

 

 

彼とアイリス王女は一つの点で一致していた。

 

彼の推測通り、アイリス王女は『孤独』だった。

 

周囲に満たされていながら、孤独だった。

 

 

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経済的に豊かな国であるほど、切実な問題となってくる傾向がある。

 

経済的・物質的に恵まれた人ほど、酷い『心のむなしさ』にさいなまれている人の数が増える傾向がある。

 

20世紀のアメリカ心理学者のアブラハム・マズローはこれを『自己実現の欲求』と言い、彼は『孤独』と呼んだ。

 

 

アイリス王女は冒険話と英雄譚を好む、彼曰く野蛮な国のお姫様だった。

 

中世で孤独に苛まれる程、アイリス王女の人格形成は進んでいた。

 

 

そして、彼は孤独を超越した『自己超越者』だった。

 

マズローが言う、地球世界の人口のおよそ2%しかいない超人だった。

 

 

彼は三歳で自我形成を終えた理性の化け物だった。これは有り得ないことだった。

 

 

彼の精神力は凄まじかった。もはや神に近い精神を確立していた。

 

だが、『少年』から『彼』になった際、愛の欠落というのは致命的な欠陥だった。

 

 

彼は愛を知るという目的にのみ没頭する孤独の魔王の才能そのものだった。

 

 

彼は理性で才能を殺し、必要ならば即座に引き出すことが前世ではできていた。

 

彼は人間の善性を信じていた。彼は善人だったが、本当に不幸過ぎた。

 

 

彼の才能を知った善人達は悪を警戒し、彼を裏切ってしまった。

 

 

彼の心動かされた姫君もまた超人だった。目的のためには彼も殺せた。

 

彼はそれを悟っていたが、同類である姫君に無意識に依存しかけた。

 

故に、彼は仲間に仲間を殺された。

 

彼はその後の行動を後悔してはいないが、仲間の仇を取れる瞬間に躊躇した。

 

 

彼は内心でこそ仲間の仇である姫君を襤褸糞に貶す。

 

だが、仲間の仇を取れない自分自身の弱さを悔いていた。

 

 

それは弱さではなかった。彼を指摘できる者はいなかった。

 

 

姫君はそんな彼の状態を理解していたが、放置してしまった。

 

彼の皮肉通り頭が良く、同じ超人が故にわかってはいたが立場が歩み寄りを許さなかった。

 

その間に彼は自分の答えを見つけて死を受け入れた。

 

 

彼は愛を知れなかった。彼は孤独のまま死んだ。

 

 

だから、女神は彼の異常を指摘しようとした。

 

 

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11月18日14時 ベルゼルグ王城

 

 

これだけではなかった。

 

魔剣の勇者ミツルギは彼に一方的に叩きのめされ、三回負けたと言っていた。

 

 

一回だけなら何かの間違いを疑った。だが、三回負けたとミツルギは言い切った。

 

 

ミツルギの仲間達は嵌められたとミツルギを擁護した。

 

しかし、魔剣の勇者ミツルギは完全に負けたと断言した。

 

そして、修行が足りないことを悟ったので鍛えなおすと魔剣の勇者ミツルギはアイリス姫に挨拶をして去って行った。

 

 

クレアは大げさに言ったか、持ち前の知力を活かした口頭での論戦で負けた等と考えた。

 

クレアはアイリス王女の護衛の騎士だ。騎士として基礎的な戦闘は当然できた。

 

 

何よりシンフォニア家の、権力者だ。

 

 

クレアは冒険者ギルドに彼が書いて寄越したステータスが誤りがないか問い合わせられた。

 

彼の手紙に嘘はないと裏が取れたので、アイリス王女に断言できた。

 

返事の後に、異常なレベルアップをしていたが、ステータスは微増程度だった。

 

彼の書いて寄越したステータスはその辺の一般人と変わらなかった。

 

レベルアップしても同様だった。

 

知力が異常に高いくらいで幸運やや高い程度だった。

 

 

彼のステータスでは魔剣の勇者ミツルギには絶対勝てるわけがなかった。

 

魔剣グラムがある状態のミツルギとの決闘等滅茶苦茶過ぎた。

 

だから、アイリス姫は気になっていた。だが、アイリス姫は我儘を言わなかった。

 

 

彼を呼び寄せると言ったクレアの様子がおかしくても、もう一人の有名じゃない魔王軍幹部討伐という口実をクレアは持ってきていた。

 

なお、バニルはドマイナーも良いところな無害な魔王軍幹部だった。これはバニルの印象操作と努力の賜物だった。まず高位の冒険者じゃないと知らない。

 

しっかり目撃されまくっているのに、バニルが能力を活かせば王都で堂々と買い物できるくらいバニルの隠蔽は凄まじかった。

 

そんなバニルに対応できる時点で彼はヤバいが、この世界の住民達はそれに気が付けない。

 

 

アイリス王女は彼について気になっていたのでクレアの提案を了承した。

 

彼は非常識過ぎた。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

12月5日14時 ベルゼルグ王国王都謁見室

 

 

アイリス王女の内心なぞ知らない彼は空気を読まない。

 

 

計画を実行する狂人だった。

 

 

彼はアクアと奇妙な会話をした後、全力でアイリス王女とクレアのいる謁見室の扉に体当たりを敢行しぶち明けた。

 

 

 

「フハハハハ!!初めまして、アイリス第一王女様。

 

 私は無礼な冒険者。道化師でございます」

 

彼は女神エリスへやったような優雅な仕草でお辞儀をした。

 

彼は全力で煽ってみた。アイリス王女とクレアだ。

 

クレアは余裕で引っかかった。

 

 

「アイリス様に何たる無礼!!死ね!!!」

 

クレアが全力で彼に切りかかって来た。

 

 

ダクネスが慌てて彼に駆けつけるが間に合うはずがない。

 

彼は今の強化されたダクネスの防御力なら傷すら負わないと確信していた。

 

 

これは彼の喧嘩だった。彼は売られた喧嘩は必ず受けた。

 

アクアに負けたのは本気でショックだった。

 

 

彼はクレアの行動を完全に予想していたので、平然と躱した。

 

 

それは完璧な動きだった。

 

クレアが怒りで大振りな動きだったとは言え、彼の動きは低ステータスの冒険者のものではなかった。

 

彼はステータス外の勘を身に着けていた。剣の間合いを把握していた。

 

彼のステータスに反映されない部分での成長スピードは尋常ではなかった。

 

剣の間合いを完全に見切り、カラぶった剣を足で踏みつけてクレアの手から剣を落とさせた。

 

 

クレアは信じられなかった。クレアからすれば完全に奇襲をしたつもりだった。

 

彼はステータスを無視した『強さ』をクレアに体験させていた。

 

この世界で体験し辛い戦闘を彼は前世世界で散々経験していた。

 

大体は見ていただけだが、この世界に来て参考になった。

 

彼はこの世界で才能を活かしきっていた。

 

 

そして、彼は戯言をまくし立てた。計画通り、台本の役者を演じ切った。

 

 

「申し訳ありません。

 

 実は魔王軍のドッペルゲンガーが私を殺そうとしているという話がありました。

 

 犯人はわかりました。この方だったようです」

 

彼は嘘を言っていない。

 

だが、その魔王軍の潜入工作の話を作ったのは彼だ。

 

 

当然アイリス姫は混乱していた。彼的には無理もない反応だった。

 

アイリス王女は彼の言葉に心当たりがあった。

 

…クレアはここ最近ずっと不自然だった。

 

 

彼を呼び出す提案をした辺りからずっと様子がおかしかった。

 

更にここ二、三日はおかしかったとアイリス王女は思っていた。

 

 

彼はこの異常を察する誰かはいると確信していた。

 

彼はクレアに宣戦布告したし、クレアは彼の真意を察していたからだ。

 

変態クレアが執着するアイリス姫は気が付くかもしれない。

 

少なくとも彼が思考誘導したレインなら気が付くと思っていた。

 

 

彼は非常識だ。クレアもいきなり切りかかってきた。

 

何より、魔王軍の潜入工作とか有り得なさ過ぎた。

 

 

彼は手紙で魔王討伐をやたら強調していた。

 

彼と仲間達は魔王軍幹部討伐を短期間で2人成し遂げていた。

 

 

この偉業はいくら彼が非常識な存在とはいえ、第一印象に残った。

 

これをアンカリングの罠という。

 

人は最初に得た情報にどうしても拘り、続く思考や判断が鈍ってしまう。

 

他の要素に目を向けさせないで、戯言の真実味を強調するためだけに彼は一連の非常識を敢行した。

 

 

彼はここまで計算していた。

 

 

クレアがどうやっても詰みに持っていけた。

 

嘘発見器を持っていないなら持ってこさせれば良い。

 

彼は嘘をついていない。なので、最悪でも王都出禁になる程度に持っていけた。

 

 

彼は魔王軍からアイリス王女を守ろうとした悲劇の冒険者だ。

 

 

魔王軍の卑劣さを世界にアピールできた。アクシズ教の根も葉もない悪口ではない。

 

割と根拠がありそうな国が認めるでっち上げだ。

 

 

想定されるクレアの仕返し等ちっとも怖くなかった。彼の前世に比べたらマシだ。

 

クレアを牢獄に入れられない程度の仕返しにしかならない。

 

彼はそれに拘る程彼は愚かではなかった。

 

 

しかし、彼はクレアが嘘発見器を持ってきていると確信していた。

 

彼はそれくらい本気でクレアを貶していたからだ。

 

クレアの変態並みの忠誠心があれば持ってきた。

 

 

彼の確信通り、クレアは嘘発見器を仕込んでいたであろう胸元を一瞬触った。

 

アイリス姫の護衛としては見過ごせない話だから彼の否定の前にしてしまった。

 

 

彼の想定通りの反応だった。否定からでも持っていけたが、彼は内心笑った。

 

 

「私は女性である」

 

彼はそう言ってみた。

 

 

チーン

 

 

音がなった。嘘発見器だった。

 

クレアは持ってきていない可能性も彼は考えていたが、クレアは今持っていた。

 

 

彼の思惑通り過ぎた。クレアは何故今持ってくるのか言い訳が可能だった。

 

ただし、彼が常識的に振る舞えば、だ。

 

 

彼の悪い噂を聞いて用意しただのと言えば本来ならば失礼極まりない。

 

だが、名家のシンフォニア家の御令嬢ならギリギリ許された。

 

クレアは彼を殺す気で根回しもしていた。

 

 

何か言おうとするクレアの前に彼は捲し立てる。

 

非常識の彼の戯言が一瞬の呆然を生み出していた。

 

 

「クレアさん。いや、魔王軍の潜入工作員のドッペルゲンガー。

 

 もう言い逃れはできない。私は知っていた。

 

 警察の嘘発見器を盗み出して、私を処刑しようと目論む魔王軍の者がいたという話があった」

 

ここまで彼は言い切れた。そういう話なのは嘘ではない。

 

ただし、彼が捏造した話だ。その後の取り調べにはレイン君を用意していた。

 

 

「まて、誤…」

 

嘘発見器がならないのを見て、彼の言葉が真実であるとクレアは誤認した。

 

ああ、何たることだ!彼は魔王軍の卑劣さを今後の情報戦で活かす気満々だった。

 

 

こういった作戦はアメリカのCIAが良く使う手口だった。

 

彼の計画はCIAのスパイマニュアルの応用だった。

 

CIAのスパイたちは閉じこもっているターゲットに脅迫文や外壁にメッセージを書き込んだりしている。

 

自分以外の第三者に罪をなすりつける情報工作であり印象操作だった。

 

これが単純だが意外と効く。

 

アメリカだけでなく、あらゆる国が真似をして応用しまくっていた。

 

適当な写真データに本題の文章を仕込むことで簡単な偽装工作になる。牛乳からプラスチックを即座に作れる。ハンガーと紐があれば古い車なら余裕で開錠できる等々。

 

彼はそう言ったマニュアルを探偵業務に取り入れていた。

 

暗器作成等はロシアのCBPや某国のマニュアルを参考にしていた。

 

例えば、金属製の箸は即死クラスの貫通性を持った武器になる。

 

投げ方さえマスターすれば木に風穴を開けることだって余裕でできる。

 

暗殺程度は身の回りの物でできるので彼は前世で警戒していた。

 

彼は偽りの魔王軍を仕立て上げ、それに合法的に罪を押し付けることが可能だった。

 

 

これはクレアへの仕返しだけでなく、エルロード国のラグクラフト宰相へのブラフも兼ねていた。

 

彼の推測である魔王軍のドッペルゲンガー説が正しければ動く。

 

人間であり正しくなくても確認のために普通は動いた。

 

魔王軍にどの程度入れ込んでいるか知る判断材料になる。

 

ベルゼルグ王国に対する卑劣な魔王軍のドッペルゲンガー潜入は露骨なメッセージだ。

 

宰相を観察するだけで正体が簡単にわかる。

 

宰相は彼の些細なお茶目で引けない程にエルロード国に食い込んでいた。

 

これを戯言として処理すれば、対応すらしなければ、その行動を知るだけで類推可能だ。

 

彼は部下に見張らせていた。国にいてわかる程度で良かった。

 

スパイの活動はその国の新聞や雑誌を纏めて報告する程度で本来良かった。

 

彼は前世で情報戦と心理戦を極めた男だ。

 

この時代と世界にバレないギリギリの潜入工作を依頼していた。

 

ラグクラフト宰相の反応等、彼がアクセルに戻れば確認できた。

 

この一手はエルロード国を調べる材料でもあった。

 

 

彼に情報戦や心理戦で勝てる者はバニルぐらいでないと無理だった。

 

 

そんな彼の真骨頂が発動していることよりもクレアへの復讐が出来たことの方が彼は嬉しかった。

 

彼はクレアがブタ箱に放り込まれる瞬間をできれば見たかった。

 

 

だが、残念ながら彼の計画上見られなかった。

 

この展開では嬉々として揶揄うのではなく恩を売るべきだと彼は考え、諦めた。

 

 

「バインド」

 

彼はベルトの一番上の黒く染めた金属の紐を触って呟いた。

 

彼は仕込みに仕込んでいた。一見、ベルトと一体化していたミスリルの細い紐だった。

 

彼の着てきたスーツの第二ボタンは、めぐみんの自己紹介の演出のための小さな煙玉だったりする。

 

 

身体検査をくぐり抜けての色々な仕掛けを彼ならば仕込めた。

 

 

クレアは彼のバインドに縛られて、地面に叩きつけられた。

 

彼はすかさずクレアの口に猿轡をした。

 

どう見ても手際が良すぎたが、彼は後からいくらでも言い訳可能だった。

 

 

なお、彼がドアをぶち明けてからクレアに猿轡を噛ませるまでわずか十秒だった。

 

 

アイリス王女も我に返ったようだった。

 

彼は早すぎる覚醒からアイリス王女の頭の切れを悟ったが回復の暇は与えなかった。

 

 

「レインさん!!クレアさんが本人かどうかを確認してください。

 

 幸い、嘘発見器までご丁寧にあった。クレアさんをよく見知っているあなたが適任だ」

 

彼は思考を予め誘導しておいたレインに伝えた。

 

 

初対面のはずのレインの名前を彼が何故知っているか等、普段なら疑う。

 

 

だが、彼は悪魔以上の悪魔。外道だった。

 

今は緊急事態だったが故にまずこの異常は気が付かれない。

 

気が付ける可能性がある経験値の浅い王女様なら余裕で騙しきれた。

 

めぐみんは騙しきれないかも知れないが、彼は何一つ嘘をついていない。

 

 

だから、信じる他ない。魔法の嘘発見器が正常なのは彼がきちんと見せつけたから。

 

この世界の常識は彼からすれば隙だらけだった。

 

嘘発見器、魔道具の信用は彼からすれば致命的過ぎた。

 

 

これが彼の最も得意な心理戦、思考誘導の基礎だった。

 

 

「わ、わかりました。嘘発見器まで本当にあった何て…」

 

レインが余計なことを口に出した。

 

だが、彼の計画は達成された。

 

 

「これ自体が魔王軍の策略かもしれません。なので、クレアさんとして扱ってください」

 

嘘発見器の有効範囲外を彼は知っていた。

 

なので、ギリギリ聞こえないくらいの距離を確保した上で彼は言った。

 

 

彼は近くの騎士に言った。

 

レインにクレアかも知れないので丁重に扱うように伝えてと頼んだだけだ。

 

何も不自然じゃない。

 

 

彼はクレアがブタ箱に直送されるまで紳士を演じた。かなり無理やりだがセーフだった。

 

 

最も嘘発見器がある以上、一時間もしない内にブタ箱からクレアが出てくる。

 

彼なりのお茶目だからこれで良かった。

 

 

魔王軍の脅威と魔王軍幹部討伐実績がある彼が主張すればギリギリ通った。

 

貴族たちも警察も取引済みだ。もう彼の想定内だった。

 

 

彼は満足した。正直、スカッとしたのでもう帰りたかった。

 

大よその内政面は王都での活動で把握できた。

 

 

アイリス姫の僅かな視線や反応で優秀な王女だと彼は確信した。

 

彼は一分に満たない反応でアイリス王女の能力を悟った。

 

 

非常事態に対して、予想外に切り替えが早かった。何度か発言しようとしていた。

 

暇を与えないから彼は騙しきれた。

 

 

…孤独かどうか彼は知りたかったことを思い出した。

 

彼はクレアをどうやったら合法的にボコれるかをずっと考えていた。

 

彼は素で最初の目的を忘れていた。

 

 

でも、アイリス王女は彼に悪感情しか持っていないと考えていた。

 

ジャティス王子に若干申し訳なかった。だが、手紙を使わなかったので彼はホッとした。

 

 

彼はアイリス王女の忠実な騎士クレアを『誤解』とは言え公衆の面前で縛り上げた。

 

大義名分、魔王軍のスパイ説は公衆の面前が保証してくれる。

 

 

普通に確認はできるが、アイリス王女が孤独だったら、そもそも彼は何をしたかったのか自分がわからなかった。

 

 

「あ、あの!」

 

彼の想定外から声がかかった。アイリス王女だった。

 

 

「お話を今聞かせてくれませんか?」

 

アイリス王女にこんなことを言われた。

 

 

彼は察した。アイリス王女は何故か自分に興味を持っていた。

 

クレアの心配をしているのは確かだ。

 

普通に動揺していたし、仕切ろうとする前に思考を誘導したので彼の想定外は起きなかった。

 

アイリス王女は、ミツルギをインチキで倒した糞野郎と罵っているのではと思っていた。

 

それくらいにはアイリス王女とミツルギは親交があったはずだった。

 

 

彼は何を知りたいかは知らない。

 

しかし、ダクネスが彼に襲い掛かって来る寸前なので助かった。

 

彼はダクネスに公衆の面前で縛り上げられるところだった。

 

 

彼はダクネスの注意を完全に無視して、扉に突撃した。

 

アクアは本当に良いタイミングで彼を挑発してくれた。

 

狂人ならやりかねない自然な形で扉をぶち破れた。

 

 

彼はベルトを外してダクネスにバインドをしたくなかった。

 

スーツを着た状態で公衆の面前でベルトを外すなどみっともないからだ。

 

 

だが、それ以上にダクネスに縛り上げられるのは嫌だった。

 

 

そのため、彼は大変気分が良かったので、アイリス王女とお話することにした。

 

 

 






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