どうやったらこの駄女神に知性を与えられるかについて   作:コヘヘ
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遍く知的生命体は脳の何かを満たすために生きている。

彼の前世は愛だった。彼は断言できた。

だが、今世で彼は何を求めているのか。

…彼は、その何かを失ったから壊れてしまっていた。

彼は悪意に身を委ねられなかった。

皮肉にも、女神の思いは届いていないが故に彼は自分を制御できていた。


第十四話 人類最強戦力との決闘と魔王軍最前基地爆破

12月5日13時 ベルゼルグ王城内待機室

 

 

彼は蛮族国家ベルゼルグ王国の王都に招かれてご満悦だ。

 

3日前に警察のお偉いさんと取引できたし、その他諸々ともお話済みだった。

 

だから、安心してこれから行われる彼のパーティーを純粋に楽しみにしていた。

 

 

前世のように密室からの水責めでない。彼を殺すための罠がない。

 

彼がコンクリートに酸をぶちまけて炭酸カルシウムと反応させて水素爆発を起こさなくて良い。

 

部分的な破壊からの水圧差による密室破壊をしなくて良かった。

 

 

しかし、彼はクレアに正直ガッカリさせられた。

 

毒感知をくぐり抜ける禁制の毒薬を剣に仕込んだり、嘘発見器を警察から拝借したり、暗殺を貴族に根回ししたりする程度だった。

 

二日もあれば彼を誘い込み連日テロくらい前世の連中は平然とやった。

 

彼一人を殺すために街諸共滅ぼそうとしたことなど数えきれない。

 

 

やはり、この世界の人々は汚い手が足りないと思った。

 

彼はクレアに喧嘩を売りに来たのだ。

 

…別に国に喧嘩を売るつもりはまだこの時はなかった。

 

 

彼は悪魔以上の悪魔。外道だった。

 

 

クレアが何しようとしても彼は詰みに持っていけた。

 

 

毒対策はアクアが居れば十分だ。どんな劇薬でもリザレクションあれば良い。

 

それ以外も対策済みだ。

 

アクアが居ないところで切られたら懐から薬で中和する。

 

クレアから冥土の土産を聞き出して逮捕だ。

 

 

これから行われるかもしれないシンフォニア家の御令嬢逮捕も魔王軍の陰謀らしい。

 

何と、ドッペルゲンガーが王都に潜入しているかもしれないという話になった。

 

こんなか弱い民衆が入る中での野蛮な潜入工作、魔王軍は断じて許せない。彼は激怒した。

 

善意ある彼がシンフォニア家の恥の仇を討とうと断言した。

 

取引先の警察のお偉いさんも冷や汗と引き攣った笑みで彼のこの意見に心から同意してくれた。

 

 

嘘発見器で不敬罪に持っていこうとしても無駄だ。

 

彼は普段から基本的に本当のことしか話さない。

 

嘘ではなく心から言うことが信頼関係構築の基本だと知っていた。

 

 

クレアは遠回しに貴族に根回ししたが、無駄だ。

 

この世界で見てきた貴族の中では根回しの速度が速いが、クレアはご丁寧過ぎた。

 

もう既にそいつら全員彼が脅…協力者になった。

 

女神エリスもお認めになるだろうくらい丁寧な内容でそれぞれの弱みをチラつかせている。

 

彼は善人の貴族も支配できたことをクレアに感謝した。

 

例えその貴族たちが禁制の劇薬を政争に使おうが、彼が善人と判断したら善人だ。

 

 

彼は無敵のおもちゃを手に入れていた。彼を止められる者はこの国に不在だった。

 

 

クレアのお陰で彼は覚悟が決まったので滅茶苦茶を敢行できた。

 

彼は自分を始末する気満々のクレアに感謝した。

 

なので、許してやらなくもないと彼は完全に上から目線でクレアを許した。

 

彼は奥の手を手に入れていた。

 

手に入れるのに前線で戦うこの国の王子との決闘を行う羽目になったのが些か危なかった。

 

 

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対魔王軍最前線 (11月29日22時~)

 

 

彼は王都でいたずらに使う許可書が欲しかった。…クレア対策だ。

 

手に入れられないなら『道化』を演じて即座に前線から彼は撤退した。

 

 

彼はいたずらを受け入れられない王族ならば、裏からの王国支配に切り替えるつもりだった。

 

 

彼の手紙の真意を掴んだ洞察力の持ち主クレア。

 

王都を存分に活かした戦法を取るかも知れない。ないと思ったが念のためだ。

 

彼は自分の我儘から、仲間を守るための許可書が欲しかった。

 

彼はこれでも自重していた。仲間に迷惑かける行為は慎みたかった。

 

 

だが、宣戦布告してきたのはクレアだ。

 

彼は空気を読まない変態に割と真面目に激怒していた。

 

 

冬は休戦の時期があることを知っていた。

 

その前に魔王軍で実験してみたいことがあった。

 

 

それは乾燥した冬だからさらに可能な外道戦法だった。

 

魔王軍の前線基地が小さな城くらいの大きさがあること、大よその外観等を知れた。

 

彼は前世で自分を殺そうとした暗殺計画の一部をこの時、再現しようとしていた。

 

 

彼を殺したのは中々独創的な暗殺者だった。

 

この計画は事前に潰したが、一度会ってみたかった。

 

彼は自分を殺した暗殺者を高く評価していた。

 

彼のことを調べ尽くして、何度失敗しても諦めなかったことに敬意を評していた。

 

彼の知っている暗殺者を辞めたがっていた者が、その才能を存分に活かしたような暗殺計画だった。

 

 

彼の最低限の礼節は前線にいる人類にも届いていた。

 

彼はアポイントメント無しに行くわけだから王族の気に障られても仕方がないが最低限の人員は送り込んでいた。

 

だから最悪、彼個人の無礼討ちで済むと確信できた。

 

死体も丁重にアクアに送り返してくれると断言できた。

 

最も、それでベルゼルグ王国は甘いとも判断できたし、度量があるとも判断できた。

 

クレアは本当に余計な真似をしてくれたと彼は内心複雑だった。

 

姫様を見た方が早いし、確実だった。

 

 

だが、彼に宣戦布告してきた以上、その手が使えなくなった。

 

 

彼の言う安いプライドは凄まじく高い。必要なければ命懸ける程度にはあった。

 

彼はダクネスが望んだら、公開羞恥プレイを敢行した。

 

アクセル中にララティーナお嬢様と呼ばせる計画だった。

 

どうせ、彼がいなくてもあれではバレた。彼は断言できた。

 

ダクネスは世間知らずのお嬢様も良いところだった。性癖も絶対バレた。

 

だから、演説などという遠回しなやり方でめぐみんやダクネスを受け入れる土壌を彼なりに作った。

 

…クリスは頑張っていたが、無理だ。幸運にも限度があった。

 

それに女神の仕事がある以上光臨できないのを彼はアクアの情報から察していた。

 

転生後、数日で彼は神が全知全能ではないことを改めて悟った。

 

彼が敬意を評するレベルの策謀の神、女神エリスすら不可能なくらいにはダクネスの被虐趣味は凄まじかった。

 

だから、安全な方向へ着陸させようと彼は頑張っていた。

 

…あのタイミングのネタバレは彼もダクネスも望んでいなかった。

 

 

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彼がクレアに書いた手紙は嘘ではなかった。

 

彼は基本的に人のためにしか動いていない。彼はそれに気が付かない。

 

ダストへの扱いはかなり酷かったが、それ以上に見返りを用意する程度には彼は甘かった。

 

…ダストの不幸は、彼の見返りをきちんと受け取れていないことだった。

 

ダストも流石に彼へ報酬をもう一度寄越せとは言えない。

 

大体、ダストの自業自得の結果だった。

 

彼が関係ないところでダストは更に儲けようとして失敗しまくっていた。

 

だから、いつも彼の言う小悪党を引き連れて金目の物を漁っていた。

 

 

…こう見えても、元ドラゴンナイトのライン・シェイカー。

 

今はダストと名乗っているが、貴族や女性が噂するような騎士の鑑的な側面も無くはなかった。

 

ダスト的に見てアウトなら非常識の塊である彼に意見したし、逆らう程度には良識があった。

 

彼もダストのその側面を知っているからダストにあれこれ相談していた。

 

彼は自分が人間性に欠けることを知っていた。

 

ダストの意見を聞いて自分の計画を微訂正するくらいには信頼していた。

 

彼はダストの過去を大よそ把握しているし、ダストも彼の闇の深さを何となく察していた。

 

彼もダストも気が付いていないが、二人とも根は似ていた。

 

なお、この事実を指摘したら、彼もダストもお互いに全力で拒否する。

 

 

めぐみんやダクネスが不思議がるくらいには客観的に見て彼とダストは仲が良かった。

 

そして、アクアは気が付いていない。

 

前世の彼を知っていたらこの驚愕の事実にアクアはまだ気が付けない。

 

彼の教育の成果でアクアの人間観はやや変わった。

 

だが、まだ彼という規格外を把握するにはアクアは知性が足りなかった。

 

何より彼は神に祈らない。

 

…だから、女神であるアクアではまだ彼を知れなかった。

 

自身の信者ならまだアクアの対応は違った。

 

 

地獄の公爵バニルはその辺りをきちんと指摘してあげた。

 

理解せずに送った駄女神と遠回しに罵倒した。

 

仲間に察せない程度、アクアにのみ伝わる言い方をバニルは彼の記憶を読み解き把握した。

 

この発言には、アクアは悪魔であるバニルに激怒した。

 

しかし、宿敵であるはずの悪魔との取引にアクアは応じた。

 

 

…そこにある感情を言葉にできれば、彼は壊れた超人ではなく人間になれた。

 

もう少しで彼は救われた。彼には幸運が足りなかった。

 

 

しかし、彼には運命に抗う意思と凄まじい才能があった。

 

何よりこの世界でアクアの世話という理不尽から学んだ切り替えの早さがあった。

 

彼の前世と今世での学びは決して無駄ではなかった。

 

…この時の彼はまだ気が付けない。

 

女神は彼の思うような単純な存在ではなく、複雑な存在でもない。

 

…規格外の才能を持つ人間に似ている存在だった。

 

 

アクアは彼が生前まともな形で出会えなかった『善』だ。

 

彼の不幸は前世では善人にすら諸事情で裏切られて来たし、出会えなかったことにあった。

 

 

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対魔王軍最前線 (11月29日22時10分~)

 

 

彼は『ヴァーサタイル・エンターティナー』により、変装がいくらでも可能だった。

 

…アクアも使える芸達者になれる魔法だ。

 

彼の持っていた前世の変装技術と遜色なく使えた。

 

この世界の魔法、技術は彼の悪意を活かせば現代技術を余裕で上回った。

 

 

ジャティス王子の話はアクセルにいても容易に手に入った。

 

ギリセーフと彼は判断した。

 

ジャティス王子は魔王軍の前線で活躍する勇者候補すら余裕で撃退するチートだ。

 

どうみても名前が日本名の者達が多数いる前線で大活躍し、チート能力を存分に活かしていた。

 

彼はもう少し隠せとチート能力者に言いたかったが、目立ちたくないので言わなかった。

 

 

 

彼はこのいたずら一つで最悪、国に喧嘩売っても良いと思っていた。

 

仲間に被害が出なければセーフだ。ダスティネス家に迷惑は彼的には懸けない。

 

…ここまでやりつつも、別に許可書を使うことはないとこの時点では思っていた。

 

 

ベルゼルグ王国の能力を見極めたかったが、別に姫と会うという選択肢でなくとも良かった。

 

彼は王様か王子に取引を持ち掛けに来た。彼の発想の斜め上具合は前世から変わらない。

 

 

 

彼は空気を読まないことに懸けて天才だった。だから、彼の自称宿敵は何度も彼に負けた。

 

彼は魔術師でもない戦士でもなければマッドサイエンティストでも宇宙人の子孫でもなかった。

 

彼は言い方を悪くすればただの頭でっかちだ。

 

…彼の発想力に宇宙世界最強の邪神は負け続けた。

 

 

 

話は人類の最前線近くに戻る。

 

彼の部下にはテレポート持ちが数人いた。その者を現在待機させていた。

 

彼はいつでも逃げるだけなら容易かった。

 

部下達には魔王軍にあらゆる破壊工作や情報戦のため、様々な任務に従事して貰っていた。

 

 

彼の部下に紅魔族はいない。そして、日本人チート能力者もいない。

 

彼は引きこもり過ぎる紅魔族の現状を嘆いた。

 

そして、彼の想定する最大の切り札に成り得る隠れ潜む日本人がいないことを嘆いた。

 

チート能力者達は彼からすれば簡単にわかってしまった。

 

異世界に来て忍者する連中はいた。

 

忍者達に協力体制を彼は求めたかったが無理だった。

 

そもそも忍者達は彼に勘付かれる時点で、魔王軍との戦いをややノリで楽しんでいた。

 

バトルジャンキーだった。彼の求める本物の忍ではなかった。

 

 

彼は生前そういう狂人共を相手にしてきた。

 

彼は大体軍人に依頼し、空爆や爆弾で対処した。

 

彼は空気を読めないと敵味方から非難された。

 

 

…彼と同じ思考をする日本人は本気で隠れ潜む可能性が高かった。

 

彼は敵にそういう戦力がいないかと内心少しだけ恐怖した。

 

 

暗殺の魔の手を警戒した。…どうやら、彼の想定していた暗殺者がいないようだった。

 

いくら彼の幸運値が神器による補正があったとしてもエンカウントしないのはおかしいと彼は思った。

 

 

彼はこの時、魔王軍が自分の想定より遥かに弱いのではないかと考えてしまった。

 

慢心してはいけないと彼は自分に言い聞かせた。

 

最低数百年間チート勇者たちと互角以上に渡り合い、ノイズの研究者等偉人もいた。

 

 

何より、地獄の公爵バニルが魔王軍幹部なのだ。

 

デッドリーポイズンスライムも彼からすれば討伐容易だが、アクアが居なければ脅威だ。

 

 

…魔王軍が前世の敵以下だという想定を彼は断じて認めなかった。

 

アクアのチートさに彼は感謝した。

 

彼はまだ教育に悪いが、我儘一つくらいは聞くべきかと考えた。

 

彼は大概、アクアに甘かった。

 

 

 

彼の内心を読み取ったバニルが、アクアへの取引というよりも途中から愚痴になってきた程度には甘かった。

 

あの戦いで大体彼のことをバニルは察した。

 

彼の抵抗が強く彼の全て読み取れたわけではないが、十分過ぎた。

 

乗っ取ったバニルからしても、彼は大変面倒臭かった。

 

…バニルは彼を狂人と評した。彼が悪魔に近い感性なのは共感を覚えた。

 

だが、彼は人間過ぎた。悪魔にはなれないとバニルは理解した。

 

アクアの件がなければバニルは真面目に彼の悪魔化を考えていた。

 

この考えは彼が悪魔と神の天敵だと理解し、放棄した。頼まれたとしてもやりたくない。

 

 

 

彼は部下から報告を聞いた。

 

そして、ジャティス王子との面会前に彼の質問に答えて貰った。

 

部下曰く、紅魔族は魔王軍前線にはピクニック気分で参加するという話だ。

 

紅魔族は嫌がらせに魔王城の結界に魔法を連発して帰ったりするらしい。

 

紅魔族は王命で呼び出さない限り出てこない。普段は、紅魔族の村で生活しているらしい。

 

彼的にめぐみんやゆんゆんのことがあるので利用したくない。

 

しかし、人類最高峰の改造人間について彼は知りたかった。

 

 

報告を受けた紅魔族の合理的思考は、大体彼の思考と似ていた。

 

魔王軍への嫌がらせに特化し、攻めてくるときはホームグラウンドで迎え撃つ。

 

 

彼は紅魔族というのは中々話がわかると連中だと喜んだ。

 

部下は苦虫潰したような顔で彼を見たが無視した。

 

どうもこの部下は生真面目過ぎた。

 

 

彼的には別に部下じゃなくて協力者や最悪下っ端扱いでも良かった。

 

何故か、彼は下っ端も協力者も断られた。

 

彼は忠誠を誓われた以上は彼ら部下達を無下にしなかった。

 

魔王討伐迄は裏からの侵略を行ってもらうつもりだった。

 

最大限彼なりのやり方に従うことになる部下という在り方を好まなかった。

 

支配や従属は、前世でもやらなかったやり方だ。だから、彼はやや困っていた。

 

 

彼は表向き高名な部下達を引き連れ、ジャティス王子の目の前に潜伏から現れてみた。

 

 

「初めましてこんばんは。私は魔王軍幹部二名を滅ぼしてきた一介の冒険者です。

 

 …さて、今人類が冬を越すためにお困りの魔王軍。

 

 それを私、個人で魔王軍を追っ払ったら、

 

 王都に無理やり連れて行かれる私の仲間を守るために色々できる許可書頂けないでしょうか?」

 

彼は、初対面のジャティス王子に全力で戯言をほざいてみた。

 

 

最も近くに伺うかも知れませんと対魔王軍の、人類の最前線に報告していた。

 

 

最前線にはベルゼルグ王国の王族が常に控えていた。

 

彼は正直、戦争という場でベルゼルグ王国を図りたくなかった。

 

大体、報告に関しても、こんなに早いのは彼も想定外だ。

 

当たり前だが、彼なりの社交辞令だった。

 

 

彼は流石に王様には会えなかった。警戒が激しかった。

 

潜伏対策もキチンとしていた。

 

突然、現れた彼による暗殺を警戒していた。彼からすれば当然過ぎた。

 

 

そして、ベルゼルグ王国に正面から喧嘩売ったら彼個人では勝てないと悟った。

 

やはり、前世の自称神より魔王軍は脅威だと彼は再認識した。

 

 

彼が、というよりも仲間達が魔王軍幹部二人を討伐していることをジャティス王子は知っていた。

 

戯言をほざく彼の話を聞いてくれた。

 

彼は事前情報通りの脳筋に感謝した。

 

強者と書いて友と呼ぶ連中だと彼は予測していた。

 

 

だが、彼の話を聞いていたジャティス王子は突然、彼を見極めると決闘を申し込んできた。

 

彼の想定外が起きてしまった。

 

冒険者である自分と戦っても名が廃るだけと思った。

 

しかし、彼は王子に決闘を申し込まれたから承った。

 

 

彼なりの王子への謝罪だった。

 

彼はこの話を聞いてくれただけでも王子に感謝したかった。

 

流石に無理やり過ぎたと彼はかなり反省していた。

 

 

結論だけ先に言えば、彼は魔王軍用の奇襲道具を活用し、ギリギリでジャティス王子に勝った。

 

奥の手は数枚切ったが彼はまだ余裕だった。

 

 

ジャティス王子曰く、彼が勝たなくても別に良いらしかった。

 

この王子の行為は意図せずに彼の安いプライドを刺激した。

 

彼は人類最高峰の実力者を見極めるために、計画遂行のためにある程度全力で戦ってみた。

 

 

日本人のチート持ちが回復役に待機していた。

 

彼も知らない消音というチート能力を持つ盗賊だった。

 

彼に似た発想をするチート能力者だった。

 

彼もチート一覧表にそれがあれば選んだかもしれない程度には糞チートだった。

 

彼が用いれば暗殺し放題だ。彼はその能力をそう活かしているのか聞いてみた。

 

 

彼は転生者に決闘に集中しろと窘められた。その通りなので、彼は聞くことを辞めた。

 

 

顔をバラしたくないという彼の我儘を王子は聞いてくれた。

 

だから、彼は素性を隠して決闘を行えた。

 

 

ジャティス王子は世界のスキル外の技まで使ってきた。

 

数々の勇者の血を取り込んできたベルゼルグ王国の王族は、伊達でなかった。

 

彼の戦闘経験値と搦手、トラップすら平然と突破した。

 

 

ジャティス王子に死なない程度は、無理ゲ―だと彼は悟った。

 

 

彼は距離を取り、アクセルに住む仕立て屋に依頼した手袋を装着した。

 

耐火加工した手袋の甲に鍛冶スキルで加工した極小のマナタイトを拳の頭に4か所仕込んである。

 

拳が当たれば爆発とともに肉が抉れる。あっという間に痛みで気絶だ。

 

彼はヴァーサタイル・エンターティナーを用いたマジックによる視線誘導からの潜伏で軽く拳を当ててみた。

 

彼の拳は殺気がないので、ジャティス王子はかわせなかった。

 

きちんと彼の想定通りに爆発したが、ジャティス王子の肉体は固すぎた。

 

彼はジャティス王子が前世の暗器が効かないチートだと呟いた。

 

 

彼は、今度はまたも距離を取った。

 

ジャティス王子は初めて見る暗器に一瞬怯んだからできた。

 

魔法使い御用達の吸魔石とマナタイトで加工した杭を使用した。

 

鍛冶スキルやその他のスキルにより杭を作った。

 

吸魔石を先端に取り付け、魔力を通す杭だ。

 

魔法をぶち込めば、杭の加速力にパワーが加わる。

 

彼は中級魔法によって一部地面を崩壊させた。

 

 

日本人チート能力者の消音はチート過ぎた。

 

彼はこれがなければこの一手を打てなかった。

 

この杭の致命的な欠点は音が大きすぎることだった。

 

吸魔石は限界以上に魔力を吸うと爆発する。

 

彼の杭はマナタイトで連鎖反応を起こし、二段階の衝撃を可能にしていた。

 

連続していた爆音は普通の魔法や奇襲で使えなかった。

 

彼は追い詰められた時の奥の手、足止めの手段として小さい杭しか持ち歩けていない。

 

これが魔王軍幹部のマッドサイエンティストにバレると戦争の概念が変わりかねない。

 

地盤沈下や地形変化、山や洞窟を利用した土木工事により拠点が簡単に出来てしまう。

 

ダイナマイトより広範囲の爆破は無理だが、貫通力が彼からすれば不味かった。

 

何よりこの杭の衝撃音は小さい杭でも、爆裂魔法でないと音を誤魔化せなかった。

 

…本来はアクセル南方に生息するクローンズヒュドラをめぐみん単騎で討伐させるための道具だった。

 

彼の計算上、めぐみんの魔法扱いの威力になる。

 

爆裂魔法を湖の水を含む緩んだ地盤の一点にぶち込めば、湖毎クローンズヒュドラを始末できた。

 

杭の完成品は精々十メートルだ。今回持ってきたのは数十センチ。

 

それだけでも、一人足止めできるくらいの破壊力を彼の計算通りに発揮した。

 

本来の完成品に、めぐみんの爆裂魔法があれば、全長30m以上の巨大な杭を凄まじいパワーで打ち込む巨大なハンマーを振り下ろす並みの暴挙が可能だった。

 

彼の計算上、東京の湾岸地帯を理論上は沈められた。

 

彼はこの世界の道具の脅威とそれを活かせる自分の才能が怖かった。

 

自身の消滅を計画に組み込むくらいには怖かった。

 

 

完全にジャティス王子の足を止めたので、詰みなはずだった。

 

 

だが、思わぬ攻撃がジャティス王子から来た。

 

彼が知っている忌々しき技だ。

 

スキルが存在するこの世界でお目にかかると思っていなかった技だった。

 

 

姿勢を崩した状態から、ジャティス王子は諦めずに剣の刃を握った。

 

ロングソードは日本刀などと違い刃に切れ味はなく握ることができる。

 

最も、いくらロングソードの刃にあまり切れ味がなくとも、少し誤れば衝撃で自分の手に刃が食い込む可能性もある。

 

この技を実戦で使えるのは、ロングソードの扱いに長けていてかつ頭のおかしい者だけだと彼は知っている。

 

彼はその状態からの必殺技を知っていた。

 

 

前世で出会った味方から敵になった自称姫君の得意技『殺撃』だった。

 

完全武装、全身鎧すら無慈悲に殺戮できる頭のおかしい技だ。

 

 

ベルゼルグ王国の王族はスーパー蛮族だった。完全に彼を殺しにかかっていた。

 

どこぞの二流勇者も見習ってほしいと彼は敬意を言葉にした。

 

剣は打撃武器、一撃必殺と抜かす先制至上主義者の野蛮な姫君に感謝した。

 

 

彼はこの技の弱点を知っていた。

 

アクセル街の平均的な冒険者でさえ理論上はアダマンタイトの鎧を砕きかねないこの技を彼は対策済みだった。

 

剣の重心が移動し、重量的に斧の打撃力になる。強力無比な技だ。

 

先ず現在の彼の状態、素手では勝てない。

 

だが、彼は対策済みだった。

 

 

この殺撃の弱点、まず動作が遅い。

 

不慣れだと、カウンター技をもろに食らう。

 

 

…そして、洗練されれば無慈悲な殺戮兵器と化す。

 

彼はその凄まじさを目撃していた。

 

圧倒的力の嵐だ。正攻法では絶対勝てない。

 

足場を爆破しても、遠心力を利用して剣の勢いで宙を舞う。

 

彼は空気の渦を肌で感じ取った。

 

殺戮の嵐の中で彼は不覚にも美しく舞う戦姫に魅了されかけた。

 

彼女は例え、銃弾の嵐だろうが有効射程圏内にまで余裕で接近してきた。

 

ロングソードは固いし、厚いので防弾として機能する。

 

理論武装が凄すぎて、戦士でも剣士でもない彼は反論できなかった。

 

姫君は頭の良い美人だと彼が皮肉ったらそのまま受け止めて大変喜んでいた。

 

 

彼は気持ちを切り替えた。もうコンマ一秒も時間がなかった。

 

 

現状だと、彼がジャティス王子に接近したので遅さは致命的ではない。

 

 

今のジャティス王子の状態はロングソード殺撃術のすくい上げだ。

 

ロングソードの切り上げに近い技だ。

 

現状の王子が使う、ロングソードの用法として最適解だった。

 

あの自称姫君を知らなければ、一方的に彼は死んだ。

 

彼は戦士などではないが、ロングソードの危険性は知っていた。

 

 

ジャティス王子の問題は、足元が不安定な状況にあることだった。

 

彼は身をできるだけ低くし、殺撃を掻い潜った。

 

凄まじい轟音と風が彼の上を通過した。

 

だが、当たらなければ無意味だった。

 

 

彼はその体勢から、右手を通して、ジャティス王子の首の辺りをつかんだ。

 

左手は王子の右足を外側から抱え込んだ。

 

彼は、右手で体を前に引き下ろしつつ、左手で足を持ち上げて、遠心力で投げ飛ばした。

 

盛大にカラぶった、足に力がないジャティス王子の隙を完璧に彼は捉えた。

 

 

彼とジャティス王子、一人の転生者と誰かが見守る決闘は終わった。

 

彼の小細工はほぼジャティス王子に通用しなかったが、隙は作れた。

 

彼の転生前の経験が、戦闘で生きた。彼からすれば有り得ない事態だった。

 

 

彼がロングソードで何ができるのか知らないとジャティス王子に勝てなかった。

 

彼もベルゼルグ王国の王族がロングソード使いという情報がなければ無理ゲ―も良いところだった。

 

 

彼は勝利を無邪気に喜んで、ジャティス王子は快活に笑いだした。

 

彼はバトルジャンキーじゃない。慌てて謝罪したが、ジャティス王子は許してくれた。

 

彼はこの戦闘狂は嫌いでなかった。

 

 

彼は国を乗っ取るのは辞めようかとも思った。

 

しかし、ベルゼルグ王国は悪徳貴族に蝕まれている。

 

国教の神である女神エリスが義賊稼業をする程度には彼から見ても酷かった。

 

ベルゼルグ王国で控えているアイリス王女と首脳陣を見極めないと彼は行けなくなった。

 

 

ジャティス王子は騎士の鑑だった。

 

彼が二度目に戦ったら、今度は番外戦術でしか勝てない。

 

今回は割と正攻法で勝てたが、この王子の単体の戦闘センスはヤバい。

 

彼は戦士ではない。ただの冒険者だ。

 

単純にベルゼルグ王国の王族にステータスが追い付かない。

 

 

彼は悔いた。そして謝罪した。二度目は恐らくないと彼は敢えて断言した。

 

まだ、流石に死ねないと彼は敢えて口に出した。

 

この謝罪は彼から見て、戦争で先陣を切る王族を侮辱していたと思った。

 

騎士ならば再戦を望むと思ったし、何より彼からすれば偶然勝てたようなものだった。

 

 

彼は戦略兵器を多数用意していたが、それは個人には使えなかった。

 

だから、本当に負けるかも知れない決闘だった。

 

彼の現代知識を総動員しても、対個人ではベルゼルグ王国の王族には届かなかった。

 

 

なお、彼は魔王には容赦しない。個人に対して戦略兵器も平然と使う。

 

それくらいしないと魔王に勝てないと彼は思っていた。

 

 

だが、ジャティス王子は彼の突然の無礼に対して、一瞬戸惑ったかと思うとまた笑い始めた。

 

 

彼には、意味がわからない。彼の謝罪は戦闘狂の琴線に響いたらしかった。

 

彼にノリノリでジャティス王子はお手紙を書いてくれた。

 

 

これでベルゼルグ王国のジャティス王子の名の下に彼の行いは全て正当化される。

 

…ベルゼルグ王国は良い蛮族国家だと彼は認識した。少なくともトップは、だ。

 

肝心の内政面の見極めが必要不可欠となった。

 

 

彼は全力で煽ることを決意した。何、お姫様ならセーフだ。

 

ジャティス王子が許可した。彼はやる。

 

 

王子は善人で気前の良い性格だったが、彼の取引に応じないこともあり得た。

 

 

決闘で取引成立とは、流石野蛮な国の王子だった。

 

彼はジャティス王子に野蛮人と平然と宣って、直ぐ近くにいた転生者を戦々恐々させた。

 

転生者はジャティス王子は寛大なのは知っている。

 

同胞である日本人はお世辞にも礼儀に長けていると言えない。

 

それでも気さくに王子は対応してくれていた。

 

…どうみてもこの世界の礼儀作法が完璧な彼の場合は別だと転生者は思った。

 

転生者は外見と見合わないが、意外とこの世界に滞在して長かった。

 

その能力を駆使して彼に悟られないくらいにはチートだった。

 

転生者は様々な戦場や世界を見てきていた。

 

その転生者をして目の前の存在は常識を破壊した。

 

冒険者でジャティス王子には絶対勝てないはずだった。

 

彼は死の嵐にすら笑みや称賛の言葉を述べる余裕があり、非常識に立ち向かう転生者の理解外の存在だった。

 

更に、王都でテロって良いか等と彼は平然と王子に言い出したので、転生者は本気で自分の耳を疑った。

 

 

彼から見て、ジャティス王子の身体能力とそれを用いた技の数々は魔王軍幹部とほぼ変わらなかった。

 

ジャティス王子はチート過ぎた。

 

流石、ベルゼルグ王国の王族はエルロード国に『野蛮』と罵られるだけあると彼は褒めたたえた。

 

ジャティス王子は彼に何か言いたげだった。

 

 

彼は、野蛮は不味かったと漸く我に返って謝罪した。

 

遅すぎると隣の転生者に彼は突っ込まれた。

 

しかし、ジャティス王子曰く、それは気にしなくて良いらしい。

 

 

彼はホッとした。

 

…彼はホッとしてはいけなかった。

 

この時、彼はベルゼルグ王国への罵倒、『野蛮』というフレーズをエルロード国で知ったと暴露していた。

 

戦いもしない後方で金を出す国と正々堂々戦って力を示した彼ではかなり印象が違った。

 

勿論、ベルゼルグ王国としては感謝していたが、内心は別だった。

 

エルロード国の宰相ラグクラフトは彼の最初の想定通り魔王軍のスパイだ。

 

…宰相は彼の知らないところで、かなりベルゼルグ王国を罵倒していた。

 

 

彼は気が付けない。彼は客観視が欠けていた。

 

 

ジャティス王子と見ていた誰かからすれば、彼は自分で言うように戦士でない。

 

だが、策を弄しつつも、人類の最高戦力のジャティス王子に正面から挑みかかった『勇者』だった。

 

 

彼がこのことに気が付いていれば、エルロード国を全力で持ち上げ始めた。

 

 

金エルロードと力ベルゼルグの同盟は彼に取ってもう固まっていた。

 

そういうものだと彼は思っていた。

 

彼は魔王を倒した勇者には、褒美として王女を妻とする権利が与えられる古代の決まりを知ってはいたが、興味がなかった。

 

ただの昔の戦意向上のプロパガンダだと彼は思ったからそれ以降を調べていない。

 

この決まりは現在も有効だった。彼は本気で知らなかった。

 

彼はこのことを知っていたら、そのいたずらは避けた。

 

 

条約と国内法のどちらを優先するかは、現代ですら憲法で決められていた。

 

外と内どちらを優先させるかは現代でも国際法及び憲法学の討論のテーマだった。

 

 

古来よりの伝統が生きていたら、エルロードの同盟どころでなかった。

 

彼は第三の道を模索し始めないと行けなくなる運命がこの決闘で確定した。

 

 

彼のもう少し後に仕出かす、国への宣戦布告は、彼のいたずらに留まらなかった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

対魔王軍最前線 (11月30日0時頃~)

 

 

ジャティス王子と別れた彼は、決闘を見ていた日本人転生者にチート持ちでないことを指摘された。

 

転生者であることは王子との決闘での会話でバレバレだった。

 

 

彼は暗器だの、チートだの発言を連発していた。

 

 

このままだといずれ類推でこの転生者に自分の正体がバレると彼は思った。

 

だが、前線で情報が不足している以上は彼的にギリギリセーフだった。

 

口止めもキチンと行った。彼の計画に狂いはない。

 

 

だから、見届け人に彼は言った。

 

 

「チート能力何てものや超能力等に頼るのは、本来俺の在り方ではない。

 

 全て、小細工だ。この世界の魔法とかスキルを応用と現代の経験を活かしたものでしかない。

 

 人間の可能性の追求こそが前世の俺の全てだった」

 

彼なりに、知りたがりの転生者に本音をぶちまけた。

 

 

彼にはアクアがいる時点でこの主張は間違っていると思ったが、ギリセーフだ。

 

アクアは『もの』ではない。断じてあってはならない。

 

彼の転生チート扱いは、彼のスタンス的に本当はあってはならない。

 

 

彼は非常識を認めない。前世では運命など抗ってきた。

 

あるものだけでいくらでも死の状況を打開してきた。

 

だが、全て抗って最後はわかっていて受け入れた。

 

 

彼からしてもほぼ何も手に入れられない生だった。彼は全力で空振りし過ぎていた。

 

彼の手に入れた物はほとんど偽りだった。友情も愛も偽りだった。

 

彼のそれは愛ではなかった。だが、彼はあの時、裏切り者に魅了されかけた。

 

そして、最後の希望だったはずの友情も偽りだった。

 

彼には愛も友情もどちらもないと絶望しかけた。

 

しかし、生きていたから立ち上がれた。

 

何もかも偽りで失ったからこそ、彼の全ての原点を思い出したからもう一度抗うことを決意できた。

 

 

彼は、本当は自分が死にたかったのかも知れないと思った。

 

家族を失った時点で、親戚から餓死の運命という鳥籠に入れられかけた時点で、彼は正直詰んでいた。

 

 

だけど、知りたいから運命に抗ってみた。少年は彼に変貌したのだ。

 

彼は死への渇望よりも愛を知りたかった。

 

両親から愛を彼の中で納得できればそれで良かった。

 

 

遍く知的生命体は脳が欲する何かを満たすために生きていると自称邪神は言っていた。

 

欲望と資質はどこまでも人間を進化させると確かに神が言った。

 

足掻く姿こそ、人のあるべき姿だと断言した。

 

そのために悲劇を起こすと、かの自称邪神は宣った。

 

 

悲劇云々は戯言として扱いつつも彼はそれに同意した。

 

脳を満たすために、彼は愛を手に入れたいと邪神に言ってみた。

 

 

彼は本気で笑われたので、肥溜めに自称邪神をぶち込んだ。

 

そして、いつもの如くブタ箱へ直送した。

 

お巡りさんがまたこいつかよと呆れていた。

 

彼的には何故このアホをいつまでもしまっておけないのか疑問でしかなかった。

 

 

どう考えても死刑連発ものをアレは何度も犯していた。

 

 

自称邪神と対峙する時だけは悪意が全力で活用できた。

 

あの銀髪は多分人間ではないから転生後と同様に悪意が行使できたと彼は類推していた。

 

 

彼の本当に欲しかった物は生前手に入った。…老人のお陰だ。

 

思いやりは遠回りながらも、両親の彼への『愛』の教えは最初からできていた。

 

彼は転生後歪みに歪んだ自分を認識したが、その事実で絶望に屈しなかった。

 

…本当にあの人生を満足してできたし、客観的に見て理不尽な死の運命を受け入れられた。

 

 

だから、本来二度目の生は彼の生き方に反する行いだった。

 

転生等論外、蘇生も彼からすれば邪道だった。

 

 

ふと、彼は転生前の空間で何故か転生するその前に嬉しさを感じたことを思い出した。

 

…彼には未だにその心がわからなかった。

 

 

彼の有り様に反してまでの物をアクアは伝えたかったのかもしれないと一瞬、思った。

 

アクアの日頃の行いからそれはないと判断した。

 

大体アクアにそこまで知性があれば彼の心配は最初から要らなかった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

対魔王軍最前線 (11月30日22時頃~)

 

 

昨日に続き、今日も彼は戦場に舞い戻る決意をした。

 

 

彼はリテイクと称してまた前線にテレポートした。

 

彼は、まだ魔王軍の前線基地を爆破していなかった。

 

 

彼の奥の手を一つさらした。

 

自然現象と科学の融合だ。特定の気象条件及び密室なら可能だった。

 

冬に近い寒さ、つまり乾燥して火を起こしやすい状況だ。

 

そして、まだ戦闘が行われている。

 

もうすぐ休戦期間に入る以上はやっておかないと王子との約束を違えてしまう。

 

 

ジャティス王子の許可書を手に入れる取引と提示した最初の条件だった。

 

 

王子はもう決闘で確認は済んだからやらなくて良いと彼に言った。

 

それはそれ、これはこれときちんと彼なりに誠意を示してみた。

 

彼は律儀に個人で魔王軍に悪意を叩き込んだ。

 

 

アンデッドには潜伏スキルが効かない等彼はとっくの昔に知っていた。

 

だから、彼は泥にまみれ、闇に潜んだ。

 

潜伏スキルも併用した。彼は宴会芸スキルによる隠蔽工作への応用が可能だった。

 

芸達者になれるのはマジシャンに一時的になれることと同義だった。

 

彼の知る偉大なマジシャンはあの砂漠の狐すら騙しきった。

 

 

彼の個人の隠蔽等、マジックの応用で簡単にできた。

 

 

アンデッドであろうと彼に気が付けない。闇夜で暗視が平常運転だろうが無駄だ。

 

アーチャースキルの暗視と盗賊スキルとの併用の最強の暗殺者だ。

 

彼は消音スキルの転生者が入ればさらに無敵だと確信した。

 

…潜伏スキルさえなければ勘の良い魔王軍の誰かが気が付いたかもしれない。

 

彼は魔王軍を高く評価していた。故に、隠蔽は全力だ。

 

 

眠る深夜の前線基地という名の居城に彼は燃料を投入した。

 

魔王軍の居城には水道まで通っていた。

 

魔法を使えば良いのに、魔王軍は何故か水道管まで引いていた。

 

古代ローマにも水道管は普通に存在する。

 

辺境の街にもこの世界では上下水道が完備されていた。

 

彼は文化遺失が軽微なこの世界の中世に喜びを隠せなかった。

 

 

多分、ここまで魔王軍は豊かと言いたいのかと彼は思った。

 

前線基地にも水道が通ってます。貴様ら人間と違い、そんな暇すらある。

 

前線基地にあるから、水を求めて一旦撤退する必要がない。

 

 

水を作る魔力消費が抑えられた。この魔力消費が馬鹿にならない。

 

彼はこの世界の水関係について詳しく調べていた。

 

無意識にアクアのことがチラついたのもあったと自覚しているくらいには知らベていた。

 

 

ベルゼルグ王国の王族すら冬は後方へ撤退した。

 

冬将軍という彼の琴線に響く精霊の存在もあった。

 

 

どうもチート過ぎるくらい強いらしい。

 

なお、この冬将軍、彼はバニル戦まではノリノリで倒す気でいた。

 

魔王戦でどこまで彼の個人技が通用するかの試金石として望んでいた。

 

…結果は、昨日判明した。彼の実力は、ジャティス王子に初見なら通用するレベルだった。

 

 

恐らく彼のステータスは、これ以上はレベルアップでは上がらないと彼は推測している。

 

知力は別だ。何故か彼の知力はぐんぐん上がる。

 

だが、彼の幸運値はレベル1から上昇しない。

 

 

彼は本当に幸運がなかったと自覚した。

 

 

だから、毎日の研鑽を彼は自分に課していた。

 

めぐみんの行う魔力上昇の瞑想や呼吸法を彼は独自に実践していたりする。

 

めぐみんが何かしていたので聞いたら、魔力を上昇可能なトレーニングだった。

 

 

紅魔族しか効果ないかも知れないが、彼はめぐみん先生からやり方を学んだ。

 

彼の食事だけ糞不味いドラゴン肉を食べたりして日頃から微妙な能力値は延ばしていた。

 

 

本当に微量だが、毎日コツコツと彼はステータスを向上させていた。

 

チートがないので、努力するしか彼に道はなかった。

 

幸運は本当にどうしようもないので諦めた。

 

 

神器での補正がなかったら、もう本気で水爆コースだったと彼はホッとした。

 

女神エリスがいなければ、本当にこの世界がヤバかったと彼は確信した。

 

まさか、水爆まで女神エリスは読んでいたのかと彼は一瞬思った。

 

 

彼は女神エリスと会いたくなった。

 

女神エリスなら悪魔に水爆擬きを使いかねないと彼は思った。

 

有り得ないが、女神エリスは彼以上の策略家だ。

 

 

彼は、本気で確認したかった。

 

 

ベルディア討伐の際に金が入った。懸賞金の3億エリスだ。

 

彼はそれ以来、不味い上に値段も高い。

 

だけど、能力が微妙に上がるドラゴン肉等を定期的に摂取していた。

 

 

他三名は、ステータスに恵まれているので、彼だけ毎日不味い食事を食べている。

 

なるべく支出を抑えるように全力で彼は不味くて能力が上がる物を求めていた。

 

不味いという条件付きなら能力が上がる食材でもまだ安かった。

 

 

ちなみに、美味しくてステータスが上がりそうな食材は皆で食べていた。

 

そんなのはめったに手に入らないが、割と無茶ぶりして月一で彼は仕入れていた。

 

ダクネスすら驚いたが、何か適当に誤魔化していたら納得した。

 

 

彼は貴族のお嬢様の反応をダクネスから学んだ。

 

 

彼は料理スキルを取得した。冒険者なら可能だとアクア達に相談して取得した。

 

アクアは喜んでいる。彼の調理技術は前世から更に補正がかかった。

 

彼のはサバイバル技術に近い料理法だ。食えれば良いを極めた調理法だった。

 

美味しいかどうかは微妙だった。

 

 

そんな彼の料理だが、アクアは文句言わずにキチンと何でも食べた。

 

この辺は流石、女神だと彼は褒めた。本当に好き嫌いをアクアはしなかった。

 

狂人の彼の仲間なので彼が稀にアクアを女神と褒めてもセーフだった。

 

カエル肉は彼としても調理しやすい食材だ。

 

前世ではただで取れるたんぱく質としてほぼ毎日食べてすらいた。

 

勿論、そういう物を忌避する人種もいると彼は知っていた。

 

普通の人間は、カエルを捕まえて食ったりしないことくらいは空気の読めない彼でも察していた。

 

だから、好き嫌いしないアクアを素で褒めた。そして彼の称賛をアクアは素直に喜んだ。

 

 

その光景を目撃しためぐみんからそれはアクアを馬鹿にしているのかと彼は聞かれた。

 

彼がそれはどういう意味か聞いた。

 

めぐみんから何でもないと言われてしまった。

 

 

彼はめぐみんのいうザリガニから雑草まで食べていた。

 

だが、彼は余所の畑から盗んだりしない。

 

彼は調子に乗って黒歴史を暴露しためぐみんに常識を説いた。

 

めぐみんは物凄く複雑そうな顔をしていた。

 

何か不味いことを言ったのか彼は疑問だった。

 

 

どう考えても彼からすれば犯罪はアウトだ。

 

彼は畑から野菜を盗んだりしない。

 

…近所の猫たちと彼は幼い頃、生存競争を熾烈に争った。

 

ガチで彼の獲物を狙う猫を彼は嫌悪した。

 

だから、猫と他称されるちょむすけとは和睦したかった。

 

彼の気配はこの世界の猫に対して、恐怖と絶望を与えるらしい。

 

彼はこの国の猫は弛んでる等と戯れ言をほざいてみた。

 

彼はちょむすけの反応に対するショックを隠した。…彼は本当に面倒臭かった。

 

めぐみんは彼の割りと理不尽な言い分にキレた。

 

ちょむすけへ近づかないように彼は、めぐみんから厳命された。

 

 

多分、ちょむすけは猫じゃないと彼は思っていた。

 

何か、彼の前世で感じた気配をちょむすけから感じるのだ。

 

だが、めぐみんに忠告を受けた彼は律儀にその旨に従った。

 

そして、ちょむすけに近づいて確かめられないので彼は確かめるのを辞めた。

 

 

無害ならセーフと彼はスルーした。

 

邪神でも無害とは前世と色々違うのかと彼は思った。

 

 

なお、彼は料理スキル取得の際、スキルポイントの無駄遣いとダクネスに言われた。

 

彼はこの正論を無視した。

 

 

ドラゴン肉は本気で高い。そして不味い。

 

正直、料理スキルで調理しないと彼ですら食いたくなかった。

 

彼はパッと見はわからないように偽造して不味い能力値上昇の食材を堂々と食べていた。

 

 

スキルポイントアップのポーションを何本か消費し宴会芸スキルなど個人的に彼は取得していた。

 

これ以上の強化は爆裂魔法とテレポートに使いたかった。

 

…これが馬鹿にならないくらいスキルポイントを消費する。

 

彼のステータスの伸び率では魔王に通用しないと思った。

 

 

魔王軍幹部に戦略兵器を使わないと彼は勝てないことが判明した。

 

彼の切り札の一つ、寿命を対価に能力が上昇する禁制の禁術の詰まった水晶はアクアに没収されていた。

 

だから、魔王は確実に戦略兵器を使うことを彼は決意した。

 

 

彼は日常から殺伐とした現世に思考を戻した。

 

 

約束や取引は彼からは絶対違えない。

 

王子がしなくて良いと言っても彼は実行した。

 

そして、今回行う彼の行為は人類の利益にしかならなかった。

 

 

彼は魔王の前線基地に伸びる水道管から、無駄な足掻きは辞めて苦痛なく死ね。

 

魔王軍の無慈悲な宣告のように彼は感じた。

 

なお、彼ならばこういう意図を込めたからそう思っているだけだ。

 

 

情報戦としては生活レベルの差をアピールするのは有効だ。

 

戦意をこれでもかと挫いた。彼ですら何か負けた気がする。

 

…風呂に定期的に入りたいとか抜かすアホがいれば話は別だった。

 

魔王の娘がいるらしい。彼はまさかと思った。

 

 

今回の戦争では撤退したという見方が強いらしい。

 

彼は思考を切り替えて魔王軍に対する爆破テロの準備をしていた。

 

 

彼は魔王軍の拠点へ延びる水道管から可燃液をぶち込んでいた。

 

マナタイトで強化した初級魔法ウインドブレスにより強制的にポンプの性能を現代以上に強化した。

 

初級魔法のウインドブレスでないといけなかった。

 

中級のウインドカーテンは矢除けの魔法だ。

 

風を作り出すウインドブレスによる水道管の液体燃料の投入が必要だった。

 

送り込むだけでなく、破裂させる必要があった。

 

可燃液が水道管を伝い、脆いだろう蛇口及びその付近に可燃液を飛び散らかせる。

 

魔王軍の居城は水び出しになったと彼ですら聞き取れた。

 

 

彼は少し離れて、水道管へ火矢を放った。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

魔王軍最前基地 (12月1日1時頃~)

 

 

火で包まれた密室を作り出した。

 

大慌てで魔王軍は脱出と消火を急いでいるが、彼は安全を確保しつつ邪魔した。

 

潜伏や狙撃、魔法で彼は魔王軍をガンガン混乱させた。宴会芸スキルで声真似をして人類の奇襲だと叫んだ。

 

 

彼は堂々と燃え上がる魔王軍の前線基地に潜入し、用意していた仕掛けを施した。

 

彼の偽装は完璧だ。混乱している状況では、人間と魔王軍は区別がつかなかった。

 

彼は戦争中に堂々と敵の食堂でランチ食べて帰って来たと抜かすアホを知っていた。

 

これくらい混乱させれば、幸運値の低い彼でも容易だった。

 

 

魔法軍は彼の計画通り、個人ではなく軍隊だと勘違いし逃げ始めた。

 

個人で軍隊に挑む馬鹿はいないと彼は思っていた。

 

なので、初見なら通じると彼は思っていた。

 

彼は全ての部屋の窓を閉め、空気を遮断し、密室を作った。

 

 

彼が仕掛け終わった際、逃げ遅れた女性兵士がいたので、共に脱出した。

 

彼に礼を述べていたが、それどころじゃないと逃がした。

 

後方からの反応で探されまくっていたらしい。

 

重役の娘か何かかだったのかと彼は考えた。

 

 

…彼はこれから行う非道を内心一度だけ詫びた。

 

 

そして、時間が経過した。

 

 

一見鎮火したように見えたので魔王軍が様子を見に戻って来た。

 

建物の窓が火の熱でヒビが入った辺りだったので、彼は魔王軍の拠点の窓へ狙撃した。

 

これに魔王軍を巻き込む計画だった。数瞬遅ければ拠点破壊しかできなかった。

 

 

彼は幸運に感謝した。魔王軍への非道を彼は躊躇わなかった。

 

 

その瞬間、建物に空気がなだれ込んだ。

 

彼の計算通りにだ。

 

図面から類推した建物を彼は計算していた。

 

実際見て確認した。彼の計画が可能な程度の密室は作り出せた。

 

 

不完全燃焼を起こすように彼は仕込んでいた。

 

 

これが彼の罠だった。そして、彼を暗殺しようとした技術だった。

 

 

不完全燃焼で燻る火種に一気に酸素が供給されると、炎は爆発的に蘇る。

 

バックドラフトだ。彼は爆裂魔法並みの内部爆発を科学と自然現象で生み出せた。

 

 

彼は、大爆発で吹き飛んだ魔王軍最前基地を眺め、人類側へ帰還した。

 

彼は人類拠点で適当に挨拶だけして、部下のテレポートでアクセルに帰還した。

 

まだ、彼の結果は人類には届いていなかったが、彼は王都に向かう日なので反応を知れなかった。

 

 

彼は本当に個人で魔王軍を壊滅させた。

 

 

兵士しかいない前線での彼の実験は、魔王軍に撤退を決意させるには十分だった。

 

 

彼の行為は魔王軍を恐怖のどん底に叩き落とし、人類戦力の温存を齎した。

 

彼の行為は取引通り隠蔽された。人類側の記憶は魔王軍の火事として処理された。

 

彼の行為は証拠一つ残らなかった。彼はそこまで計算していた。

 

燃えれば何が起こったのか類推すら不可能な状況を彼は作り上げた。

 

 

彼の計画は完璧だった。

 

 

ただ、一人の目撃者を除いて。

 

 

彼女はただの兵士や重役の娘ではなかった。

 

この時、彼は魔王の娘の存在を素で忘れていた。

 

 

 






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