どうやったらこの駄女神に知性を与えられるかについて 作:コヘヘ
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一週間以上は彼は寝ていなかった。
故に、彼は夢を見た。
どうしようもない悪夢を見ていた。
絶望の悪夢だ。前世は彼に取って正直、地獄だった。
だが、彼にはまだやることが残っていた。
彼は悪夢から目を覚ました。半ば強引に。
彼に取って、前世は裏切られたことしかない世界だった。
友人と自称して近づいて来た同級生は、彼に欠けるものである友情を与えてくれたかに見えた。
だが、実際には、彼は同級生である彼女に取って都合の良い責任の押し付ける『もの』だった。
彼女に取って最大のピンチのとき、つまりは死に直結するほどの危機の時、彼は自分の身を犠牲にする覚悟で無茶苦茶を行った。
彼は持てる伝手と才能を存分に使い、彼女の置かれた絶望から救おうとした。
彼女は両親から捨てられ、その身をそのままの意味で売り飛ばされる寸前だった。
…現代日本でも裏では、人身売買があった。
彼はアルバイトでその存在を知ってはいた。
唾棄して関わりに等合わなかったがこの時だけは例外だった。
普通、貧困国から拉致や臓器のみを輸入した人間の密売だった。
ある大富豪の子どもを治すそれだけの為に、彼の友人であった彼女は売り飛ばされそうになっていた。
大富豪曰く、日本人の臓器の方を一刻も早く欲しかったという話だった。
彼は、あらゆる手を使い、非合法の臓器密売に手を染めた。
富豪の子どもでの臓器移植手術は、合法で成立した。
表向きは、だ。
これは、彼の最大限の努力の成果だった。
だが、彼の行動は彼女の最大の捨て札として利用された。責任を押し付けられた。
彼は彼女のその後の人生と引き換えに全てを要求されそうになった。
彼女にとっては救った行為よりもここまでやってしまった彼を恐れての行為だと彼は推測している。
だが、彼はまだ死ねなかった。
正確には彼は途中で自らの思い違い。
…友情が偽りと知り、死ねなくなってしまった。
彼の最大の切り札であり、最大の収入源である『探偵』のアンダーカバーを切り捨てた。
状況を確実に打破するには、彼の探偵擬きを捨てるのが最適解だった。
その日、彼の身代わりに、彼の望まぬ自分は死んだ。
警察組織、裏家業全てが驚愕した。
彼以外からは凄まじい影響力を持っていた存在が“下らないこと”で死んだからだ。
信頼の無くなった裏稼業等、非合法すれすれだった彼の人生設計を放棄したのは、彼に取っては痛手ではあったが、絶望までは行かなかった。
彼は、彼女との友情は偽りの関係性だったことの方が絶望した。
彼は彼女に行った行動自体をそれほど後悔してはいない。
彼からすればギリギリまだ犯罪じゃなかった。
臓器移植提供が遅れることになったドナーには申し訳ないが、彼がやらずとも非合法で売られていた物を彼は買っただけだった。
彼は、自分にあらゆるアルバイトに設けた最低ラインは守り切った。
他人を不幸にしないことただそれだけだった。
これがどれだけ滅茶苦茶か彼には分っていない。
彼の頭脳と才能が成し得た異常な行為だった。
普通は犯罪になった。どう考えても彼は犯罪者を免れなかった。
彼の構築した情報網は、シャーロックホームズも真っ青な出来だった。
彼はモリアーティ教授を嫌悪する。
悪人だからという単純な理由だ。
だが、彼を、正確にはアンダーカバーの彼なのだが、第三者が評価した中には『教授』というものがあった。
彼は魂からそれを否定した。そいつだけは辞めろと思った。
何故かわからないが彼にとってその評価は物凄く腹立たしかった。
前世か来世に関係しているかも知れない。
そんな馬鹿げたことを考えるくらいに彼は激怒した。
…だが、彼をモリアーティ教授を連想させる程、21世紀の個人が持つ情報網としては異常過ぎた。
現代の、インターネット全盛期でなお、彼は逸脱していた。
彼は前世から、悪意がなくとも頭がおかしかった。
彼は、才能を活かさずとも恐ろしい頭脳はあった。
彼にそのことを指摘できる者は誰もいなかった。
彼はあまりに賢過ぎた。
なお、彼が生前、犯罪と言えなくもない行為に手を染めたのはこの一度きりだった。
彼が過去に再び戻れたら、あの偽りの友情関係であろうとも、続けられるのであれば続けたかもしれないと薄々思っている。
彼女に取って彼は捨て札でも、地獄のような孤独の中で彼に近づいて来た初めての存在だった。
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例え、彼の死の原因となった事故を避けられなかった最大の原因が、彼女が行った老人の遺族に対する情報提供であろうとも彼は友としてあり続けただろうと推測していた。
彼は彼女に『捨て札』にされた上に、老人の遺族が望む情報として売られていた。
最後まで、彼女は彼を利用し尽くした。
彼の絶望や怒りの感情が反転して感心する程に、彼女の才能はあの時、完全に悪意で完成していた。
彼女のその後の人生に、不要な程の報酬と引き換えに彼の死は必然となった。
老人は本当に凄まじい資産家だった。
彼はそんな老人を薄々知っていたが、そういった事情を無視していた。
老人に取って、彼のこの打算が一切ない行為がどんな意味を持っていたのかを、彼は死してなお理解し切っていない。
彼は本当の富豪という牢獄に苦しむ老人を救っていた。
老人は最盛期幸せ過ぎた。…彼とは真逆の人生だった。
老人は幸福過ぎたが故に、晩年は孤独の苦しみを味あわされた。
彼とは違い、愛も友情も知っているからこその絶望だった。
老人は孤独の牢獄から、彼の見返りを求めない行為に確実に救われていた。
故に、老人は彼に最大限の感謝を示そうとしてしまった。
老人の、死の間際という判断ミスが、彼の可能性を摘んだことに気が付けなかった。
…『善意』が彼を殺した。
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それは、彼は死ぬ直前、何度となくどうやっても彼に死が襲い掛かる事実に気が付いた。
彼は流石に気が付いた。
何回も事故死しそうになれば容易に特定できた。
彼には果たさなければならない老人の遺言を聞きに行くという行為がまだ残っていた。
彼の推測が正しければ、彼の人生が報われる全てが老人の遺言にある可能性があった。
だが、彼からしてみても、不幸にも限度があった。
老人の遺言を聞きたいだけなのに、彼は中々聞きに行けなかった。
それを回避した彼の警戒度はそれ以上に凄まじかった。
老人の遺族が何故、高校生一人殺せないのか苛つかせた。
関わった第三者が彼が老人の遺言を諦めれば手を引くことを提案し出すくらいには彼の暗殺、ではなく事故死は難しかった。
彼が探偵と同一人物だと知っていれば、第三者は手を引いていた。
第三者に取っては探偵など会ったことない。
…だが、他人ではなかったからだ。
彼が老人の遺言を聞きに行くことを諦めれば、彼のその後もまた違ったことを誰も指摘できない。
彼も知らなかった。
最後の逆転の目を、同級生で切り捨てていた。
だが、彼に取っては老人の遺言の確認は、存在意義そのものだった。
だから、その『邪魔』を彼は許せなかった。
彼の才能がその時、生前最後に最大限に活躍した。
生まれて初めて悪意でのみ彼は行動できた。
自らの死は、まだ彼には受け入れられなかった。
彼は前世での幸福を望んでいた。
他者からすれば、些細過ぎるものを、理解不能なレベルで、愛を彼は求めていた。
彼が最も知りたい知識が、愛だった。
愛を理解できるならば即座に自害できるレベルで彼は欲していた。
彼の前世の行動原理そのものだった。
自害できるというのはおかしいと彼に指摘できる者はいなかった。
両親からの愛であると推測予測していた『思いやり』の教えを彼の中で昇華できれば、
彼の人生は満たされていた。
彼以外には理解不能なまでに、彼は愛を求めていた。
人生の全てを捧げ、愛を手にするために『少年』は『彼』になったのだから。
その追及は、彼の生きる意味そのものだった。
その方法自体が間違っていると生前指摘できる者は本当に誰もいなかった。
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死後に彼の異常を、可能性を指摘しようとした女神にそれを求めるのは無理だった。
彼は賢過ぎた。
死後の世界を冷静に分析し、女神が言う魔王討伐の計画の大枠を1時間にも満たない間に結論できるぐらいには賢過ぎた。
何より彼は、不器用過ぎた。愛が欠落した超人だった。
彼を納得させるには、その女神には荷が重すぎた。
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転生前、生前の彼に話は戻る。
彼は悪意を元に、あるコンピュータを特定した。
それをクラッキングして彼は漸く真実に気が付いた。
自分の死の可能性を、老人の善意が引き起こしていた。
彼の才能があれば、コンピュータのクラッキング自体は容易だった。
だが、その行為は、自らの確実な死の運命と引き換えだった。
…彼に取って最後の救いを知れた。
彼にはこれが生前、最大の幸運だった。
この時に彼はどうあがいても孤独な『事故死』の運命が確定した。
彼はそのとき、完全に詰んでいた。
彼はそれをわかっていても、老人の意思を知りたかった。
かつて、友人を自称した彼女が彼のことを売ったせいで彼の死は抗えぬ必然になっていた。
何より、全ての真実に気が付いた彼はどうあがいても死ぬべき対象になってしまった。
老人の遺族にとっても、関わった第三者にとっても彼は邪魔になった。
しかし、彼はこの死に関して、関わった全て者たちに感謝していた。
老人の遺族が彼に対して、そこまでする価値があるほど、
老人は彼に感謝してくれたことを知れたからだ。
彼の思いやりの心はこの時、確信に変わった。
少なくとも一人は彼自身の手で確実に救えた。
…彼は本当に心から気が付けた。だが、この気づきは遅すぎた。
自らの運命はもう数秒持たずに迫っていた。
背後からの屋内での事故死等と言う訳の分からない事故死だった。
ネットニュースで不自然な事故死と笑われて終わる死でしかなかった。
インターネット社会は彼の死を完全に隠蔽できた。
皮肉にも、彼の取った行動が事故死の隠蔽をさらに容易にできた。
彼は隠蔽工作が上手すぎた。だから、事故死で簡単に処理できた。
彼の死は、老人の遺族や関わった人々から頭の良い馬鹿と嘲笑された。
だが、彼はその死の間際に、全てを満足して終わりを迎えられた。
彼に取って友人が偽りであり、死の原因であろうとも、
彼の幸福の全ての可能性が奪われようとも、あの終わりで彼は十分だった。
死ぬ瞬間まで孤独で、友情を知らず、愛に欠けていたとしても、彼に取って十分過ぎる対価だった。
思いやりは確実に一人には届いた事実だけで、彼には十分過ぎた。
彼は本当にあの人生で満足していた。
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彼の情報提供で多額の財産を手に入れた彼女は、
日本で幸せに暮らせるだろうと彼は確信していた。
彼には最早、同級生の友人と想っていた彼女に興味がなかった。
自身の友情の欠落も死の間際に不可能と悟った。
だから、真実を知るための対価として諦めた。
彼はこれくらいには、いつも誰かに見捨てられたし、裏切られ続けた。
流石に死というのは、初めての経験だった。
しかし、全体として見れば、同級生から恩を仇で返されるのは、些事と言い切れるほどに彼の前世は狂っていた。
彼の人生は客観的に見て、才能がなければ、三歳で死んでいた。
彼は三歳にも満たない程度で文字を取得し、本を読んで世界を学んだ。
知識を利用し、あらゆる手段を学んだ。
めぐみんが彼と共に話していたザリガニの調理法等彼に取っては当たり前の知識だった。
だから、めぐみんはザリガニのことで話せる彼のことをただの庶民で、
同じく貧乏人だったと推測している。
その推測は合っていたが、彼は世界が違った。
現代日本で、飢え死にが五歳になるまで常に脳裏に余儀っていた。
…親戚は彼の餓死を狙っていた。
彼が他人に頼れなくする方法を親戚はいくらでも思いつけた。
親戚は彼が餓死にすれば、彼に残された財産を使い果たしても誰からも文句を言われないと確信していた。
親戚に取って、身寄りがない彼の死の隠蔽等いくらでもできた。
彼の親族とは、それくらい価値のある地位にいた。
それくらいは当たり前のようにできる経験と知識が親戚にはあった。
親戚は金遣いの計画性はない。
しかし、彼に血筋等と言う関係性を仄めかして、気を逸らすくらいの知性があった。
彼が生き残れたのは、本当に才能のお陰だ。
彼が、悪に走らなかったのは両親の教えのお陰であり、そのせいでもあった。
彼は親戚の行いをほぼ察していたが、親戚は彼に取って唯一の親族だった。
親戚の思惑通りとはいえ、彼には親戚を捨てられなかった。
彼は『孤独』を何よりも恐怖していた。
何より、親戚しか愛に近いものを彼は感じられなかった。
それを捨てるのは、彼に取って両親の最後の思いを裏切る行為も同然だった。
…彼の両親がそれを見ていたら、間違いなくその教えを彼に捨てろと言った。
誰も訂正できる者などいなかった。指摘してくれるはずの友は偽りだった。
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彼が少年の時に、死を選ばなかったのは、何度も言うようにたった一つだ。
彼は『愛』が欲しかった。
物語や教科書にある愛は、彼に取って理解不能だった。
家族愛等彼は知らない。恋愛感情等ない。
異性への関心は彼に取って個人に対する侮辱だった。彼に取っては全て平等だった。
美人だろうが、不細工だろうが、彼は一個人としての側面を見た。
彼の有り様は、思春期の同年代からすれば不気味でしかなく、彼が助けたはずの相手すら彼を異物として扱っていた。
彼は教科書しか知らなかった。
彼に取っては、物語は所詮物語だった。
だから、まともな友情を育むことはできなかった。
孤児院等へ行った方が、確実に彼にとって幸せだった。
…彼の最大の不幸は家柄が良すぎたことだった。
生前にそう行った施設を匂わせるだけで、即座に他からの邪魔が入った。
何よりも、彼が親戚を見捨てられなかった。
少年だった彼から見てもいつまでも親戚の繁栄は不可能だったからだ。
だから、彼はなりふり構わずそういった『居場所』へ駆け込めなかった。
彼は賢過ぎた。もう少し愚かなら彼の運命は、真逆になっていた。
彼は籠の中の鳥だった。
だが、餌を与える飼い主はいない。
死の運命しかない鳥だった。
しかし、彼は死の運命に抗った。
自分の鳥籠を無理やり破壊し、外で餌を調達した。
さらに、今後の人生設計を考え出すくらいに滅茶苦茶な元『籠の中の鳥』だった。
親戚は彼の死を常に願っていたし、破産の運命から彼に助けられた後は、彼の復讐を何より恐れた。
親戚は彼の死をより一層願っていた。
親戚にから見れば何もできない状況に追い込んだはずである彼が、アルバイト代等と評して、有り得ない程の財産を貯めこんでいたのは恐怖だった。
彼は将来設計等と評して、親戚から見ればとんでもないアルバイトをしていた。
彼の滅茶苦茶を止められなかった親戚が一番悪いのだが、その事実を彼の死後も親戚は認めなかった。
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彼は前世で探偵紛いのことにまで手を染めていた。
最大の理由は、彼の人生設計である愛を知るための元手の資金の調達だった。
どう考えても、彼が馬鹿にしか見えないが、彼は本気だった。
彼は人生を懸けて両親の最後の教えである思いやりを知ろうとしていた。
誰も教えてくれる人がいないから、彼は盛大に空振りをしていた。
彼曰く、
「アルバイト代の確保と、自分以外の他人を知りたかった」
ただこれだけの為に元資産家の親戚が驚くほどの金額を貯めこんでいた。
彼は他人を観察することで愛を知りたかった。
だが、彼は最後の死の瞬間に至ってなお、愛を知れなかった。
…探偵紛いの行為は彼に取って、寧ろその逆だった。
不倫、痴情の縺れ、不祥事の隠蔽やアリバイ工作等々。世界は悪意に満ちていた。
善であるはずの警察すら彼からすれば汚れていた。
彼は生前善人と出会えなかった。彼には運命が欠如していた。
幸運という誰しも持っている物を彼は才能と引き換えに失っていたように見えるほど持っていなかった。
少なくとも、彼は探偵擬きの活動で、悪意しか感じ取れなかった。
恐怖を活用してくる組織も知った。本だけでなく、現実で知った。
彼に取って、何故かそういう相手は極めて容易かった。
転生した彼は、悪の才能が無意識に発揮していたのだと今では確信していた。
彼に善の才能はなかった。
彼に取って高校生探偵等、漫画でしか許されない。
彼の基本形は所謂、車椅子探偵だった。
漫画のように一々危険な事件現場には彼は絶対行かなかった。
ありとあらゆる情報が勝手に集まってきて、それを活かせば簡単に作れる作業でしかなかった。
彼は、自らも知らぬところで正体不明の怪物として裏世界での名誉を手にした。
しかし、彼の探偵という手段は金を稼ぐ意味しかないことを悟っていた。
更に不幸なのは、これでもなお彼は人間の善性を信じていたことだ。
彼は教科書と物語で強引に自己解釈を行っていた。
宗教の聖書とはまるで違うが、彼なりの人間像を確固として確立していた。
彼に取っての勇者などそれに当たる。
めぐみんは彼にとって勇者だが、第三者からすれば褒めていない。
彼には最大の賛辞なのだが、彼はぼっちだった。
悪人に彼はなれなかった。
どうしてもなれなかった。
彼は生前、最後まで善人だった。
彼自身はその事実に気が付いていない。
彼は客観視が欠けていた。
…これらの探偵擬きで彼は演技を学んでいた。
第三者から見て警戒されないような男子高校生を演じられた。
彼に取って、彼どころか彼以外も救わない神への信仰など論外だった。
彼がどうやっても救えなかった相手は宗教に逃げ、死んだ。
その相手は死に満足していたというが、彼には異常にしか見えなかった。
自らの手で自らを救う行為こそ、彼に取っては意味があった。
彼はカルヴァンのような予定説を認めなかった。
救いは神から与えられるでなく、運命に人は抗えると信じていた。
彼は神がいたとすれば、スピノザの言うような、神は存在するために他の何ものも必要としていない唯一の実体だと思っていた。
自然を神として定義し、神への知的愛という観点から生涯を捧げたスピノザは彼にとってある意味宗教に理性的に向き合った偉人だった。
彼はスピノザだけは宗教家として認めていた。
孤独と清貧に屋根裏部屋でレンズを磨いて生きた自由主義者を彼はある意味模範とした。
スピノザは無神論者として、ユダヤ協会から破門されているが、彼の知ったことではなかった。
理性で考えた神に対しての彼なりの結論は、神はいても人を救わないだった。
最も、彼はそれ以外を知らなかった。宗教は彼の人生の否定そのものだった。
…皮肉にも、そんな彼の唾棄する宗教の、それも神が彼を救った。
彼に取って本来この行為自体が屈辱だが、彼に取って確かな救いだった。
だが、その女神は、自由奔放過ぎた。
彼は樽の中で日陰になるから退けと王に言いたくなってしまった。
要は、彼はアクアの馬鹿が移りつつあった。
転生した異世界で、彼の生前のシリアスさが抜けるアクアは救いではあった。
彼はアクアにそんなことを溢さないが、絶対に調子に乗るからだ。
だが、彼は死のその瞬間まで、ずっと孤独だった。
本当に彼は狂っていた。
だが、彼の理性が両親への愛らしきものが、最後の一歩手前で彼が『壊れる』のを防いでいた。
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彼の両親はそんなつもりで彼に思いやりを教えたのではないと、異世界に来て漸く彼は気が付いた。
遅すぎる気づきだが、彼の他者からすれば当たり前の結論にまで至る過程が不味かった。
アクアを、神を教育する等と言う前世の彼からすれば有り得ない行為を通して、やっと両親の目線で彼は自分を見ることができた。
だが、同時に彼は自分の才能を自覚してしまった。
自分は生まれつき悪人だったと彼は悟った。
彼は悪の才能を持ちながら善人になろうとした愚か者だったと思い込んだ。
異常な前世の自分を、死という最大限の客観視を通して把握できた。
前世の自分では気が付けるわけがなかった。
死後というものの存在は彼の想定外過ぎた。
異世界転生等、彼にとっては、男子高校生を演じるための知識でしかなかった。
厨二病に沸き立つ心は、彼に生前になかった感情だった。
何度も言うように彼は生前、何よりも愛を欲していた。
だから、前世で誰に利用されても気にせずに前だけを見続けた。
彼は、絶望の人生や悲劇の運命等と自分自身を決して悲観しなかった。
絶望を乗り越え、因果を断ち切り、自らの手で切り開く行為こそ彼に取っての『人生』だった。
女神エリスが、正確にはクリスがだが、常識を彼に説いた際に猛反発した最大の原因がこれだ。
人の可能性で切り開く意思こそが彼の人生そのものだった。
彼にとって、一見どんなに滅茶苦茶でも可能ならば、それが常識となった。
その思想が彼の根に染みついていたから起きたシュール過ぎる反論だった。
彼にそれは常識でないと指摘する者はいなかった。彼はぼっちだった。
自分のことは自分でするというのは当たり前だった。
…言葉だけ見れば確かにそうなのだが、彼の場合は明らかに非常識だった。
彼の生涯は決して報われなかったなど言われるかもしれないが、彼に取っては報われていた。
彼は思いやりが確実に一人には届いたこと。この救いを彼は最後に知れた。
だから、転生等と言う非常識なことでも彼は対応できた。
アクアへの学びの教育と魔王討伐という無謀な計画を立てることができた。
彼が幸運値最悪、知力以外ほぼ平均かそれ以下の最弱職業冒険者でも計画通りなら問題なかった。
彼はゲーム等の知識で応用できた。
その手の話題は、前世での彼の情報収集の手段だった。
男子高校生なら知っているから知っているだけの知識が大変異世界で役立っていた。
漫画やアニメすら彼は何台ものテレビやパソコンによる同時観測による情報収集の一環でしかなかった。
現代日本で、数千もの書物を暗記し、サブカルチャーまで網羅した彼の知識は、異世界で大いに役立っていた。
だから、前世で有り得ないような振舞いができた。
アクアの撒き散らす変態像へ、彼を近づけることは可能だった。
彼の頭脳や才能の活かし方は、前世も異世界転生後も全力で斜め上か下だった。
彼を指摘できる者は、知性が足りなかった。
幸運の女神は彼の前世は、所謂担当違いのために観測できなかった。
地獄の公爵では、彼の欲する答え等言われても、悪魔である以上は知らないし知れないから指摘は不可能だった。
それでも、公爵は彼に対してサキュバスを用意しても通じるわけないことぐらいはわかった。
…水の女神よりバニルは彼について把握できていた。
…女神はアホだった。そういう計算を異世界転生という手段に彼女なりに含ませてはいた。
悪魔であるサキュバスは論外だが。
彼がそういう相手を見つけられれば全て解決、私って頭良いとまで思っていた。
だから、彼に全力で拒否されたことに怒った。
…彼からすれば、女神の提案は彼自身の人生の否定以外の何者でもなかった。
女神は彼を見ていなかった。女神はギリシャ神話並みの理不尽さを彼に与えた。
彼も女神の在り方を察したから異世界で教育しようなどという馬鹿な結論に至っていた。
故に、公爵は意図せずに、女神の『教材』になってしまったのを知るのはまだまだ先の話だ。
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彼が異世界に来て、人をまともに疑うことができる最大の原因。
友人でなかった同級生、つまり彼女に対して彼が思うところは、今は一切なかった。
寧ろ、彼女をつけ上がらせた最大の原因である彼自身を呪った。
彼女の才能は善性に活かされるべきものだったと彼は思っていた。
彼女の行為は、最初から打算込みでも、確実に誰かのための行動だった。
彼は、彼女の才能を善から悪に変えてしまったと確信していた。
彼でなければきっと彼女を善へ導けたと推測した。
だからこそ、彼は孤独を癒してくれた老人には今でも感謝しても仕切れなかった。
愛や友情等に欠けている自分でも、彼の計画を遂行できれば、
彼の理解外の存在、女神であるアクアですらも教育できると彼は確信できた。
彼の望まぬとはいえ救いの手を差し伸べた恩人のアクアに報いる手段はそれしかなかった。
少なくとも彼に取っては、だ。
老人に思いやりが届かなかったら、彼はアクアに対して『悪』しか提供できないと絶望に屈するところだった。
その感謝している老人の墓参りに行けなかったことと孤独だったこと、
この二つしか彼には前世に興味関心がなかった。
彼は本当に壊れていた。彼はわかっているようでわかっていなかった。
アクアもそのことに気が付いていない。
アクアが彼自身を見ていたならば、そのまま転生させていた。
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夢は覚めるものだ。永遠の夢という名の死はこの世界に存在しない。
消滅という形では夢すら見ない。だが、彼は最後にそれを望んでいた。
…彼は悪夢を見たくない。
彼が自己改造をしていた理由はそういう面もあった。
彼は目が覚めた。前世の長い夢を見ていた気がする。
彼は、即座に最後の記憶を無理やり引き出した。
地獄の公爵バニル戦で、彼のその計画が崩れかけていることを彼は確信した。
だが、彼の最後に残されたはずの手段を、彼の『計画』を阻害したバニルを恨み切れなかった。
それが何故かはまだ今の彼には、わからない。
彼はまた意識が遠のきかけるのを無視した。
今は、それどころではない。
彼は自分の自己改造が全くなくなっていることを認識した。
眠っていたから、夢を見ていた気がしていた。
彼はどうやっても夢の内容など思い出せないが。
幸い、彼の自己改造は思考のみに特化した改造だ。
眠らないで考え続けること、ただ一点に等しい改造だった。
ミツルギキョウヤが万が一彼に復讐しに来ても、まだまだ隙の多い二流勇者なら容易く返り討ちにできると彼は確信した。
彼はミツルギとは何れ王都等で会ったりすると確信していた。
彼は王都に行きたくないが、既に王女の護衛達の醜態は知っている。
彼は、バニル討伐からまた手紙が届いたら、ノリノリで脅すつもりでいた。
生前の彼からはあり得ないほど、気分転換が即座にできていた。
なので、債権者である彼は新しいおもち…知り合いのレイン君に王都で色々仕込ませるとこを決意した。
五千万エリスの大金を肩代わりして、金利をなくした彼は恩人だ。
お家が誰かに差し押さえられる悲劇は防ぎたい。
ああ、何たることだ!
そんな悲劇は許せないと彼は考えた。
レイン君にはそういう悲劇が起こる可能性に気を付けるように手紙を送ることを考えた。
生前、銀髪の怪しい女性が言っていたバレなきゃ犯罪じゃないとは実に良い言葉だと彼は思った。
なお、彼は銀髪美少女を即座に警察に突き出した。
彼の目の前で犯罪をすればバレればアウトだった。
自称邪神の、頭のおかしい存在だった。
重犯罪者でブタ箱確定と思ったら直ぐに出てきた当たりこの女の正体が異世界とかいう滅茶苦茶で何となくわかった。
…自称邪神から渡された怪しい宝石は側にいたカエルの口に強引に入れてみた。
空飛ぶカエルが何か喋った気がするが彼はなにも聞いていない。見ていない。
それは、ただの鳴き声だった。断末魔の叫びだった。
彼は非常識を認めない。少なくとも生前はそうだった。
滅茶苦茶なままで彼の常識になれない存在だった。
今にして思えば、無意識に何度も自称邪神の野望を何度となく踏み潰してきた。
あの銀髪は、世界消滅等という戯れ言をほざいていたこともあった。
彼からすれば爆破したり、人材を派遣したりで中々心理戦の勉強になった。
あの自称邪神は、悪意の塊なのに前世の彼のおもちゃだった。
彼はあの時、自分の才能に気がつくべきだった。
そして、異世界の、策謀と絶望の神である女神エリスも銀髪だ。
彼は銀髪という存在は、きっと悪意を持った存在なのだろうと思った。
…恐らく前世の夢をみたせいか、色々前世の下らない思考が出ていた。彼はそう思った。
女神エリスはこの時、彼を瀕死になるまで殴っても良いくらいには酷い誤解を受けていた。
だが、彼は改めて自分の状況を観測し、その事実のみでホッとした。
まだ、計画に戻すことが可能だと彼は計算していた。
しかし、彼は改めて周囲を認識し、この世界に来て魔王軍幹部ベルディア討伐の宴以来、二度目に計算を辞めた。
彼に取って思考し続けること、計算し続けることが魔王討伐の最大の武器だ。
それを辞めるというのは、彼に取ってそれ以上の事態に気が付いたからだ。
…どうやら、彼は自宅予定地だったはずの、家の寝室にいるようだった。
彼の寝ていた側でアクアが涎垂らして、彼の衣服をべちゃべちゃにしていた。
彼は駄犬を彷彿とさせるアクアをどかせようとして、漸く事態に気が付いた。
…彼は確信した。
自分はまたしても、アクアに助けられたのだ。
アクアに散々迷惑をかけられているという自負があった。
だが、実際は迷惑をかけていたのは自分だったかと、思い彼は苦笑した。
彼は、計画がどこまでバレているか調べる必要性を再認識した。
彼は計画を一時破棄した。彼の悪夢は一時止んだ。
彼は気が付いていない。
彼は『素』でアクアの惰眠を貪る姿を見つめていた。
これは、転生後初のことだった。
彼は完全に自らの意思で思考を放棄していた。