どうやったらこの駄女神に知性を与えられるかについて 作:コヘヘ
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だが、分岐点のレバーを強引に動かしただけ。
彼の計画を完全に変更するためには、女神の真意を言葉で伝えないといけなかった。
学びの旅は、皆のためにあった。彼も心の奥底で気が付き始めていた。
だが、まだ足りなかった。『何か』が致命的に足りていなかった。
数日かけて、彼はアクアにウィズについて念入りに説得したり、
ミツルギキョウヤから魔剣グラムを取り上げダストに売り飛ばした。
裏では策謀が入り乱れているが大筋関係ない。
彼は、『計画』の第二段階へ移行できる体制が整いつつあった。
なお、ミツルギはアクアを『もの』扱いした。
「アクア様を、持ってこられる『者』として指定したんだろう?
僕が勝ったらアクア様を譲ってくれ。君が勝ったら、何でも一つ...」
ミツルギはこう彼に言った。言ってしまった。
彼は策も関係なくキレた。
なので、ミツルギは彼に何度もズタボロにされた。
まず、ミツルギの上記の戯れ言の最中からの潜伏による奇襲を行った。
これは短剣を突き付けただけだ。アクアへの『もの』扱いに彼はキレてしまった。
彼への悪評は想定内だった。
故にアクア達が何言おうが気にしないように道化を演じていた。
しかし、彼は完全に『素』になった。
ミツルギから言われたこの瞬間だけは彼はキレてしまった。
次に、彼とミツルギの、彼からすれば適当な口上からの目つぶしを行った。
彼からすればあまりに単純な初級魔法の組み合わせだ。
だが、初見では対応不可能な目潰しだった。
クリエイトアースで砂を作成、クリエイトブレスで砂を飛ばすだけ、ミツルギは簡単に引っ掛かった。
彼からすれば、魔剣グラムに頼るような三流勇者なら通用するかもしれない程度だったが、ミツルギには通じた。
なお、この時、彼はアクアとの取引に応じると言っていない。
さらには、ミツルギの言う決闘に関して、
ミツルギの仲間が襲ってきても、彼が逆のことをしても良いような穴を敢えて作ってみた。
だが、ミツルギは正攻法で襲ってきた。
彼は悪魔対策がなっていないと、ミツルギに決闘の、その『穴』だけ指摘した。
取引に応じるとは言っていない。
彼は、ミツルギが魔法や潜伏を警戒していることを察した。
彼の想定通りだった。最初の短剣で彼はミツルギに潜伏の脅威を教えたつもりだった。
二度目の目潰しで魔法の組み合わせによっては格上殺しになりうるとミツルギに気がつかせた。
故に、彼は潜伏でワイヤートラップによる行動阻害を行った。
ミツルギが警戒しているのは精々剣の間合いだった。
彼はミツルギの視線を観察し、余裕で気が付けた。
だから、柵を作った。魔剣グラムが何でも斬れるとはいえ、ワイヤートラップは邪魔だった。
取り除くのに数秒はかかった。魔剣の勇者ミツルギキョウヤといえども。
さらに彼は行動阻害からの折り畳み式弓矢による狙撃により、
ワイヤートラップを解除しようとするミツルギをボコボコにした。
最終的に、スティールで魔剣グラムを強奪した。
彼に取って、これ以上ないくらい正攻法で攻めてくる三流の勇者だった。
だから、言ってやった。
「あまりに弱い。確かに君の言う通り私は雑魚の冒険者で、だ。
仲間に苦労を掛けている狂人と抜かしたが、まぁ正しい。
だが、ミツルギキョウヤ。君は呆けている堕落している。
…何より才能に依存し過ぎている。そんな弱者に何か言われる筋合いはない」
彼は口上で何かを言いたげなミツルギキョウヤを無視した。
用意していたミスリル製のワイヤーを取り出してからのバインドでミツルギを縛り上げた。
彼はやりたい放題だった。
搦め手で、完全に悪辣な手法とはいえ、魔剣の勇者ミツルギに彼は一方的に、勝ってしまった。
想定外の策すら放棄してしまうほど、圧倒的な勝利だった。
魔剣の勇者ミツルギキョウヤをミツルギの仲間と彼の仲間しかいない路地裏でボコボコにした。
最低限の隠蔽は完璧だった。
彼の行為は第三者に目撃されなかった。
彼の想定する冒険者の持つ可能性の一端を、
ミツルギが軽視していた『搦手』を彼は内心怒りつつも叩き込んだ。
彼の計画通り、路地裏の騒ぎに気が付いた。
彼が手に入れた『魔剣グラム』を、
数日前から譲ることを、約束していた借金塗れの、善意の第三者ダスト君に売り飛ばした。
この彼の行為は、彼の仲間も、アクアすらも引かれたような気がした。
アクアも『もの』扱いで、ミツルギに激怒していたし、セーフだと彼は思いなおした。
彼はミツルギキョウヤに言った。
「さて、魔剣グラムは、何も知らない善意の第三者ダスト君が買い取った。
彼とは数日前から取引をしていた。これは警察に駆け込んでも無駄だ。
嘘発見器の探知すら不可能。
何も知らないはずのダスト君を犯罪者扱いしても無駄だし、
そもそもそちらから言い出した決闘。…誤りはないな?」
彼はミツルギを完全に無視していた。
彼には、抑えられない激情があってそれどころではなかった。
彼は悪魔以上の悪魔。『外道』だった。
彼はミツルギからすれば、偶然のコンタクトだが、ミツルギが接触したがっているのを彼は知っていた。
アークプリーストでアクア。ミツルギが興味を持たないはずはない。
彼は、アクセルでは『アクア』の名が広まるのを抑えられなかった。
だから、この形しかなかった。彼単独での接触は危険だった。
ミツルギが彼の調べた人物像でない可能性も彼は含んで行動していた。
アクアを探しているのは、善性なのはわかったが、彼は闇討ちを警戒していた。
有り得ない僅かな可能性すら、彼は忌避していた。
彼はまだ死ねないから。
だが、ミツルギキョウヤは、意図せずに、彼の逆鱗に触れた。触れてしまった。
ミツルギの指摘は彼が最も後悔していたことだったから。
勝手に同意も得ずに、アクアを連れてきた。
アクアは喜んでくれたと魔王軍幹部ベルディア討伐で知った彼はホッとしていた。
だが、彼に取って、アクアを天界から連れ去った行為は、許されがたい大罪だった。
そんなことミツルギに言われなくとも彼が一番気にしていた。
だから、彼を卑怯者呼ばわりするミツルギの仲間も、
何故か、何も言わないアクア達も置いて彼は去った。
…彼は『素』が出かけていた。
最初の転生前に、アクアを『もの』扱いしたのは、確かに自分だったのに、だ。
彼は、自分の計画にズレが生じかねない『激情』を押し殺すために必死だった。
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翌日、彼はウィズと面会した。
アクアは昨日のことを覚えてすらいないようだ。彼はホッとした。
機嫌を損ねて、ウィズとの接触をズラしたくなかった。
今回は、めぐみんもダクネスもおやすみだ。
ダクネスにはめぐみんの爆裂魔法にだけは気を付けるように警告はした。
彼は昨日の影響で、めぐみんの行動を予測できなかった。
彼は、ミツルギに激怒してしまった。
だから、半分逃げた。皆に、軽蔑されないか不安で。
アクアは魔王討伐がある以上いてくれると彼は、確信できた。
故に、あらゆる意味で、今日が、一番都合が良かった。
ウィズとの接触には。
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…アクアはウィズをとのやり取りを通して、
ウィズを今後、女神として定期的に監視すると言いつつ、その『善性』を認めた。
ウィズはアクアを女神と確信した。
最も、彼自身アクアに関して、偽るのは不可能と判断していた。
…彼はウィズが魔王軍幹部ではないかと推測した。
彼に取って、『善人』が魔王軍幹部でも何もおかしくなかった。
故に、放置することにした。
何故わかったか。
それはウィズが間抜けだからだ。彼はそう結論付けた。
ウィズはアクアならば、
二、三人分程度の魔王城の結界なら余裕で壊せるとウィズ自身がさらっと言い切った。
さらに、『魔王さん』とかウィズは隠す気ないような発言を連発していた。
幸い、アクアは気が付いていない。
だが、彼にとっては、こんなにわかりやすい魔王軍幹部ウィズの正体を察した。
彼に取っては、不器用ながら、彼の計画を、思考を真似られた偉人だったのだが。
もう見る影もなかった。『地獄の公爵』は本当に取引したのか少しだけ不安になった。
ウィズのプライベートだから彼は、聞きはしないが。
最も、ウィズの存在は、彼に『人間』の魔王軍幹部の存在を、ほぼ確証させた。
…させてしまった。
アクアが商品を探しに奥の方を探索していた。
彼は人間の魔王軍幹部とかいそうですねと呟いただけだ。
彼は、本当にそれ以外何もしていない。
だが、ウィズは言った。
「そうですね。セレスディナさんは魔王城にいた頃、策略を考えるのが大好きな方でした」
彼はウィズが完全に誤魔化す気がない危うさを感じた。
彼は曖昧に返事をして誤魔化した。アクアはギリギリ聞いていなかった。
馬鹿でも今の発言はアウトだった。彼は予想外の情報に感謝した。
故に、裏工作が得意な人間の、魔王軍幹部セレスディナはここで詰んだ。
彼におもちゃにされる『運命』が確定した。彼は本当にサディストだった。
彼女は完全に『道化』として、最後の最後まで玩具にされた。
彼と元同僚からセレスディナは、全力で玩具にされた。
セレスディナは魔王軍幹部として、彼と一番相性最悪だった。
策略で彼の土壌に立つなら、バニルぐらいでないと無理だった。
セレスディナは彼からすれば、ただの愚か者だった。
彼の得意分野で攻めてくる非常に読みやすい『馬鹿』だった。
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そんな悲惨な運命が確定した魔王軍幹部セレスディナのことは未来の話だ。
ウィズは、シリアスのようなコメディ展開を終え、何と商談し始めた。
完全に空気を読んでいない。彼以上に。
彼からすればこの状況下での、ウィズと『取引』とかまな板の鯛だった。
だが、彼は今回、ぐっと堪えた。
彼からすれば、善人で『まともな女性』だったからウィズは。
「この錠剤はですね。モンスターに食べさせると、何と数時間は動けなくなるんです!
ただ、食べたモンスターの少し耐久が上がってしまうのが欠点なんですが、凄いですよね!!」
彼も凄い商品だと思った。
だが、彼はそんな凄い商品なら何かあると思った。売れないわけが。
「へぇ、いいじゃない!あのカエルも拳で倒せるわね」
アクアが乗り気だ。彼は不味いと思った。
彼は、何度もジャイアントトードに拳が、
効かないと言っても注意しないとアクアはやり出そうとしていた。
「お次はこれ!何と何でもくっつけられる瞬間接着剤です。液状タイプで使いやすい。
色んなことに使えるものです!ただ、少しだけ粘着力が強すぎるのが欠点ですね」
彼は察した。
こんな性能の良い道具が売れない理由を、伝聞が彼の確信に変わった。
彼は『氷の魔女』がこんなポンコツに成り果てたことに些かショックだった。
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だが、この場にバニルが居合わせたらこう言った。
「我輩を討伐しようと躍起になっていた時期から、
魔法の道具に関するセンスはこんな感じであった。
何故、あの面白魔導士からポンコツ店主になることを予期しなかったのか。
我輩、自分でも不思議なくらいの判断ミスだった。
…いや、ダンジョンが我輩一人で作れない以上、どの道取引していたが」
ウィズは、バニルすら匙を投げるほど最初からポンコツだった。
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そんな事情など知らない彼は、推測した。
この商品という名の『ゴミ』の正体を。
まず、最初の錠剤は恐ろしいくらい耐久力が上がって、
モンスターが倒せなくなるパターンであること。
二つ目は、粘着力が強すぎて、使った瞬間に本気で取れなくなるパターンだと。
どちらも危険すぎて、売れない。『魔法』のある世界の道具とかヤバすぎた。
…アクセルの住民はウィズの言う『少し』が、
致命的欠陥だと経験則でわかっているから買わない。
「いいじゃないの!こういうの、前にあなた欲しがっていたわよね?
ちょっと財布貸しなさい!…結構入っているわね。
私へのお金もう少し上げたら、加護が手にはいるかもしれないわよ?
宵越しの金は持たないとか風情のあることを言えないケチらしいわ。
財布の中身だけで性格が見えるわね。
…この『水の女神』アクア様のプレゼントよ。感謝してむせび泣きなさい!!」
彼は、勝手に財布を取られた挙句に、
アクアの浪費を普段止めていた八つ当たりで罵倒され、
『ゴミ』をプレゼントとして自分の金で寄越された。
彼はアクシズ教の加護など断じてごめんだった。
「…あのちなみに何ですが、この錠剤の耐久力の上がり具合、及び粘着剤の粘着力は?」
彼はアクアを意図的に無視した。
もし、彼は商品が有益ならアクアをギリギリ怒らないで注意に止める気でいた。
「ジャイアントトードに私が音を抑えた改良型の爆裂魔法を撃ち込んだ後に、
ライトオブセイバーを使えば余裕でした!
接着剤は一度くっつけたら私でも決して取れませんが、
そんな欠点を補って余りある凄い品々でしょう!!」
彼は察した。
この錠剤を使えば、数時間ダクネスはほぼ無敵だ。
…爆裂魔法に耐えるジャイアントトードとか無理ゲ―だ。動けなくとも。
アクアなら恐らく粘着剤を水に戻せるから使える。
できなくてもアクアの所有する魔法にそういうものがあった。
アクアの能力は改めて、チートだと彼は思った。確信した。
彼はアクアをギリギリ許した。
今度、使用ミスを敢えてさせてアクアを叱ろうと決意した。
このやり取りは『地獄の公爵』バニルは絶対に観測できない。
同程度の力と女神が存在している空間の観測は不可能だった。
彼もゴミの処分しか考えていない。公爵で使うことを想定していない。
思考を読んでも、彼の想定外だった。活用法を最後の最後で気が付いた。
だからこそ、彼の何重にも及ぶ未来対策とその条件を満たすまでもなく、バニルは詰んだ。
たった一度の致命的なミス。
バニルがアクアを狙わないために、彼はアクア不在時のパターンを完全に対策していた。
さらに言えば、仲間に爆裂魔法を撃ち込むのは、彼にとって論外だったから。
ダクネスを実験台に使うわけにも彼はできなかった。
流石にめぐみんの爆裂魔法は強すぎた。
めぐみんレベル6の時点で、弱らせたとはいえ魔王軍幹部ベルディアを討伐可能だった。
彼からすれば、チート過ぎた。
一応、公爵が、ダクネスを乗っ取っても、詰む策を彼は用意していた。
正確には、彼はバニルの情報を意図的に遮断しているから、
ダクネスを操る可能性といった方が正しい表現だった。
これは、彼の想定していた偶発的遭遇がなくなったから、起こりかけた。
彼は偶発的遭遇時に、
彼の多数用意していたアイディアを『その場』で引き出し、バニルの虚を突くつもりだった。
バニルを知らなければ、対峙した瞬間に閃きで彼は対処する。
彼は未来予知ができても飽くまで彼の閃きでの対応、つまり可能性ならば、
即興ならコンマ一秒の隙が『地獄の公爵』に生まれると確信していた。
愉悦故の、侮りが初対面の偶発的遭遇。
しかも、冒険者の彼ならば確実に数秒稼げると確信していた。
本当は一秒に満たないかもしれないが、彼に取っては十分だった。
これこそ、『地獄の公爵』バニルすら驚愕した、致命的な隙だった。
彼の推測は全て正しかった。
勇者の奇襲すら回避可能な公爵ですら、冒険者では侮ったから。
最初から、殺す気でも、彼の一瞬での可能性の閃きはバニルではかわしきれなかった。
『地獄の公爵』を知らないからできる奇襲。
彼は完全に『道化』を演じ切りバニルを仕留めていた。バニルの観測した可能性全てで。
バニルは全ての観測で、
彼が完全に残機を減らしていた最大の策、『心理戦』を心の底から称賛していた。
さらに、彼は公爵すら観測できていない対策を用意していた。
未来が読めるなら、情報の『空白』を作り出す。
…彼は禁制の薬品、『記憶消去薬』を用意するつもりだった。
『死の宣告』を使った感触から、
彼はアクアの未来は読めない可能性を推察した。飽くまで推測だった。
神なら悪魔でも読めない可能性だった。アクアなら彼ですら読めなかった。
策をアクアに託して、彼自身はその時の記憶消去する予定だった。
最も、この時間軸では、まだ彼は禁制の薬品を手に入れていなかった。
さらに言えば、アクアがいる前提の策なので、地獄の公爵は偶然にも観測できていなかった。
それ以外のアクア不在時の偶発的遭遇で、禁制の薬品からの情報欠落、
及び思考を読むタイムラグを彼が突きバニル討伐を果たす可能性を観測していた。
故に、この時間軸が一番公爵に取って、全力を出せた…はずだった。
彼はアクアの存在がバレるのを本当は嫌がっていた。
故に、アクア不在時での彼の活躍がバニルにはとても印象に残っていた。
彼は、未来予知対策として、自分が単騎で勝つ可能性すら用意していた。
完全なブラフだ。彼は自分の命を懸けたブラフを用意していた。
自己改造及び高レベルに最短でなる手段、寿命を捧げる禁術まで用意した。
たった一つの可能性でバニルを釘付けにするために。
彼の未来対策だった。
地獄の『公爵』というプライドを最大限彼は想定していた。
過去を覗く無粋は、未来を覗ける以上、彼が公爵ならしない。
愉悦の存在ならなおのことだと彼は思った。
過去を読み、アクアが女神だと事前に知ることは無理かもしれないと彼は考えていた。
これは飽くまで彼の仮説だったが、あっていた。
彼を直接見でもしないと、転生前の死後の天界の諸事情はバニルには観測できない。
ピカピカ光るの正体は、
せいぜい転生者仲間か喋る神器の可能性くらいまでしか気が付けない。
喋る神器は存在する。所有者がいなくてもなお、チート能力を発揮する鎧が存在した。
まさか宿敵の『女神』が人間界に降りてくるなど、公爵からすれば有り得なかったから。
…公爵も自分自身を鏡で見るべきだった。その可能性はあった。
長く生きた経験則がその発想を阻害していた。
…彼の計画どおりの思考誘導を成し遂げていた。
公爵が長く生きているなら引っかかるブラフを彼は計算していた。
経験則からあるバイアスは必ず存在しているはずだと、彼は確信していた。
公爵は、彼と対峙した際、この偉業を褒めたかった。
まだ、勝つ方法を彼は、この、公爵からすれば詰みの段階で残していた。
…最も、そうした思いは、忌々しい女神が目の前に現れて一瞬で消し飛んだ。
彼の計画は公爵に取って悪辣な手段でもあった。
どうしても、公爵にとっての楽しみが女神に邪魔されたような気分になってしまう。
また、公爵と同じく彼も出来ればアクアと対面させたくはなかった。
…このように、一部の情報ロストから、全てを読み解くのは難しい。
彼は、神が全能でないように、悪魔も全能でないと読み切っていた。
故に、何も知らないお菓子たち、
つまり『愉悦』の部分のある冒険者を巻き込む計画すら立てていた。
彼から一時的に目を逸らさせるためだけだった。
その可能性がこのとき、彼の策を僅かに緩めていた。
彼の策は数日あれば、『地獄の公爵』すら対応不可な状況を作り出せていた。
…彼は少し慢心していた。
だが、彼の策は全て無意味な程に、ウィズからアクアが買った2つの商品という名のゴミが運命を確定させた。
必然という一つの可能性に収束させた。
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ウィズの商店から帰宅した翌日の朝。
冒険者ギルドで四人してだべっていた。
彼はこの時、そろそろ拠点をこの国、ベルゼルグ王国中に作成するつもりでいた。
アクセル支配は終わった。
支配済みの貴族の協力があれば王国中にアンダーカバーを作成可能な計画を立てていた。
ベルゼルグ王国支配計画の序章を彼は始めるつもりだった。
彼の才能『魔王』の真骨頂、侵略と支配が始まろうとしていた。
彼の関係者以外の誰にも気取られずに。
そんな裏での攻防は地道な計略と策謀だ。
彼の『旅』とは無関係な、最終手段を整えるための添え物だ。
彼に取って国盗りは添え物扱いだった。無いと自分が死した後に困るからの添え物。
彼は知らないが、彼は魔王を警戒し過ぎていた。
魔王軍幹部ベルディアが彼に取って余りに高潔に見えたためでもあった。
事前資料も、実際彼が会話したからこその過剰過ぎる計画だった。
だが、彼は知らない。
デュラハンのベルディアはウィズのスカートに頭を投げ込むような変態であったことを。
彼からすれば過去に複雑な経緯があった相手でかつ善良な女性に対して騎士がやることではなかった。
ベルディアは真実を彼が知るに連れて、どんどんベルディアは失望されていくことになる。
ベルディアはあそこで死んで幸せだった。
彼はベルディアを騎士として扱って、魔王軍幹部ベルディアと戦うことを無意識に選択していたからだ。
あの計画は彼に取ってはまだベルディアへの敬意を払ったものだった。
バニルからすれば、彼の想定している脅威なぞ存在しないと言ってやりたい程、彼の計画は完璧過ぎた。
彼は敵を過大評価し過ぎていた。
実は、彼の計画は二段階ぐらいグレードを落としても、余裕で魔王討伐は可能だった。
初手で本気を出して進軍してきた魔王軍幹部ベルディアの存在は彼に危機感のハードルをかなり上げさせてしまった。
さらに彼は『地獄の公爵』を魔王軍幹部扱いする魔王軍を過大評価し過ぎていた。
それがおかしいのは事実だった。
客観的に見てもバニルだけチート過ぎた。他もチートだが、バニルは逸脱し過ぎていた。
彼は、敵を過大評価し過ぎていた。
何せ、これまで誰も倒せなかった歴史が彼の過大評価にもつながっていた。
ノイズの『研究者』の最後の狂気は確かにあったが、彼の想定しているようなシリアスはない。
この世界の住民と彼とでは、認識している世界観がややズレていることに彼は気が付けない。
客観的に考えると、彼はどう考えても『ダークファンタジー』の世界の住民だった。
同じ中世ファンタジーでもジャンルが違い過ぎた。彼は思考はどう考えても世界の異物というか劇物だった。
計略、策謀、魔王の才能。この世界を彼はまだ誤解していた。
最初に日本の若者を担当していた女神アクアが、この世界にチート能力者を送る時点で気が付くべきだった。
だが、彼は『ぼっち』だった。そんな周囲の空気なぞ読めなかった。
彼の前世の経験則というバイアスは中々取れなかった。
彼の前世のルナティックさが、誤解に拍車をかけていた。
彼は、旅を通して学ぶ。
この世界のいい加減な人間たちを、彼の言う『変態』を。
彼の言うまともな人間は、この世界では悪人ばかりだという事実を。
彼の認識している世界は、悪魔すらドン引きの世界だという事実に彼はまだ気が付かない。
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彼は、アクセルの拠点は、仲間達皆で使える物が良かった。
アンダーカバーなどではなく、彼にはきちんとした『家』が欲しかった。
生前、家には彼しかいなかった。
彼の両親との思い出は思いやりの教えしかなかった。
彼は利用されただけの人生を送っていた。
だから、彼は無意識に家を求めていた。『孤独』は彼に取ってもう嫌だった。
だが、彼は魔王討伐の旅路を楽しみつつも、その最後の瞬間だけはどうあがいても孤独であることを覚悟していた。
そうでもしないと魔王討伐は不可能と彼は計算していた。
…めぐみんとアクアは家にいてくれると彼は確信していた。
めぐみんは苦学生だ。彼は前世で小学生でもできるバイトを探していた自分を思い出した。
どうも実家の父親が碌でもない作品を生み出す狂人らしい。
彼は、身内に狂人がいることを憐れんだ。
…それよりめぐみんが家族について語る姿を、
羨ましい、妬ましいと思う自分の感情を押し殺した。
めぐみんは家族から愛されていた。彼とは違ってまともなところが多いと確信した。
ダクネスもどうやら実家に帰りたくないらしい。
ダクネスは秘密主義ぶっているが、彼はもはやダスティネス家とツーカーの仲だった。
故に、内心いつもダクネスの常識染みたところを大爆笑していた。
…彼は初期にダクネスの父にダクネスのお見合いを勧めていた。
仲間とは言え、まともに矯正できる男性が入れば良いと願った。
彼は自分がまともじゃないと自覚していたし、教育は、ほぼアクアで精一杯だった。
だが、ダクネスの父からこんな手紙が届いていた。
『恥ずかしながら、娘が見合いの邪魔ばかりします。
最近ではどこで知恵をつけたのか、
「ダスティネス家の『恥』を晒したくなければ、私の好きにさせろ!!」
など言って私を脅してくるのです。最近の娘は策略を覚えてきました。
真面目過ぎたので、親としては嬉しい成長なの…』
彼は途中で読むのを辞めた。
彼はダクネスの父からの手紙を即座に燃やした。
ダクネスの語る『恥』云々は恐らく彼のせいだと思った。
ダスティネス家の御令嬢だと彼は知っていることは話していないが、
類する罵声を浴びせた記憶があった。
最も、彼に取っては日常会話だが。彼は罵声と認識していない。
彼に取って、変態ダクネスの扱いは挨拶みたいなものだった。
だが、それ以上に、ダクネスの父は親馬鹿過ぎた。
彼は確信した。自分の仲間への甘やかしは完全に棚にあげていた。
彼はほぼ何も知らない客観的に見ても仲間のためにしか行動していなかった。
彼の狂気染みた爆裂魔法に関する一連の演説で、大体のアクセルの住民は彼の変態さと共に、仲間への不器用な思いやりを察していた。
そして、同時に洗脳されていた。
彼は、演説の天才だった。
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アクセルでの拠点は、彼の条件を満たす家は、確保済みだった。
金も足りた。魔王軍幹部ベルディア討伐資金と後の税金関係を考えれば冬も越せた。
…彼はアクアの散財だけを警戒していた。
魔王軍幹部など来てしまえば最悪だと思った。
アクアが調子に乗ると確信した。教育に悪いことこの上なかった。
彼には、『地獄の公爵』以外の対策は何とか間に合った。
少なくともわかっている範囲での対策は終えた。
真の邪神を彼はエリス神しか知らないので、対策は難航している。
邪神が魔王軍幹部にいれば、彼もまだ詰む可能性を想定していた。
だが、まだ完璧ではないとは言え、ギリギリ間に合った。
だから、アクセルの拠点については、今日が終わったら話すつもりだった。
彼は今度こそ、サプライズを成功させるために、今回は第三者の意見も聞いていた。
彼は、裏がないことなので、普通に相談できた。
それを聞いたダストは、
「ハーレムっすか?」
などと戯言をほざいたので無実の罪で留置所に放り込んだ。
ダストはあの三人の残念さを知っているのに、
彼の苦労を知っているのに戯言をほざいたことを誠心誠意詫びていた。
だから彼は、留置所で偶々ダストを愛する男性貴族と会うという滅茶苦茶な行為をした。
貴族は喜んだ。ダストは確実に二度と戯言をほざかない。
完璧な計画だった。
彼は、ロリコン三人がまだ警察署にいることもついでに確認していた。
何だかんだで最後の一線から『恩人』のダストを止めてくれるだろうと思っていた。
…彼は、『変態』を理解しきれていなかった。
変態の方向性が変わることもあることを彼は数日後知ることになった。
彼はダクネスの矯正法の可能性を見つけて歓喜した。
ダストの被害など助かったのだから問題ないと思った。
ダストは本当にギリギリで助かった。
検察官セナが趣味から『それ』を唆していた。彼はセナの弱みを完全に握った。
職権乱用で、彼はセナを変態枠に入れた。
彼の『まともな女性』からセナは完全に外れてしまった。我慾に溺れたために。
彼の警察組織征服の始まりの合図は、ダストの悲鳴だった。
なお、この件から、彼はまたダストに『誤解』されたと悟った。
今度は『地獄の公爵』バニルと一緒にダストで遊ぶことになる。
ダストのこれまでの不幸はまだ、ただの序章に過ぎなかった。
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彼は、アクア、めぐみんとダクネスを連れてキールのダンジョンに連れて行こうとした。
彼に今回に限っては深い意味はなかった。彼に取っては、ピクニック感覚だった。
ダンジョンを爆破する爆弾は既に用意していた。
もし、仲間たちが、一緒に来るならば、彼は、次回以降盗賊たちに爆弾を設置させた。
『計画』をバレることを恐れたが、彼は仲間と冒険がしたかったのだ。
その予行演習を兼ねていた。
ダクネスは、
「確かに、二人だけでは危険だが…
喧しい音を立てる全身鎧の私がついていっても邪魔にしかならないか?」
めぐみんは、
「爆裂魔法しか使えないので、ダンジョン攻略では邪魔になるだけだと思います」
と二人して難色を示した。
彼は仲間達とダンジョン探索というものをしてみたかった。
「問題ない。このダンジョンにはほぼ間違いなくリッチーがいる!
断言しよう。…最悪、爆裂魔法でリッチーごと吹き飛ばす。
ダクネスはデコイでカバーすればアクアが治してくれる。
いや、何、問題ない」
彼は極めて珍しく彼なりの我が儘を言った。彼は全力で狂人を演じ切った。
彼は何デレなのかジャンルが特定できない。このときの彼は狂デレと言うべきかもしれない馬鹿だった。
「問題しかありませんよ!!
…というかリッチーっていきなりそんな伝説の存在がいるはずないじゃないですか!!」
めぐみんは全力で拒否した。
彼は勇者なんだからめぐみんに、それくらいのご都合主義を飲み込んで欲しかった。
紅魔族からしたら彼の方が正しい反応だった。めぐみんは世間に被れてきていた。
彼という存在はめぐみんのアイデンティティを変えつつあった。彼はめぐみんからしてもかなり非常識過ぎた。
「…私が言うのも何だが、それは有り得ない。それなら国が動く」
ダクネスは常識人だった。
彼としては実に面白くなかった。何故、こういうことだけ真剣なのか、彼にはわからなかった。
性癖や欲望に忠実かと思えば、たまにまともなことを言うので彼はダクネスを理解しきれていなかった。
彼が狂人過ぎて、我に返らないと危ないとダクネスは考えているからだ。
彼からすれば計算済みの行動なので、ダクネスの内心を知れば彼は全力でまともな人間を演じてやった。
彼が知ればこのダクネスの考えは変態の矯正とも取れるが、ダクネスの方がまともなのは許せなかった。
彼は自分が一番マシだと思っていた。
そのアイデンティティを覆されるのは彼のサディストの感性が許さなかった。彼は大変面倒臭かった。
どう考えても第三者目線では裏でも表でも彼が一番ヤバかった。
「何ですって!また、リッチー!!!今度こそ滅ぼしてやるわ!!」
アクアはさらっと問題発言をした。
だが、彼としてはこういう反応が欲しかった。この時の彼はアクア並の馬鹿だった。
なお、彼がそれに気がついたら、二、三分くらいは素で凹んだ。
彼の精神強度からすれば異常なくらいのダメージを与えられた。
最も、彼の気の緩んだ平時にならば効果があるだけだ。
彼の気が緩むことはほぼ仲間しかいないような状況でかつ安全が確実な状況のみだった。
この事を魔王軍幹部の地獄の公爵が言っても彼は完全に割りきって対処するので何のダメージもない。彼は本当に面倒臭かった。
彼は全力でいつも道化を演じつつも、杞憂も良いところな対策を練っていた。彼は端的に狂っていた。
今のところ、彼に致命的なダメージを与えられたのはアクアしかいない。
彼は策謀の神の暗黒神エリスですら、絶望しかけただけで済んでいた。
彼の幸運の女神エリスへの認識は酷すぎた。
彼はそろそろ普通に全うで純粋な女神エリスに土下座すべきだった。
「おお、そうとも。またリッチーだ。アクセルはそんなリッチーの原産地なのだ。
きっとアクアが滅ぼしがいのあるリッチーだろう」
彼はアクアの反応に乗っかった。完全に狂人モードだ。
ダクネスとめぐみんは馬鹿を見るような目で彼をみた。
彼はダクネスに憐れまれた。
彼は、夕食はダクネスだけドックフードと決意した。
まもなく、公爵との『戦い』が始まろうとしていた。
…結末は見えていた。
だが、語ろう。
その引き延ばしてこれかよと彼ががっかりして思わず、バニルが喜ぶ結末とも取れた。
彼的には反則勝ちだった。策略を否定する道具を偶然手に入れたようなものだから彼は納得しなかった。
だが、それを含めても偉業なことを彼は正確に理解していなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼ら四人はキールが本当にリッチーで善人なことに驚いて帰還した。
彼の用意は完璧だった。
彼はアクアの『女神』としての一面を知った。
ただ、「不自然に胸の膨らんだ」は余計な一言だったと彼は思った。
あの女神エリスはきっと、アクアに復讐を企むに違いない。
彼はあれだけされても、まだ女神エリスを誤解していた。
最も彼は今の女神エリスの状況を見ていたら、流石に認識を戻して謝罪していた。
女神エリスにそんな思い切りの良さを求めるのは無理だった。彼女は純粋過ぎた。
そんな彼の女神エリスの謂われぬ風評被害は直ぐに吹き飛んだ。
キールのダンジョン入口から少しだけ離れたところに、
仮面のタキシードを着た男性が佇んでいた。
「さて、初めまして!可能性の塊よ!!
我が名は…」
彼は一瞬で『地獄の公爵』と確信した。
だが、
「セイクリッド・ハイネス・エクソシズム!!」
彼の秘策が公爵に飛んだ。
悪魔を消し去る青い炎を放つアクアの退魔魔法。
「華麗に脱皮!!」
公爵は仮面を取り外して回避した。
彼は仮面が本体だと気が付いた。
そして、アクアがバレているのかと思った。
ここまで完璧に避けられた。想定していないと避けられない。
「…アクア?もしや!!ああ、そういうことか
これすら貴様の『計画』通りというわけか!!」
公爵は彼の思考を読んだ。
バレていなかった。彼の推測は正しかった。
故に、これから回避不可能な計画を実行する。
だが、
「済まぬ。我が名はバニル。貴様の計画は、この女神含めても想定内よ!!!」
『地獄の公爵』バニルは名乗った。
彼は詰んだと一瞬だけ絶望しかけるが、バニルの発言はブラフであることを確信した。
アクアを知っていなかった。
故に、彼は『閃き』で戦う。
「セイクリッド・ハイネス・エクソシズム!!
悪魔が寄生虫風情が無視するんじゃないわよ!!」」
アクアは完全に空気を読んでいない。
めぐみんとダクネスは呆然としている。構えてはいるが、だが、隙だらけだった。
「くそ!一々面倒な。…だが、我輩、切り札がある」
アクアの退魔魔法に体を崩しながら、バニルは計算済みのようだ。
彼は気が付いた。ダクネスを支配できれば、彼の計画は崩壊する。
「素晴らしい!!その可能性を事前に我輩のことを知らずに用意していた!!
やはり、貴様は可能性に満ちている!!!」
バニルは全力で彼の想定を認めた。
そして、仮面を投げた。ダクネスに向かって。
だから、彼は、
「それは不許可だ!!」
バニルの思考を読み切った彼はギリギリ仮面とダクネスの間に割り込めた。
そう認識した瞬間、彼は言うなれば支配の感覚を受けた。
それは一瞬なのか数時間なのか彼にはわからない虚無の感覚だった。
虚無感が彼を襲い、何も感じられない…はずだった。
彼は、断じてその支配を受け付けなかった。完全に気合いだけで捩じ伏せた。
何よりアクアに危害が及ぶ可能性を彼は絶対に認めなかった。
「『この結末は想定外だが、これで詰みだ。
奴は完全に、我輩を読み切っていた…このタイミングでなけれ!?』」
彼の口でない言葉を感じた。
『地獄の公爵』の公爵の支配を彼は打ち破った。
これも公爵ですら想定外の偉業だった。
公爵が観測した中では彼を乗っ取ったパターンはなかった。
ダクネスを乗っ取ったことはあった。その際の碌でもない結末を公爵は知っていた。
それ故に、公爵が警戒しないわけがなかった。
「さて、数瞬とは言え、無様を晒した。
アクア、た『させん!!』ダメか。一部しか奪い返せない」
彼はバニルから右手と片足しか支配を完全に取り戻せていなかった。
抗いがたい激痛を彼は完全に無視していた。彼は今それどころでなかった。
自分の死よりも認めたくない可能性があるから、絶対認めなかった。
「『いいか。女神。奴は瀬戸際だ。
ここが最後の分岐点だ。だから、取引だ』させないと言っている!!」
彼は、気を失っている間にアクアが躊躇う言葉をバニルが発したと悟った。
故に、ここからの逆転を思いついた。
彼に取っては転生前から最初に組み込まれていた手段だった。
「『やはり、我輩が言った通り、自爆を思いついたぞ!
凄まじい精神力』褒めてもらわなくてもいらんわ!!」
彼はかなり不味い状況だと認識した。
完全に皆の動きが止まった。自爆は適当な魔法でも衝撃を加えれば可能。
左手を動かせれば彼の勝ちだった。
ダンジョンを爆破するとまではいかずとも、彼の死体が蘇生可能な範囲で爆破できた。
しかし、悪魔の話術は、神をも騙すか。彼は不快ながらも公爵だけあると思った。
「『チンパンジー並みの知性でも、神を騙すとは流石ですね公爵様!
…とこやつは思っている。だが、褒めただけの時間稼ぎ。
貴様の観測上こうなるのは想定内。故に万全に支配できるように力を…』」
彼はようやく悟った。
ここまで彼の体の動かないのは、対策されていたことを悟った。
アクアはこめかみに青筋を浮かべているが、動かない。
彼には何があったかわからない。いつものアクアなら悪魔なぞ即座に抹殺していた。
アクシズ教の教えに『悪魔殺すべし』というのがある。
それくらいはアクアは過激だった。だから、彼は地獄の公爵との取引だけは隠そうとしていた。
本当にどういう状況かわからない。
だが、公爵は完全にアクアを口上のみで抑え込んでいるとしたら、彼ですら不可能な偉業をなしていた。
だから、彼は確実な一手による状況打破を必死で考えた過去を思い出していた。
彼にとって、今の状況打破できるなら手段は何でも良かった。
どうでも良い下らないものでも…?
「『正解だ!こうやって我輩が口上を垂れる時間すらある。
だが、どうやっても不可能なまでに支配力を強化した。
この思いの源泉はどこにあ』あっ、あった。すまん公爵これで詰みだ」
彼の支配している状況を認めて、何か口上を述べる公爵を彼は無視した。
だが、彼は詫びた。
彼に取っては敵であり、仲間の危機的状況ではあった。
しかし、ここまで用意して彼を待ってくれていた公爵に本気で申し訳ない一手だった。
彼は備えていた全ての策略を放棄した。
この時、彼の言う運命の法則が発動した。
全ての可能性は必然へと強制的に収束された。
それは公爵も観測できない。この世全ての法則だった。
経験則で公爵は気づき、彼は異世界でアクアの不幸を背負ったために気がつけた法則だった。
有り得ない『運命』が完全に切り替わった奇跡が起きていた。
未来を読める公爵と、公爵が未来を観測できない女神の行為が有り得ない運命へと変わった。
誰も観測できない未知の時間軸が誕生し、運命が新たな可能性に移行した。
彼の未来対策は決して無駄ではなかった。だが、それを観測できる者も認識できる者もいなかった。
彼は偶然とはいえ偉業を成し遂げた。
それは、たった一つの世界の小さな規模とはいえ『全知全能』の存在ですら不可能な行為だった。
彼はそんなことを知る方法などない。
神の中ではやや古参の部類に入る女神アクアですらその価値を知るわけがない。
この事実の意味を七大悪魔の第一席、地獄の公爵バニルですら知らないのだから。
彼はウィズの店でアクアが買った粘着剤と錠剤を思い出して、即座に使用した。
右手で、粘着剤を仮面にぶちまけ、錠剤の瓶をかみ砕いた。
幸い、まだ口まで、しびれが回っていない。
チェックメイトだった。
...彼は今更、これ以外の対策を思いついた。
「『や、やめろ!我輩、こんな結末は認めんぞ!!今、思いついた方の策をしろ!!
…無理?絶対に、無理?なるほど、もうやってしまったか…』
さて、アクア。この錠剤は爆裂魔法にも耐えられると言っていたよな?」
彼は完全にがっかりした。
ここから逆転も可能だった。
ミスリルのワイヤーがあった。
彼を行動不能にすれば良いだけだった。
口上でなら論戦でバニルに彼なら勝てる可能性がまだあった。
「ちょっと待ちなさい!」
アクアが言うが待たない。彼は無視する。
「アクアの退魔魔法。これは恐らく防ぎきれるくらいに今の俺の防御力は強化された。
貫通ダメージの爆裂魔法しか、手がない。
謂わば、ダクネスを乗っ取っているようなものだ。
『フハハ!その通り。もはや、その手しか残されておらん。こやつの言う通り。
…我輩とて、このような結末を認めたくはない』」
バニルは彼の内心の取引に応じた。
女神に消されたくなければ、
彼の提示する条件での『取引』を認め、爆裂魔法を受け入れろという脅し。
彼は、このような反則で、『地獄の公爵』バニルに勝ってしまうことをガッカリした。
「『その感情、大変美味である。そこのネタ...いや、失敬、紅魔族よ。こやつは貴様にば』
そこは言わせん。めぐみん、俺との最初の約束だ。爆裂魔法を撃ち込め。
これは、計画通りだ。…大分不本意だが」
彼は勇者にこの段階で、非情な決断を求めることになってしまった。
だが、
「本当に大丈夫なのですか?」
めぐみんは何故か顔を真っ青にして彼を見つめる。聞き返す。
ダクネスも沈黙したまま、動けていない。
「『貴様が何を考えているか一部話しただけ。
…貴様の『計画』のどこを話したかは、自分で聞き出すが良い』」
公爵は丁寧に教えてくれた。
彼の計画の破綻を。どこか致命的な情報漏洩を彼は確信した。
だが、彼は諦めない。絶望などしない。
何、どこを喋られたとしても、
「『見捨てられても大丈夫?どうせいつものことだった?
フハハ!親切にも我輩、貴様に警告してやろう。
…その先に何があるかもう一度考え直せ』」
彼は悪魔に同情された。屈辱だった。
だから、これ以上は話させない。
痺れも回って来た。
「はやく、うってくれよ…たのむ」
これだけ言って彼は完全に動けなくなった。
彼の思考のみ高速で回転する。
計画がどこまでバレたのか、何故、公爵はこんなことを言ったのか、
思考する。全てを『計画』に戻すために。
…でも、計画自体が間違っていたら?
いや、魔王討伐の観点では、これより最適解はない。
自らの死等想定内。最弱の冒険者でかつ、幸運最低値では、この策しか
『だから、その考え自体が誤って居るのだ』
確かに、彼は公爵の声を聴いた。
「エクスプロージョン!!!」
その意味を考える間もなく、全てが彼から消え失せた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その後、彼は『計画』にないことをさせられた。
身を挺して仲間を庇って魔王軍幹部を倒したという名誉を得てしまった。
瀕死の状況で治癒されたために自分の人体を弄くった自己強化が完全に失われていた。
恐らくもう一度やれば彼は死ぬ。
彼は寿命は回復していても魂という概念をこの世界に来て学んでいた。
治癒したアクアには間違いなくバレた。
恐らくだが、アクアは何も言わない。
彼の計画は、変更を余儀なくされた。
彼にとってかなり非常事態になっていた。
バニル戦後、アクアが不機嫌だった。
色々構っていたら割りと簡単に元に戻ったが、
バニルが何言いふらしたか理由を知らないと彼は計画が遂行できない。
めぐみんとダクネスも似たような状況だった。
彼に取って困惑しかない。彼の想定外過ぎた。彼は計算できないし、この状況等知らない。
彼に取っては精神攻撃よりもわからない状況だった。公爵を倒したから、時間は稼げたのは確信した。
計画を早めた最大の脅威がいなくなった。彼に取っては心を読める悪魔は最大の脅威だった。
彼からすれば、公爵と同程度の脅威との遭遇の可能性がある以上は、時間を割きすぎるのも不味いが計画はギリギリ延期できた。
『地獄の公爵』バニルは彼の、分岐点のレバーを強引に動かした。
彼は、仲間を知る必要ができた。
どこまで、バニルが彼の内心を話したかを知るために。
『道化』の皮を強制的にバニルは剥がした。
心と未来を読める程度では、彼に勝てないと彼の仲間達が完全に詰ませていた。
どうあがいても、バニルに勝ち目がなかった。
最弱の冒険者の体では。
何より、女神アクアが居る以上、これ以上の乗っ取りは不可能だった。
ダクネスの乗っ取りも不可。
ピカピカ光る何かを退魔魔法の強力な使い手とまで推測はできたが、
公爵の常識が『女神』という発想を潰してしまった。
皮肉にも彼がいなくとも、
魔王軍幹部『地獄の公爵』バニルは完全に彼の計画によって自分が完全に詰んでいたことを悟った。
バニルはほぼ彼しか観測していなかった
彼が認識できない第三者目線でも、バニルは詰んでいた。
この早すぎる時期に来ても、どうあがいても、事前の準備をしていても、
彼の計画で成長した仲間たちにはどうあがいても勝てなかった。
最後までバニルは彼に踊らされていた。
…ウィズの商品等なくとも、彼の尋常でない精神力からの復帰がなくとも彼はバニルに勝っていた。
彼は壊れた超人だった。人間という種の可能性そのものだった。
だが、それでもバニルは、彼単体なら勝てたと推測した。
この絶望的な状況下でも諦めない彼だろうが、バニルは計算していた。
バニルは一騎打ちで勝てた可能性で『彼』に注目してしまった。
これは彼の計画通りと察したが、含まれる意味合いが違った。
彼のいう計画とやらは仲間がいないと成り立たない。
だから、『旅』と評して、
友情を知らなくても無理やりにでも人と関わっていたことを、
バニルは彼を乗っ取った結果わかった。
もうどうやっても勝てないなら、彼に八つ当たりするしかなかった。
「こやつに『道化』は無理だ。
…完全に『狂人』の方が似合っている」
バニルは、倒されたその日、平然とアクセルの街を歩き、ウィズの下へ向かった。
彼の取引で、『友』の危機を知った。
「アレクセイ・バーネス・アルダープ。こやつは完全に対価を払う気がない。
ああ、そうだ。貴様の取引に応じよう。ご飯製造機の危機でもある。
…人類滅亡など、悪魔がやっていいことではない。
ここまでは我輩乗ってやろう。だが、その手段までは指定しなかったのが運の尽きよ」
彼は勝つためとはいえ、バニルを正確に理解しきれていなかった。
アルダープ領主の排除についても、彼は完全に困っていた。
故に、バニルに大概任せる他なかった。
だから、彼は『愉悦』に嵌る。
バニルはここだけは、彼に勝てたと確信した。
ニヤリと『地獄の公爵』バニルは笑った。
その感情が二重の意味で楽しみだった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼はどう見ても、アクアに甘すぎた。仲間にも甘かった。
だから、彼の計画はバニルによってバラされた結果一時中断になる。
なお、彼はバニルを通して、ウィズに伝言を頼んでいた。
なので、彼不在時にデストロイヤーがアクセルに来ようとも完全に対策が完了していた。
それは、今は関係ない。
彼は、仲間に甘すぎたが、アクアにはさらに甘かった。
めぐみんやダクネスから見ても、
アクアを甘やかし過ぎと評する程度には甘かった。
最も、あまり関わりのない第三者からすると、
彼は素でアクアを罵倒し始める辺りどの辺が甘いのかわかりはしないが。
アクアにも彼が甘やかしていることを伝わっていない。
寧ろ、アクアはもっと甘やかして敬えと彼に文句を言う。
その文句の度に、彼は意図的にアクアの食事だけ一段階下げた物を出したり、
凍った魚等をそっとアクアに差し出したりしていた。
彼はアクアに対しては、やや陰湿程度の仕返しに抑えていた。
なお、ダクネスがアクアと同程度のことをやらかせば、
彼はダクネスに犬の餌を食事にだした。
ダスティネス家の権威等彼は最初から知っている。
故に、ダクネスに取っては、屈辱だろうと思っての彼なりの最大級の仕返しだった。
だが、ダクネスは興奮した。身震いしていた。
彼はドン引きした。
めぐみんは以外とやらかさない。彼目線では。
彼は13歳の子どもが我儘を言わないことを心配した。
なお、彼目線では我儘を言わない子だが、
アクセル市民からすれば爆裂魔法を毎日撃つ時点で相当我儘放題だった。
さらに、めぐみんは喧嘩を売られれば必ず買った。
彼はそれを煽りまくり、めぐみんを全力で援護していた。
…彼の姿勢は、めぐみんに『自重』という物を学ばせていた。
これは紅魔族が聞いたら仰天する程の偉業だった。
…少なくともめぐみんの母親ゆいゆいは驚く。ゆんゆんもだ。
隣の家の靴屋のせがれ、ニートのぶっころりーですらも確実に驚く。
後、彼は本気でめぐみんを子ども扱いしているので、良くキレていた。
「私はもうすぐ、14歳!つまり成人なんですよ!!」
めぐみんは子ども扱いされる度に常識を彼に詰め寄った。
だが、彼は『狂人』だ。
そんなこと一切無視して、めぐみんに提案をしてみた。
「勇者候補足る者、他人の家に押し入るとかしないのか?
…そうだな。俺の把握している悪徳貴族の情報をプレゼントしよう。
ドネリー家のカレンとかいうお嬢様は違法なモンスターを密売していてな…」
彼は、戸棚からドネリー家滅亡シナリオの一部。
違法モンスター密売の情報のみ取り出して、めぐみんにプレゼントしようとした。
恐らく、神器ではないので、女神エリスにプレゼントできなかったもの。
悪徳貴族ドネリー家破滅シナリオだった。
「ちょっと、それを永遠に貸してくれ!!」
彼は、その『情報』をめぐみんに渡す前にダクネスに奪われた。
ドネリー家のカレンはダクネスが唯一、忌み嫌う貴族令嬢だった。
彼はめぐみんへの心配からそのことを失念していた。
「ダクネス、ひょっとして…」
めぐみんは魔王軍幹部ベルディア討伐の宴で、
酔っ払いダクネスの『実家』に行ったことがあった。
故に、彼とアクアには内緒にしようと二人で相談していた。
ダスティネス家の御令嬢を受け入れてもらえるか、まだダクネスは心配していたから。
最も、彼はダクネス接触前からそんなことを知っていたが。
めぐみんはダクネスに犬の餌を平然と与え、
嬉々として罵倒する彼の有り様からその真実に気が付いていない。
ダクネスの素性を知っていて、
彼がやっていたら平民等処刑されるのがめぐみんですら常識だから。
なお、彼は王様だろうが平然と普段通り『素』で罵倒できる。
彼は、王だろうが、貴族だろうがお構いなしに罵倒できる。
それが、小さな王女様だろうが、だ。
この精神性は、後にクレアとか言うアクシズ教徒一歩手前の変態に目をつけられ、
アイリス王女に興味を持たれることになる。
彼からすれば、他人の評価はあまり気にしない。
神にすら喧嘩を売り、悪魔を利用する気満々の彼に貴族等今更だった。
めぐみんやダクネスの要らぬ心配など彼にとっては鼻で笑えた。
『仲間』である以上は過去に、
素性に何があろうが、彼に取っては意味のないことだった。
寧ろ、ダスティネス家の当主その人からこんな内容の手紙が届いていた。
『ダクネスを罵倒するのは、一向に構いません。
…というか、婿としていっそのこと家に来ませんか?』
彼は、
『変態を嫁にしろとかふざけるな。後、娘の将来考えた婚姻相手を用意しろ』
という内容を非常に丁寧かつ上品に書いてダクネスの父に即座に送り返した。
…彼は気が付いていないが、彼は計画の副産物として、
貴族社会のマナーや振舞いを完全に熟知していた。
先ず、庶民では有り得ない気品を出そうと思えば彼はいくらでも出せた。演じられた。
身元不明の彼はどこぞの身分を偽った元『貴族』と一部界隈から推測される程だった。
彼の『変態』が故に、追い出されたかなり上位の貴族。
…彼の知らないところで、こんな誤解が生まれていた。
だから、ダクネスの父としても全く問題ないどころか、
完全に任せられる都合の良すぎる立場にあったことを彼は気が付かない。
彼が貴族じゃなくても、清濁併せ持った『手腕』をダクネスの父は知っていた。
ダクネスの父は、もう完全に彼を婿にする気満々だった。
彼にバレないように内心に止めていたが。ダクネスの父に取って理想過ぎた。
彼はダクネスの父には、
好青年かつ完全にダクネスの性癖を理解している貴族社会に精通した教養ある人物だった。
彼がその事実を知れば、処刑一歩手前の狂人を演じてやるくらいには、最悪の状況だった。
彼は仲間であっても変態は論外だ。
そもそも最初から死ぬ気なのだから不誠実だと確信していた。
だが、バニルのせいで計画は崩れかけた。
アクアが女神として何故この世界に彼を送ろうと教えることができる程の『知性』があれば、
彼の計画を変更できた。
もはや、彼は神と悪魔両方を敵に回していた。
だが、彼の才能は空前絶後『魔王』。
単純な答えでは、神であろうが悪魔であろうが、完全に論破される。
故に、学びの『旅』は必ず避けられない運命にあった。
神ですら、悪魔ですら、魔王の才能を持つ彼すらまだ、その先にあるものを知らない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
王女だろうが、乞食だろうが彼に取っては等しく平等だった。
彼は『時代』に喧嘩を売る気満々だった。
魔王軍幹部ベルディア討伐で、王家のアイリス姫から案内状が来ようとも、
『私は、下賤な冒険者故に会えません。というか、会いたくありません。
私の計画の邪魔だから、適当な勇者っぽいもの。
例えばそう、善人のミツルギキョウヤ等と仲良くやってください。
私にとって本気でいい迷惑です。
大体私は目立ちたくないのです。好意でやっているなら本気で嫌なんですけど』
彼は、こんな内容の手紙を丁寧かつ気品あふれる文体で送り返していた。
彼の意訳は完璧過ぎて馬鹿には気が付けない。
だが、王女の護衛、シンフォニア家のクレアにだけは気が付けた。
クレアは確信した『彼』は噂に聞く変態等ではない。
かなり教養ある人物だとは確信できた。
彼の手紙での言い回しが巧妙過ぎて、
貴族間の策謀の嵐に身を置くクレアしか気がつけないほどの返事だった。
だが、彼は王家を遠回しに罵倒していた。
故に、クレアは気が付いてしまった。
無理やり連れてこないと王家の威信に関わって来るレベルで、
彼は全力で拒否していることを悟った。
なので、無理やり権力のゴリ押しを決意した。
王家の威信に関わること、
それすなわち、
『ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス』王女を侮辱しているほかならないとクレアは確信した。
実は彼はそういう意図で手紙を送っていた。
正直、クレアのような思い込みの激しい忠誠心を持つ輩など彼の想定外だった。
まともな忠義者や彼の真意に気が付いたら、彼を無視すると判断していた。
暗殺者などくれば、即座にベルゼルグ王国を乗っ取る口実にもなった。
彼は変態並みの忠誠心を持つクレアの思い込みを舐めていた。
この彼が王女の要請を完全に拒絶している事実は、ダクネスも気が付けなかった。
彼が勝手に、ダクネスから、王家の手紙を横取りして拒否していた事実を。
彼は、ダクネスからすれば一介の冒険者だ。
異常な面こそあれども、普通に平民だった。
彼はダクネスの前ではそう演じていた。
それくらい、彼は本気で王城になど行きたくなかった。
王女様だって彼に会ったら教育に悪い。彼は確信していた。
…アクアが望むなら渋々行ってやるくらいの感覚だった。
彼は完全に上から目線で貴族や王族を見ていた。
彼は生粋のサディストだった。
謙っているように見えても、全然そんなことはなかった。
彼は、魔王軍幹部バニル討伐の後、本当に嫌々、王都に引きづられていった。
ダクネスは彼の変態さを口実に断ろうとしたが、
王家から、正確にはクレアからなのだが、
直接、彼を連れてこいと命じられた以上は、
断れなかった。『王家の懐刀』ダスティネス家の者として。
ダクネスはこの世の終わりを感じていた。
ダクネスからすれば、変態や狂人の集まりだからだ彼女の仲間たちは。
そんなダクネスの内心を汲み取った彼は、ダクネスを煽り味方につけて断る気満々だった。
だが、王家が、『表』の全力で来られたら、
アクアや仲間にまだ被害が出る可能性がある以上、
彼は断れなかった。彼は変態並みの洞察力のある背後にいる馬鹿を察した。
その洞察力があるなら、
彼を呼ばないという発想にならないのが、彼の馬鹿扱いのポイントだった。
アクアもめぐみんも喜んでいた。
仲間が望む以上、『道化』を演じて、とっとと帰る気にした。
彼なりに堂々と王女様に仕返しする決意をした。
彼は、『まともな女性』に対しては紳士だ。子どもや老人にも優しい。
だが、幼くても一国の立場のある『王女』なら彼は容赦しなかった。
無礼討ちされようが、彼には策があった。
それを受け入れる度量がない王家なら彼は、征服する気満々だった。
だが、後日、実際会ってみた、お姫様の『孤独』は彼の興味を引くことになる。
彼は、全力で『国』に喧嘩を売る決意をした。
売られた喧嘩は買おうと彼は思った。
さらに王都という、彼が全力で遊べる『玩具』を見つけて喜んだ。
バニルも連れて来たらさらに面白かった。彼は後にそう思った。
…彼は『外道』だった。幼女だろうが、彼に取って正当な理由があれば容赦しなかった。
彼は愛が欠けるから気が付かない。それこそ最も王女様が望んでいたことだった。
クレアは彼に復讐された。
クレアは善人ではあったので、彼に取っては、許容範囲内の『お茶目』。
だが、クレアに取っては致命的ダメージを負うこととなる。