どうやったらこの駄女神に知性を与えられるかについて 作:コヘヘ
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だが、利害関係以外での人間性が欠けていた。
彼なりのサプライズは微妙に人とズレていた。
彼の内心でも読まない限り、完全には伝わらなかった。
彼こそ『旅』を通して学ばなければならないことにまだ気が付いていなかった。
彼は、魔王軍幹部ベルディアが想定外の速さで現れたために、
功績の押し付けの時間が足りなかった。
正直、まだ、彼とその仲間達には早すぎる功績だった。
要らぬ警戒を彼はまだ避けたかった。
魔王軍の暗殺者などあれば最悪だと彼は考えていたからだ。
というか、彼が魔王なら暗殺者を育成した。
彼が魔王の立場なら情報網の構築の次に暗殺者育成をした。
魔王軍幹部とは別に育成する。
この世界の盗賊スキル潜伏等とアーチャーのスキル暗視を組み合わせた冒険者ならば最適な暗殺者の誕生だった。
寧ろ、何故人類は魔王軍関係者の暗殺者育成手段として、冒険者を育成しないのか彼は疑問だった。
彼が国のトップなら冒険者の暗殺者を多数用意し、魔王軍への毒殺等を敢行した。
だが、追い詰められているはずの人類は騎士道など掲げていた。
中世らしいといえばらしいが、汚い手がこの世界の住民には足りないと彼は思った。
これが彼の致命的な世界認識齟齬なのを今は誰も指摘できない。
彼は本当にこの世界をまだ誤認していた。
魔王軍の暗殺者は恐らくいる。
彼は現在入手可能な文献から少なくとも、ありそうな気配は感じ取った。
アクセルの情報だけでは足りなかった。
彼は本当は国家規模での諜報機関が欲しかった。
魔王が暗殺者、つまり魔王側の『勇者』を作っても彼は問題ないと考えていた。
だが、彼が今の段階では探してもそのような存在は見つけられなかった。
恐らく、魔王軍に所属する人間はいるだろうと思った。
『転生者』だ。勿論、現地の邪教徒もこれに含まれる。
なりふり構わぬ落ちた勇者候補などいたら、人間側の戦意が失われる。
歴史にもそのような存在が確かに実在した。
だから、人間が魔王軍幹部だったとしても彼はこれっぽっちも驚かない。
…あの物語の今は亡き魔王は、確実に転生直前の彼の推察通りだ。彼は確信していた。
だが、彼はそれをアクアに確認するつもりはない。
彼は過去は過去と切り捨てた。
…アクアが知らないならそれで良いとさえ思った。
それに彼はその『魔王』に同情していない。
その話の通りなら、魔王を最後に愛してくれた存在はいたし、
魔王は最初から仲間を自分から切り離している。
彼にはその機会が生前なかった。
魔王は転生後、幸せを手に入れられる可能性に満ちていた。少なくとも彼から見れば。
彼は、『愛』も『友情』もわからない。
だから、その魔王が堪らなく羨ましかった。
魔王は少なくとも愛はあった。自分の子どもへの愛は。
それは、魔王が、第三者から見て悲惨な結末でも、彼にとっては幸福に見えた。
彼が魔王なら最後は満足だと思っている。
物語で魔王がどう扱われようとも。
彼は何かが欠けていた。
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まだ、魔王軍の暗殺者等の存在に勝てる自信は彼にはなかった。
せめて、アクアが与えたチート能力を覚えていれば話は違った。
だが、アクアは覚えていない。与えた能力も与えた神器の存在もほとんどをだ。
…こうしてみると、神器を回収している『女神』エリスは完全に苦労人だ。
いや、苦労人だからこそ、彼に神器を与えることで、
先輩の神アクアを利用した監視網を彼に仕掛けたのだと推測した。
彼はもしそうなら、心労の原因の自分は早めに滅ぼすから、アクアだけは見逃してあげて欲しかった。
女神エリスに慈悲の心はきっとある。彼はそう信じた。
彼には恐らく欠けるものだが、エリス神は少なくとも友情を知っていた。
故に、そこまで無慈悲でないはず。彼はそう思った。
では、何故ダクネスを彼に押し付けたのかわからなかった。
ダクネスを押し付けた理由が彼には本当に謎だった。
まるで、女神エリスがただ単にダクネスの暴走を止められなかっただけに思えた。
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彼は、本来であれば、ベルディア討伐において、彼とそのパーティ以外も作戦に参加させた。
まだ危険だった。彼とその仲間達はレベルが足りなかった。
なお、アクアはもうステータスがカンストしている。
だが、彼にはそんなこと関係なかった。経験値から学べる。何も問題ない。
実際、アクアは少しだが、確実に成長している。彼はそれは確信していた。
…とにかく、時間が足りない以上、
彼は功績の押し付け相手を用意するつもりだった。
彼はそれにうってつけの人材を知っていた。
ミツルギキョウヤだ。
彼は、ミツルギなら不自然でない形で功績を押し付けられた。
実力もミツルギにはあった。功績も既にある。
まるで物語の主人公だと彼は思った。
彼が羨ましい程の善人かつ、善性の持ち主だった。
ミツルギキョウヤという男は。
彼には、それくらいの善性が欲しかった。
正直、悪の才能など彼には欲しくなかった。
僅かな幸運と欠けていない人間性を彼は何よりも欲していた。
幸運は外付けで手に入ったが、人間性は彼にはどうしても無理だった。
正直、彼の人間性は、アクアの教育に悪いと、彼は思っていた。
だから、彼にはミツルギの善性が堪らなく羨ましかった。
彼の恐れる魔王軍幹部の連携にも、ミツルギに策を授ければ、
奇襲でなければほぼ確実にミツルギなら逃げられると計算していた。
故に、本来ならば功績を押し付けたかった。
だから、仕方がなく、
冒険者ギルドそのものと彼を除くパーティーの三名に功績を押し付けた。
彼は、アクアに関しては、情報を制限した。
彼に関しての評価は『外道』な作戦で、
魔王軍幹部ベルディアを罠に嵌めたというレッテルが張られてしまった。
彼は当然な評価だと思ったし、
今回使った計画がほぼバレていないからギリギリ許容範囲内の評価だった。
彼の癖がバレたら、彼と同等程度に情報分析ができれば、負ける可能性があった。
『地獄の公爵』が彼に取ってその筆頭だった。
今の段階で彼に興味を抱かれたら、彼には勝つ手段が二つしかなかった。
どちらの手段も、思考が読めても初見では、ほぼ防げない。
だが、確実に誰かを傷つけると彼は確信していた。
故に、彼は願った。地獄の公爵がまだ勘付きませんように、と。
…結果は、言うまでもない。
祈りこそしないが信仰しない者が願うことは不味かったのかと後に彼は思った。
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後日、魔王軍幹部ベルディア討伐の、
祝いの席で、彼の評価についてめぐみんとダクネスが怒っていたのが、彼は不思議だった。
アクアなんて、私の活躍がどうこうと大変喜んでいた。
彼としては、二人とも、アレくらい喜んでくれると思っていた。
だから、彼は聞いた。純粋な疑問を。
「じゃあ、あの作戦まともだったと思うか?」
彼は聞いた。
どう考えても周囲からの評判は当然だ。
彼から見てもアレを褒めたたえろと言われたら、中々厳しいと思った。
「………」
二人は沈黙した。
「どう考えても、アレを褒めたら、おかしいと思うのだが。
辛気臭い顔してないで、祝いの席に戻るが良い。幸い二人とも美人だ。
…功績だって、讃えられてしかるべきものだろう?」
彼にはどうやら欠ける物のせいで、二人を不快にさせたことを悟った。
それしか、わからなかった。…彼には本当にわかっていなかった。
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その後、何やかんやでめぐみんとダクネスが楽しんでいると察した彼は、
踵を返して、ダストのところへ向かった。
以外と話がわかる男だったダストは。
欲望に忠実過ぎるきらいはあるが、彼としては中々面白い男だった。
ダストは悪魔以上の悪魔に目をつけられた。ダストは、普段の行いが悪すぎた。
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今回の功績、魔王軍幹部ベルディア討伐は、
幸運があっても、必然は変えられない。今回は、彼が必然に負けた。
魔王軍幹部討伐の影響力という必然の波だ。
今まで、運命を必然に変えて抗ってきた彼に取っては、策士策に溺れるという状況だった。
結果論的には、さほど目立たずに大活躍をしたという印象になった。アクセルでは何とか誤魔化せた。
だが、理詰めの作戦で、完全にベルディアの、
虚を突いた魔王軍幹部討伐の報は世界に広まった。
その印象操作を、彼及び彼が支配するアクセルの裏の関係者たちは、滅茶苦茶頑張った。
広報目的で、功績を各国の上層部に押し付けられるダスティネス家の、
ダクネスの看板がなければ些か厄介な羽目になった。
…ダクネスは気が付いていないが、
彼とこっそりやり取りをしたダクネスの父は乗り気だった。
娘の功績を本当に、素直に喜んでいた。
ダクネスに冒険者を辞めさせたかったのではなかったのかと、
彼が思わず確認してしまう程だった。
何か、面倒臭い親子だと彼は思った。
彼は親馬鹿というのは、ダクネスの父のためにあるのだと間接的なやり取りで確信した。
『娘を教育してください。お願いします。本当にもう限界なんです』
後日、彼と割と親しくなってきたダクネスの父からこんな内容の手紙が彼に届いた。
彼は、その手紙を即座に燃やした。
娘を甘やかすからそうなるんだ。…多分、ダクネスを矯正するのは無理だろうと彼は考え直した。
彼は深く、ダクネスの父親に同情した。
最も、彼は、自分がアクアに対して行っている甘やかしを完全に棚にあげていた。
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彼は想定外の速さで世界の表舞台にでなければならないところだった。
彼に取って、目立つという行為は、まだダメだった。
彼にも仲間にもまだ力が足りない。レベルを上げないと詰んだ。
もはや、魔王の娘なら剥けば良いが、
魔王軍幹部の連携とかあったら死ぬと彼は思っていた。
彼は仮初の幸運を手に入れ、相性最悪のはずの魔王の娘が全然脅威でなくなっていた。
彼は『外道』だった。幸運など手に入れればそうなった。
例えば、把握しているマッドサイエンティストの魔王軍幹部が出て来られたら、
その魔王軍幹部のゴリ押し戦法で彼は負ける可能性がまだあった。
その魔王軍幹部は聞く限り、
今のめぐみんの爆裂魔法すら耐えるであろう防御性能があった。
…一応、わかっている全魔王軍幹部に攻め込まれても対応できる策はあるが、
完全に賭けになる手を彼はあまり好まなかった。
総力戦になれば、まだ人類が敗北すると彼は考えていた。
彼の計画は最早この世界にない概念すら取り入れた戦略を考えさせていた。
彼はチート過ぎた。第二次世界対戦の戦略概要を魔王討伐に組み込むくらいに頭がおかしかった。
彼は、総力戦を、彼が望まなくても、何もしなくても、発生する可能性に気が付いた。
魔王軍幹部ベルディアとの接触で気が付いてしまった。
魔王のカリスマから、魔王軍が早期で追い詰められた場合、
魔王軍が勝手に動き出す可能性に気が付いた。
魔王が魔王軍の幹部候補生を育てているなら、不味いと彼は思った。
人類が知らない未知の戦力の大量投入は彼でも凌ぎきれないと思った。
その場合、本当に悟られる前に魔王討伐しなくてはならなくなった。
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魔王軍幹部ベルディア討伐。
冒険者ギルド全体を巻き込んだ祝いの席で、彼は気づいた。
彼の、この風評だと、ミツルギが彼に食って掛かってくる可能性が高いと。
ミツルギは、今はアクセルを離れているが、直ぐに戻る予定だと聞いていた。
…何かを探して、アクセル近郊を彷徨っているらしい。
その何かが、アクアのことなら最悪だった。ミツルギは転生者だった。
ミツルギはアクアのことを覚えているだろう。だが、肝心のアクアはほぼ覚えていない。
それどころか彼がミツルギについて聞いても、
「そんな人、いたかしら?
…私、この世界に何人も送っているから覚えていないのよね」
酷すぎた。彼はミツルギの為に涙しそうになった。
彼は、全く表情に表さないが。涙というのも比喩だ。彼はこれくらいで泣かない。
だが、もし、ミツルギがアクアのことを探しているならこれほど酷い真実はなかった。
彼の想定通りなら、恐らく、
魔王討伐の方針を変更してまでアクアの救助のために、ミツルギは頑張っていた。
だから、彼はできるなら仲間にするつもりだった。
本来なら、何とかして彼はミツルギのポリシーに合わせた計画を練っていた。
だが、『幸運の女神』エリスに完全にミツルギが特定され、嫌われていると彼が考えるほど、
本気で、その可能性すらあるほど、ミツルギとの彼のすれ違いは酷すぎた。
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彼が調べた、ミツルギキョウヤはどう見てもチート能力者だ。
何でも斬れる魔剣グラムの持ち主のミツルギ。
これが転生特典だと彼はわかった。
なお、アクアはギリギリこの神器を覚えていなかった。
与えられた神器すら覚えられていないミツルギを彼は本気で哀れんだ。
なお、ミツルギの職業はソードマスター。現在、レベル37。
近接戦では、もう少しすれば、恐らく準魔王幹部クラスだと彼は考えている。
ミツルギという男は、彼は嫌いではない。
寧ろ、恐らくアクアを保護しようと懸命に努力している姿を知って、
彼はミツルギとの接触を計画していた。
だが、ミツルギキョウヤは、彼の求める『勇者』足り得ない。
致命的に、非情さに欠ける。
…三流なのだ勇者としては。彼は惜しんでいた。
なお、これは、飽くまで彼目線の勇者像。第三者からすれば決して勇者ではない。
これは完全にゆんゆんが正しかった。彼は全く気がついていないが。
ミツルギでは、『地獄の公爵』で詰む。彼はそう確信している。
このまま鍛えていても、魔王軍幹部ベルディアにも恐らく勝てない。
ミツルギは、必ず正攻法で挑みかかるから。
ベルディアは騎士道に則りつつも、
魔王軍幹部として非情な決断も汚い手段も使うことが稀にあった。
その証拠に、魔王の脅威足り得る冒険者などは、
過去に何人も『死の宣告』で殺されていた。
今のミツルギには、ダーティな手が使えない。
故に、勝てない。彼はそう冷徹に判断していた。
教えようにも、接触しようにも、
何故か、ミツルギの仲間の取り巻き二名は仲間を増やさないように彼の周りを牽制していた。
彼は、ミツルギを、その仲間二名を何とか引き込もうと色々騙すために、策を色々仕込んでいたが、
今回の件でミツルギへの印象操作が不可能になってしまった。
無理だ。あの仲間二人の警戒心の強さは異常過ぎた。彼には理解できない程だった。
まるで、ミツルギに『異性』を近づけたくないようだと彼は思った。
故に、彼は、もし万が一、ミツルギがアクアを解放しろと言って来たら、
正々堂々返り討ちにする方針に切り替えた。
彼の普段の方針とは逆だ。
ミツルギは敵ではない。寧ろ、できれば友好関係を築きたい善人だ。
だが、あの仲間二人の性格からして、彼に敵意を持つことはほぼ確定だ。
あの二人は、彼の話を聞いて、ミツルギに色々悪印象を与えてくる。
彼には容易に想像できた。そして、彼女達は普通に優秀なのだ。
戦士と盗賊の組み合わせで後衛こそ不足しているが、補佐としては有り余るくらいには優秀だった。
だから、ミツルギに搦め手の経験を不足させていた。
彼はミツルギが仲間に頼り過ぎている現状とその不味さに気がついた。
…故に、ミツルギに『敗北』を死のない形で知ってもらう。
彼なり善意だった。赤の他人しかできない教育だと彼は悟った。
同時にこの世界では死に直結した問題だった。
このままでは、ミツルギはいずれ敗北すると確信した。
少なくとも、彼の想定している魔王軍には勝てない。
なお、彼の想定している魔王軍に勝てる存在等、この世界にいないと思考を読める悪魔は後に思った。
だが、ミツルギが万が一アクアを恩人などではなく、女神としてしか見ていない場合、
彼はミツルギとの接触は最低限にするつもりだった。
何故なら今、アクアは彼の教育の真っ最中だ。
そうなると女神扱いするミツルギは本当に邪魔だ。
彼は変な感情も含んでいるような気がしたが、わからなかった。
…何よりアクア自身を見ていないと、アクアは不快になると彼は何故か確信していた。
その場合に想定されるミツルギの姿勢はどう考えても、
アクアが景品のような扱いだと彼は考えていた。
どちらにせよ、ミツルギには、致命的な搦手に対する弱点がある。
ミツルギの今までの大よその冒険を聞いて彼はそう確信していた。
ミツルギは王都で王女様に気に入られている有名過ぎる冒険者だから、彼は簡単に知れた。
彼を慕う仲間二人には申し訳ないが、ミツルギには自分の『弱点』を知ってもらう。
彼なりの有り得た可能性の仲間へのせめてもの手向けだ。
彼の手向けは、極めて悪辣極まりない。
どう考えてもお人よしにしか伝わらない。
ただ、俯瞰して見れば、ミツルギには伝わりそうだった。
彼は全くそのことに気が付かない、彼はそんなもしもを振り替える程余裕がなかった。
だが、彼なりに他人のことを考えている余裕はあった。
だから、最後の分岐点で彼の計画は徐々に崩壊していくことになる。
皮肉にも、敵が彼を気がつかせる一助となった。
女神の学びまでの時間を稼いだ。彼の可能性の対価としては安かった。
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魔王幹部討伐の、冒険者ギルド内での宴を終えた彼とアクアは、はしゃいでいた。
なお、めぐみんとダクネスは先に帰った。
…めぐみんが酒を隠れて飲み、ダクネスが介抱していた。
彼は、めぐみんの介抱を手伝おうとしたが、
彼がいなくなるとアクアの収集がつかなくなるとダクネスと合意した。
ダクネスが自分の実家に一時めぐみんを、連れ帰るとのことなので頼んだ。
故に、色んな意味で空気を読めない彼とアクアの、二人だけが最後まで残っていた。
宴はもう解散していた。
二人して、予約した宿へ行く途中だった。
「楽しいわ!楽しいわ!皆、私達の活躍を褒めたたえてくれているわ!!」
彼は、宴の余韻を喜ぶアクアが子どもに見えた。
彼は嬉しそうに喜ぶアクアを見て、かなり『素』になっていた。
彼にしては、極めて珍しく、何も取繕っていない。
アクセルの裏の関係者などの、
彼の一部の側面しか知らない第三者が見たら驚くほどに、彼は笑っていた。
「それは、それは何よりで。
…今回の活躍は、『女神』様の活躍あってこそ。
故に、今回限りは、全力で祝いましょう!!フハハハハハハ!!」
彼も前世含めて、これほど楽しい思いはしたことがなかった。
彼に取って、最初から、自分の評価などどうでも良かった。
誰かに心から喜んで貰いたかった。
彼の前世の善意はたった一人にしか届かなかったからだ。
それも今わの際に知った事実だった。彼はそれで人生を満足できていた。
だが、彼は心から喜んでくれたアクアを見て、大変愉快だった。
直接接している『仲間』だからだろうと彼は推測した。
この瞬間だけは、彼は全てを忘れていた。
「そうよ!私は『水の女神』アクア様その人なのよ!!
もっと私を敬いなさい、そして、褒めたたえなさい!!」
アクアは調子に乗っているが、ここには誰も見ていない。
さらに言えば、聞かれても、狂人のたわごととして処理される。
ダストの反応から彼は確信していた。
ダストが居なければ、彼はここまで気を抜けなかっただろう。
彼は出会いに感謝した。
ダストの借金も多めに見てあげようと彼は思った。
ダストは王都への移送中に、アクセルで事故に会い儲けがパーになったらしい。
何と突然、洪水の被害にあったらしい。彼はとても不思議だった。
しかし、彼は不幸で借金をしたダストに金を渡すという選択肢を選ばなかった。
寧ろ、弱みに付け込み、ダストに恩を売った。
…彼はえげつなかった。
ダストに全く気取られていないのが最悪だった。
「ええ、実に惜しい。後は『知性』だけ。
それ以外は、女神として見ても一見問題ない」
彼としては本気でアクアを褒めたつもりだった。
だが、全然褒めていない。
彼は第三者から見れば、どう見てもアクアを貶していた。
「ちょっと!褒めるなら、もう少し褒め方という物があるでしょ!!
これだからボッチなのよ!!」
アクアの戯言も彼は全然気にしていない。
だが、ボッチいうな。彼はイラッとした。
「ハハハハ!そうですとも、俺は褒め方など知らない。
これでも最大限褒めているつもりなのだから見逃せと言いたい!!」
故に、彼は軽く、アクアを挑発した。
「何ですって!!調子に乗らないでよね!!
その貧弱ステータスでこのアクア様に勝てるとでも!?」
アクアは彼の『策』に嵌った。彼はもう勝ち筋が確定した。
今日こそ、
「目にもの見せてくれるわ!!この駄女神め!!」
彼はパーになった。
…彼の策が完全に狂った。
時間をかけて、アクアの勝ち目を無くす彼の作戦が台無しになった。
アクアの目つきが変わった。
「…一回、エリスのところに行って懺悔なさい!!」
彼は、アクアが本気になったことを悟り、敗北が決定したと悟った。
「何故だ!…何故勝てない!!策は完全に嵌っていたのに!!」
彼は本気でどういうことかわからずに叫んだ。
最初から全力の、本気のアクアには彼は、まだ勝てない。
彼が、どうやっても詰みだった。
アクアが、ジャイアントトードを殴った時の衝撃波から彼はその拳の威力を知っている。
アクアの身体能力を彼は知っていた。
…脳筋のゴリ押しで負ける。
ベルディアを嵌め殺した彼にとってそれは、本気でショックだった。
「頭でっかちな童貞には、私に勝つことなど不可能よ!!」
彼は、それは事実なので、受け止めた。
だが、駄女神には言われたくなかった。
「…地獄で後悔しながら懺悔なさい!!ゴッドブローッ!!!」
アクアは酔っぱらった勢いで、彼の腹部を全力で殴った。
それは見事なフックだった。彼には避けられないパンチ。
彼には、アクアの拳の軌道すら見えない。
だが、彼はアクア対策に、腹部に鉄板を仕込んでいた。
…彼も酔っぱらっていた。
冒険者ギルドにて、計画で余った鉄板を仕込む彼を見た冒険者から、
理由を聞かれて正直に答えるほどには彼は酔っていた。
…なお、この話はアクセル中に知れ渡ることになる。
仲間との、アクアとの喧嘩を前提に、腹部に鉄板まで仕込んで負けた男と彼は評される。
アクアが、最初から本気でなければ、これが彼の勝因となるはずだった。
だが、この仕込みのお陰で、彼は『地獄』には落ちなかった。
彼に取っての地獄、幸運の女神エリスの下へは旅立たなかった。
彼は気絶しそうになる。
アクアのパンチは平然と鉄板を歪めるほどの威力だった。
「俺の計画が…」
彼は完全に敗北したことを確信した。
彼は、目の前が暗くなるのを感じ取る。
馬鹿な、何故負けたのか。『幸運』があったはずなのに…
彼は幸運とは何か薄れゆく意識の中で、考えた。
「あり…」
アクアが何か言おうとしているのを感じ取るが、
アクアが本気で殴ったから彼には聞き取れなかった。
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翌日。
見知らぬ床に転がっていた彼はどうも、
アクアに宿まで放り込まれたと確信した。
彼の神器による外付けの幸運程度では、女神の幸運最低値には勝てなかった。
これは、彼が導きだした結論だった。
次は、必ず勝つと彼は自分自身に誓った。
…彼は端的に言ってアホだった。
この一連の計画においての彼のサプライズは不器用過ぎた。
彼には、『友人』がいたことがないから、こういった場で、
仲間にどう振る舞うべきか、全くわかっていなかった。
…だから、アクアにしか伝わらなかった。
めぐみんにもダクネスにもきちんと伝わらなかった。
彼なりの『思いやり』はなっていなかった。
その点だけは、彼と同じ程度に知性がなかったから、アクアにだけはきちんと伝わった。
皮肉なことに。
彼も『旅』をする。皆と一緒に。
それは、彼に取っても学びの旅だということに、彼はまだ気が付いていない。
だが、彼の計画通りの旅ではない。修正していく暗中模索。
皮肉にも彼が切り捨てたその可能性の旅をせざる負えなくさせる悪魔がこのとき彼に気がついていた。