どうやったらこの駄女神に知性を与えられるかについて 作:コヘヘ
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それは、誰も気が付いていない。
最悪の『策』は放棄された。彼は喜んだ。
だが、彼はまだ気が付かない。彼はそれを放棄できることが可能になったことを。
少なくとも『最悪』からは救われたことを。
彼は女神エリスから、手に入れた神器を確認した。
それは小さなペンダント。金色の星の形の小さなもの。
これを手にした転生者は贅の限りを尽くし、
魔王との闘いとは全くの無関係で死んだという。
確かに幸運だ。転生者としては。彼はそう思った。
元の所有者は、本当に世界を買える財を持っていたという、恐ろしい神器だ。
勿論、彼は所有者本人ではないので性能が、格段に落ちる。
…だが、ギャンブルで、あの国を破綻させることは可能だろうと彼は推察した。
文字通り、あらゆる手を尽くせば可能だった。
あの怪しい国は、馬鹿が裏から支配しているのだろう。
…宰相を正攻法で、排除できる可能性が見えた。
彼の完全な想定外の副産物だった。
裏から世界を支配しなくても良さそうだ。
彼は裏からの世界征服については、女神エリスにもバレるようにしていた。
彼からすれば世界を裏から支配する危険思想は女神エリスを引き寄せる囮だった。
副なる目的もあるが、幸運を手にしないと魔王討伐は無理だった。
幸運の低さから、彼はその方針を取っていた。
…あの世界を変えた、最大の『危険物』まで考えていた。
幸運が低ステータスの場合の、飽くまで、策の一つだが。
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計画の一つとしていくつかの組み合わせがあった。
彼が想定する最悪のシミュレーションの組み合わせがあった。
まず。この国から始まり、世界を裏から支配する。
これがその計画の第一段階。
魔王軍幹部を正攻法以外で倒す計画。
『地獄の公爵』は、残機を減らさないといけなかった。取引するために。
これが第二段階。
未知の魔王軍幹部の存在がある以上不明な点もあるが、
確実に仕留める計画は多数用意している。
最後に、裏から世界を操り、人類を魔王軍にぶつけ、戦力を割く。
その隙に彼が、魔王城ごと消滅するプラン。
これが、『旅』の間に行いつつ、最後は花火となる最終段階計画の一つがあった。
彼はその名を『消滅』と名付けた。
最後の、これは、はっきり言って、彼すら忌避していた可能性だった。
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最後の最終計画『消滅』。
これは、彼の持ちうる知識と技術を最大限悪意に転換すれば可能だった。
前段階の研究、マナタイトの簡易ダイナマイトもギルド長が確認した。
手持ちのマナタイトを爆弾にしてもらっていた。…爆発魔法級ではあるらしい。
全てのスキルが取得できる、冒険者ならば可能。
爆裂魔法を使えるアークウィザードが入ればさらによかった。
この研究成果を元に彼は思考を飛躍した。
理論上、核爆弾クラスに強化できると彼は確信した。
恐らく知識さえあればさほど時間はいらなかった。
さらに爆裂魔法があれば、それ以上の威力が、
魔王城ごとかき消せる物が作成可能な理論は作成できた。
...できてしまった。彼の脳内で。
その為に、金がいる。だから、地獄の公爵と彼は取引したかった。
...それ以外の可能性でも地獄の公爵との取引は不可避だった。
さらに言えば、アクセルの治安維持を彼はギルド長と約束していた。
もう、彼はどうあがいても地獄の公爵と取引する気でいた。
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生前、アメリカの高校生がそれを可能にしていたと、彼はネットニュースで知っていた。
彼は興味本位でその方法を調べた。
彼にとってその理論の理解は容易だった。
彼は物理の、教科書の隅にあったが、
教師が教えない分野『原子核と素粒子』を独学していたから。
…爆裂魔法は、誘発できる。起爆剤になる。彼は確信していた。
爆裂魔法による水素爆弾作成の可能性。
結論として、核爆弾を超える消滅を理論上は引き起こすことができると彼は考えた。
まず、爆裂魔法を知った際に気がついた。
そして、コロナタイトという物質の存在を知った。
さらに、上級魔法の一つ、凍結魔法(カースド・クリスタルプリズン)。
リフレクトという魔法を跳ね返せる光の壁の魔法の存在等々。
スティールも必要技能だった。物を取り出す、取り換えるのに使える。
…彼は、消滅を、水爆擬きを、形にすることが可能だと気が付いた。
この世界のスキルと科学を組み合わせれば。
確実に魔王城ごと消せた。理論上は可能。
…最低限以上の幸運さえあれば確実に後世に残さない。…隠蔽できる。
研究者では、魔王城の結界が突破できなかったからできなかっただろうプラン。
彼も恐らく、この水爆擬きを用いても、魔王城の結界は破れないと推察している。
どこかに、方向性は違えども、類する技術が現存しているかもしれないと彼は思った。
彼は自分でも、時間さえあれば、できる可能性を、壊れた研究者がした可能性はあった。
だが、彼は魔王軍幹部を倒すのに、その技術を、水爆擬きを決して使わない。
いきなり魔王城ごと消す。
最大の奇襲作戦だ。
だが、正攻法で『国』を正面から巻き込んだら、隠蔽不可能だった。
国が絡めば、絶対に後世の脅威になりかねなかった。彼の理論は。
だから、第一計画で、彼は世界を裏から支配し、
技術の知識を残さないように彼もろとも、自爆するつもりだった。
それを一度だけなら、誰も気が付かない。
…大爆発で魔王が死んだとしか記憶に残らない。
彼が、世界を裏から支配すれば全く気が付かれない。
アクアにも気が付かれないで、魔王討伐は完了すると思っていた。
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…だが、女神エリスから貰った、神器がその『策』を否定する。
幸運過ぎた。水爆等不要で、魔王討伐が可能なレベル。
女神エリスも、それに気が付いて、これを寄越したのは理解できる。
女神エリスも、彼に幸運がないから、裏から世界を支配する。
その手段しか取れないことを察しただろうと彼は確信した。
当初は、彼の危険性を見逃してもらう計画だった。
『幸運』があれば確実に水爆等、後世に残らない。
それは飽くまで可能性の一つ、方法の一つだったが。
だが、この神器があれば、当初の予定の旅に、
最後の魔王討伐にアクアを連れて行ける可能性が出てきた。
彼にとって、危険な水爆等、元々、嫌だった。
彼は、理詰めで行けるなら放棄したい策であった。
…今の女神エリスは、彼にはよくわからない。
彼の用意していた、技術が、ほぼ全て、不要になる。
この神器に頼り過ぎると、彼は自分の力だと、勘違いしてしまう。
所詮は借り物、いずれ返さないといけない。
…それを忘れかねない。
これは劇物だと彼は思った。
彼の計画を根本から否定する可能性を秘めた存在。
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女神エリスは、何を考えていたか彼は気になった。
こんな劇物を彼に与えたら、彼が最大限悪意で活かしたら、恐ろしいことになる。
彼は、二つ思いついた。
まず一つは、幸運漬けの傀儡にする可能性。
彼は、確かに幸運を手に入れられれば、全てを明け渡したかもしれない。
彼は、神器により、上昇した幸運のステータスを確認し、そう思った。
もう一つは…それはない。
女神エリスは完全に怒っていた。故にないと彼は思った。
彼には、女神エリスの考えが本当にわからなかった。それが彼の恐怖を生んだ。
想定外過ぎた。接触の早さと神器の効果が異常過ぎた。
...だが、彼の計画の大筋は変わらない。
女神エリスの目の存在がはっきりした以上、世界を裏から支配するのは諦めた。
核爆弾相当の危険物の計画も放棄だ。
それは飽くまで、手段の一つでしかない。無数に彼は計画していた。
その一つが無くなって、別の計画に修正を加えるだけ。
彼は、本来、この理論を確実に後世から、消せるだけの僅かな幸運が欲しかった。
言うなれば、書類を燃やせば終わるような形で。
たった、それだけの幸運が彼は欲しかった。
…世界に脅威を残さないために。
だが、この神器があれば、水爆擬きなど不要。
魔王討伐プランは、大筋は正攻法になる。
RPGの魔王討伐にならざる負えない。
過剰な方法は、水爆擬き等は、彼を慢心させる材料にしかならない。
彼は緩んではいけなかった。
最後の切り札と称して持つと油断する危険性があった。
水爆擬きのプランは消滅だ。
そもそもまだ、誰にも言っていない可能性だ。
恐らく女神エリスも気が付いていないだろうと推測できた。
彼はこの考えを基本的に唾棄していた。
彼は、世界を支配するのではなく、世界を解放する方向へ切り替えた。
だが、彼の計画は狂わない。最悪の方法が無くなっただけで、彼の本質は微塵も変わらなかった。
だが、誰もが後から、笑える『旅』にして見せる。
荒唐無稽な御伽噺にすることを彼は誓った。
第一目標の、アクアを天界に返すことに変化はない。
計画の最大の旅は何も変わらない。
だが、この幸運を合わせても、彼の死には変わりない。
女神エリスも彼の消滅と引き換えだからこの神器を渡すことに応じたのかもしれない。
...女神エリスが義賊稼業以外何も言わずに渡してきたことを彼は思い出した。
後から、更なる要求が来る可能性を感じた。どう考えても対価と釣り合っていない。
彼は改めて女神エリスに恐怖した。
そして、この対価を求めない行為こそ、悪魔からすれば邪神も良いところだった。
女神エリスは気が付かない。
後世に名を遺した、『彼』を騙せたという女神エリスの偉業は悪魔にとって恐ろしかった。
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もし、彼のステータスが大幅な変動があった場合、
ルナ女史が彼の過去の情報を改ざんすることになっている。
飽くまで過去の情報なら可能。冒険者カードを改ざんするわけでないから可能な方法。
冒険者ギルド長とグルだからできる荒業。
幸運が上がればほぼ確実に気が付かれないと彼は確信していた。
そもそも彼は、たった二週間足らずの新人。
初期で、想定されていた、女神エリスとの遭遇はキャベツ収穫の時期。
かなり早期に改ざんできる。
計画より簡単に情報を、改ざんできると彼は確信した。
彼は、元々、幸運の女神なら、幸運の神器は持っている可能性を推察していた。
神器回収で自分に近しい物はすぐに特定できると思っていた。飽くまでも仮定の話だった。彼からすれば希望的観測に等しかった。
だが、女神エリスの反応から察するに正解だと彼は考えた。
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この神器は、近くにないと効力を発揮できない。
さらに、幸運の指定が必要だ。
彼は女神エリスが隠れ潜んでいた程度の距離から、
彼を幸運の対象に選んでいたと推測した。
アクアの不幸を被っている彼は神器の効果をただ単に、彼の『想定内』になったと錯覚していた。
だが、純粋に凄い幸運になる神器なだけだった。
彼は、幸運の法則性、及び、神と人間の存在差の法則をほぼ確信していた。
神と人間との存在の格差。
上から下に落ちるような運命の法則。
物理学でいう、位置エネルギーのようなものだ。
彼はそれに気が付いていた。あまりの不幸の連続で気が付いた。
アクアと彼の二人きりの状態なら、不幸は彼に集中する。その法則性故に。
ここまで酷い不幸の連続は、恐らく、彼の転生チートがアクアなのも関係している。
だが、彼には、そこまでは検証不可能だった。
どのみち、彼はその検証を放置した。
法則が発覚して、下手にアクアに不幸になって欲しくはなかったから。
神器の効果は、恐らく、数百メートルは離れていても問題ない。
クリスは彼の感知外にいた。スキルで隠れている可能性もなくはなかったが。
どのみち、この神器は必要不可欠となってしまった。
彼はスティール対策の為にあることを思いついた。
彼は即座にそれを実行した。
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彼は、横腹を短剣で深く切り裂き、傷口を作った。
その傷口に小さな神器を押し込んだ。
血がボタボタと地面に滴り落ちるが彼は気にしない。
人気のない裏路地。…幸運にも誰もいない。
今の彼は幸運だ。致命傷にはならない程度に深く切り込みを入れられた。
彼は、体内に神器が入ったことを確認し、
ジャイアントトード討伐のために用意していた、
アクア不在時の可能性、彼が一時的にはぐれた場合のポーションで傷を癒した。
他人のテレポートの転移に巻き込まれるという有り得ない不幸も彼は想定していた。
彼は、低レベル帯のため、ポーションだけで、すぐに回復しつつあった。
彼は、一応、傷跡がないか確認した。問題ないと判断した。
アクアに気が付かれないと思った。
彼はこの一連の『手術』を一切の躊躇なく行った。
頭がパーになるのは痛みがかき消した。
故に、自分の意思のみで、悲鳴を押し殺した。
もはや、彼の修正された計画には、この神器がないといけなかったから。
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彼は、自分で手術を完了させた。もはや、神器と彼は一心同体だ。
スティールで取られる可能性も低くなったはずだと彼は思っている。
自分で自分を改造したマッドサイエンティストが魔王軍幹部にいると彼は聞いていた。
それから類推し、体内に神器を取り込めば、恐らくは取り出せないと彼は推定した。
本当はクリスにスティールを試して欲しかった。
だが、女神エリスを完全に怒らせてしまった以上、不可能だった。
幸運に差がある場合取り出せる可能性を、試せなかった。
…彼はそこが一番心配だった。
この神器がなくなれば、これからの旅で、仲間に被害が出る。
計画の最悪は無くなった。
あの水爆擬きは彼をして、完全に常軌を逸したものだった。
彼は、女神エリスに感謝した。
彼が、本気で嫌な策だったから、あまりに危険な物をぶちまけるのは彼の世界の脅威をこの世界に残す可能性だけは断じて避けたかった。
ただ、大筋は変わらない。魔王軍幹部討伐までの流れは変わらない。
魔王と対決する方法は別にも考えていた。水爆擬き等なくても問題なかった。
幸運が彼を味方についた以上、最悪は消えた。彼に取ってその手段はもはや必要なくなった。
だから、彼は『道化』になることを決めた。旅の共として。
彼の本質は変わらない。最悪の可能性が、歴史の闇に消え失せただけだ。
...だが、大きな前進であった。彼に、自らの意思で、策を放棄させたのは後の一手になった。