どうやったらこの駄女神に知性を与えられるかについて   作:コヘヘ
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彼は、『女神』という存在をきちんと理解できていなかった。
女神エリスもそこまでは想定しない。

故に、彼の『計画』は微妙に破綻していた。
だが、確かに一見彼の想定通りに動く。

彼が、危険なのは確かだから。

...彼の想定とは違う形で。


アクアに知性が足りないなら、彼には愛は足りなかった。


だが、それは、まだ後の話だ。彼はまだ気づかない。

...女神という存在の意味を。


第五話 『計画』

深夜午前一時頃、彼は、馬小屋を抜け出し、冒険者ギルドに向かっていた。

 

 

 

冒険者ギルドは緊急時に備えて24時間対応可能な施設である。

 

とはいえ、いつも24時間空いているわけではない。

 

飽くまで、緊急時の対応が可能なだけだ。

 

 

緊急時で有名なもの、例えば、『デストロイヤー警報』だ。

 

 

通った後は、アクシズ教徒しか残らないというデストロイヤー。

 

かつて存在した魔導技術大国ノイズ。その発展において最大の貢献をした『研究者』の暴走。

 

 

彼は、そのノイズ国の研究者を女神アクアの送り出した転生者とすぐに看破した。

 

魔王討伐のために、この世界の過去の文献を調べていた彼は簡単にそのことに気が付いた。

 

 

明らかに技術力が、その時代、その国だけ浮いていた。

 

 

…ギルド長からの資料だけでない、

 

アクセルの住民からの伝聞ですらその異様さが容易に伝わる程に、

 

その時代のノイズ国は『おかしかった』。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

彼は、数百年前から、魔王と転生者の戦いは確実に存在したと理解した。

 

 

彼はその時に改めて、魔王討伐の無謀さも理解した。

 

 

ここまで世界に影響を及ぼしていれば恐らく、いくらアクアでも覚えているだろう。

 

彼はそう思った。明らかにオーバーテクノロジーの勇者候補だった。

 

恐らく、彼の推察通りなら惜しいところまでいけた勇者だ。彼は確信していた。

 

 

だが、彼は、アクアはそのノイズの勇者候補を覚えていないような気がした。

 

…これまでの付き合いから。二週間とはいえ、何となく、悟った。

 

アクアなら覚えていなくてもおかしくない。

 

 

「いや、デストロイヤーや職業冒険者の低評価等は、アクアも知っていた」

 

彼は、パーになり思考が漏れる。

 

周囲を警戒するが、誰もいない。誰も気が付かない。

 

もっとも、聞かれていても何もわからないだろう。

 

彼はそう確信し、ホッとした。

 

 

しかし、覚えていなくても仕方がないような鳥頭なのだ。アクアは。

 

 

「この『研究者』は恐らく初期は真面目に魔王討伐しようとしたのだろう」

 

彼はもう独り言の感覚で思考を漏らす。

 

聞いていないし、警戒しても意味がない。

 

 

彼は、研究者が残されている文献から察するに人生後半から諦めたと推察した。

 

…致命的な、そして決定的な何かが足りなかったのだろう。

 

 

彼は、研究者には、魔王城の結界がどうしても破れなかったせいだろうと推測した。

 

さらに、そのアプローチ自体の問題もあった。

 

 

恐らく、研究者のアプローチは『富国強兵』だ。

 

ノイズ国の強化方針。人類一丸となった魔王討伐が目標だったと推察した。

 

だが、それでは、魔王軍の『幹部』には届かない。彼はそう思った。

 

 

現代文明、兵器ですら、通用しないほど、魔王軍幹部はチート過ぎた。

 

…あまりにも格が違う。正攻法で人間では勝てない。

 

 

ギルド長の情報からその事実は判明していた。

 

彼が余裕で討伐可能とした魔王軍幹部、デュラハンのベルディアですら、

 

『死の宣告』を使って逃げに徹されたら詰む。

 

 

アクア以外、正攻法で対処するほかない。

 

ベルディアに逃げられる前に殺すしかない。

 

さらに、ベルディアの近接能力は、彼からすれば与えられただけでチート能力を活かしきれていない即席勇者程度なら纏めて容易く屠れるものだった。

 

 

記録にある限り糞チートだ。反則だ。

 

ベルディアの近接戦闘能力及び持久力は。

 

アンデッド故に、致命的な損傷か、首を取り上げでもしないと行動阻害は、無理だ。

 

 

もう一人わかっている、魔王軍幹部のデッドリーポイズンスライムは触れれば死ぬ。

 

さらに、耐久力があり過ぎる。

 

 

この世界でスライムはTRPGの元祖1970年代の『D&D』並みの存在だった。

 

…規格外だ。

 

デッドリーポイズンスライムは毒や酸で周囲、全てを汚染する。

 

 

だが、アクアと、行動不能にできる誰かが入れば対処可能だった。

 

スライムの魔王軍幹部の討伐自体は容易だと彼は分析した。

 

 

彼は、出来れば『氷の魔女』ウィズに協力を依頼したかった。

 

だが、恐らく彼女はアクセルを魔王軍から守る取引をしていると彼は推察した。

 

 

彼女の過去を知りたいが、流石にそこまではギルド長は知らなかった。

 

彼は、ウィズが有名人だけあって、

 

もっと時間があればわかるだろうとその件は後回しにした。

 

 

故に、ウィズを動かすのは、ほぼ無理だろう。彼は確信した。故に計画を立てた。

 

 

結論として、『デッドリーポイズンスライム』の討伐は可能だ。

 

条件さえ整えば、氷漬けなどという手段など必要ない。

 

そう、アクアが入れば可能なのだ。彼はアクアがチート過ぎることを悟った。

 

 

万全の計画、そして、学びの『旅』を整えられた。問題はどこにいるかだ。

 

計画の都合上、デッドリーポイズンスライムがアルカンレティアにいるなら、最悪だと彼は思った。

 

魔王軍幹部がわざわざ出向く価値は、言われぬ風評被害の打破ぐらいの価値しかない。

 

敵対勢力の嫌がらせにわざわざ魔王軍幹部が出向くのは、彼からすれば馬鹿だ。

 

情報戦や印象操作は彼に取って当たり前の行為だった。

 

だから、アルカンレティアに魔王軍幹部が出向くこと自体その風評被害を助長しかねないと彼は考えていた。

 

アクシズ教徒はどこにでも生えてくる雑草並みの生命力がある。

 

彼は、わざわざアルカンレティアを滅ぼしたら人類全土に変態が汚染される危険性に魔王軍が気が付かないはずはないと思っていた。

 

さらに言えば、アルカンレティアを滅ぼしたら、今度こそアクシズ教徒は本気になる。

 

彼は、その恐怖を計算できた。地獄の公爵を魔王軍幹部にできる魔王軍が計算できないはずはないと考えた。

 

 

だが、もし、万が一だが、アルカンレティアにデッドリーポイズンスライムがいたのなら確かに水の都を汚染するには最適だ。

 

源泉に行ければアルカンレティアは詰みだ。

 

 

その魔王軍幹部の対策の為には、あのアクシズ教を全面的に洗脳する必要がある。

 

 

彼が、アクアが、そんなことすれば、魔王討伐以前に本気で世界が危うい。

 

彼はそう思っていた。魔王軍がそこまで愚かでないことを祈った。

 

彼からすればアクシズ教徒は異常な存在だ。世に放たれれば世界が死ぬ。

 

彼に言わせればアクシズ教徒のプリースト連中のスペックの高さだけは本物と思っている。

 

おそらく、エリス教が数ならアクシズ教は質だ。

 

皮肉なことにアクシズ教徒は魔王討伐に向いている人材だった。

 

カタログスペックだけ見れば、彼は情報分析を通して宗教の恐ろしさを学んでいた。

 

教会に所属した年数比で見るとアクシズ教徒の方がプリーストとして破格の才能を有していた。

 

才能の無駄遣い集団、変態だらけの宗教。

 

それが彼にとってのアクシズ教の見解を纏めたものだ。

 

アルカンレティアに攻め込むのは彼からすれば愚作だ。

 

彼からすれば、敵に回すよりも、魔王について言いたいように言わせておけば良いとすら思う。

 

彼はアクアがご神体と思うとこのスペックだけの高さに納得した。

 

故に、アルカンレティアに魔王軍幹部が現れれば、アクシズ教徒を洗脳してアルカンレティアに釘付けにするしかない。

 

彼も魔王も世界もギリギリセーフな結論だった。

 

だが、それをすれば完全にアクシズ教徒は調子に乗った。彼はそれを本気で恐れた。

 

魔王軍の情報分析官がアルカンレティアを攻め込むことを提案していたら、彼はそいつを絶対に許さなかった。

 

彼に取って、情報戦と心理戦の基礎もわかっていない愚か者だからだ。

 

 

 

...なお、彼の想定した最悪の下手人。つまり愚か者はいた。

 

それは魔王軍幹部、それも人間だった。

 

彼はそのアホを絶対許さなかった。

 

策略家気どりだったのが、彼と彼の想定を覗いてその可能性に気づかせた元同僚を完全に怒らせた。

 

後に、彼ら二人は、アクシズ教徒を懲らしめる為に旅にでた。

 

だが、アクシズ教徒は強すぎた。どうあがいても勝てなかった。

 

 

 

全ての結論として、女神アクアはチート過ぎた。

 

だが、彼はそうでもしないと魔王討伐等不可能と確信した。

 

 

彼の結論だ。

 

 

ノイズの研究者の富国強兵路線では、魔王討伐は不可能。

 

そのような正攻法の手段では無理だ。

 

 

富国強兵前に、国を魔王軍幹部に襲撃されればほぼ詰む。

 

 

『死の宣告』や触れただけで死ぬ、心を読む魔王軍幹部は倒せない。

 

 

圧倒的個人技の前には、いくら、強兵を揃えても、

 

技術を高めても、無力になる可能性が高い。

 

ノイズ国は、実際そうだったのだろう。

 

 

証拠に、魔王は未だに健在だ。魔王には娘までいる。

 

 

後継者問題も解決していた。

 

 

だが、彼は魔王さえ倒せば、カリスマが失われると判断した。

 

 

魔王の娘は倒さなくても別に問題ない。

 

 

彼の計画なら、魔王軍は空中分解する。

 

 

これまでの戦争から潜在能力は、

 

魔王の娘の方が厄介かも知れないので、これは不幸中の幸いだった。

 

完全に魔王の娘に魔王軍が掌握されたら、詰む。

 

 

彼は戦争などできない。現地の表勢力に頼るほかなかった。

 

だから、魔王の娘の戦争の戦術に対抗できない。

 

 

思考だけで上手く行くほど、経験値には勝てない。

 

まして、魔王の娘は何度となく戦場で戦ってきた猛者だ。

 

彼は、戦略はともかく、正攻法の戦争、つまりは、戦術では彼女には勝てないと確信した。

 

 

だから、フェードアウトしてもらう。

 

勝てないなら、その前提の、象徴である魔王そのものを倒せば良い。

 

魔王はチートとは言え、個人。

 

 

部下から引き剥がして、本当に、なりふり構わなければいくらでも倒しようがある。

 

 

彼は、魔王の娘の命は取らないからどっかに行って欲しかった。

 

 

…まともに相手をすれば、魔王の娘は厄介だ。魔王よりも。

 

 

分析の結果わかったことは、魔王の娘は、彼にとって相性最悪だと言うことだった。

 

 

…彼に幸運値が足りて、魔王の娘にスティールが使えれば、

 

身ぐるみ剥いで放置だけで済むのだが。そう思った、彼は『外道』だった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

正直、研究者で魔王討伐など、

 

それこそ人類自体を進化させでもしない限り不可能だと彼は思った。

 

 

…その瞬間、彼は『紅魔族』という種族そのものに疑問を覚えた。

 

 

彼らは、明らかに、アークウィザードにだけ特化した種族だった。

 

 

高火力で頭がおかしい。魔王軍すら近づかない集団。

 

ゆんゆんは普通だったから頭がおかしいというのは失礼じゃないかと彼は思っていた。

 

 

「…まさか、『研究者』はやったのか?それを」

 

彼は、冒険者ギルドに入る前にまた頭がパーになった。

 

またもや、独り言として言葉が出た。出てしまった。

 

 

幸い、聞かれても、問題ない。誰もいない時間帯だ。彼は今、一人だ。

 

 

約束まで、一時間も時間があった。

 

 

だから、彼は思考した。

 

…彼に近しい発想をした研究者の末路を思いながらも考えた。

 

 

彼は、紅魔族が改造人間の場合、研究者の晩年は『壊れていた』と推察した。

 

初期の研究者のアプローチは、常識的過ぎた。資料が一部現存していた。

 

 

それから推察できた。彼は間違いなく最初は常人だった。

 

まともな人間だった。彼からすれば。

 

 

研究者の遺産は、この時代の魔法文化として残ってもいた。

 

彼から見ても、偉大な研究者だった。

 

 

その研究者が、晩年はデストロイヤー等を作っていた。

 

 

例え、ノイズ国の指示でも、初期の研究者なら聞かないであろう要求だった。

 

 

少なくとも、彼が調べた、研究者の人物像ならば決して作らない。

 

 

人類に被害を与えかねない兵器。

 

彼からすれば、対魔王の戦略兵器としては杜撰も良いところだった。

 

 

魔王城に立てこもれば、余裕で対処可能な兵器だ。デストロイヤーは。

 

 

魔王討伐が、無理ゲ―過ぎて、研究者は壊れた。壊れないと自分を保てなかった。

 

 

彼の推測だが、これは恐らく間違いないと思った。

 

彼に似ている戦略だから。

 

 

彼の計画は、最初から、研究者の方針、富国強兵のアプローチを破棄していた。

 

 

時間がないから。寿命の間にアクアを返す時間が。

 

 

だが、研究者には、感謝した。

 

彼は、その可能性を、彼の知識、才能を存分にいかした富国強兵路線をどうしても、最後まで、放棄できなかった。

 

その分野でチート能力者、研究者が失敗したのなら、チートなどアクアの彼では無理と理解した。

 

 

彼は、未練がましい思いが完全に消え失せた。元々だが。

 

 

研究者のお陰で、彼の計画はより万全になった。

 

…研究者の失敗で彼は確信した。

 

 

彼は、デストロイヤーも始末してみせると誓った。

 

 

彼は、結界は恐らくアクアなら解除できると思った。

 

さらに、デストロイヤーは爆裂魔法で消し飛ばせる。

 

内部にあるコロナタイトはテレポートさせれば良い。

 

何もないところに、廃城など望ましい。

 

彼の計画の時系列さえ合えば、ベルディアごと吹き飛ばしたいくらいだ。無理だが。

 

 

彼は、氷の魔女ウィズとの接触理由ができた。

 

彼女もデストロイヤーならば協力してくれるはずだと思った。

 

 

デュラハンが片付いたら、デストロイヤーを始末する。

 

 

彼は、それが、魔王討伐が関係なくともしてみせると誓った。

 

 

彼のもう一つの可能性が改めて、

 

不可能と気が付かせてくれた、研究者への感謝として。

 

 

アクアの説得を思いつかないといけない、

 

結界破壊の能力を確認しないといけないと彼は考えた。

 

 

ウィズの貧乏店主への接触理由、その他利益の確保。

 

及び爆裂魔法の使い手の紅魔族の確保が必要だった。

 

 

彼は、金などいらない。寧ろ、計画には『最低限』で良いと考えた。

 

 

あくまで、計画の最低限だ。桁がおかしいかもしれないが、全く問題なかった。

 

 

地獄の公爵との取引、及び幸運の女神との取引があれば容易だろう。

 

地獄の公爵の願いを知りたいが、知ったら彼は地獄の公爵に勝てない。

 

 

彼は、地獄の公爵の抱く野望はくだらないもののような気がした。

 

 

…地獄の公爵は、基本的に無害とは聞いてはいた。

 

情報は、心が読めると聞いた段階で、ストップした。

 

…彼が勝てなくなるから。

 

 

「完全に魔王より強そうなのに、心を読めるとかいうのはチート過ぎる」

 

彼はまた、独り言を溢した。

 

 

…支配も何もしない悪魔の価値観は恐らく『愉悦』だろう。

 

彼はそう結論付けた。

 

 

彼は思考実験で見たこともない、知りもしない相手のことを考えていた。

 

 

時間があるとはいえ、無駄なことを大分した。彼はそう思った。

 

 

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彼は、できればデストロイヤーを秘密裏に始末したかったが、

 

肝心かなめの、アクアを動かせる材料がなかった。

 

 

…絶対、アクアなら参加を拒否する。彼は確信した。

 

 

彼は、いっそのことアクセルにデストロイヤーが来てくれれば良いのにと思った。

 

 

それが、恐らく、後のフラグだった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

時刻は、午前3時半。

 

 

彼は、冒険者ギルド長との『密談』は終わった。

 

ギルド長には、アクアのことは完全にバレた。

 

しかし、ギルド長は驚きもしなかった。

 

 

彼からそう言う何か別の存在感。

 

普通ではない規格外の物を感じ取ったらしい。

 

 

彼の周囲の評判は、一部を除き、貧弱な冒険者かつ変態の汚名を背負った汚物だが。

 

 

彼はもはや気にしないが、こうまで違うと確信できた。

 

 

ギルド長は、やはり彼の狂信者になっていた。神扱いは辞めさせたが、もう修正不可能なレベルに深刻化してしまった。

 

 

だが、ギルド長は最後に、彼に、こう言った。

 

「やはり、私は、あなたの作る世界が見たい。

 

 どうか生きてくださいませ。どれだけ血が流れようとも良いではありませんか!

 

 あなたの才があれば、その後の世界は理想郷です!!

 

 どうか、どうか、計画の見直しを!魔王等、後からどうにでもなります!!」

 

魔王討伐の、『計画』のためには、彼は死ななければならないのだ。

 

 

そんな懇願をされても、魔王討伐を果たさなければ、しなければ、

 

女神アクアが天界に帰れないのだ。

 

 

最短で確実に返す計画はこれしかない。なかった。

 

 

アクアを、教育できても、

 

アクアが帰れない可能性があるのであればそれは、論外だった。

 

 

彼は、計画通りに、魔王幹部ベルディア討伐できるまで、

 

ギルド長とは会わないと伝えた。

 

 

彼は、ギルド長の懇願など無視した。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

やはり、世界の脅威としての自分は排除しないといけない。

 

 

彼はギルド長との会話から察した。

 

 

彼が、悪の才能を活かせば、世界を支配できる。恐らく、容易くできると確信した。

 

だが、血が確実にでる。彼の最適解は危険過ぎた。

 

 

神の存在が証明できた以上、それはしてはいけない。

 

何より、アクアが、恩人が神なのだ。

 

 

彼が生前信じていなかった。いないと思っていた存在。

 

 

『神罰』ではない。

 

 

…自分自身での断罪を彼は望んだ。

 

 

彼は、アクアに神罰を行って欲しくなかった。

 

 

恩人から裁きを受けたくなかった。

 

 

彼は不本意とはいえ、初めて手を差し伸べてくれたアクアからのそれが嫌だった。

 

 

彼は何よりも『孤独』は嫌だった。

 

仮初でも、アクアと入れば孤独ではないのだ。

 

 

だから、ギルド長の懇願は不可能だ。決して受け入れられない。

 

そこまで彼を、高く買ってくれたことに思わないことがないわけではない。

 

 

彼は、当然、最後には、孤独の覚悟はしている。

 

 

そのためには、幸運の女神と取引をしないといけなかった。

 

キャベツが飛ぶなどシュール過ぎる世界だが、

 

それしか最短の接触はできないだろう。

 

 

彼には幸運が、致命的に欠けているから。

 

今後、想定される女神エリスとの取引は重要だった。

 

 

 

対価は、彼の存在抹消。

 

彼はこれなら女神エリスも取引に応じると思った。

 

女神エリスが望むなら、義賊稼業を手伝っても良い。

 

 

それくらい自分が危険な才能なのを彼は理解した。

 

女神エリスがそう想定するのも計画通り。

 

彼女が『狂信者』ならきっとそうする。

 

 

…善人とは言え、恐らくだが、女神エリスは、

 

極論すれば悪は死ぬべきと考えている。

 

 

…彼は完全に悪の才能を持っていた。自分で嫌になるほど。

 

 

女神エリスなら、成功する。彼は確信した。

 

 

だから、彼は全て計画通りに進めるだけにした。

 

 

彼は、それしか思い付かないから。想定外も恐れない。

 

 

それが、彼自身の破滅と知っていても彼は一切気にしない。

 

 

彼は、恩人である女神アクアを教育しようと、

 

利用しようとした時点で来世や今世での幸せなど許されるわけがないと確信していた。

 

 

何より、彼はこの世界で気が付いてしまった。

 

彼は、両親の言う『思いやり』ができない、欠陥品であることを確信してしまった。

 

 

だから、もう、彼は止まらない。

 

ゆんゆんの件で、友という概念を勘違いしていた時点で彼の未練はもうなくなった。

 

 

友情も愛も理解できない自分など、そんな異物など、

 

破滅の才能しかない自分など、世界の害悪と彼は悟ってしまった。

 

 

…だから、全てを利用する。

 

 

せめて、アクアに恩義を返すために彼は考え続けた。

 

アクアは、彼が望んでいなかったとしても手を差し伸べてくれた初めての存在だった。

 

 

…彼に『思いやり』ができないなら、そうするしかない。

 

 

彼の全てをかけて、何者も、自分すらも欺いて見せると彼は誓った。

 

 

神などではない。

 

彼は神に祈らない。何よりもう、祈れない。

 

だから、自分自身の全てを懸けて誓った。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

だが、彼は気が付いていない。

 

彼には『客観的視点』がやや欠如していた。

 

 

最も、それを気が付くのは無理な話だ。

 

 

それは人間では思いつくはずがなかった。彼ですら気が付けるわけがない。

 

彼に、それをさせないために『転生』という手段を用いようとした。

 

そんな存在など、理解できるわけがなかった。

 

そんな手段そのものを彼は拒絶していたのだから。

 

 

 

…その女神には、彼の言う通り知性が足りなかった。

 

それも、致命的に、だ。

 

 

 

…だが、女神は旅をする。

 

彼と共に魔王討伐の無茶苦茶な旅路を行っていくことになる。

 

女神にとって彼の拉致に等しい所業が始まりの不本意な形だったが、女神は何も知らずに楽しんでいた。

 

 

『旅』を通して世界を学ぶ。

 

 

それは彼の計画通りだった。

 

今は彼以外誰も気が付いていない計画を、

 

学びの旅で否定する女神の可能性の模索の旅路だ。

 

 

 

それだけが、彼という『箱』をぶちまけて、

 

最後に残された『希望』だというのは、

 

今は、まだ誰もそれに気が付かない。

 

 

異常なまでの魔王という才能を持った壊れた人間を治せる存在は、

 

皮肉にもただ一人だった。

 

 






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