女子レスリングの吉田沙保里選手が現役引退を表明した。五輪で三連覇するなどの功績にとどまらず、一人の人間としても後進のお手本となり続け、女子スポーツ界に大きな足跡を残した。
現役から身を引くことを表明した吉田さんの功績は、ここではとても書き尽くせない。
二〇一二年ロンドン大会まで五輪三連覇を果たし、切れ味鋭いタックルで攻めに徹するレスリングには「霊長類最強女子」という異名までつけられた。
選手団の主将として出場した一六年リオデジャネイロ五輪は、決勝で敗れて銀メダルだった。四連覇を逃し「ごめんなさい」と涙ながらに口にした姿からは、世界の頂点に君臨してきた選手にしか分からない責任、そして重圧を感じさせた。
吉田さんは周囲の期待を一身に背負って戦い続け、私たちに勇気や感動を届けてくれた。心から「お疲れさまでした」と声をかけ、その労をねぎらいたい。
吉田さんの功績は、記録に残る競技成績だけではない。試合を離れればテレビのバラエティー番組などにも積極的に出演し、明るい笑顔を振りまきながら「結婚したい」「彼氏ができたら肉じゃがを作ってあげたい」など、その時々の思いを語ってきた。
レスリングだけではなく、一人の人間として自身が思う幸せを追い求める。そのような姿に魅力を感じ、レスリングに足を踏み入れる選手も少なくなかった。
さらに、そんな後進の選手たちのお手本となることも忘れなかった。リオ五輪金メダルの登坂絵莉選手が「吉田さんからはレスリング以外でも全てのことをまねていた」と話すように、一挙手一投足が常に見られていることを自覚し、周囲の人には敬意を持って接し、軽率な行いはせず、自身を律した。そのような模範的な姿が、人間的魅力を一層に広げていった。
一昨年は女子フィギュアスケートの浅田真央さん、女子ゴルフの宮里藍さん、そして昨年は卓球の福原愛さん-。女子競技を先頭に立って引っ張ってきたアスリートたちが、ここ数年は相次いで現役を退いている。彼女たちも競技者として一流であると同時にお手本であり続け、後継者たちがそれにならっている。
吉田さんの引退は女子スポーツが世代交代期に入ったことを一層に際立たせる。愛され続けた最強女子の思いが、今後もつながっていくことを望む。
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