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未来の紅茶っぽい銀河帝国に転生したチートが無双するだけの話 作者:猫弾正
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3-14 軍法会議 その1

「乗組員用のエレベーターを使いましょう。客用の階段やらエスカレーターには、連中の目があるかも知れません」

 ミュラ少尉が用心深さを発揮して提案した。メルト自由軍が何らかの目論見を抱いている場合、ユル・ススとオベロン号乗組員や海軍軍人たちとの接触を嫌うはずであった。

 マクラウド中尉は、第3格納庫の奥にある扉をカードキーで開けた。周囲には、ミュラ少尉のドローンが浮かんでおり、他のドローンの姿や電磁波を探査している。

「怪しいドローンやドロイドはないわね」

 ドローンを見ているユル・ススに、安心させるようにミュラ少尉は微笑んだ。


 乗組員用エレベーターへと続く専用通路を進みながら、マクラウド中尉がつぶやいた。

「突然に電脳にメールが割り込んできたからビックリしたよ」

「ご免なさい。あの……」とユル・スス。

「いや、いいんだ。理由は分かっているからね」

 マクラウド中尉はうなずいたが、それにしても途方に暮れた様子でつぶやいた。

「それにしても軍用回線だったんだがなあ……」

 その一言に沈んだ様子のユル・ススを見て、マクラウド中尉は軽く首を傾げた。

「うん。そうだ、私の私用回線を教えておこう」

 名刺を取り出すと、ユル・ススの手に握らせた。

「その代わり、今度から軍用回線にハッキングしては駄目だからね」

「あ、ありがとう」

 ユル・ススは、貰った名刺をそっと唇に押し当てて嬉しそうにほほ笑んだ。

 マクラウド中尉も微笑んでうなずき返した。


 第3格納庫から中層区画へと続く乗組員用エレベーターに3人が乗り込むと、ミュラ少尉がボタンを押した。

「……あのね。皆、いい顔をしないの。お姉ちゃんも。最近になって、自由軍の連中たちが悪口を言って回っていて」

「なんて?」

 ミュラ少尉が王立海軍将校にしてはいささか軽すぎる口調で尋ねると、ユル・ススは少しだけ言いづらそうに唇の端を曲げた。

「本来の自分たちは偉大な種族なんだって。ログレスなんかの下風に立たされるのは屈辱だって……ごめんなさい」

「列強以外でログレスをごときっていう人たち、久しぶりね」とミュラ少尉が肩をすくめた。

 マクラウド中尉のほうを眺めて、つぶやいた。

「最近だとヤール人以来じゃないかしら」

「……公的にはな。しかし、裏ではそんな連中は結構いるものだよ。例え搾取や圧政はされんでも、頭を抑えられれば面白く思わないものだよ。まあ、それほど目くじら立てることでもあるまい」とマクラウド中尉が腕組みしながら呟いた。

「ヤール?」とユル・スス。

「あ、ん。ヤームだったかな。まあ、そういう連中がね。宇宙にはいるものだよ。君は気にせんでいい」

 何かを誤魔化すように気まずげに手を振ったマクラウド中尉の言葉を、ミュラ少尉が補足した。

「ヤールですね。LBCドキュメンタリーで見ました」ドキュメンタリーや娯楽、教育番組の質の高さで銀河中に定評のあるログレス国営放送の名をあげる。

「その話題は、もうよかろう」なぜかマクラウド中尉が不機嫌そうに言う。

「あれは面白かったわ」とミュラ少尉がくすくすと笑った。

 よく分からないで首を傾げたユル・ススだが、マクラウド中尉は少し考えてから告げた。

「自由軍のやってることは、他にあるかね?」

「他の人から食べ物やお金を取り上げている。徴発だって言って。バカみたい。恵まれたものなのに。それで、ログレスの悪口を言ってる。年かさの人たちは大丈夫だけど、あの……若い人たちや子供なんかが誘われていて。断ると囲まれて脅かされたり」とユル・ススの言葉に、マクラウド中尉は唸った。

「思ったより深刻だな……そうなると早めに手を打ったほうがよかろう」

「今は、まだ20人か。多分、それくらいだと思うけど……」とユル・ススが言うと、マクラウド中尉もうなずいた。

「うむ。一握りの者の犯行で片付くうちに済ませるほうが、メルト人の為にもなるだろう」


 王立海軍水兵の起こした乱闘の件で、オベロン号保安隊の事務室に呼び出されたクイン大尉は、そこに先に来ていたピアソン大尉の姿を認めて、挨拶した。

「やあ、ピアソン君。気苦労が絶えんな」

 後ろ手に組んで壁の3D航路図を眺めていたピアソン大尉が振り向き、うなずいた。

「クイン君。今回は迷惑をかけたな」

 下層部の食堂で乱闘騒ぎを起こしたのは、ピアソン大尉の部下とオベロン号所属の下級船員であった。

「取り調べは後5分で始まる。急ごう」

 軽く敬礼したピアソン大尉は、取調室に向かって先に歩き出した。

 相変わらずのピアソン大尉の落ち着き払った振る舞いに、クイン大尉は少しムッとした。ピアソン大尉の物言いは、まるで古参士官が若い士官に対した時に取るような態度であり、聞いたような口の利き方を小面憎く感じたのだ。クイン大尉のほうが先任と来ては尚更であった。

 だが、艦内での序列を明確にすべき海尉や士官候補生などと違って、海尉艦長は小なりとはいえ独立した一艦艇の主である。加えて勅任艦長のように臨時で小艦隊の指揮を執るようなこともない為、通常、先任序列はさほど重視されない。それに貴族士官と平民士官の場合、例え階級が同列であっても、スループ型軍艦の艦長と雷撃艇艦長のように前者が等級で上回ると見做され、指揮を執るのが慣例となっていた。

「ふん。では、乱闘を引き起こした馬鹿者どもの顔を見に行くとしよう」

 肩をすくめたクイン大尉の後に、艦長付き艇長コクスンのハンフリーズが付き従った。


 先に法廷の場にいたソームズ中尉、そして特務曹長を含む4名の海兵隊員レッドコートが、ピアソン大尉とクイン大尉の姿を認めて敬礼した。

 二人が法壇に着席してから、ソームズ中尉が保安隊員にうなずいた。

「では、被告人たちを連れてきたまえ」

 オベロン号の保安隊員たちが、王立海軍の水兵とオベロン号の船員を法務室へと連行してきた。

「被告人たちを連行いたしました」

「ご苦労」と法壇からピアソン大尉が素っ気なく言った。

 普段は船内での簡単な民事、刑事事件を裁く簡易裁判所を兼ねた法廷であるが、今は軍事法廷の場ともなっている。

 王立海軍において第一審にあたる下級軍事法廷において判事は3名。判事となる資格を有するのは将校だけでありこの場合、ピアソン大尉とクイン大尉を除けば、ソームズ中尉、マクラウド中尉、ミュラ少尉が該当するが、3人ともにピアソン大尉の部下であった。

 ピアソン大尉の部下が容疑者の一人であるので、公平性を確保するためにオベロン号からもケンダル2等士官が判事として出席していた。主席判事は、ピアソン大尉が務める。序列は先任であるクイン大尉が上であるが、ピアソン大尉は貴族。かつ法律上の資格要件を満たしており、二重の意味で優先された。1対1で判事の意見が割れた場合、主席判事の判断が優先される。

 要するに見た目だけの公平性だな、とクイン大尉は皮肉に思った。残りの二人揃って反対しなければ、ピアソン大尉の判断がそのまま通ってしまう。


「では、これより軍事法廷を開廷し、審理を開始する。被告人を前に」

 審判用小槌ジャッジガベルを鳴らしたピアソン大尉が宣告した。エドともう一人のオベロン号乗組員が保安隊員に挟まれていた。連行されてきた3等水兵エド・グリーンは蒼白になっていた。もう一人の若者、オベロン号の下級船員トレイシー・ハットンの方はふてぶてしい笑みを浮かべている。


 ピアソン大尉とクイン大尉、ケンダル2等士官の前に、エドともう一人の水兵が連行されてきた。

 エドは唇の端が切れており、相手は、顔が腫れ上がっている。

「暴力行為、および設備の破壊」

 検察の席に座ったソームズ中尉が、エドの罪状を読み上げた。

「さて、エド・グリーン3等水兵。君が騒ぎを起こすのは3度目だ。1度目は、ブランドン3等水兵に対する暴行事件。2度目は食堂での乱痴気騒ぎに今回の食堂での喧嘩騒ぎ」


 それが癖なのか、大尉は指先で机の角をコツコツと叩いた。

「何か弁解はあるかね?グリーン3等水兵。あるなら述べたまえ」

 エドは、必死になって喚いた。意外に思われるかもしれないが、彼の頭は悪くない。ここに来るまでに言うべき弁解の筋道を必死に脳裏で組み立てておいた。

「ちっ、違うのであります。今度は自分は悪くないのであります。サー」

 取調官、あるいは検察官の位置に立つソームズ中尉が肩をすくめた。

「お前は、いつもそういうな。反省する能力が生まれつき欠如しているとしか思えん。他所の水兵と喧嘩するとは。厄介ごとを引き起こす星にでも生まれ落ちたか」

「ソームズ君」辛辣に毒を吐くソームズ中尉をピアソン大尉が厳しい声で窘めた。

「失礼しました」

「よかろう。グリーン3等水兵。君の言い分を聞こう」

 ピアソン大尉が肘をついたまま、手のひらを組んだ。

 エドの瞳に感謝の光が浮かんだ。弁解を口にする前に唇をなめる。ピアソン大尉は厳格で冷酷な人物だが、今までの訓練やブランドンの件でも分かるように、公正さは期待できる。

 エドの見込み通り、町の治安判事のように札付きの悪と決めつけて、話も聞かずに懲罰を与えることはなさそうだ。少なくとも弁解を聞いたうえで審理してくれるようで、エドは安堵にホッと胸を撫で下ろした。


「本当であります。食堂で料理のうまい娘と話していただけであります。

 突然、殴られたんであります。サー。自分の行動は防衛行動であります。そう主張いたします。サー。

 メモリーに一部始終を残してあるであります。ご覧になっていただきたいであります」エドはかなり必死に主張した。

「ふむ。プライベートメモリーかね」とピアソン大尉。

「貴様、一々、記録に取っているのか?」ソームズ中尉が言った。

「女の子を口説くときには、常に録画しているであります」とエドの言葉にソームズ中尉が鼻を鳴らした。

「あきれた奴だ」とソームズ中尉。

「女の子ごとに喜ぶ言葉や傾向が違うので、研究しているのであります」とエド。

「研究熱心で何よりだ。よろしい、グリーン。映像を見せたまえ」ピアソン大尉が冷ややかな声で告げた。


「その……猥褻な画像も入っております。全てではありませんが3割くらい」エドが恐る恐る言った。

「安心しろ、貴様の交際関係に興味はない」とソームズ中尉が受け取ったプライベートメモリーを3D画像に投影しながら、フォルダを眺めて言った。

「で、どの女だ?最新の日付か?」

「それは看守の姉ちゃんを口説いた時の記録です。二つ前です」とエド。

 エドの言葉に、ケンダル2等士官が顔をしかめた。

「二つだと?」

「逮捕しに来た保安隊の巡査が可愛かったもので。二つ前の、それです。食堂の姉ちゃんの」

 クイン大尉がにやりとした。

「面白い奴じゃないか。気に入ったよ。ええ」

 ピアソン大尉は反応せずに、淡々と告げた。

「では、映像を再生したまえ」


 エドの声とはにかんでいる娘の顔が3D画像に現れた。

「君の飯はうまいな。どう?これからも俺に飯を作ってくれない?」画面の中でエドがしゃべっている。

「ザラに行っても会える?ね、会おうよ」エドの言葉に画面の中の娘が首をふるう。

「ダメ、もう行かないと」と若い娘。

「えー?もう。ねえ、考えておいてよ」エドがおねだりするような甘い声を漏らしていると、横合いから男の声がした。

「おい」

 エドの視界が切り替わった。不機嫌そうな男がにらんでいる。

「うるせえな。引っ込んでろよ」とエドは若い娘に向き直った。

 が、再び、画面が揺れた。肩をつかまれたらしい。

「なんだよ」鬱陶しそうに呟きながら、振り向いたエドの視界に迫ってくる拳が大きく映った。

 あとは画面の中でただひたすらに怒鳴り声が鳴り響く。物が壊れる音。テーブルが倒れ、食器が宙を舞い、料理が床にぶちまけられる。そして巡査たちが現れて、殴り合う二人に向かって電磁警棒を振り下ろした。


 3D映像を注視していた士官たちがうなずいた。

「確かに先に殴られているな」とピアソン大尉が言った。

「その後は一方的だがな」とクイン大尉がつぶやいた。

「海兵隊のヘインズ特務曹長は、エド・グリーン3等水兵をかなり評価していました」

 ソームズ中尉が耳打ちして、ピアソン大尉は小さくうなずいた。


 ピアソン大尉が冷たい灰色の目でエドを見下ろしてきた。エドはごくりと唾を呑んだ。

「事情は分かった。エド・グリーン3等水兵に咎はないと判断したが、よろしいかな?クイン君。ケンダル君」

「ああ、それで構わん」とクイン大尉がうなずいた。

「異論はありません。が、釈放は少し待っていただきたい。これから相手の取り調べがありますので」

 ケンダル2等士官の言葉にピアソン大尉がうなずいた。

「よかろう」

「では、もう一人の取り調べに立ち会いますか?よろしければ此方で処分して、後でお知らせしますが」とケンダル2等士官。

「時間も押している。ケンダル君の手を煩わせるのも悪かろう。此処で手っ取り早く済ませよう」

 手を組んだまま、ピアソン大尉が若いオベロン乗組員を見つめた。


「ハットン下級船員。言い分はあるかね?」とピアソン大尉。

「ありません」ハットン下級船員は、まだ少年らしさを残していたが平然と答えた。

「よろしい。実に男らしい態度だ」告げた言葉とは裏腹に、ピアソン大尉の口調は冷え冷えとした響きを伴っており、法廷にいた数人は思わず首をすくめた。


 クイン大尉が少し身を乗り出し、ハットン下級船員に声をかけた。

「おい、坊主。お前、あの姉ちゃんに惚れていたか」

 ハットン下級船員が照れくさそうに笑った。

「可愛い子です」

「それでそのざまか」クイン大尉がニヤリと笑った。

 ハットン下級船員は、鼻が折れていた。

「ナノマシンでさっさと治してもいいが……再生槽を手配しておこう」とケンダル2等士官が憂鬱そうにつぶやいた。


「では、判決を言い渡す」ピアソン大尉が木槌を鳴らした。

 瞬間、クイン大尉は、エドが異様に緊張している事に気付いた。額に汗が吹き出している。

「海軍の軍令においては……暴力行為は、鞭打ち300回となっている」

 エドが歯を食いしばっていた。

「しかし、エド・グリーン3等水兵の行動に落ち度は見られない。よって防衛行動と認め、無罪放免とする」

 ピアソン大尉の判決を読み上げる声に、露骨に安堵したエドががくりと膝から足を着いた。ハットンはそんなエドを馬鹿にしたようにニヤリと笑った。

「そしてトレイシー・ハットン下級船員に対しては……」ピアソン大尉が淡々とした声で、続いて判決を読み上げた。

「エド・グリーン3等水兵に対する暴行行為。および食堂における迷惑行為。泥酔、公共設備の破壊および暴言で、鞭打ち212回が適当と思われる」

 ハットン下級船員の表情がぎくりと強張った。

「212回?」クイン大尉は仰天してピアソン大尉を眺めた。

「しかし、ハットン下級船員の年齢の未だ若年であることを考慮し、今後の更生を期待して72回に減刑する」とピアソン大尉。

「……減刑だと」クイン大尉は、それだけ呟くのがやっとで言葉を続けられなかった。

「刑は二日に分けて執行される。異議がなければ、直ちに刑を執行せよ。以上。閉廷」

 ピアソン大尉が審判の木槌を鳴らして宣告した。



敵味方に関係なく良い奴もいれば嫌な奴もいる。

性格の良し悪しに関係なく、近しい相手もいれば距離のある相手もいる。

人間関係の濃淡に関係なく、有能もいれば無能もいる。

有能無能だけで、勝敗が決まるとは限らない。(将軍の能力は最も大きな要素の一つではあるが)

負けた戦でも生き残ることもあるし、勝った戦いで死ぬこともある。

+注意+
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