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■概要
思い出してみれば、2017年の5月。
まだ The hub(現old hub)にアクティブユーザーが十数人居ればパブリック最大インスタンスだった頃。(同接2桁)日本勢も会えずに適当なワールド巡るのはかなり虚無だった。
この時(広大なフィールドは環境音がないと孤独感が高まるんだなぁ)とか思ったりしてました。
昔のフレンドワールドは「フレンドのフレンド」が入場可能だったので、実質パブリックでした。その為、ほぼ建てられるインスタンスは「現invate only」だったのも厳しさに拍車をかけました。(フレンドが居てもインスタンスのオーナーが分からないと入れない)
そんな中「まぁ今日はいっか」と割り切ってサクッと落ちてBlender触ってましたね。(制作までがVRChat)
そんなVRChatも、様々なアバターに恵まれ、アクティブユーザー数も文字通り桁違いに増え。
交流会などのイベントも珍しくなくなり、Vtuberさんなんかも訪れるようになって、随分にぎやかになったと思います。
そんなVRChatの楽しみ方を紹介しようと思います。
■本題に入る前に…
自分は.hackとか、SAOとか、ネトゲの嫁は女の子じゃないと思った? とか。その手のネトゲを題材にした作品が好きなんですよね。
何故かと言うと、共感できる思い出がそこにしかないからで…学校生活はそれなりに送ってましたが、強烈に残ってるのは当時やってたネトゲで体験したボスに挑むお祭り感とか、よくわかんないマップを友達と徘徊して意味もなく奥地まで行った事とか。
なんか、現実では味わえない冒険とか、魔法を持って強くなってゆく感覚とか、ファンタジー世界で生きる実感みたいなものに凄くあこがれる。
あと「けもみみの女の子になりたい」っていうどうしようもない性癖も抱えてる。
つまり、魔法だって使いたいしあの日みんなでボスを攻略した高揚感だって欲しい。
そのうえで、けもみみの女の子として生きれるならもう言う事なしって感じですね。
まだ、信じているのだよ。
どこか別の世界には、本当にあのけもみみっ娘が存在するのだと
■VRChatはぶっちゃけ見るだけで楽しい
「は?」と思われるかもしれないですが、見るだけで結構楽しいです。
自分の趣味の話になるんですけど。
「オンラインゲームのスクリーンショットを見るのが楽しい」んですよね。
VRChatの前はECOプレイヤーのスクリーンショットを追いかけてました。
ECOやった事ないのに…。やってないのは本当に申し訳ないんですけど…。
(正確には3時間くらいプレイしたのですがMMOのUIに圧倒されてモチベーションが完全に削がれてしまった)
でも、ECOのデザインってかわいくてめっちゃ好きなんですよね。
(公式ファンブック買いました。)
さらに、長期プレイしてるユーザー多く、スクリーンショットから”””その世界に生きてる感じ”””がすごくにじみ出ていて。スクリーンショットは一線を画す良さがありました。
かわいい上に生きてる感じがする
でも、MMOっていざプレイするとなると、課金とかプレイ時間だけじゃなく育成とかも時間とられて、その実狩りはそこまで面白くなくて、面白くない狩りを友達と一緒になんとかして、それが面白かった記憶として保存されてるってあるじゃないですか?
可食部の「思い出」に対し、思い出を作るために必要なタスクって結構多い気がするんですよね。で、オンラインゲームのスクリーンショットというのは、その可食部だけを抽出したスナックなんですよね。最高。
いうなれば、他人の想いでをつまみ食いするような。MMOのプレイそのものより、MMOをプレイした思い出に浸る方が好きみたいな…
【メイプルストーリー】15周年記念ソング「History」banvox ft.野沢雅子andサイプレス上野
ここでVRCのスクリーンショットに戻るんですけど。
バッチリ決まったCGじゃダメなんですよ。
自分が欲しいのはキャラクターのブロマイドではなく、誰かの思い出をつまみ食いする事なので。
エディタで数時間かけて作り込めてしまう絵って、すごい高品質でそれにしかない魅力はめっちゃあります。自分もモーショングラフィックスとかデレステのMVとか好きですから。
ただそれは、絵の出来の良さを楽しむもので「仮想世界で生きた日々の想い出」とうのはないんですね。(そういう物として作ってるので当然なんですが)
VRCのスクリーンショットは「実際に人が動いて、作り込めない状況で、思い出として撮ってる」から最高なんです。めり込んだりしてる雑さが(これはこの世界で生きた記録なんだ)って認識を強めてくれる。バリバリに決まったCGだとこうはならない。プロが作り込んだモーションを再生してしまったらその感じは出ない。
かわいいモデルをアバターとする事で「おっさんの皮」なんて揶揄されてたりしますが。
「その人がそこで生きてた事実」って、本質的に年齢も性別も関係なくて。
そういった実在感や、実感が欲しい人にとってはあまり関係ないんですよね。
自分の脳では、現実世界とVRChatの世界は地続きだと思ってます。
そしてVRCの世界に行ってるプレイヤーが、VRCの中にあるスマホで撮った絵がSNSで投稿されてるって解釈にしてます。そうしてスクリーンショットを眺めてみると”ただのキャラクターのCG”ではなく”思い出”として認識できる。
そこに、ネトゲに熱狂した熱量を再燃させてくれる燃料がある。
つまり…こういう風に捉えてみれば、そもそもスマホでVRChatを楽しむスタイルがあったりするわけです。
改変アバターとか、ワールドのアイディアとか、イベントとか、色々なアイディアもつまってて、新しい発見があったりするのもいいです。
実際にVRじゃないと気づけない事とかあるのですが、それはまた置いといて。
■BlenderとUnityまでが遠足VRChat
今VRCのプレイ時間を確認したら456時間でした。
お前…VRCやっとらんやんけ!!!!!ってやつですね。
確かに、普通にゲームやVRゲームなどに比べたら相当やってる方ですが…VRCの長期プレイヤーは数千時間いってるので、そういった人と比べてしまうと2017年5月から初めてこの時間は結構やってないと言えます。
で、結局VRC外のBlenderとか、Unity触ってる時間が長いとかいうオチだったりするわけです。今はプログラミングの事ばっかしてますが…
で、VRCでここまで驚異的に人を惹きつけるのって何だ?と考えた時
VRCは半分作品の投稿サイトなんですよ。要は「pixivをVR化したもの」
例えば3Dのキャラクターを作っても、ちょっと前だと用途は限定的だったり、国内だとニコニ立体に投稿するぐらいしかやる事なかったわけじゃないですか。
(Sketchfabごりごりに使ってる人ごめんなさい)
でも、VRCだと「目の前に出せて・持ち歩けて・誰かに見せれる」VR作品の投稿サイトなんですよ。
表現の方法だって多様で。アクションという「動き」まで投稿できてしまう場。なんなら弾き語りをする人も居る(音質よりもライブ感って感じですが)
そして「目の前で言葉にして感想を言ってもらえる」わけです。その、実体の見えないいいねとか、ファボとか、登録数とか…そういうのじゃなく、生の人がそこに居るわけですから。
創作してる人にとってこんな魔力的な体験ってないわけです。
それもこれも、VRChatの「ユーザーにUnityを使わせる(UGCの機能をパッケージにする気なし)」という挑戦的な発想と、Unityとアセットバンドルにべったり依存する狂気の実装と、無い物はお前が作れのフロンティア精神の成した偶然でしょう。
そういえば、マリオを作った宮本茂さんもマインクラフトについて語っていた。
何か通ずるものがある気がする。
「遊び」を作る遊び というやつ
■まとめ
あえて、ほかのユーザーと知り合う方法とか、友達が云々というのには触れませんでした。
そういうのは別の人が語ってくれると思います。
人は、何かを求めて行動します。
そして「無造作に与えてくれる誰かというのに巡り合う事」ってそうそうないと思います。
(1億円をバラまく社長がいるのは実にフィクションじみてて好き)
これはVRとか、VRChatとか、関係なくそうなんじゃないかなって思います。
VRのHMDも、Unityも、Blenderも、ペイントソフトも、パソコンも。
そこに在るだけでは何も与えてくれません。
求めて行動して、無ければ作って、はじめて欲しい物にたどり着けます。
そして、何かを求めて行動したその先に偶然でくわした誰かと一緒に居るだけなんじゃないかなと思います。
自分はVRChatとか関係なく。世界はそういうもんだよなって思ってます。
学び(遊び)は、何かを与えてくれる
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