どうやったらこの駄女神に知性を与えられるかについて 作:コヘヘ
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考えが及ばない可能性も考慮すべきだった。
だが、おおよそあってはいた。彼の想定は。
目が覚めると、中世の荘厳な神殿を思わせる内装の部屋にいた。
…彼はこの事態を転生前から想定していた。
転生チートを女神アクアにすると決めた時点で想定せざるを得なかった。
故に、対処法を二週間で整えていた。
その活動は全てアクアが寝た深夜に行った。
さらには、アクアの愚痴という形で天界という存在を大よそ理解した。
異世界中の魂を扱う、膨大な事務作業だ。彼は人間社会と神社会が規模こそすれあまり変わらないと確信した。
日本担当のアクアですら、平和な国の若者を主に扱う女神ですら、面倒臭がるほぼ単調な作業だった。
故に、ただの『転生者』と思われている最初の一回のみなら気が付かれない。
…現に女神エリスは未だに女神アクアの下を訪れていない。
まだ、彼に気が付いていない何よりの証明だった。
…だが、ここに来て彼は一つ、これまで行ってきた対策の全てに根本的な、致命的な欠陥を発見した。
それは、もう遅い気づきだった。
彼は前提が機能することを思い込んだ。
彼にはそれしかもう道がなかった。
少なくとも彼にはこれ以外の方法が思いつかなかった。
そう思い込まないと魔王討伐及び女神アクアの教育など彼には不可能だから。
せめて、最低限以上の幸運さえあれば話が違ったのだが。
この世界の理不尽な法則性には色々苦労した。前世より使い勝手が悪すぎた。
彼の取柄だった狙撃技術が一切使えなかった。正直、幸運というより呪いに近い。
彼の前世の敵にすら勝てない可能性が出てきた以上、魔王討伐自体が危ぶまれたからこれしか手がなかった。
最も彼は生前、正攻法で相手にしなかった。
彼は貧弱な頭でっかちと変態メイドに罵られたものだ。
…彼は仕返しできていなかったことに気が付いた。
彼の毒殺を幾度となく試みたのはどうでも良い。
だが、食べ物を粗末にしたことは許せなかった。
彼は前世の忌々しい記憶を今思い出すわけにはいかなかった。
これから国教の神を相手取るのだから。
彼は計画を悔いた。
…これしか思いつかない自分自身に改めて、失望した。
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「ようこそ死後の世界へ。私は、あなたに新たな…」
白い羽衣に身を包む『聖女』を思わせる女性が何かをしゃべり出す。
だが、彼はその隙を与えなかった。
隙を与えたら彼は死ぬ。文字通りの意味で。
だから、神罰不可避の狼藉をする。
「こうして、直接お話するのは初めてですね。クリスさん。
何度か冒険者ギルドで見ることはありましたが。
…お会いする時間すらなく、私が死ぬというのは想定外でした」
彼は驚いている女神エリスを見て、改めて確信した。
まだ、表面しか彼の人生を見ていないこと女神エリスの表情が教えてくれた。
女神エリスは彼を転生させる気しかなかったことを悟った。
故に、この方針が確定した。皮肉にも条件は満たされていた。
彼は内心の不安を押し殺し決意した。
神罰不可避の狼藉を。
「さて、クリスさんが行っている義賊稼業をアクセル中に広めたくなければ、
さらに言えば『ご友人』のダスティネス家のご令嬢に迷惑をかけたくなければ、
どうか私の話を聞いてください」
彼は神罰など恐れはしない精神性の持ち主だ。
何故ならもう既に毎日、神罰や天罰を受け続けているような状況だからだ。
この二週間で不幸という不幸、悪評という悪評を受け続けた彼は悪い意味で成長した。
だが、彼は最初から女神アクアの教育が終わったら、
天国でも地獄でも行く覚悟などとっくにできていた。
彼は、もはや自分の、魂の消滅すら恐れはしていない。
故に、目の前の『狂信者』など決して恐れはしなかった。
「…えっ?い、いや私は、女神エリスです!
クリスではありません!…彼女は敬虔な私の信者。
決して、そう決して、義賊などではありません!!」
何て読みやすい『女神』だ。彼はそう思った。
彼女の、その拒絶している行為そのものが何よりの証明だった。
彼は、クリスの正体に思い至った時、半信半疑だった。
そして、この国の警察機関は大分『占い』と『魔法』に頼り過ぎていることを知った。
だが、国教になっている女神がわざわざ義賊の真似事をするなどとは、誰も思い至るはずがない。
これは、彼が別世界の転生者だから気が付けたのだと推測していた。
彼が前世で出会った連中ならこれを口実に嬉々として女神エリスを脅しにいくからだ。
きっと女神エリスは鴨にされる。
最も、悪人が多いので神罰という大義名分で対処可能だろうが。
アクアもこれくらい素直だと楽なのに。
彼は内心深いため息をつき、気が付いた。
死後の世界では、頭がパーになっていない。
あらゆる失言を想定して、自分の思考を制限する必要がない。
だから言うことができた。
わかりやすく女神エリスがもう詰んでいることを。
彼の提案という名の脅迫を聞かないとこの世界が不味いことを提示する。
彼は、女神エリスの真実を完全に確信した。
「もう、あなたは詰んでいます。
まず、初めに説明しましょう。
私の『転生チート』は女神アクア様です。
…あなたの先輩の女神です。
そして、私は個人的にアクセルの冒険者ギルド長にコネがあります。
アクセルに限らず、王都の情報から貴族や他国のあらゆる情報まで、
ギルド長の知っている、私の求める情報を聞き出しました。
…一部魔王軍幹部の情報は、敢えて聞きませんでしたが。
あの存在は知れば知るほど、私が勝てなくなる。
…あなたの真相等、容易にたどり着けました。
私がこのまま死ねば、とある封書を全世界にぶちまける様に、命令しています」
彼は誰に命令しているとは言わなかった。
…封書の内容など実はブラフだ。何も書いていない紙切れ。
彼は女神エリスとの交渉が万が一失敗した際に、
アクアに被害が及ばぬようにギルド長の思考をズラした。
故に、これは女神エリスにここまでわかっていますよ、という脅しだった。
彼の知力を、知識を持ってすればアクセルの防衛責任者。
つまりギルド長に興味を引くような技術や知識の提供など容易だった。
彼はその危険さ故に、自らの消滅を計画に組み込んだ。
アレクセイ・バーネス・アルダープは恐らく、思考をズラせる悪魔を使役している。
…彼の入手した情報が、意図的に改ざんされていた。
あまりの杜撰さに気が付けた。
…どうやらアルダープ領主は悪魔を使いこなせていない。
故に、冒険者ギルド長しかまだ取引できなかった。
確実に信用できる取引相手がギルド長しかいなかった。
彼はたった二週間では、その一人しか用意できなかった。
アクアが寝ている隙に防衛についてのありとあらゆる想定の提案を書いていた。
それを元に、冒険者ギルドの受付ルナ女史を唆せば冒険者ギルド長に彼への興味を抱かせることは容易だった。
彼の不幸を考慮しても簡単だった。何せ、彼が動くわけではないから。
幸運とは運命に作用するステータスなのだと確信した。
故に、必然なら確実に動かせる。
線路を引けば列車が走るのが運命だ。
だが、事故になりうる石ころの除去や線路自体を変えてしまうのは必然と彼は確信した。
彼は、最初の三日間、アクアとのじゃんけんでその法則に気が付いた。
アクアを騙せれば確実に勝てたのだ。
…それ以外はほぼあいこだった。
罪悪感でそれをバラしてしまい、アクアにはその日口を聞いてもらえなかったが。
ギルドの受付、ルナ女史からならば顔が広い。
彼の荒唐無稽な極論でも何度も言っていれば、わかる人間に伝わった。
…ギルド長個人との密約に成功した。
無論、女神アクアはこれを知らない。
全てはアクアが寝た時間帯、深夜に行われたから。
アクアが気づくことなど決してあってはならない。
…『教育』に悪い取引までしたからだ。
極端に低い自身とアクアの幸運のせいで、悪評が止まらないと悟った彼は敢えてギルド長を通じ、彼の悪評をそのままにするようにお願いした。
いずれ、女神アクアの教育材料として彼自身を使うために、だ。
彼の才能はこの異世界で、アクセルの街で真価を発揮し、完全に開花した。
…完全に悪い方向に。
「えっ?ち、ちょっと待ってください!!」
女神エリスは彼の想定通り、あからさまに慌てている。
アクアの情報も意外と正しいのだなと、彼は感心していた。
なので、女神エリスに彼は捲し立てた。
全ての要求を。これから行われる、全ての前提を。
「天界の法律、天界規定と私の転生チート女神アクアを重ね合わせれば、
女神エリス様なら、私の『無限蘇生』がギリギリ可能なはずです。
これを飲んでいただかないと、アクアからあなたへ恐怖のメッセージが届きます」
アクシズ教なら、女神アクアを信じなくともアレは信じるだろう。
…彼はアクアを止めるのに苦労した。
そんなくだらないことで、ベルゼルグ王国の国教に、 エリス教に喧嘩売るなど恐ろしかった。
彼にとっては。
…だが、アクシズ教に伝わればもう彼にはアクアを止められない。死んでいるのだから。
アクシズ教は、エリス教には何をしても良いと『素』で考えているカルト教団だ。
祀り上げるアクア自体がああなのだから彼は数々のアクシズ教に関する噂は本当だと思っている。
…彼はそう言いつつも、様々な策を用いながらも、
アクアが自分をリザレクション、つまり蘇生をしてくれるか不安だった。
最初に気づくべき、問題点だったと彼は自らの馬鹿さ加減に嫌気がさした。
アクアは無理やりこの異世界に連れてきた、女神を騙した人間の彼を恨んでいないわけがない。
彼は、一応、恩のある女神であったアクアが心配だったから、この世界に連れてきた。
だが、アクアからすれば完全に余計なお世話だろう。
現に、転生初日は滅茶苦茶だった。
「全部終わったら、必ず神罰を与えてやるんだから!覚えてなさい!絶対よ!!」
アクアの言葉は本気だった。彼は確信した。
必ずいつの日か『神罰』が来る、と。
…だから、彼はアクアに見捨てられて、
本気で地獄に落ちることも、天国に監禁されることも、消滅することすらも覚悟していた。
彼は、女神エリスがどういう存在なのか伝聞でしか知らない。
恐らく、真実を全て打ち明ければ良かったのかもしれない。
彼女がこの世界を守護する女神様ならばそうすべきだった。
しかし、それを判断するまでの時間がなかった。
…モンスター討伐初日で死ぬのは、完全に彼の想定外だった。
「アクア先輩に何をしたんですか!!
場合によっては、あなたはただではすみませんよ!!」
女神エリスは本気で怒っている。
彼は無理もないと思った。
…人間風情が『神』にこのような狼藉を働いたのだ。
だが、彼はそんなのは知っていた。
彼は完全に覚悟を決めていた。
全てはアクアの『成長』のためだ。
彼はアクアに本気で恩を返したかった。
そして、彼の最後にできることだと確信してしまった。
ステータスにある知力と自身の才能を存分に活かせば、一週間もしない内に、アクセルの防衛上の弱点、隙など容易に思いついたし、見つけられた。
だから、冒険者ギルド長と直接話せた。
…初日に想定したアクセルを攻め込まない最大の原因である『強者』の存在も確認できた。
魔王軍と、敵対か友好かまではわからないが。
少なくとも、彼女が善人なのは確かだ。
さらに、女神であるアクアからの死後の世界、天界についての情報収集、
あらゆる情報源や新聞・伝聞等を用いて、この世界、現世での女神エリスの内情を調べ尽くしていた。
無限蘇生、それは女神エリスが、天界規定と彼の転生チートである女神アクアの2つの隙間を縫えば可能だった。
彼が考えた強引な屁理屈だった。
彼は、この隙間を縫うような真似をしないといけないような状況を全て整えた。条件は全て満たしていた。
彼は、そのつもりだった。
しかし、これらの努力は、アクアが、彼を蘇生してくれないと話にならない。
全てが無駄に終わると彼は悟ってしまった。
…彼はそれが一番怖かった。
地獄に落ちるよりも遥かに。消滅よりも遥かに。
彼は『神』に祈らないと誓った。故に、アクアの慈悲などには縋れない。
彼は、あの死の間際の、『孤独』を覚悟した。
彼が、そう思っていたら全てを台無しにするあの声が部屋中に響き渡った。
『早く!蘇りなさい!この糞男!!私に、迷惑だけかけて逝くんじゃないわよ!!』
…彼は、賭けに勝ったと確信した。
前提が、アクアが蘇生してくれることが、彼の思い込みで終わらなかった。
そして何より嬉しかった。彼はアクアに見捨てられなかった。
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死亡までの経緯は極々簡単だ。
まず、冒険者ギルドからジャイアントトード五匹討伐の依頼を彼とアクアは引き受けた。
ジャイアントトードは、金属を嫌う事前情報もあり彼は金属の武装の準備は整えてあった。
しかし、アクアは、
「こんなダサいもの、女神である私に相応しくないわ!
それに…プリーストって言ったら素手じゃないかしら?
メイスもいいけど、素手でモンスターを屠る武闘派美人僧侶ってよいわよね?」
彼の二週間の努力と計画を全否定した。
彼は流石に凹んだ。
これ揃えるのに、ほぼ彼の全財産を支払ったからだ。
貯金はあるが、これは別に使うものだ。
さらにいえば、転生二日目にアクアにこの装備で大丈夫かも確認していた。
ジャイアントトードの討伐は彼の中で確定事項だった。
なので、わざわざアクアを店に案内し、これからの『方針』として装備について説明していた。
…アクアの言うように少しダサく、女性が身に着けるのもどうかとも思ったからだ。
「ああ、いいんじゃないかしら。うん」
アクアは、そう返答していた。
…今思うと、話を全く聞いていなかったかもしれない。
…ここまで、アクアが忘れっぽい。
所謂、鳥頭なのは彼の想定外だった。
アクアは彼の用意したものを身に着けるのを拒否した。
…ジャイアントトードにいきなり殴りかかりに行った。
彼が物理攻撃が効かないと言ったのにも関わらずほぼ真っ直ぐ殴りに行った。
止める間もなく、ジャイアントトードに丸のみされた。
アクアのストレートの衝撃波を感じた彼は、女神のステータスの異常さに気が付いた。
彼の前世の人間の上位に入る勢いの威力だった。
神格と自称する自称邪神らよりは劣るが、アクアは彼が無理やりつれてきたせいで能力が低下しているようだから本来は同等だと判断できた。
だが、物理攻撃が効かないカエルには無力だ。
彼はその後、何とかアクアを救出した。
泣き叫ぶアクアを宥めすかせて、今日はもうカエル退治などもう辞めることを提案した。
彼はもっとアクアの希望を聞いていればこのような事態にはならなかっただろうと反省していた。
だが、さらに想定外が起きた。
急にジャイアントトードが五匹も地中から現れた。
冬でも冬眠の時期でもないのに突然現れた。本当に前兆などほぼなかった。
…彼は冷静にこの事態を二人の『幸運』最低値が揃ったせいだと確信した。
世界が彼を拒絶しているような運命だと思ったが、今更だと苦笑した。
アクアの身の安全を確保するために、アクアに無理やり金属の武装をつけさせた。
彼はアクアを守るために、アクアが落ち着くまでの少しの時間を稼ぐために、
ジャイアントトードに無謀な特攻をした。
もはや、策など練っている状況ではなくなったから。
彼の計画はこの段階で壊れてしまったから。
流石に前もって、考えうる全てを対策していたとしても、
最弱の『冒険者』では、レベル1では、
五匹ものジャイアントトードには勝てなかった。
それでも彼は、何とかジャイアントトードを数匹倒した。
だが、彼は倒したはずのジャイアントトードの巨体に押しつぶされて死んだ。
彼は、片手剣と初級魔法くらいしか取得できていなかった。
さらに言えば、こういった正攻法の戦い等、学校の授業や部活でしかやったことがない。
それも試合形式だ。実戦など平和な日本ではありえない。
だが、アクアが最初から彼の言うとおりにしていれば、この緊急事態にも容易に対処できた。
これくらいの不幸は、ジャイアントトードが五匹以上同時に出現まで彼は想定していた。
アクアが、彼の用意した金属の武装、装備を拒否したこと。
さらに、アクアが勝手に特攻したのが、完全に彼の想定外だった。
故に、冒頭の事態に陥った。
…モンスター討伐依頼受注初日で死亡は彼の想定外過ぎた。
確実な、安全策を練っていたはずだった。
転移初日から、全力でアクアに内緒で、彼が考え着く対策をしていなければ、
そのままあの世逝きだったかもしれない。
彼はそう思っていた。
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アクアに蘇生された彼はジャイアントトードが全て倒されていることを確認した。
彼はホッとした。
だが、またしても彼の想定外があった。
アクアが泣いていた。…彼にはそう見えた。
彼はそれが何故なのかわからなかった。
「どうして泣いているので?…アクアらしくない」
彼女、アクアは女神だ。
ただの人間の、彼の『死』など笑い飛ばす精神性のはずだ。
…彼にはできない神の視点の持ち主だ。アクアは。
人間に憐みを抱くことはあっても泣くまではいかないはずだった。
少なくとも最初にあったときはそうだった。
…彼は、まさかと思った。だが、それは有り得ない。
彼は魔王討伐で完全に死ぬ予定だから。
その前提がなければ魔王討伐など不可能だから。
彼は、転生前の説明からそれを想定して計画していたから。
…それしかどうやっても思いつかないから。幸運最低値で、魔王に勝つ方法等。
「…泣いてないわ!それより感謝の言葉を寄越しなさい!
ほら、女神様ありがとうございます!アクシズ教に入信しますって誓いなさい!!」
ただの気のせいだった。
彼はホッとした。
人間風情に愛情か愛着かはわからないが、『それ』を持つなど、神話では破滅しかないから。
彼の計画にも反していた。それは有り得ない想定外過ぎる。
彼はそれを知らないのだからどうあがいても計画を変更せざる負えなくなる。
計画に不安定要素を、暗中模索の思考錯誤を組み込むのはアクアがいる以上、危険すぎた。
だって、彼は確実に天界にアクアを返さないといけないのだから。
「ええ、ありがとう。本当にありがとう…」
だから、彼は感謝した。
アクアに、見捨てられると勝手に思い込んでいたから。
だから、女神エリスを脅す神罰不可避の手段まで探してしまった。
最悪に備えて。
そもそも、アクアから見捨てられるなら意味のない手段を彼は模索してしまった。
彼は、自分がアクアに依存しかけていると確信した。
彼は良くない傾向だと思った。
計画の妨げになる『依存』は排するべきだと決意した。
魔王討伐、その計画のためには、
絶対にアクアと共にあることなど、
不可能だという、彼の冷静な思考が、その感情を簡単に否定した。
…彼の計画を止められる者は『まだ』いなかった。
或いは、彼が顔を伏せていないで、アクアの顔を見ていればまた違ったのかもしれない。
彼は不器用過ぎて、何より女神には知性が足りなかった。
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-エリス視点-
アクア先輩に脅されて天界規定を捻じ曲げてしまった…
この後の行動は、先ほどの彼の想定通りだ。
というより、彼の脅しそのものが無意味だった。
彼はアクア先輩の『転生者』は、全力で空回りしていた。
アクア先輩ならそれくらいの無茶ぶりはいつものことだった。
だが、アクア先輩でなければ、私は彼の脅しに屈していた。
あそこまで女神エリスが、クリスという一個人に肩入れしているという風評を広められるのは不味かった。
どういう内容が広められるかわからない以上は、取引に応じたかもしれない。
彼は本当にギリギリの取引を持ちかけてきていた。
…人間が神を脅す。
どんな人間なのか、私は興味を抱いた。
私は改めて、彼のことを調べた。
…私の現世での活動に、『クリス』に気が付き、
転生して二週間で、人間が知らないはずの、神々の世界である天界についておおよそ知る等は、
今までかつて、有り得なかったからだ。この異転生プラン史上初だった。
…たとえ、アクア先輩を転生特典に入れたことを含めても、有り得なかった。
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…彼について、調べた結果、わかった。
流石に全てがわかるわけではない。
…人生のおおよそと、善か悪かわかる程度だ、私の権能は。
アクア先輩ならまた違ったのかもしれない。
…だが、私にはこれしかわからない。
彼は、決して、『勇者』などではない。
彼は、完全に、その思考が、才能が…
『魔王』だった。
これほどの、空前絶後のレベルの魔王の才能はこの世界に取って危ない。
アクア先輩は、何故、彼を、『勇者候補』として選んだのか、私にはわからなかった。
…確認する必要があった。アクア先輩抜きの状況で彼と接触して確認しないといけなかった。
女神エリスとして、もしも彼が規格外の悪人なら野放しにできなかった。
私はこのとき完全に彼を警戒し過ぎていた。
だから、彼に誤解されることになることに気が付かなかった。
後に気が付いて後悔した。彼の中で私は完全に邪神となってしまった。
私はこのことに関しては、本当にアクア先輩を恨んだ。