どうやったらこの駄女神に知性を与えられるかについて 作:コヘヘ
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だが、彼は、結果的に本音が言えるだけマシと開き直った。
変態呼ばわりはキツイが、ある意味、周囲に溶け込める材料にもなった。
そう振る舞えば、容易く人と接することができた。
だが、彼は本当は泣きそうだった。色んな意味で。
彼は、死後の世界での白い閃光から気が付いた。
明らかに未知の光景がそこにはあった。
…ファンタジーの中世の街並みだ。
女神の言うことは正しかった。確かに『異世界』だ。
少なくとも日本ではない。
駆け出し冒険者の街「アクセル」に彼と女神は降り立った。
彼が、まず察したのは「アクセル」の治安が良さだった。
女神の異世界転生の説明で大よそ中世のファンタジー世界なのは聞いていた。
だが、説明では世界は蹂躙され、魔王に脅かされていると散々女神が言っていた。
…彼は観察してわかった。
「アクセル」の子供たちはあんなに嬉しそうにはしゃいでいる。
見える範囲の露店も気性が荒いながらも賑わっている。
女神の説明にあった魔王に滅ぼされる寸前の『世界』とは思えない活気だ。
…彼が魔王なら駆け出し冒険者の街「アクセル」を初手で滅ぼす。
なのに、それをしないのは単純に馬鹿と思った。
だが、女神が何人もの勇者を送り込んでいるのは確定事項。
それに耐えている魔王軍がここを滅ぼさないわけは…
魔王軍も話がわかる連中なのかも知れない。
ひょっとしたら魔王の手の者が潜んでいる可能性も有り得る。
反人類思想の人材確保、または、街に潜む異常なレベルの強者と敵対を避ける為にこの「アクセル」を守るなどの条件つきなら、彼が魔王の立場でも見逃すだろうと思った。
有り得ないと内心思ったが。
彼の前世的には良くある話だったのでアクセルの強者の捜索も計画に入れることを決めた。
彼は、女神が送り込んだ転生者としてあるまじき『思考』していた。
完全に魔王側の視点で物事を考えていた。
だが、これは彼の才能だった。
そういう物騒なことを考えていた彼だったが、
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
女神が発狂して、我に返った。
しまったと彼は思った。
街の観察などより女神のフォローをすべきだった。
言うなれば彼のやった行為は女神の『拉致』に等しい。
…犯罪はいけないと思った彼は謝罪した。
「申し訳ありません。女神様。
しかしながら、恐らく魔王討伐しないと帰れませんよね?」
彼は自身の転生チートが女神ならば、魔王を倒さなければ決して帰れないだろうと推測していた。
…謝っているようで謝っていない。彼は自分の『発言』に違和感を覚えた。
これでは、この言い方ではある意味、いや完全に脅しだと彼は思った。
女神はキッと効果音が出そうな勢いでこちらを睨みつける。
「あんた、どうすんの!?ねえ、どうしよう!私これからどうしたらいい!?」
睨みつけていた目に涙を浮かべている。
これは、謝罪等よりも行動を見せた方が良いと彼は判断した。
「…この場合、この『世界』の冒険者組合的なものの場所はご存知ですか?」
一応聞いてみる。多分知らないと思うが、この女神なら。
女神がこの異世界をよく知っているならあそこまで発狂はしないだろうと考えた。
「…え?私にそんな事聞かれても知らないわよ。
この世界に送る事は出来ても、別にこの世界に詳しい訳じゃないし。
大量にある異世界の内の一つでしかないし、そんなもの一々知るわけないでしょ?」
知っていた。
この駄女神、やはりダメだ。
日本の若者担当の、女神らしいと言えばそうかもしれない。
この無警戒さが。無計画さが。
「この場合、魔王に攻め込まれている以上そういった組織があるはずです。
…勇者だけで対処できないモンスター討伐などもあるでしょう。
この世界は中世ファンタジーなのですよね?」
言葉を選びながら、丁寧に女神の目を見て話す。
彼は女神を観察した。彼は女神の『知性』を知らなければならなかった。
彼は、段々女神を哀れに思えてきた、何だか駄犬を見ている気分になった。
「ちょっと、何よ!その憐みの目は!!」
彼はこの女神が面倒臭くなった。
彼の前世で出会った人々は大体賢過ぎた。若しくは凄まじい悪人だ。
この女神はどちらにも当てはまらない。
今後、女神の思考を誘導しきれるかやや不安になってきた。
計画上、彼の想定する魔王軍対策を女神に隠す必要があった。
綺麗なことだけでは魔王討伐など無理と彼は確信していた。
彼は泣いていた女神にポケットに入っていたハンカチを渡して自身の状態を確認した。
彼は何故か銃跡も血も燃え跡すらない彼の死ぬ寸前の綺麗な状態で異世界転生していた。
ハンカチもポケットティッシュすらある。だが、スマートフォンの電池はなかった。
スマートフォンのリチウム電池をとっさに爆弾にしたせいだと彼はわかった。
どうやら彼は死の一時間前の状態で転移したようだった。
女神が顔を拭いている間に自分の状況の確認していたら周囲から不審がられてしまった。
幸いなことに女神との会話は聞かれていなかった。
彼はどのみち異世界の話など聞かれていても理解不能だろうと思った。
彼は周囲の状況を察して、この街に来たばかりの常識のない冒険者候補として振る舞うことにした。
身支度を整えるおのぼりさんなら不自然ではない。
実際、間違ってはいない。
彼は気を取り直し街の住民に話しかけることにした。
「申し訳ありません。お嬢さん。冒険者ギルド的なものをお教え願えないでしょうか?
彼女の反応から察していただけたと思いますが、私達はこの街に来たばかりでして…」
彼は、そう言って年配の女性に話しかけた。
「あら、やだ。お上手ね!…ここの通りをまっすぐ行って右に曲がると看板が見えるわよ」
年配の女性はすんなり場所を教えてくれた。
素晴らしい。
彼は現地人とのファーストコンタクトが成功したのと、
女神の説明にあった翻訳が完全に働いていることを確認できた。
…頭がパーになるとかはないようだ。
運が悪いとパーになると言われて彼は凄まじい恐怖を覚えていた。
「やだ。この男、熟女趣味?うわぁ…引くわぁ」
彼は、この駄女神は面倒臭いと思った。
何でこういう知識だけあるのだろう。
「サブカルチャーだけ詰め込んだ若者の末路の女神ですか?」
彼は思わず素で聞いてしまった。
この失言は、本来の彼なら絶対しないミスだった。
彼は思った、これは頭がパーになっている。
考えたことがそのまま言葉にでていた。
…幸い全部の考えを言葉に出すわけじゃないようだが、非常に不味いと彼は思った。
チートがない状況で、『思考』こそ、彼に残された最後にして、最大の武器だったからだ。
「失礼ね!私、この世界で崇められている神様の一人なのよ!
水の女神アクア様その人なのよ!!
…冒険者ギルドでの活躍を見てなさい!」
彼は登録前に、自分の幸運は恐らく最低値だろうことを察した。
そして、絶対女神は冒険者ギルドで何かをやらかすと確信した。
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その後、女神様は確かに凄かった。
水の女神アクアだと公然と名乗ったのに全く信用して貰えなかった。
挙句に同情され、二人分の登録料をアクアの後輩の女神というエリス神を崇めるエリス教徒から恵んで貰った。
…これは、ある意味助かったが。
彼は『登録手数料』を前借できる制度が恐らくあると考えていたがなかった。
無理もない。信用できないフリーターに大よそ千円相当でも貸したくはないだろう。
中世では。
彼は自分の浅はかな考えを自覚した。ここは『現代』ではないのだ。
…どうも、冒険者ギルドをハローワーク等として同様にとらえていたと彼は実感した。
実際、その考えも間違いではなかったが。
この際の出来事から、混乱しないように『女神』ではなく『アクア』と呼ぶことにした。
彼は望んではいないとは言え自分を助けてくれた女神を敬っても良かったのだが、
アクアはどうも甘やかすとつけあがるタイプと確信し、呼び捨てにすることにした。
「敬ってよ!甘やかしてよ!女神様なのよ!私は!!」
このような具合だ。
彼はアクアの言うことは本当のことだが、
周囲の目を気にして欲しいと真剣に女神アクアに祈った。
「あら?私を信仰する気が起きたのかしら?信仰の祈りの気配がするわね…
女神アクア様を罠に嵌めた外道なあなたでもアクシズ教は受け入れるわよ。
洗礼を受けなさい。そして、私を甘やかしなさい、敬いなさい!」
訂正しよう。金輪際、神に等祈らない。どの道、彼は前世でも神に祈っていなかった。
「ちょっと、信仰が完全に消えたんだけど!どういうことよ!!」
彼は静かに決意した。
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冒険者組合での登録もひと騒動あった。想定内だが。
アクアは登録の際、アークプリーストの適正がずば抜けていた。
幸運値と知力が極端に低かった。
その一方で彼は、知力だけやたら高く、あとは軒並み低い。
幸運に至ってはアクアと同等だった。
「…冒険者稼業ではなく言いにくいのですが、学者になった方が良いと思います」
登録の際、受付の女性ルナ女史からそう言われた。
彼は敢えて混んでいる受付に並んだ。
冒険者ギルド内で情報網の一躍をになっているのは恐らくこの目の前の美人受付だったから。
彼の魔王討伐の計画は既に始まっていた。誰にも悟られずにこの段階で大筋が決まった。
冒険者ギルド内での彼の印象操作はアクアのせいで死んだが、挽回はまだ可能だった。
彼は転生チート等ないせいか、最弱の『冒険者』しかなれなかった。
だが、これは寧ろ都合が良いと彼は思った。
チートなどないのだから、フォローに徹する他ない。
それが開き直れた。方向が完全に固まった。
彼は致命的な何かを失った気がした。彼はまだそのことに気づいていない。
気分を変えて、転生前に想定していた計画を表舞台での計画を彼は考え始めた。
誰がどう考えても、問題は『前衛』の確保だと思った。
それを前提に行動しようとした。
ところが、それ以前の問題があった。
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彼はまず、モンスター討伐の装備費を整えるため、
日雇いのアルバイトを女神アクアと行うことにした。
外壁工事が一番合理的と判断し、嫌がるアクアを説得した。
アクアの土木工事への偏見のせいで、初日は滅茶苦茶嫌がり抵抗されまくった。
結果、街の住民でも話題となってしまった。
彼の思考が言葉に出るのも災いした。
…アクアへの悪態が勝手にでてきてしまったのだ。意図せずに。
しかも、それはよりにもよってアクセルの住民達が集まっているときに起こってしまった。
彼は能力が低いくせに、頭の弱い高ステータスの美少女を騙し、連れ歩き土木工事までさせる鬼畜、畜生だと囁かれた。
その噂に拍車をかけたのが、先ほどの悪態もそうだが、大体幸運値の低さだった。
彼はアクアをフォローしていただけなのだが、
アクアの不幸が彼に襲い掛かった。
皿を割り、宿の部屋の一部を壊し、馬小屋に泊まる羽目になり、宴会芸で物を消す。
全て、彼のせいになった。
アクアの分の悪評が彼に集中した。
彼はこの現象から、幸運の推測を仮定できた。運命の法則を確信した。
さらに後日、転移初日のアクアの発言を聞いていた住民伝手で、
熟女趣味の変態という汚名を着せられた。
アクセル内で、困っている人を手助けしたのが、
軒並み年配の女性だったのも悪化の原因だった。
彼は、異性関係等の噂でアクアに迷惑がかかるよりはマシ。
不幸が自分に集中するのは、不本意ながら彼の恩人である女神を利用した天罰なのだろうと諦めた。
だが、『友』として仲良くなったと思っていた
アークウィザードのエキスパート『紅魔族』の少女ゆんゆんが上記の勘違いした挙句に、
自分を避けるようになったのはショックだった。
彼はその翌日、流石に仕事を休もうとした。日雇いだからできる行為だ。
…何だか裏切られたような思いになってしまったからだ。
彼自身は最低限の交際費で済ませていたため、金は溜まっていた。
物を消す類の、宴会芸を止めるために見張っていなければならなかった。
彼は女神アクアの浪費癖というか、
貰った給料を貯めようとしないのにはほとほと疲れていた。
ほぼ、彼一人の貯金だった。
今後計画しているモンスター討伐用の装備を買うための費用は彼が賄っていた。
「何やってんの!勤労は義務よ!働きなさい!」
外壁工事をあんなに嫌がっていた初日と比べ、大分『成長』しているアクア。
それを見て、彼は『初心』を思い返し、自分を奮い立たせた。
自分の寿命以内には、文字通り、アクアを死んでも神の世界に、天界に返さないといけない。
元々、生に執着などない。
完全に不本意だったが、救われたからには『恩』は返すつもりだった。
教育が済んだら、自分は不要。彼はそう思った。
彼の計画は本当に完成していた。この段階で。
アクアの『教育』は順調だ。
…まだ『知性』の成長の兆しは全く見えないが。
少なくとも他者を見るようになった。
あの彼との転生前のやり取りまで雑ではなくなったと推測していた。
…女神としてはひょっとしたら、ダメかもしれない。
人間に思い入れしかねない危険な思想とも言えるかもしれない。
だが、彼は良い傾向だと思った。
アクアはこの『世界』を楽しんでいる。
学ぶ楽しみを覚えれば、いつかきっと知性が芽生えるはずだ。
彼は唯一アクアのこの成長だけは本当に嬉しかった。
同時にこういう考え方を本当に人間がして良いのかここで危機感を覚えた。
だが、彼の計画はもうほぼ完成していた。故に、彼は危機感という悩みを消した。
もはや、後戻りはできないと彼の中で覚悟が決まっていた。
彼の最後のブレーキは壊れようとしていた。
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2週間が経過した。
今日の仕事の、給与で最低限の装備が買える。
アクアは絶対本分を忘れているだろう。魔王討伐等忘れているに違いない。
彼はアクアがそういう鳥頭だということが二週間で簡単にわかった。
確信した。
…どう教育すれば良いのか悩んだ。
魔王討伐は彼とアクアの二人だけでは不可能だ。
というか、二週間も一緒に過ごした彼にとっては本当に『世界』を救う勇者を送る女神がアクアで良いのか極めて疑問だった。
明らかに人材配置を間違えている。
彼はアクアの上司にあたる上位神とやらに一度会ってみたかった。
何となく彼は神というものの存在をギリシャ神話の世界観のように感じてきた。
神の存在が実在したからこその理不尽を感じた。
神を信じれば救われると言いながら、救われない者達を彼は前世で散々見てきた。
彼はどうあがいても絶望の光景を神に祈り、未来を直視できない者達の末路を数多く見てきた。
同時に利用された。彼の思いやりは無駄だった。
だが、彼は女神アクアに皮肉にも救いの手を差し伸べられたのだ。
彼が生前信じていない神に、彼の望まない形とはいえアクアは確かに救いの提案を提示してきた。
だから、彼は計画を立てた。
前世でも差し伸べられなかった彼はアクアに恩を返すために全てを懸けた。
だが、このどうしようもない二人組だけでは計画の実行は無理だった。
最弱の悪評だらけの冒険者と知性のないアークプリースト。
故に、彼は切実に『仲間』が欲しかった。
…ゆんゆんのことは残念だったが、
元々、彼には元の世界にも『友人』などいなかった。
生前に友と想っていたのは、彼が一方的に思い込んでいただけだった。
…今回も勘違いだったのだろうと彼は思った。
それに彼女、ゆんゆんの行為は客観的に見て正しい。
これ以上、自分と関わるのは将来有望な彼女を妨げるだけだろう。
異世界で何も知らないに等しかった彼と色々話してくれただけ『幸運』であった。
彼はそう思い込んだ。思い込むことにした。
…強力なアークウィザード、紅魔族ゆんゆん。
彼女が『仲間』になってくれなかったのは、色んな意味で辛かった。
彼は、この世界に来て打算的な考えになってしまう自分が嫌だった。
大概、アクアのための、フォローのせいでそうなってしまったのだが。
弁償とか、負債とか、宴会芸とか、宴会芸とか。
本気で辞めて欲しい。消すマジックの類は特に。
「芸は請われて見せるものではないわ。魂が命じるとき自ずから披露してしまうものなの」
このアクアの発言には、流石に彼もキレそうになった。
彼には本当に実害が発生している。計画の妨げになりつつあった。
それに、魔王討伐の計画が遅れるのは、アクアのためにもならないと彼は思った。
だが、仕事後にはしゃいでいるのを見ると怒りもどこかへ行ってしまう。
なので、彼は宴会芸を止めるのを大体諦めた。
…流石にピアノを消そうとしたりするのは止めるが。
彼は、アクアを甘やかし過ぎているのは自覚したが、
これくらいは許さないといけないのだろうと思った。きっとそうだろう。
神の教育など、本来は『人間』の範疇を超えているのだから。
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後日、ゆんゆんの件は、ゆんゆんの厨二で面倒くさい『友達』に追及されることになる。
しかし、彼女は、彼の望んでいた最短で魔王討伐の条件の一つを満たす逸材だった。
だが…面倒臭い。紅魔族で初めてあったのが、ゆんゆんだから余計に面倒臭く感じる。
初対面で彼女と会っていたら、対処も容易だったかもしれない。
彼は、そのような、ゆんゆんに対して失礼な言葉を言いそうになった自分をぶん殴った。
…ある程度、頭がパーになる初期段階の対応ができるようになった。
ようは、パーになる気配を感じたら自分を殴れば、戻るのだ。思考が。
彼は、『マゾヒスト』という汚名が追加された。
最悪、自分が捨て駒になっても不信がられないから良いと無理やり利点を考え出した。