どうやったらこの駄女神に知性を与えられるかについて 作:コヘヘ
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無理ゲ―なのは知っていた。
だが、人材は手に入れた。もはや運命共同体。
最初から『死』など恐れない彼は、ある意味無敵だった。
幼くして両親を亡くした『少年』がいた。
彼の両親は財産を持っていた。
本来であれば残された財産で彼は幸福な人生を歩めたかもしれない。
だが、親戚がこれをほぼ全て奪い取った。
彼に残されたものは本当に最低限の財産だけだった。
保護者の名目で財産を好きに使う親戚。少年の面倒等一切見なかった。
不幸にも少年は身の回りのことを一人でできるだけの才能を持っていた。
故に、誰も止める者も気づく者もいなかった。
本来まだ親戚の行為すら理解できない年頃であるはずの少年は、何となくこうなることを予期していた。
だが、何もできなかった。
少年は才能しか持っていなかったから。知識がなかったから。何よりも幸運がなかったから。
...せめて、両親の教えだけは守ることを決意した。
何もない自分を亡くなった両親が誇れるように。
困っている人がいたら助けなさいという『思いやり』の教えを。
その日、少年は『彼』になった。
彼は、『孤独』の中で独学した。
思いやりの精神を。誰も教えてはくれないから。
教科書や物語等で学んだ。
道に迷う老人がいれば、荷物を持つのを手伝った道案内をした。
会話の中で同じく孤独にあった老人に同情し、定期的に手紙のやり取りをするようになった。
同級生が不始末をやらかせば彼がフォローした。
その同級生は彼を友人と呼び、色々手伝わせた。それが彼には嬉しかった。
親戚が彼の財産を使い果たして呆然とする中で、手を差し伸べた。
…彼は親戚がもはや誰も頼れないと知ったから、財産があると思われているせいで。
しかし、彼の行為は無意味だった。
友人だと彼が思っていた同級生はただ単に簡単に騙せる、自ら汚名を背負うことができる彼を利用していたに過ぎなかった。
散々彼を利用した挙句に、彼に全ての責任を押し付けた。
彼は『友情』を理解できていなかったことを悟った。
彼の親戚は彼に一時は感謝したが、彼の最低限の財産の存在を知ると奪い去っていった。
本当に彼がアルバイト等で努力して貯めたり、維持していたものすらほぼ全てを親戚は持っていった。
彼は結局、最後に残された身内だと思っていた存在からすら、全く感謝などされていなかったことを悟った。
しかし、彼はこう思った。
自分が至らないせいで彼らをつけあがらせてしまったと。
自分のやったことは思いやりなどではなかった。
…所詮、『自己満足』に過ぎなかったのだと。
だから、もう一度頑張ることにした。今度こそ両親の思いを叶える為に。
そんなある日、手紙のやりとりをしていた老人が亡くなったという知らせが届いた。
彼は本当に自分が孤独になってしまったことに嘆き悲しんだ。
しかし、老人の死よりも孤独を悲しんだ自分自身に失望した。
彼に取って老人の死は本当に自らの死よりも辛かったし、悲しかったがそれでも自分に失望した。
老人の遺族から最後の遺言があると知らせがきた。
彼は自分を奮い立たせて、その遺言を聞きに行こうとした。
彼の孤独を癒してくれた、老人の最後の言葉を知りたかった。
だが、それは罠だった。
端的に言えば老人は資産家だった。それも相当な。
同じ孤独を最後に癒してくれた彼に自分の財産を与えたかった。
問題はその額だった。老人は本当に彼への感謝から判断を誤ってしまった。
それは普段の老人なら絶対しないミスだった。大金を彼に残そうとしてしまった。
誰も老人の身内は、最後まで孤独にしてしまったせいで、
老人の最後の死までこの遺言に気がつけなかった。
それを遺族は激怒した。
遺族の遺産を他人が、敢えて作った老人の『孤独』を救うなどという、
偽善者風情が財産を奪おうとしていると逆恨みした。
老人は現役、若しくは少年に会う前だったらこの遺族の思考を簡単に理解できた。
つまりは、彼は亡き者にされた。事故を装った呆気ない最後。
彼は最後まで不幸な人生だったと第三者は言うだろう。
だが、不幸にも頭の良い彼は今わの際に全てを察した。
それは、彼が最も気にしていたこと。
唯一、たった一人だけ、『思いやり』で救えた人がいた。
この事実だけで彼はこれまでの行為が無駄ではなかったと確信していた。
それは、他者からすれば異常であり理解不能な思考だった。
だが、彼はその事実、たったそれだけで全てが満足できた。
彼は彼なりの人生を満足して終えられた。
欠落した自分でも思いやりができたのだと、彼は満足した。
彼が両親から教えられた『愛』は欠けていてもできたのだと、最初からできていたのだと知れた。
彼自身が、果たせない無念があれば絶望したかもしれない。
だが、確実に老人は彼に救われたのだと確信できた。
しかし、最後まで、彼は『孤独』なのだけが心残りだった。
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…その余韻をぶち壊す存在が目の前に現れた。
透き通った水色の髪、人間離れした美貌の女神と称する存在だった。
彼は髪の色もその美貌もおかしいとは思わなかった。
彼の生前出会った人々の何人かは人間離れした美しさだった。
だが、死後の世界という状況で目の前の存在が女神だと納得した。
生前出会っていたら黄色い救急車を彼は呼んでいただろう。
彼は神の存在等信じていなかった。しかし、流石にこの状況下では認めざるを得なかった。
彼は女神の話を聞くことにした。
女神も仕事なら余韻ぶち壊しても仕方がないだろうと寛大な心で女神を許した。
勿論、言葉には出さない。
彼は仮にも神に対してナチュラルに上から目線だがいつものことだった。
彼は女神に話の続きを促した。
彼は早めに切り上げたかった。
もし可能なら両親に自分の人生を報告したかった。
何より老人に感謝と謝罪をしたいと思った。
老人の意思とは反するだろう形で彼は死んだから。
だが、彼は話を聞くにつれて少し死後の世界を誤解していたことを悟った。
女神の仕事は魂を転生させることにより世界秩序の維持を図ることだそうだ。
つまりは行政機関の役人だった。
彼の両親も老人も天国にいないらしい。彼はもう未練はなかった。
彼が転生を希望する前に女神がこんなことを言い始めた。
「うんうん。天国なんて退屈なところはあなたは嫌でしょう?
かといって今更記憶を失って赤ちゃんからやり直すと言われてはいそうですか言うはずないわよね?」
彼は確信した。女神は全能ではない。
彼ははいそうですかと言う気満々だった。
そんな彼の思いに気が付かない女神は色々語り始めた。
それは志半ばで死んだ若者への救済プランだった。
異世界転生等とほざく、ライトノベル等によくある展開だ。
女神は俗世に敏いようだ。
彼の確認に対して、そういう知識で合っていると彼に吹き込んだから。
だが、この目の前の『女神』の本性は、彼は一瞬で察した。
皮肉にも、生前ほぼできなかった他人を疑うことが彼にはできるようになっていた。
だが、女神の提案は確かに彼を救おうとした行為ではあった。
生前、誰からも救われなかった彼を救おうとしてくれた。
そのやりくちはギリシャ神話並みの理不尽だった。少なくとも彼に取ってはそうだった。
彼にとって、不本意極まりない。彼は人生をもう満足していた。
…彼は本当にこれ以上の生はいらなかった。
故に、感謝としてこれだけは伝えようと思った。
彼は輪廻の輪に戻るつもりだった。
「失礼ながら、その『転生プラン』には致命的な欠陥があります。
…もう一度、転生プランを、考え直すことを提案いたします」
チートなど与えたら、志半ばで死んだ若者が何しでかすかわかったものではなかった。
この女神は表だけ取繕っているだけだった。
危険性に気が付いていない。自分の仕事なのにも関わらず。
つまり、言い方は不敬だが、馬鹿だと彼は確信した。
なので、わかりやすく丁寧に忠告することを決意した。
それを説こうと彼は言葉を使おうとした。
彼の言葉はそれこそ誰もを欺ける自信があった。
生前は、友人のために日常では控えていた。...それは、彼の思い込みであったが。
彼は良き友でありたかったからなるべく誠実に他者と関わっていた。
なので、彼は女神とともにより良い転生プランを共に再計画し、
過去の経緯を掘り下げて魔王討伐の是非を説き、自分はさっさと輪廻の輪に戻る決意をした。
だが、
「何ですって!このぼっちを拗らせた悲劇のヒロイン気どりの糞男!!」
彼は流石にキレた。
おそらく、転生先のことも碌に知らないで送り出していると女神との会話の中で彼は確信していた。
具体的なことを何も言わないのだ。
転生先がどういう『世界』でどういう人材、そして能力が求められているかが、ぼんやりとしか伝わってこない。
彼が神の立場であればチートなど与えて送り出すのであればキチンと説明した。
確かにそこまで面倒見切れないというのはあるだろう。
だが、この目の前の女神は理解して説明していない。
せめて、女神がそういった背景を理解して言うのであれば彼もキレはしなかった。
彼からしてみれば、職務怠慢も良いところだった。
...彼は根が真面目過ぎた。
この自称女神は教育せねばならない。なので、彼は決意した。
輪廻の輪に戻ることを諦め、チートを捨てて、魔王退治という恐らく無謀な魔王討伐とやらをしてみせる。
全ては、この女神に『知性』を与えるために。
「…異世界に持っていく『もの』が決まりました」
彼は決意した。
女神の不在も想定されているなら、この提案は受け入れられる。
恐らく、人間社会も神社会も代わりない。替えの人材はいるだろう。
彼は、少なくとも上位の神の存在はこの目の前の駄女神との会話から察した。
故に、女神に情けは不要だと彼は思った。
「へぇ…このアクア様の偉大さに気が付いて自分を顧みたのね。
じゃあ、さっさと言いなさい。
私もこの後、他の死者の案内がいっぱい待ってるんだからね?」
この抜け穴に気が付かない時点で致命的な欠陥があると彼は、警告しようとした。
それを反故したのは目の前の女神。
論理的に自分は悪くない。目の前の自称女神の責任だ。
…一応、救いの手を差しのべてくれた相手を自称呼ばわりは失礼だと彼は思った。
彼的には自称神は前世で充分だった。しかも全部邪悪だった。
彼は意識を取り戻して、女神に望むチートを宣言した。
「持っていくものは、あなた。つまり、女神のアクア様です」
女神なのだから、使える能力はあるはず。
先ほどの一覧表のチート以上にチートかもしれないと彼は推測していた。
問題は自分自身の才能だけで行動しないといけないことかなどと彼は考えていた。
彼の才能は危険かもしれないと今、彼は薄々感じていた。
この一連の女神とのやり取りの思考及びこれからの計画の想定は、彼からすればまるで悪役だったから。
「あーはいはい。それじゃ、この魔方陣の中央から出ない様に……」
そこまで言って、女神はピタリと動きを止めた。
彼の想定よりも気づくのが遅い。
思ったより使えないかもしれない。だが、腹は括った。
「…今何て言ったの?」
呆然と呟く女神と、そして彼の足元には、青く光る魔方陣が現れた。
天使が舞い降りて告げた。彼の願いが受け入れられたという。
やはり、致命的な欠陥だ。
…神といえども全能ではないことが発覚した。
生前、神に祈らないで正解だった。
「ちょ、え、なにこれ。え、え、嘘でしょ?
いやいやいやいや、ちょっと、無効でしょ!?こんなの無効よ!待って!」
だから警告したのにと彼は思う。もう全てが遅いのだが。
「女神様、あなたには明らかに知性が足りません。
故に学びの旅をしましょう。俺が魔王を何とかするので協力してください」
彼はそう言って、女神に近づき、手を差し伸べてみる。
こうなったのは無理やりだが、せめて友好関係でありたいから。
彼は何故か、ほんの少しだけ嬉しさを感じていた。
...彼はこの自分の感情が全く理解できなかった。
「わああああああー!ちょっとあんた何してくれてんの!?いやあああああ!」
ダメだ。聞いていない。
先ほどのチート一覧から彼は推察した。
あれらの能力があっても勝てない魔王には半端なチートなど無意味。
故に、女神くらいのイレギュラーを起こさないと状況は打破できない。
…ひょっとしたら、魔王が過去送り出したはずの勇者候補の『転生者』なんてこともあり得る。
この女神なら。失礼ながら、鳥頭だ。
どうやって教育したものか悩ましい。
そんなことを考えていた彼と喚き散らす女神は白い光に包まれた。