人口の構造変化が金融サービスに革新を迫っている。とくに影響が強いのは長寿化だ。60歳の人のうち、95歳まで生きる人の割合は1995年に14%だったが、その後20年で25%に急伸した。
銀行、証券や生損保は、平均すると現役層より金融資産を多く持つ高齢層との取引に力を注いでいる。世代内の資産格差が大きいのも高齢層の特徴だ。判断力の衰えなど高齢期の特質をふまえたサービスを提供するには「業界起点」から「顧客起点」への発想転換が必要である。
厚生労働省によると、認知症の高齢者は現在520万人。効果と安全性が高い予防法や治療薬が開発されなければ、25年には700万人に増える見通しだ。65歳以上の5人に1人である。
発症には至らなくとも、年を重ねれば誰しも認知機能が衰えやすくなる。金融業界が肝に銘じるべきは高齢者の心身、資産、家族の状況など、それぞれが置かれた環境に応じた丁寧で確実、簡便なサービスの提供だ。
考えたり計算したりする力が弱った高齢者は論理より経験と直感を頼りにしがちだ。具体的には(1)相手の言葉遣いに決定が左右されやすい(2)多くの選択肢への対応より明快な情報と単純な選択肢を好む(3)意思決定を先延ばしし、選ばなかったことへの後悔を感じにくい――などが挙げられる。
金融老年学という新しい学問領域に取り組む駒村康平慶応大教授らの仮説である。この研究には経済学だけでなく法学、医学などの専門家、また証券会社や信託銀の幹部も加わり、商品開発やサービスのあり方を探っている。
研究者と業界が一体になった取り組みを加速してほしい。都市圏に先んじて高齢社会が現実になった地域の地銀や信金・信組が加わることが課題になろう。
こんな事例も報告されている。銀行の窓口で記入を求められる書類の多くは複写式だ。筆圧が衰えた高齢者が書くと、下の紙に何も写っていないことがある。「業界起点」の典型である。ささいな例だが放ってはおけまい。
カギを握るのは技術革新だ。金融機関はアナログ時代のやり方を改め、確実で分かりやすい取引手法を実用化してほしい。人口の構造変化は速度を上げている。悠長に構えてはいられないだろう。
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