セーレン・キルケゴール
天正十六年(1588年)、当時の茶の湯の流行最先端を書いた「山上宗二記」にはこのようなことが書かれている。
「惣別、茶湯には昔より以来、書物はなし。ただ古唐物を多く見て、上手に茶湯者と節々参会をなし、作分出だし、昼夜茶湯に数奇覚悟、これ師匠なり」
要は、「書を捨てよ町へ出よう」ではないが、近い。本を読むより経験することが大事と記している。「百聞は一見に如かず」と言ったところだ。
なお、山上宗二はこの本の中で「詳しくはwebで」みたいな感じで、「詳しくは口伝で」みたいに自分が営む個人教室のPRを何度もしている。
山上宗二は千利休の弟子であり、同著には当時の流行の名茶器212点が記されている。本能寺の変で遺失だとか割とある。
織田信長は茶器等を褒美として土地の代わりに与え出した発想の転換の持ち主だ。
鎌倉時代以降、子供へ与える土地が足りなくなった。結果、争いが起こりまくった。北条氏は元寇を防いだ武士たちへの報酬を与えなくなり、鎌倉幕府滅亡のお知らせとなった。この経緯を考えれば、茶器等、物へ褒美の価値を見出したことは土地という限られた財産からの解放だった。無論、織田信長以前より褒美を物にすることはあったが、茶器という土塊からできる物への発想の転換は戦国時代においてブランド価値を創造したという点で優れている。
後継者の豊臣秀吉も茶の湯という「場」を設けることで千利休を使い、情報収集の場、つまりスパイとして使っていたという説もある。千利休への死刑は何が理由なのか今一つわからないが、スパイ活動で何か秀吉の知って欲しくないことを悟った等だったら等という考えもできるかもしれない。
さて、ここまで長々とどうでも良いことを脳内で並べ立てたが、現在の状況は何一つ変わらない。
目の前の非常識に対する馬鹿げた提案を受け入れるか否か。
端的に言えば、私は布都御魂剣というドマイナーな自称刀の美少女の力を借りないと死ぬ。
長い黒髪のスレンダーな体系、身長150㎝前後のミステリアスな雰囲気を醸し出す美少女だ。私が男だったら惚れたであろう。女の私でも怪しく魅了される『蠱惑』という言葉が相応しい存在に出会ったのは初めてだった。
丸で少年漫画に出てきそうな設定だ。私がヒロインではないのか。
そして、明らかに人外の能力を有する非常識だ。私はこの場を凌げても恐らく死ぬ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は普通の就活生。一人暮らしの文学部歴史学科の大学生だ。
学者を諦めて就活に勤しみ、潰しが効かない『歴史考古学』を選択した過去の自分を恨みつつ、歴史大好きおじ様…OB達に媚びを売れるために結果的に最良の選択だったと確信し出すくらいには感情の浮き沈みのある極々普通の感性の持ち主だという自負がある。
そして、大学の夏休みという無駄時間を就職活動に使い、インターンシップをしていた善良な一大学生だ。貿易関係の企業だ。私の家系は江戸時代に藩の交易を担っていた武士の家系らしいので何となくそこにした。だが、ただ働きというインターンシップの問題点に今更気が付きほんの少しだけ悩んでいた。私は、ただ働きは嫌だった。社会体験以上の重労働を押し付けられてウンザリしていた。海辺の倉庫街で集計や荷物運び等させられていた。私は慣れない作業のせいで時間がかかり他のインターン生とはぐれてしまった。途中から私に面倒な集計作業を丸投げしてきたやる気のない学生達には怒りを感じた。私は彼らを追いかけるために近道に倉庫街の裏路地を通った。
裏路地を通ったのが不味かったのかと私は反省している。か弱い乙女である私を置いて行った他の大学生達は死んだ方が良いと思う。
今現在、私のお口を永遠に閉じようとする団体に追い掛け回された結果、密室に閉じこもっている。それも美少女と同室だ。
本気でわけがわからない。
某小学生探偵だってまだ自分から怪しい取引現場に突入したから高校生から小学生になったのだ。…私は本気で関係ない。
私は『神器』とやらの取引を邪魔しに来た敵対組織のエージェントと勘違いされている。
私が取引現場を目撃した為に、即殺されそうな気配を感じ取って口八丁のブラフ込みで死を回避した成果だ。
そして、私はどうも色んな18禁に該当する拷問して聞き出して殺されるらしかったので、逃げた。
なお、R18でも性的なものではないR-18Gだ。
会話から類推できた。遊びの無いガチの拷問内容だった。
生爪剥いだり、体の皮膚剥がしたりする道具について素で話始めた。
私は近場に積んであったドラム缶の積み木を本気で殴り崩壊させ、道を塞いだ。
流石に相手方もか弱い私が全力でドラム缶を殴り崩壊させるとは思っていなかったようだ。
その隙をつき、道を塞いだお陰でその場は逃げられた。
が、相手もプロらしく私は逃げ切れなかった。倉庫街の中でも一際頑丈そうな倉庫に閉じこもっているのが、現状だ。
何かの保管庫らしい分厚い扉をぶち破るために全力で努力してらっしゃる方々の成果はもう間もなく達成されるだろうと確信した。私は惨たらしく死ぬ。その先にあるものを確信したので、倉庫の内部を必死に漁った。
私は美しい片刃の鉄刀を発見した。発見した瞬間、私はこの刀を昔から知っている幼馴染のような感覚に陥った。私の大叔父は大の日本刀コレクターだが、それらを上回る美しい刀に私は現状を忘れて魅入ってしまった。
気が付けば、私の隣に美少女が佇んでいた。
そうとしか私は表現できない。この時の私はもう少年漫画の主人公並みに浮かれていた。
…緊急事態なのを思い出してものの数秒で良い気分も台無しになったが。
そして、この美少女も私を救助しにきた組織のエージェントと勘違いしている。なお、その組織のエージェントでなかったらこいつも口封じで私を殺すらしい。
…物騒極まりない少女だった。
幸いなのは、私が『布都御魂剣』を知っていたことだった。記紀神話、つまり日本神話の刀だ。
私の専攻は歴史考古学。
歴史時代を研究対象とした考古学だ。遺跡,遺物のほかに,文献史料を利用し研究していた。
正直、布都御魂剣は、私からすれば諦めた夢をもう一度と思わせるくらいには魅力に満ちていた。
そのため、状況を忘れて、話をしていたら私を所属する組織の救援等と勘違いした。
マイナーな布都御魂剣を知っている人間はそうはいないだろうから勘違いしても無理はないと私は思った。
そして、自身の能力とやらを説明し出した。軽く見せて貰うこともできた。倉庫に転がっていたドラム缶やら鉄パイプ等も包丁できゅうりを切る感覚で切れた。どう考えても非常識な切れ味だった。
話を纏めると、何でも斬れる刀だ。「万物を絶つ」能力という話だ。斬撃を飛ばすことも可能だという話だ。
8年前の担い手は山と神を切り崩したとかふざけたことを言っていたが、斬撃を飛ばせるのなら可能ではないかと思うと自分でも不思議な程納得できた。
なお、話していてわかったのだが、この自称刀の少女は外見と年齢が合っていない。
日本神話の刀なのだから老成しているという意味ではない。寧ろ逆だった。
こう、何というのだろう何か微妙に幼い気がする。近所のガ…お子様方の面倒を見た私だから気が付けた襤褸がある。知識に振り回されている感じだ。
経験を感じさせるものがあってもおかしくないのにそれをあまり感じないのだ。
日本神話通りなら2600歳くらいのはずだった。…私の知識が正しければ天武天皇の刀だ。
自称刀と私は魂が似ているらしく、契約者となれば状況を打破できるらしい。本気で意味が分からない。だが、私はこの能力を見てしまったせいで素性がバレたら消されるし、助かるという悲劇的状況下にある。
私が知る知識に於いては、布都御魂剣というのは、三種の神器の天叢雲剣の存在のせいで創作物に反映されない不遇の刀だ。
日本神話の剣の神建御雷命の分身とも伝わる刀だ。
そう、このドマイナーな刀は神の分霊ともいえる。何故美少女なのかは皆目見当がつかない。
日本神話において、大和征服を企む神武天皇に「自分が行かなくてもこの刀あれば十分でしょ?」等という感じで与えた刀だ。確実に現存した神話の武器だった。
…数年前に社ごと吹き飛んだとニュースでやっていた。布都御魂剣は跡形もなくなってしまったと刀好きの歴女の友人が嘆いていた。私は分類的には歴女に入るのだろうが、最近話題のゲームやら擬人化等詳しく知らないので話が合わない。しかし、今現在の状況を理解する上で、役立っているのだからサブカルチャーは侮れなかった。
…私が追われている団体が布都御魂剣を拉致監禁していたのなら色々辻褄があってしまう。
これもサブカルチャーの応用だ。刀を拉致監禁等言う意味の分からない想定も可能だった。私は妹に言われなければそう言った書籍を読まなかったし、ゲームもしなかった。そうなると歴女連中とは友人になれなかっただろう。自分の興味しか基本的にやらない私のことを思いやってくれる素晴らしい妹だ。
だから、私は覚悟が決まった。私だけならともかく家族に危害は許せない。
自称刀のこの美少女に私の素性バレても拷問されて死なない分マシなんじゃないかと開き直って私は契約に同意した。もはや、私の頭の中は状況打破と遺言くらいしかない。
雰囲気を醸し出せば助かるかもしれない等という主人公補正みたいな考えはない。…というか刀を口説くとかない。
漫画じゃないのだし、何より美少女だろうと同性を口説くのは嫌だ。私は、百合属性ではない。この辺りは知らないで人生を送りたかった知識だ。だが、女子高時代の立ち振る舞いはサブカルチャーで理解できたから内心複雑だった。
このとき、私は自称刀の長い契約内容を聞いていなかった。何より、緊急事態で一つのことを考えるので精一杯だった。
どうせ死ぬのだし、悪人を何人か道連れにしてやろうかとも考えた。…いくら正当防衛でも殺人に動揺して逃げ切れないと判断できた。逃げの一手しかないと悟ったのでこの物騒な考えは放棄した。
布都御魂剣の話が終わりかけているのを悟って、私は長い回想から思考を現実に戻した。
どうも布都御魂剣は最後に注意事項を述べる気らしい。
「良く切れる刀を持つ者が必要以上に切らないように自制することは…」
それっぽい言葉だが、私はこの言葉を知っていた。雪国の法学者の言葉だった。
「民法学者の言葉をあたかも自分の言葉のように使わないでもらいたい」
私はどうせ死ぬのだからと開き直ってビシバシツッコミを入れる所存だ。
「Respect among the hones…」
今度は気取って英語を言い始めた。だが、それも知っていた。
「今度はGHQ統治時代の経済専門家だ。…自分の言葉で話して欲しい」
というかどちらも税金関係の法整備等をした学者達の言葉だ。
私は中二病の塊の知識に疑念を改めていたが、無視し雰囲気に合わせた振舞いをしてみた。
「言いたいことは分かった。つまり、力に溺れるなということだろう?」
私は手を差し伸べる。身長差から子供と手を繋ぐ保護者のようになってしまった。
「…ええ、わかっているのなら結構です。では、魂の契約に同意したと言う事でよろしいですね?」
恥ずかしいのか若干顔を赤らめて言う美少女。私は少し気後れをしてしまったが、我に返りどう考えてもヤバい『魂の契約』をしっかり確認しようとした。
だが、
「おらぁ!!いい加減鬼ごっこは終わりだ。…今度は別な遊びをしようぜ。お嬢さんよ?」
分厚い鉄板がぶち破られた。茶髪の軽薄そうなチャラ男が鋼鉄の分厚い扉を殴り飛ばした。
だが、奇妙だった。私の妹なら即座に飛びつきそうなワイルドヤンキーを観察して察した。
どう考えても体格から計算して、鋼鉄の扉を破ること無理だ。
私は生き物なら象でも連れてこないとまず扉や壁を破れないと思っていた。
…扉を破るまたは外壁を壊すのなら重機等持ってくると推測し、数時間は稼げると思っていたからここに閉じこもった。さらに言えば、この倉庫に状況を確実に打破する何かあるという勘があった。今思えば奇妙なことだが、確信していた。
だが、非常識が全ての計画を破綻させた。
「ヨグ=ソトースのこぶし!…この威力からすると相当高位の術者。不味いですね」
どうやら確認している時間はないようだ。今、契約するしかなかった。
「落ち着きなさい。どうせ結論は変わらない」
私は覚悟を決めた。虚勢を張らないと、ハッタリが通用しないと目の前の敵を騙せない。
何より敵を騙すには味方からだ。私は物語の主人公だと自分に言い聞かせる。
「結びましょう。魂の契約を」
私は刀を鞘から取り出して悠々と敵に見せつけるように宣言した。
そして、布都御魂剣に宣言した。魂の契約等後回しだ。ここを凌がないとどうせ死ぬ。
「…ええ、では契約はなりました。では、第二の神話の始まりと相成りましょう」
その瞬間、少女から旋風が巻き起こった。
私に未知の知識が流れ込んだ。…布都御魂剣の使い方だった。
青白い魔法陣が浮かび上がり、半球状に甲骨文字の羅列が飛び交い始める。
「『魂の契約』だと…!!それも、正規の契約!
…あの若作りと同等の脅威になりかねない。お前らあいつを撃ち殺せ!!」
どうも目の前のワイルドヤンキーは私の状態を私以上に知っているらしい。
だが、他の御一行様は良く知らないらしい。明らかに呆然としていた。
「早くしろ!拷問して聞き出すのは諦めろ!!今しか俺達に時間は残されていないんだ!!!」
かなり必死だ。あちらも何か不味い状況だと確信した。最も諸事情は一切わからない。
だが、もう終わったと私は確信できた。刀から流れ込んだ未知の知識が教えてくれた。
布都御魂剣の使い方とその脅威を知れた。…魂の契約とやらは知れなかった。
「神倭伊波礼毘古命が再誕、始馭天下之天皇が末裔。契約は相成った」
私は宣言した。完全に契約は完了した。これは間違いなく神武天皇の刀だが、違った。
確かに第二の神話だった。…オリジナルは8年前に失われている。
だが、何故か本物だと知識が教えてくれた。私では山や神を切り殺すのは無理だが、将来的には可能かもしれない程潜在能力がこの刀にはあった。
だから、
「では、ごきげんよう」
私は地面を切り裂いた。倉庫街は海辺だ。斬撃を飛ばせる布都御魂剣なら可能だった。
私は素人だが、大叔父が日本刀の基本的な使い方は教えてくれた。何より、布都御魂剣の担い手の経験が刀に僅かに残っていた。
敵の足元を切り裂いて、落とし穴を作ることは容易だった。
「何をしている!早く…」
茶髪はそこまで言い切らない、周りも慌てて討つ瞬間に完了で来たのは運が良かった。
数秒とはいえ、契約中に射殺されてもおかしくなかった。というよりも、射線上に茶髪がいて邪魔になっていたのが、モタモタしていた最大の要因だと思った。
周囲の連れは銃撃等の荒事になれていた。魔法陣には凄く動揺していた。
逆に、茶髪は鋼鉄の扉を殴り飛ばし、魔法陣にはあまり動揺していなかった。初対面でわからなかったが、文官に近いのかもしれない。布都御魂剣は彼を術者と言っていた。
「「「うああああ!!!」」」
ワイルドヤンキー諸共落とし穴に嵌った。簡単には登れない程度には深い穴だ。十数mの落とし穴は即座に作れた。死んでもおかしくないが、そこまで気にしない。底は水のはずだし死なないだろうと思ったので、問題なかった。
彼らは滑稽な反応で落ちて行った。私は思わず笑いそうになったが、気を取り直した。
この周囲一帯ごと地面を切った。地下の水脈をこの刀は教えてくれた。
要は、緩んだ地盤を切り裂いて、海水も巻き込んだ結果、地盤沈下を引き起こした。落とし穴の先はプールみたいな感じになっている。
布都御魂剣で今の私ができる全力を使用した。
もう逃げる他ない。水脈を探る術に、私の助かる道を確保する担い手の経験等を強引に引き出した。流れ込む知識により、私にはもう魔力的なものが残っていないと確信できた。
「さて、逃げるとしますか」
私は布都御魂剣に声をかけてみた。少女がいないので刀に話しかけてみた。
「敵がまだ生きていますが、殺さないので?」
神話の刀らしく物騒この上な提案だった。
「殺さない。どうせ私にたどり着けないだろうし、わけのわからない術者を相手にしたくないもの」
私はそう言って、全力で逃亡した。
私は全力で逃亡した。最早追跡不可能と確信できた。
携帯を落としたり、血痕や指紋等も残すようなことはしていない。
刀で全部地面を崩壊させたから、跡形も残っていない。
あそこで捕まらなければ、仮病でも使ってインターンを休めば良い。
正直、私は遺言を残す時間さえあれば十分だった。
布都御魂剣を取引に使えば最悪でも家族に被害はでないと確信できた。何せ相手は焦っていた。布都御魂剣の元の所有する組織は強大なのだろう。
私の命と引き換えに家族の安全させる取引は可能だと確信できた。
人生の後悔は多少あるが、『家族』には代えられない。
そう思っていた。
「ちょっと待ちなさい。契約したからわかったのだけど、あなた一般人よね?」
私の正体は完全にバレていた。
というか私も布都御魂剣のことが知れたのだから、布都御魂剣が私のことを知れてもおかしくなかった。
「ええ、それについて何だけど…」
私は言い切れない。魂の取引等専門知識はこの刀にあるのだから知れなかった。
「…殺しはしませんし、私の所属先にも話を通しておきます。姫君は無意味に殺さない優しい方ですので問題ないはずです。…ですが、その前に頼みたいことが」
刀から美少女が出てきた。驚きよりも殺さないという事実に安堵してしまった。
…無意味に殺さないことが優しいってヤバい組織だと思ったが口には出さない。
「頼みとは?」
私は緩まない。神話の生きている刀等私の理解外だから確認する必要があった。
魂の契約等も後々確認しないと不味いが、優位性を放棄するとも思えなかった。
「契約をしたあなたならわかるでしょうが、私はこの時代には有り得ない存在なのです」
そう言って刀を鞘越しになでる布都御魂剣。その瞳は何かを悩まし気に感じた。
「私をこの時代に再誕できた創造主達と一度会ってみたかったのです」
私は確信した。この目の前の存在は刀というよりも人間に近い。
知識としては2600年前の神話の剣だが、8年前生まれた少女なのだろう。
…家族と会いたいというのはよくわかった。私には痛いほど理解できた。
だが、
「…創造主“達”?」
私は大学生だ。数人の推定裏世界の人間を探し出す前に、今日のアレな団体に見つかって死ぬだろう。それよりもまず布都御魂剣の組織に殺されかねない。
正直、家族に被害が出る可能性があるのなら拒否したかった。
私の安全を約束してくれた以上、彼女は恩人になるだろうが譲れないところはあった。家族を守りたいから私はそもそも命の危険に立ち向かった。
…拷問されて家族のことを漏らして、被害でもあったら私は死ぬよりも遥かに辛かった。
「一人はもう十分話しました。別れの挨拶も済ませています。
ですが、もう一人とは会話をする前に離れてしまったからよく知らないのです」
私はこの時、この子の気持ちがわかってしまった。一人と話せたから、きっと良い人間だったから余計にもう一人を知りたくなったのだろうと推測できた。
「姫君も会わせてくれなかった。…戻る前に会いたいのです。名前と姿は知っています。
不味いと判断できたら、若しくは知れないと判断したらしなくて構いません」
丁寧なお辞儀をして頼みこまれてしまった。
「…お辞儀何てしなくてよいわ。でも、明日からで良いかしら?今から色々言い訳して時間を作るから」
私は決意した。何が何でも夏休み中に全てを片づけて日常に戻る。布都御魂剣も私も家族にも被害は出さずに人知れずに終わらせる。一人暮らしなら可能だと思った。
「ありがとうございます。名前は…」
そう言って嬉しそうに語る布都御魂剣だが、やや違和感を覚える名前だった。
どう考えても男性の名前だが、女性だと言う話だ。布都御魂剣曰く、普段着が巫女服だったというから女性なのだろう。
何より、その時の年齢から推察すると今は高校生だ。さらに、日本刀の鍛冶職人等ではないらしい。正直、最初の一人に聞いた方が早いと布都御魂剣から所在を聞き出した。
色々危険だが、組織のエージェントと勘違いされているのなら布都御魂剣の創造主にはたどり着かない。ギリギリセーフだと思い私は岐阜県の北アルプスへ山登りを決意した。
これが私と彼女のとても長い旅、その最初の旅だった。