野田さんの担当エリア拡大につれて恵方巻き販売圏が拡大

 翌年、ちょっとだけ偉くなって担当エリアが広がった野田さんは、そこでまた「恵方巻」を仕掛けた。そしてまた成功した。やがて野田さんの出世とともに恵方巻の販売対象エリアは広がりをみせ、そして1996年には、九州、中国地方を含む関西以西でキャンペーン展開。ちなみにこの年の前後に、僕が当時担当していた番組で、大阪の田舎のおばあちゃんが一人でもくもくと、もぐもぐと、太巻きを口の中に詰め込んでいく「恵方巻」の衝撃映像を紹介した記憶がある。そんなことも含めて恵方巻を受け入れる土壌が耕されていき、ついに問題の1998年、全国のセブン-イレブンで販売するに至り、やがて各社が追随して現在につながっている。

セブン-イレブン・ジャパン組織図より
「恵方巻」の仕掛け人、野田靜眞さんは、現在、執行役員第2オペレーション部長。西日本地区のセブン-イレブン店舗をすべて束ねる現場責任者だ。野田さんが社内で実力をつけていくのとともに、「恵方巻」を販売するエリアも広がっていった

 仕掛け人の野田さんは、セブン-イレブン・ジャパンの“ミスター単品管理”とまで言われている。コンビニは「発注が命」だ。望んだときに望んだ商品が棚にないようだと客は次第に離れていく。たとえば「おにぎり」を100個発注するのではなく、「紀州梅」が何個、「こんぶ」何個、「辛子明太子」何個・・・と、単品ごとに綿密な計算に基づいた予測をもとに本部に発注する。計算がずさんだと売り上げが伸びないばかりか、ロスが増えて加盟店の負担になる。ゴミも出る。誰も喜ばない。信頼を失う。「発注が命」、すべてなのだ。現在、“ミスター単品管理”の野田さんは、発注精度をさらに向上させることを最大の使命としている。

 周辺で聞くところによると野田さんは、今では当たり前になっているコンビニの「おでん」や「おせち」の仕掛け人でもあった。それらは実は単なる商品アイテムではなく、季節ごとのイベントだったのだ。季節感のあるイベントを盛り上げて、加盟店を盛り立てて、客とコミュニケーションをより深めて、おまけに売り上げも増えて、みんなハッピー!
 ここ数年、節分のイベントとして豆まきを差し置いてすっかり定着しつつある「恵方巻」は、今から20年前の1989年(平成元年)に、まだ20代だった野田さんが仕掛けた小さなイベントから始まっていたということを、現代日本の食文化の記録として書きとどめておきたい。(ちょっと大げさ?…笑)

森公美子プロデュース「森恵方巻」も、1989年広島の「恵方巻」からすべては始まっている。
「日テレ7」ホームページより

モリクミのプロデュースで「森恵方巻」と一緒に「森とん汁」も企画 商品化した。「日テレ7」ホームページより

わぐりたかし
放送作家
放送作家。クックブックカフェ店長/グルマンアカデミー代表。読売新聞(金曜夕刊 にほんご面)でコラム「美味しいオノマトペ」好評連載中!