U.S. Navy

米中戦争を回避するには
―― アメリカの新中国戦略に対する10の疑問

ケビン・ラッド 元オーストラリア首相

How to Avoid an Avoidable War
Ten Questions About New U.S. China Strategy

Kevin Rudd 第26代オーストラリア首相。現在はアジアソサエティ政策研究所の会長。

2018年12月号掲載論文

40年間に及んだアメリカの対中エンゲージメント政策にはすでに公的にピリオドが打たれ、いまやそれは「戦略的競争」に置き換えられている。対中強硬論は、米議会を含むアメリカの政府機関、ビジネスコミュニティの支持を広く集めているようだ。しかし、政策決定者は、この戦略を政策レベルで運用していく上で、数多くの予期せぬ事態に直面することを想定しておくべきだ。戦略的競争が、関係の打ち切り、対立、封じ込め、そしておそらくは武力紛争へ急速にエスカレーションしていくリスクも考えなければならない。対立の帰結はどのようなものになるか。封じ込めは成功するのか。諸外国はどう反応するか。第3の道は存在するか。考えるべき設問は数多く存在する。

  • エンゲージメントから戦略的競争へ
  • 戦略的競争に対する疑問
  • 対中封じ込めは機能するか
  • 諸外国はどう反応するか
  • 第3の道はあるか

<エンゲージメントから戦略的競争へ>

2018年11月、われわれは20世紀における大国間の「すべての戦争を終わらせるための戦争」と呼ばれた第一次世界大戦終結100周年という節目を迎えた。もちろん、「すべての戦争を終わらせるための戦争」はその目的を果たせなかった。一連の予期せぬ壊滅的な帰結が生じ、結局、その後、より多くの戦争が起き、世界の地政学マップは以来、3度も大きく書き換えられた。

未来の世代が2018年を振り返れば、現在起きていることにどのような意味合いを見出すだろうか。米中という21世紀の二つの超大国が平和的共存から新たな対決へと向かった年として記憶されてもおかしくはない(もちろん、その軌道が最終的にどこに向かうかは現状ではわからない)。

2018年のハドソン研究所での演説で、マイク・ペンス米副大統領は中国を痛烈に批判し、不公正貿易慣行、知財権の窃盗、軍事的攻撃性の高まり、米国内政治に対する干渉を問題点として指摘した。もっとも、副大統領の演説は、トランプ政権による対中戦略の再定義に関する公式演説、政策発表の最近の一例に過ぎない。これらには、2017年12月に公表された米国家安全保障戦略、2018年1月の国家防衛戦略、2018年10月の米軍需産業の今後のリスクに関する国防総省報告、そして、もちろん、6月の対中貿易戦争の開始が含まれる。

ワシントンによるこうした一連のドクトリン表明によって、アメリカの40年間にわたる対中エンゲージメント政策には公的にピリオドが打たれ、いまやエンゲージメントは「戦略的競争」に置き換えられている。

現在の戦略は、エンゲージメントが失敗に終わったことが前提とされている。「中国の国内市場は外国からの輸出や投資に十分開放されていない。ルールを基盤とするグローバル秩序の責任ある利害共有者になるどころか、いまや中国的特質をもつ別の国際秩序を形作りつつある。国内政策の民主化を進めるどころか、北京はレーニン主義国家の構築という危険な賭に打って出ている」と考えられている。

中国の外交政策と経済戦略を押し返すというワシントンの決定は、「中国の軍事・経済パワーが大きくなり、アメリカの世界における支配的優位を切り崩しつつある」という現状に対する必然的で構造的な対応だった。

一連の宣言から成る過激な中国政策の表明は、米議会を含むアメリカの政府機関、そしてビジネスコミュニティの支持を広く集めているようだ。しかし、政策決定者は、この戦略を政策レベルで運用していく上で、数多くの予期せぬ事態に直面し、それに対処する必要が出てくることを想定しておかなければならない。例えば、戦略的競争が、関係の打ち切り、対立、封じ込め、そしておそらくは武力紛争へと急速にエスカレーションしていくことも考えておく必要がある。

 

<戦略的競争に対する疑問>

アメリカ及びその同盟国とパートナーは、ワシントンが一連の表明を通じて示した戦略的変化を構想から政策へと具体化していくにつれて直面する、数多くの重要な疑問にどう答を出すかを考えなければならなくなる。

① ワシントンが好ましいと考える新戦略の帰結は何だろうか。「公正で互恵的な」貿易の実現、中国による米知財権窃盗や強制的技術移転を通じた略奪などの停止といった米副大統領が演説で示した要求に中国が応じないどころか、それを明確に拒絶すれば、ワシントンはどうするのだろうか。

アメリカの新戦略でも望ましい結果を手に入れられず、逆に、中国がますます重商的で国家主義的、攻撃的な路線をとるようになったらどうするのか。これについては二つの可能性がある。北京が、ワシントンが求める変化に見合った行動をとるようになるか、危険な賭けに出て、現在の路線を続けるかだ。

② 戦略的競争の時代にあるとして、そこにおける新しいゲームルールは何だろうか。新しいルールが何であるかについて、ワシントンはどうすれば北京との了解を形作れるだろうか。それとも、戦略的競争ドクトリンの政策的なダイナミクスによって長期的に形作られていくものを別とすれば、現状ではゲームルールの定着は期待できないのか。

例えば、(米イージス駆逐艦「ディケーター」に中国海軍の駆逐艦が45ヤードまで異常接近するという最近の事件のような)海洋上での危険な事故を、ワシントンはどのように管理していくつもりなのか。それだけではない。空域での事故、サイバー攻撃、核拡散、第3国における戦略的競争、米国債の購入、(人民元の)為替レート、その他の政策領域での問題や事故をどう管理していくのか。

③ 上記二つに密接に関連する第3の疑問は、将来の米中関係の概念的な枠組みを想定できるような、両国が共有できる戦略的ストーリーが成立する余地があるかどうかだ。

関係のパラメーターの範囲を区切るようなゲームルールがなく、最終的に両国の関係がどのようなものになるかについてともに共有できる概念的枠組みもなければ、一体どうすれば、米中が新冷戦、そして熱い戦争への道を、意図するとしないとに関わらず、歩んでいくのを回避できるだろうか。

 

<対中封じ込めは機能するか>

④ アメリカの戦略家の一部が、米中関係を戦略的競争から全面的な封じ込め、包括的な経済関係の切り離しへと向かわせる政策を考えているとすれば、ジョージ・ケナンが1946年にモスクワから打電した長文の電文「ソビエト対外行動の源泉」を注意深く読み直すべきだろう(この電文は、1947年にフォーリンアフェアーズ誌にX論文として掲載された)

ケナンは適切な封じ込めを続ければ、ソビエトは国内的圧力の重荷に耐えかねて解体すると主張した。とはいえ、新冷戦において、同様の封じ込め政策をとれば、中国のシステムが内的矛盾から崩壊すると考えるのはかなり大胆な仮説だろう。そうなる可能性もあるが、中国の国内経済の規模、アメリカの影響力が小さな世界地域へ中国がエンゲージメントを続けていること、しかも、権威主義国家が政治的管理のための新テクノロジーを利用できることを考えれば、中国もソビエト同様の末路をたどると考える人も考えを改めるだろう。

⑤ かつてのソビエト共産主義のように、中国の権威主義的資本主義が、民主的資本主義に対するイデオロギー的ライバルになるとアメリカは確信しているのだろうか。ソビエトは、似たようなイデオロギー志向をもつクライエント国家の世界的ネットワークを築いた。中国が同じことをしているというエビデンスは存在するだろうか。かりにそのような試みをしているとして、中国がそれに成功している、あるいは失敗しているというエビデンスは存在するのか。それとも中国は、他国の政治システムには関わらず、自国の経済的影響力を利用して有志連合の類を築き、中国の外交利益が危機にさらされた際の盾にしようと、ソビエトとは質的に異なる路線を試みているのだろうか。

⑥ 一帯一路構想、低金利融資、二国間援助を含む巨額の経済支援プログラムなど、中国のグローバルな金融・経済コミットメントに対抗できるような戦略的オファーをする用意がワシントンにあるだろうか。それとも、ワシントンは今後も対外援助予算を減らし、外交インフラを削減していくつもりなのか。

アメリカが西ヨーロッパにソビエトの影響力が入り込まないようにできたのは、マーシャルプランを実施したからだ。ユーラシア、アフリカ、ラテンアメリカでの好ましい対米感情を育むだけでは、中国との戦略的競争に勝利することはできない。

 

<諸外国はどう反応するか>

⑦ 低金利の融資やグラントを超えて、中国が莫大な貿易取引や投資を通じてアジアやヨーロッパとの間で築き上げている経済関係と、アメリカはどのように競争していくつもりなのか。

アジアとの環太平洋パートナーシップ(TPP)、ヨーロッパとの大西洋貿易・投資パートナーシップ(TTIP)をキャンセルしたことは、貿易、投資、テクノロジーのパートナーとしてのアメリカの相対的重要性に今後どのような作用をするだろうか。すでに、アジアとアフリカにとって、中国はアメリカ以上に大きなパートナーだし、ヨーロッパとラテンアメリカもこのパターンに続くことになるだろう。

⑧ これら、あるいはその他の理由から、世界の友好国や同盟国が新戦略である戦略的競争を支持するとワシントンはどの程度、自信をもっているのだろうか。アメリカの同盟国の多くは、アメリカの戦略シフトは続くのかどうか、それが成功するか、様子見をするために、保険策をとるかもしれない。

⑨ 中国の地域的・グローバルな支配状況への代替策として、ワシントンは新戦略をどのような概念として世界に訴えていくのか。

ペンス演説は、意図的にしかも優雅に、アメリカの利益を擁護していく呼びかけをうまくオブラートに包んだが、アメリカが主導したルールを基盤とする戦後秩序で明確に意識されてきた共有する利益や価値を基盤とする国際コミュニティについては何も訴えなかった。「丘の上の輝ける町」はどこにあるのだろうか。そこには、リアリストパワーともう一つのリアリストパワーの選択しかないのか。

⑩ アメリカと同盟国の戦略家は、米中関係に大きな亀裂が生じれば、世界経済と気候変動に対するグローバルな行動にどのような影響を与えるかも考えなければならない。

米中経済が大きく切り離されていけば、二国間貿易は崩壊するか、そうでなくても大幅に縮小する。この衝撃は2019年に米経済とグローバル経済に相当にネガティブな衝撃を与えるはずで、世界規模のリセッションを引き起こす恐れもある。

一方、気候変動に関する最近公表された国連報告では、主要な二酸化炭素排出国がこれまでのところ、適切な行動をとっていないために、地球規模の災害が起きる危険があると警告している。

機能する地球環境対策レジームがなくなり、中国が二酸化炭素排出量の削減をめぐってより限定的な措置へ後退していけば何が起きるだろうか。現状では、中国は2015年のパリ協定における合意にコミットしているが、アメリカが交渉から遠ざかっているために、すでに温暖化対策レジームは弱体化している。中国は、アメリカのパリ協定からの離脱、あるいは、米中関係の崩壊を口実に完全に温暖化対策レジームに背を向けるかもしれない。現在の米政権はそうした事態になっても、気に懸けないかもしれないが、すべての同盟国は事態を憂慮するはずだ。

 

<第3の道はあるか>

中国の台頭や米中関係を数十年にわたって見守ってきた専門家たちは、ここで示した課題に対応するには、非常に困難で複雑なビジョンと意思決定を必要とすることを理解している。

それだけに、悪口ばかりが飛び交うようになり、中国問題をめぐる開放的で冷静な論争と議論が交わされる世論空間が小さくなっていることを私は憂慮している。実際、複雑な問題への対処を試みる専門家たちが対中宥和論者、中国擁護論者(パンダハガー)と批判される恐れがある。一方、対中強硬論を提言する人々は報われない冷戦の戦士、あるいは戦争屋として片付けられるだろう。

それでも、新たにマッカーシズムのような社会的ヒステリアが起きることを警戒しなければならない。中国の台頭の複雑さを説明しようとする試みは、「非米活動」と批判されるかもしれない。複雑な対応を要する課題が、「中国は今何をしているか、何が違うのか、われわれはどう対処すべきなのか」という重要ながらも、単純化された問いに集約されるとすれば、そのような事態になりかねない。

シンクタンクや大学を含む外交戦略コミュニティの一部ではすでにこうした揺れが生じている。現在のような重要なタイミングで、われわれが模索すべきは、分析的、政策的な明快さだろう。

中国に関する議論が世界的に展開されている現状にあって、オーストラリアの100年に及ぶアメリカとの同盟関係の支持者として、私は米中の不必要な戦争を回避すべきだと考えている。

ワシントンも北京も、国際社会のメンバーとともに、そこに降伏や対決の必要性を超えた信頼できる第3の道、つまり、現在われわれが直面するツキジデスのジレンマをうまく切り抜ける方法があるかどうかを見極める必要がある。●

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