雲の切れ間から ―― アキラ ――







肌がべトつく感じがして窓の傍へとよると外は霧雨が降っていた。
朝出て行ったヒカルは傘を持って出ただろうか・・・
濡れて帰ってきたりしたら風邪を引いてしまうのに・・・
彼女はきっと面倒だといって傘を買わずに帰ってくるだろう。
それが・・・僕の愛した今はヒカルという名を持つ女性なのだから。



―― ヒカル――

改札の向こうに見える彼女の姿に思わず声をかけた。
俯いて前もみないで足取り重く歩く彼女の姿に胸を打たれる。
些細な事で言い争って、謝罪をするまもなく仕事へと出てしまった彼女。
今日一日を僕がどんな思いで過ごしたかを彼女は知らないし、知らせるつもりもない。

ただ・・・折角の休みだというのに心に引っかかることがあるとこんなにも全てが色あせて見えるのだと
いうことを僕はヒカルと出会って初めて知った気がする。
それこそ、今日の天気のように僕の心に雨が降っていた。



―― アキラ・・・ ――

彼女の俯いていた顔が上がり僕をその目で捉えると唇が声にならない言葉で僕の名前を紡ぐのがわかった。
自惚れ・・・勘違いそんなんじゃない。
確かに彼女は今僕の名前を呼んだとわかるから僕は微笑を浮かべて彼女を手招いた。
この腕の中に帰っておいでと。
何も心配しなくていいのだからと。




「走っちゃだめだよ・・・雨で滑るんだから」
「何で・・・?」

腕の中へと帰ってきた彼女の身体は冷たく冷え切っていて思わず眉間に皺がよりそうになる。
元気なのはいいことだけれどこうも自分の身体を過信しているのは困ったものだと
口をすっぱくして彼女にそれを言っても一向になおそうとしない態度に僕が怒ったのが喧嘩の原因。
些細な事だけれどそんな喧嘩をしたまま家を出た事でヒカルが帰るのを躊躇っているのがわかった瞬間
僕の中の怒りは解けた。
むしろ、家を出る前に雨が降っているのがわかった時点でもう彼女に対する怒りはほとんど収まってしまって
いたのだけれど。


「雨・・・降り出したからね。ヒカル傘持って出なかっただろう?」

いつのまにか僕の腕の中に包み込めるくらいに体格差のついていた彼女の方を抱きこむと服越しにも彼女が少し
震えているのが伝わってくる。

寒いのにこんな薄着で家を出て。
本当に風邪を引いたらどうするのと小言を言いたくなる気持ちを耐えて僕は家から持ち出した彼女のショールを
肩にかけた。



「風邪引くといけないから」

彼女がショールの前を掻き合せるのが見て取れる。
その指先が白くなっていて・・・手を取って暖めたい衝動に駆られるけれどそれを行動に移す前に僕の手は彼女に
絡めとられた。


冷たい手が僕の手を強く握り締める。
その冷たさが徐々に僕の体温となじむのを感じていると幸せな気持ちになれた。
彼女を暖めているのは紛れもなく僕自身なんだと。



雨の降り注ぐ音しかしない静寂の中僕らは一言も喋らず家路についた。
ヒカルの体温だけを感じて歩くその家までのわずかな時間は以外にも心地よかった。






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