雲の切れ間から ―― ヒカル ――
窓の外を走る水の雫が砕け散る。
砕けてまた新たな雫を作りだす様をぼんやりと眺めていた。
なんとなく今日は帰りたくない。
このまま列車に揺られていたらどこまで行けるだろうかと考えてる。
アイツと喧嘩したというだけの理由でいつの間にか俺はこんなに弱くなって・・・
アイツに帰ってきたのかって嫌な顔をされるのが嫌で帰りたくない。
小さな時、友達と喧嘩して次の日に学校に行きたくないって騒ぐ気持ちに似てる。
もっともアカリと喧嘩をしてもこんな気持ちになることはなかったけれど。
場内アナウンスが聞こえて降りるべき駅についてしまった事を知る。
ここで降りてしまえば後は歩いてあの場所へと歩くだけ。
いつもなら軽い足取りも今日は重くて・・・列車のドアが閉まる直前に飛び降りた。
こんな場所をアイツに見られたらまた怒られるとあの綺麗な顔の眉間に皺がよった様子が脳裏に浮かぶ。
けれどそれももうない事なのかもしれないと思うと少しだけ明るくなったはずの心にまた影がさすのを感じた。
ホームをゆっくりと外の景色を眺めながら歩いていてもいつかは駅の外へと足を踏み出さなければならない。
徐々に近づく家との距離が怖くて段々と足取りが重くなる中聞こえるはずのない声が聞こえた気がした。
―― ヒカル ――
俺の好きな・・・いつだって聞いていたいと願う声が聞こえるはずないのに
その声は止まることがない。
ずっと足元を見つめていた顔を思わずあげると黒髪を湿らせたアキラがいた。
―― アキラ・・・ ――
声にならない声で目の前に立つ奴の名前を呼ぶと早くおいでと手招きをする表情が目に入って。
それまでの心の重さはどこに消えたというくらい足取りまでが軽くなるのがわかった。
改札をかけるようにして出ると苦笑を浮かべた目が俺の目の前で微笑んでいて。
あの綺麗な長い指で額を優しくはじかれた。
「走っちゃだめだよ・・・雨で滑るんだから」
「何で・・・?」
仕事から帰ってきて喧嘩をしてそのまま仕事に出てしまったから俺はまだコイツに謝ってないのに。
目の前にいるアキラの目に怒りが感じられなくて。
表情の動かない奴だけどその分怒っているときには目に表情が表れるから俺はコイツと喧嘩したときは
いつもはずっと見て痛いと願うはずの目が怖くてしかたがないのに。
今は困ったような表情を浮かべているだけだった。
「雨・・・降り出したからね。ヒカル傘持って出なかっただろう?」
いつの間にか俺をすっぽりと包み込めるくらい広くなったアイツの胸の中に抱き込まれて
傘の中に一緒に入れられた。
まだ謝ってもいないのに。
その腕の中の心地よさにぼんやりとしているとふわりと何かが肩にかけられて。
「風邪引くといけないから」
家から持ってきていたのかショールを肩にかけられてた。
ほんの少しだけ雨のせいもあって肌寒いと思っていたから俺はショールの前を手で抱き寄せると
隣に立つアキラの手に手を絡ませた。
家に帰るまでの道での会話はほとんどなかったけれどその無言の時間が、心地よかった。
ほんの少し寒い雨の中で感じるアキラの暖かさが心地よかった。
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