モモンガさん一行とビーストマン達の戦いがついに始まる!
それとなんやかんやで色んな人達も動き始める!
「ならば戦争だ」
モモンガの言葉と同時にまずズーラーノーンとデイバーノックが動いた。
目の前に広がるはビーストマンの大軍18万。
だが彼らは迷いを見せない、すでに最悪のケースは想定していたからだ。モモンガとビーストマンの王の交渉が潰えた時点でこうする事はすでに決定していたのだ。
二人は≪フライ/飛行≫の魔法を使いそれぞれビーストマンの軍の西端と東端へと向かう。
それを怪訝そうに見上げるビーストマン達。パッと見では敵前逃亡と見えなくもない。
ビーストマンの王の周りで側近達が希望的観測で声を上げる。
「き、きっと逃げたのでしょう…! わ、我が軍を見て怖気づかない筈がありませんから…!」
「そ、それに
王も側近達のその言葉を信じたかった。
だが目の前にいる一体のアンデッドから放たれる異様な気配が、鋭い眼光が、確固たる自信がそれを否定しているような気がしてならなかった。
「いいのか?」
「な、何がだ…?」
モモンガの問いに疑問を返す王。それを見て呆れたようにモモンガが嘆息する。
「部下に命令を出さなくて、だ。その数では命令が末端まで届くには時間がかかるだろう? すでに宣戦布告はした。もう戦争は始まっているのだぞ?」
その言葉と同時にビーストマンの軍の西端と東端から叫び声が上がる。
何が起きたのかわからぬまま狼狽する王と側近達。
もし彼らに少しでも他者の話に耳を傾けようという意思があったなら結果は変わっていただろう。
だがもう遅い。
すでに賽は投げられた、未来は決定したのだ。
ビーストマンが敵対した者はかつて多くのプレイヤーを恐怖させた内の一人だ。
ユグドラシル1のDQNギルドにして惡の華。
数多くの非難と暴言を浴びた問題の多いギルド、アインズ・ウール・ゴウン。
その長たるモモンガが甘い筈などない。
とはいえ人としての甘さや月並みな正義感を持つただの一般人でもあるという矛盾を孕んでいるのだが。
少なくとも、彼は敵対者には容赦しない。
身も心もアンデッドに成り果てたという事と関係なく。
「どうしてそんな顔をする? 他者をあれだけ殺していたんだ。当然自分が殺される覚悟もしているのだろ?」
◇
戦いの狼煙とも言うべき一撃を放ったのは西端に向かったズーラーノーン。
彼の一撃を戦いの合図として皆が行動を開始する手筈だった。
ズーラーノーンはモモンガ達に「驚かせてやる」という言葉と共に一番槍を希望した。彼が自主的にそのような事を言うのは珍しかったのでモモンガは快く了承した。
しかしその時、横でデイバーノックが嫉妬に塗れた視線を送っていた事をモモンガは知らない。
「悪く思うなよ、俺は別にお前らなどどうでもいいんだ。どれだけ人間を殺そうが戯言を吐こうが何の興味も無い。ただ、運が悪かったな」
空中に待機しているズーラーノーンの眼窩に広がるは20万の軍勢の一端、その最西端。
それは遥か遠くまで列を為し並んでおり、兵の質を考慮するなら一度に集合した数としてはこの世界においても上位と言えるだろう。だがズーラーノーンは怯まない。
静かに詠唱を始め、魔法陣を展開させていく。
ズーラーノーンが放つ魔法はユグドラシルの法則ではありえぬ魔法。
「≪ワイデンマジック/魔法効果範囲拡大化≫≪ホーリースマイト/善なる極撃≫!」
その言葉と共に空中に目が眩むほどの巨大な光が出現した。
まるで神の意向を知らしめるような神々しい光。
巨大なその光は柱となりビーストマン達へと振り下ろされた。
神の裁きとでも形容すべき恐るべき一撃。
それだけで千以上ものビーストマンが光に照らされ、消し飛んだ。
アンデッドの身では決して使用できぬ筈の聖なる魔法。
そして何より、属性が悪に偏った者に特効効果を持つ。故に自らをも滅ぼしかねない諸刃の剣。
これは偏にズーラーノーンの研鑽の賜物。
彼の肉体の本来の持ち主であるスレイン法国元神官長ズーラーノーン、彼は回復魔法や聖なる魔法を得意とする信仰系
とは言っても元々彼が使えたのは第五位階程度まで。
そしてズーラーノーンがその身を代償に神を降ろす儀式は不完全に終わっており、神は以前の力を取り戻す事も無くその肉体を依代に存在する事になってしまった。故に彼の習得していた魔法しか使えない。
にも関わらずアンデッドとなってしまった後はその魔法のほとんどを使えなくなってしまった。
ユグドラシルでは考えられぬ程の非効率ビルド、いや非効率と呼ぶのすら生ぬるい。
なぜなら結果としてその多くが無駄になってしまったのだから。
すでにレベル上限は近く、新たな魔法系統を習得するキャパシティなど存在しない。この世界においてレベルダウンを狙うにはリスクが高すぎて現実的ではない。
頼みの綱の種族としてのアンデッドだが、転生したばかりでレベルも高くない為アンデッドとしての強力なスキルを習得するのは難しい。それにこの世界において上位の種族を取得するのは非常に困難と言えた。
そしてズーラーノーンが辿り着いた結論は己の持っている信仰系
どれだけ無謀でもそれしかなかった、力を保つにはそこに賭けるしか無かったのだ。限りなく不可能、むしろユグドラシルにおいては一欠片の希望も無いその選択肢に。
だが彼は成し遂げた。
多くの人体実験と研究の果てに、魔力をコントールし捻じ曲げ変容させアンデッドの持つ負の魔力を生者の持つ生の魔力に偽装する事に成功した。
ユグドラシル時代には存在せぬ技術。
それはこの異世界の法則に左右されたのか不明だが、結果としてズーラーノーンは行きついた。そしてついに元神官長ズーラーノーンの力の全てをその身に宿したのだ。
そして後はそれを限界まで引き上げる事。
ユグドラシルほど効率的にレベリング出来ないせいなのか最終的にレベルに見合った位階にまでは辿り着かなかったがそれでも十分だった。
彼はこの魔法により、他のアンデッドに対して恐ろしい程の優位性を持つ事が出来たのだから。
「所詮は獣だな、脆すぎる…」
なぜ彼は秘密結社を作った際にその多くをアンデッドで構成したのか。
もちろん自身がアンデッドだからというのもあるだろう。
だが真の理由は違う。
容易く切り捨てられる為だ。
仮に自分を凌ぐほど強くなる者がいても相性の問題で圧倒できるだろう。
まぁ実際には相性の問題抜きに彼に肉薄する者など現れなかったので杞憂だったが。
しかし正に今の状況こそがズーラーノーンの望むべきものだったのだ。
ある意味では自分を凌駕する選択肢と手段を持つモモンガ。
カンストであればまた話は違ってきたかもしれないが、あの強さは理想的だった。
野望を叶える為に必要なギリギリの最低水準であり、またズーラーノーンが排除できうるギリギリの最高水準。
モモンガを利用し、そして用が無くなれば排除できる。
どちらが強いかという問題になった時、レベルはズーラーノーンの方が高いがモモンガの方が圧倒的に強いだろう。なぜならモモンガはユグドラシル由来のスキルや魔法をそのまま行使できるのだから。装備の質も考慮すればさらに差は開く。
しかしズーラーノーンの扱う魔法との相性を考えればそれも戦い方次第で覆る。
それほどに異端で非常識。
それがズーラーノーンという存在だ。
「ぎゃあああああ!」
「な、なんだこれは!?」
「か、体が灼けるっ…!」
「た、助け…!」
ズーラーノーンが連続して放った≪善なる極撃/ホーリースマイト≫によりビーストマンの軍の西端は崩壊していた。
悪に偏った者に特効とはいえビーストマン程度の相手ならばその効果が発揮されなくても十分に殺しきれる。だがそもそもなぜ彼はここでその手の内を晒すような真似をしたのか。
いつか後ろから刺すべきモモンガがこの場にいるのに。
しかし肝心のそのモモンガはこの時この魔法の発動を前に打ち震えていた。
「馬鹿な…! アンデッドの筈なのになんで…! 凄い、なんて凄いんだズーラーノーンさん…! それともこの世界では聖属性の魔法を使えるアンデッドが普通に存在するのか!?」
感動の言葉と共にユグドラシルではありえぬ事態に驚愕するモモンガ。
少なくとも彼はこの時点でズーラーノーンの思惑にハマっていた。
ユグドラシルで言えば他者に己の切り札を晒す事などあり得ない。
せいぜいが同じギルド内でのパーティを組む仲間くらいのものだろう。ギルドの規模にもよるが同一のギルドに所属していも仲間に切り札を明かさない者もいた。せいぜいが連係やカバーの為に必要な情報を共有する程度。
それほどに情報とは高い価値を持ち、何よりも重要であった。
本当に信頼のおける一部の者にしかその全容を明かすことは少なくない。
なぜなら絶対的な信頼関係がおける相手でなければ自殺行為だからだ。
全盛期にはいくつかのギルド内にスパイが入り込む等という事件も発生していた。
故にそういう可能性に至るモモンガとしてはズーラーノーンのこの行動はあり得なかった。
ズーラーノーン程の力を持つならば低位の魔法でも十分にビーストマンを殲滅できた筈なのに。
その非現実的、または矛盾によりズーラーノーンを疑うという選択肢がモモンガの脳裏から無意識下で消えていた。
もしかしてプレイヤーなのではないかと僅かに想像していたが、こんな自分が損しかしない行動をする者がプレイヤーな筈がない。何よりユグドラシルプレイヤーでは有り得ぬビルド。
なぜ切り札たり得る手段、少なくとも自分達と敵対する場合において超有効な手段を開示してしまったのか、逆に言えば自分達とは敵対するつもりがないとも取れる行動でもあり、何より自分達に開示するという事はそれだけ自分達を信頼してくれているとも解釈できる。
そもそもこの世界においてはそれほど重要な情報ではないのかもしれない、とさえ思える程に。
そんな都合の良い解釈がモモンガの頭をよぎるのは必然であろう。
元々、仲間を失ったというズーラーノーンに同情寄りであったモモンガは疑いの目など向けていなかったがそれはここでさらに決定的なものになる。
恐らくもうモモンガがズーラーノーンを疑う事はないだろう。
それほどに信じられない行為だったのだ。
様々な思惑が交錯するも、そうして戦争は始まりを告げた。
◇
ビーストマンの軍隊の西端で輝く光の柱を見てデイバーノックも驚愕していた。
「ば…、かな…! 聖なる光…? まさかあれは神の代弁者たるものにしか辿り着けぬという信仰系魔法の極致なのでは…! な、なぜ奴がそれを…、いやなぜアンデッドの身でその魔法を扱えるのだ!」
その魔法の存在を知らなくとも、それがこの世界においてどれだけ偉大な魔法なのかは理解できるデイバーノック。しかし回復魔法のように聖なる属性を持つ魔法をアンデッドが使えるなどという事実は聞いた事が無い。
しかしならば目の前の事実をどのように説明したらいいのか、彼には思いつかなかった。
「ズーラーノーン…、やはり危険すぎる…! しかしなぜここであのような魔法を使った? このような魔法を扱えるという事は私はおろかモモンガさんにまでその秘密が露見するだろうに…、はっ!」
そこでデイバーノックはズーラーノーンの意図に気づく。
根拠は無く、ほとんど勘とも言うべき淡いものだったが。
「いや、あえて切り札を見せる事で自分の手札を明かしたと見せるつもりか…! それをする意義…! 自分に疑惑の目が向かないようにするという事は、つまり何か後ろめたい思いがあるという事の裏返し…! ズーラーノーン、やはり貴様は黒か…! 絶対に何かを企んでいるな…! いや、そもそもこれ以上の切り札がある可能性も…」
その意図に気づきデイバーノックは焦っていた。
この状況でズーラーノーンが怪しいと騒いだところでモモンガは困惑するだけだろうと。それよりも下手をするとズーラーノーンはその懐疑の目をデイバーノックにこそ向くように仕向ける可能性もある。
(私が何か騒ぎ出すことなど当然予想しているだろう…。むしろこれを好機と見て私を陥れるつもりかもしれない…。仮にここで私がモモンガ様に疑われるような事態になれば目も当てられん…、どうしたら…)
心の中で激しく葛藤するが答えは出ない。
それよりも今は目の前のビーストマン達をどうにかするのが先決だと思い出す。
「不本意だが…、考えるのは後回しだな…。モタモタしてあの御方の信頼を裏切るような事があっては本末転倒だ…!」
そうしてデイバーノックは気持ちを切り替え、ビーストマンの軍へ向き直る。
先ほどまでの迷いなど嘘のように呪文を詠唱していく。
「≪ワイデンマジック/魔法効果範囲拡大≫≪アンデッド・ナイトメア/死者の再訪≫」
彼の両手から闇の飛沫が迸りビーストマン達の視界を覆う。今や彼らからすれば見渡す限り闇一色。暗黒の世界だ。
かつてトブの大森林でグの一派がこの魔法によって壊滅した。
その悪夢が再び蘇る。
本人たちの体感時間はともかくとして、現実の世界ではものの数秒で範囲内にいた何百体ものビーストマンの9割が絶命した。
「ふむ、思ったより生き残ったか…。見たところ若い個体も多い、そもそもあまり多く戦争や略奪を経験していないのかもしれないな、しかし…」
そう、今この時のおいてこれはデイバーノックによる審判ではない。
戦争だ。
故に生き残った者に与えられる慈悲もない。
「≪ソウルレス・リバイバル/魂無き帰還≫」
次なる魔法を放つデイバーノック。これにより先ほど死んだビーストマン達が一斉に起き上がる。
「な、なんだ…! 生きて…、うわぁあああぁ!」
「やめろっ! やめっ!」
「俺だ! 忘れちまったのか、なんで!」
「違う! 操られてるんだ! 死霊系魔法だ!」
デイバーノックのその魔法によって一気に場が混乱する。
最初の一撃で数百体中の9割がデイバーノックの兵となった。だがその程度であればすぐに鎮圧できただろう。周囲には何万もの兵がいるのだから。しかしデイバーノックは繰り返し魔法を唱え続ける。何度も、何度も。
「だ、だめだっ! ど、どんどん数が増え…!」
「ちくしょう止められねぇ! どうなってる!?
≪ソウルレス・リバイバル/魂無き帰還≫による死体の使役は時間制限があるものの、代わりに生前の戦闘能力をそのまま行使する事が出来るというメリットがある。
これは戦争において非常に有効な魔法である。
最初にデイバーノックが魔法を数発撃って手勢を増やしたら、あとはその者たちが元仲間と互いに戦いだす。そうすると死体はいくらでも増え続ける。
増えた死体に再度魔法を。その死体が戦いさらに死体を増やす、そしてまた魔法を。
無限ループの完成だ。
もちろんデイバーノック側の手勢も減っていくがこの場を見る限り増えていく死体の方が多かった。
それもその筈。同じ強さの者同士が戦うという前提ならば、疲労やダメージを感じぬアンデッドの方が強いのは自明の理。
そうして強大な魔法により殲滅された西端と違い、この東端は血と混乱と無秩序により崩壊した。
◇
「な、何が起きたぁっ! ほ、報告しろっ!」
突如、西端に出現したいくつもの光の柱、東端からは恐怖に喘ぐ同胞達の悲鳴。
ビーストマンの王が声を張り上げ側近達に問うが側近達とて変わる筈が無い。
「驚いたな…。魔法やスキル、あるいはアイテム等による防御や障壁を展開する事を怠り、さらには迅速な意思疎通の手段すら確保していない…。それでよくこれだけの数を纏められたものだ」
驚愕に震える王に向かって淡々とモモンガが呟く。
「き、貴様…、な、何をした…?」
「俺は何も? 何かをするのはこれからだからな」
「なっ…!」
王の反応など無視するようにモモンガが背後のアンデッドへと指示を出す。
「
モモンガの言葉を合図に
進路上にいる王こそは攻撃を受けなかったものの、周囲にいた側近達の何人かはすれ違い様に無残に轢き殺されてていく。
そして少しおいて王の背後から数多の悲鳴が上がる。
「
「オオオオオォォォアアアアーー!」
咆哮を上げた
その時、王の周囲にいた側近の生き残りの首を飛ばしながら。
「じゃあイビルアイさんは…」
「うむ、無いとは思うが万が一に備え都市に残り民衆を守ろう。第一私には強力な対多数用の魔法など無いしな…」
少しいじけた様子で都市へと戻っていくイビルアイ。別にないこともないのだがズーラーノーンやデイバーノックの魔法と比べてしまっては比較にならないからだ。
ふとモモンガが視線をビーストマン達へと戻すとそこでは
「な、なんだこれっ…!」
「嫌だっ、助けっ…!」
炎のようにそれは一瞬にしてビーストマン達の体を喰らい尽くす。その場に骨だけを残して。
だが彼等を焼き尽くしたそれらは炎ではない、煙は出ず、肉の焼け焦げた匂いもしない。
ただ、喰らい尽された後には空中に漂う不定形のオーラのようなものが残された。
まさに魂とも呼ぶべき代物。
先ほどよりも大きくなったそれはまるで魂を吸って巨大化したようにも見える。
これは
とはいえ効果時間は短く、また一体辺りから得られるパワーアップの数値も決して高くない。
しかし、ことこの場においてはそれらは問題にならない。
この攻撃スキルは連発できる為、効果が切れる前に再度バフをかけなおすことが出来るからだ。
さらには敵の数も多く、
結果、凶悪なまでに強化された
単体での戦闘能力ならば
しかしこの世界においてはそうではない。
恐らくユグドラシル時代には上限まで強化された
現在、
この瞬間の強さだけを見るならばステータスにおいて
そんな規格外の化け物が暴れ回り広範囲攻撃を連発しまくるのだ。
助かる筈などない。
ビーストマンがいなくなり、そのバフが切れるまで
◇
「凄いぞ…! 素晴らしい! まさかここまでパワーアップするとは…! ふふっ、恐らく召喚した
感動した様子で
「っ…!」
モモンガの視線を受け、王がビクッと反応する。それを気にする様子も無くモモンガが声をかける。
「すまんすまん、少々よそ見が過ぎたな。さて、俺たちも始めようか」
「は、始める…?」
「? 戦争なのだから当然だろう? お前も部下たちだけに戦わせるのは気が引けるだろ? 大将戦といこうじゃないか。どれだけ劣勢でも大将さえ討ち取れれば勝敗もひっくり返るかもしれんぞ?」
王にとっては気休めにもならぬ一言。
王も馬鹿ではない。遅かったとはいえすでに現状を理解し始めていた。
西端に向かった謎の光の柱を出現させたアンデッド、東端にて恐怖に怯える同胞達の叫びを上げさせたアンデッド。
加えて、話にだけは聞いた事がある伝説のアンデッド及び、かつてビーストマンを滅亡の危機に晒した忌むべきアンデッド。その存在は伝聞以上だ。もはやそれらが偽物などと疑うような間抜けでもない。
さらにはそれらを統括する目の前のアンデッド。
少なくともそれら以下ではないと判断して良いだろう。
王は思う。
どこで間違えたのか。
何度も前兆はあった。
牙の長の敗北から、今回都市に侵入した爪の部族の全滅。
嫌な予感は確かに感じていたのに。
自分達は強いのだから大丈夫だと、慢心したまま誤った判断をしてしまった。
さらに最後には向こうは交渉にまで出てきた。
最後の最後で切り抜けられた可能性すらあったのに。
愚かにも自分は身の程も知らずそれを蹴り飛ばしたのだ。
故にこれは必然。
王が招いた結果であり、これがその栄光あるビーストマンの末路。
「あぁ…、ぁぁぁ…」
頭を抱え膝から崩れ落ちる王。
背後ではすでに何万もの同胞の命が刈り取られている。
恐怖の叫びが、無念の嘆きが、救いを求める声が。
全てが蹂躙され、掻き消されていく。
地獄のような騒音と共に響いていた同胞達の悲鳴もいつしか聞こえなくなった。
恐る恐る王が後ろを振り返ると。
「は、ははは…! 嘘だ…、こ、こんな事ある筈がない…! 我は、我等は栄光あるビーストマンだぞ…? 人間共を支配し、アベリオン丘陵の猛者共すらも従え、やがては南に広がる亜人の地すらをも統べる世界の覇者だ…、いつかは竜王さえ超える…! そうなる筈だったのだ…! え、選ばれた種族なのだ…! だから…、だから…! こんなのは嘘だ…!」
20万もの軍が待機していた程の広い平地に広がるのは死体の山。
地平線までそれは続いている。
大地は血と灰に染まり、空さえも暗く濁って見えた。
中には魔法で吹き飛ばされたのか大地がクレーター状に抉れており死体すら存在しない場所さえある。
その地獄絵図の中で唯一動いているのは
死体となった同胞の肉体を食いちぎり貪る。
生きている者はおらず、ただ欲求を満たすだけの哀れな
もう誰も生きてはいない。
「はっ、ははははははははは! そうだ! こんな筈ないのだ! こんなのはおかしい! 間違ってる! だからこれは夢で、全て幻なのだ! わ、我には世界を統べるという偉大な使命があるのだ…! こ、こんな所でモタついている暇などない! すぐに起きて行軍を再開しなければ…! わ、我は最強! 栄光あるビーストマンだ…!」
瞳から大粒の涙を流しながら王が叫ぶ。
現実を受け入れられず、幻想へと逃げながら。
とはいえやがて目の前の現実に耐えられなくなったのか、爪を己の首へと突き立てる。
「は、ははは…! や、やはり夢だ…、ちっとも痛くないぞ…! はははははは! 我が軍が負ける筈などないのだ!」
恐怖で感覚がマヒしているのか、首から血を吹き出しながらも王は笑い続ける。
すぐに大量の血の喪失と共にその場へと倒れる王。
「ど、同胞達よ…。人間共を…、蹂躙するのだ…、もう、我々は奪われない…、今度は我らが奪う番だ…。憎き南の亜人共に裁きを…、奴らに報いを…。祖霊の無念を晴らし、誓いを果たす…のだ…。国に残してきた我らの子孫の為にも…。その為には…、人間を…、豊富な食糧が…必要…なのだ…。我は負けぬ…、我はくじけぬ…。だから、皆、我に続け…。我が、必ず、お前たちを守る…。必ずお前たちを導い……て…」
涙と血で大地を濡らし、歪んだ笑顔のまま何かを呟きながらビーストマンの王は、死んだ。
モモンガと戦うまでもなく、いともあっけなく。
しかし最後には同胞の事を想って。
「……」
複雑な感情を抱いたまま王の死体を見下ろすモモンガ。
初めは正義感と同情心で動いた。
王都や帝都の時もそうだったがあの時は不思議と後悔は無かった。
だから今回もそうなるのだと思っていた。
しかし。
「気にする必要はないぞ、モモンガ」
都市へと戻っていた筈のイビルアイがいつの間にかモモンガの後ろに立っていた。
もはや形勢は決し、都市の防衛も不要と判断したイビルアイがずっと動かぬモモンガを心配して駆け付けていた。
気付けば王が死んでからかなりの時間が経過していたようだ。モモンガは自分がここで長時間呆けていた事を理解した。
「イビルアイさん…」
「何を言われたか知らんがお前が気に病む必要などない。大体は想像がつく。恐らくは自分達の敗北を受け入れられずに自害したといった所だろう? 他者から奪おうとするからには奪われる覚悟もしなければならない。今回はこいつらが弱かっただけの話だ。何より強さが奴等の掲げる正義だ、そこで負けるならば奴等に反論など出来ようはずも無い」
「でも彼らは仲間の為に…」
「一部の者を抜かせば、この世界に仲間の為に戦わない者達などいないさ。皆が皆、仲間の為に戦うんだ。その為に他者を犠牲にする。あらゆる種族それぞれに事情があるだろう。独自の価値観がある。互いに己を正義と主張し、互いに敵を悪と断じる。相手側の事情など考慮しない。それは人間も、亜人も変わらないよ」
「……」
「だからこそ私も自分の正義を信じ、それを貫こうと思うんだ。もちろん私とて誰かから見れば悪かもしれない。だがな、真面目な者が割をくい、弱者が虐げられる事が平然と行われる世界を私は見過ごせない。誰かがそんな世界を正義と主張しても私は全力で否定する。例えそれがこの世の摂理だったとしても。それが私の正義だ。その為に誰かと争いになろうとも私は構わない。それが戦うという事だろう?」
イビルアイの言葉がモモンガの琴線に触れた。
「そう、ですね…。そうかもしれません。確かに自分の正義を、自分の意思を貫くためには戦わなければいけませんね…。その為に他者の正義を否定し、捻じ曲げる。きっと俺も弱ければ彼等と同じになっていたでしょう…。否定され、奪われる。だからその為には力が…、何者にも侵されない力が必要なんだ…。そうか、力…。力が欲しい…、もっと力が…」
「モ、モモンガ…?」
イビルアイの声に反応せず考え込むモモンガ。
(そうか…、だからズーラーノーンさんも力を…。確かに力が無ければ自分の正義など貫けない。それに帝都で襲ってきた法国の奴らがまた来たら次はやられてしまうかもしれない…。戦術が滅茶苦茶だったとはいえ彼は強かった…。それにレベルダウンした今の俺じゃ彼以上の存在が来たら容易くやられてしまうだろう。ユグドラシル最終日に調子に乗って超位魔法を連発したのが悔やまれるな…。この世界じゃ効率のいいパワーレベリングなんて出来そうにないし、そもそも時間が無い…)
今になってズーラーノーンの共にエリュエンティウに行こうという誘いに応じて良かったと心底思うモモンガ。当初は旅を楽しむつもりで了承したが今は違う。今なら自分も力を手に入れる為にエリュエンティウに向かうと胸を張って言えるだろう。
装備という点においてはモモンガにとってあまり旨みはないだろうが
モモンガもアインズ・ウール・ゴウンとしていくつかの
あるのはモモンガ個人が所有しているモモンガ玉のみ。
これも十分に強力だが全力稼働した場合には相応のデメリットがつく。現在の状態では満足に使えるかも分からず不安は多い。正直なところ、切り札としても機能するか怪しいのだ。
だからこそどれほどに可能性が低いとしてもこの世界にあるかもしれないならば
少なくとも傾城傾国の存在が他の
そしてプレイヤーであろう者達が残したギルド拠点かもしれない浮遊都市エリュエンティウ。
もはや行かない等と言う選択肢は欠片も無い。
「お、おい、急にボーッとして大丈夫か、おいモモンガ!」
気づけば反応しなくなったモモンガを必死でイビルアイが揺すっていた。
「あ、ああ、すみませんイビルアイさん、少し考え事を…。それより決めましたよ俺」
「ん? 何をだ?」
「俺は必ず力を手に入れます。そしてイビルアイさんを守りますよ!」
「っ!!!」
モモンガの言葉に驚いて固まるイビルアイ。その後に「デイバーノックさんも、他の皆も」と続いているのだが耳に入ってはいない。
「ま、まさか急にそんな大胆な事を言うとは驚いたぞ…。だ、だがまぁどうしてもというのなら仕方ないな…。ふ、不束者ですがよろ「モモンガさーん!」
イビルアイのセリフに喰い気味でデイバーノックの声が聞こえた。
「こちらは終わりました! 周囲も見回しましたがもう生き残りもいないかと」
「あ、デイバーノックさん、お疲れです」
「いい所だったのに!」
突如イビルアイがデイバーノックの元まで走っていってその足を蹴り上げる。
「ぐあっ! な、なぜ!?」
突如イビルアイにこかされたデイバーノックがのたうち回っている間にズーラーノーンも帰還する。
「もう全部片付いたみたいだな。で、あいつらは何やってるんだ?」
「わかりません、はしゃいでるんでしょう。仲いいですよね」
多くの命を散らし、いや蹂躙し、大虐殺とも呼べる事をしでかしておきながらその張本人達は不自然なほど和やかに会話を交わす。
それは彼等がアンデッドだからなのか、それとも中身が一般人だからなのか、あるいは何かを割り切っているからか。そのいずれでもないか。
「終わったならもう行こうモモンガさん、下手にここに残ってると竜王国の奴らが出張ってきて面倒だ。別に悪いことにはならないだろうがビーストマンから国を救った英雄だなどと祀られるぞ。無駄に時間を取られるのは得策じゃないだろう? 何よりアンデッドである事が露見すれば別の問題も発生するしな」
ズーラーノーンの言葉に頷くモモンガ。
「そうですね。ビーストマンを片づけた今、この国に迫っていた脅威は消え去ったわけですし。本来ならアフターケアをした方がいいのでしょうが今は都市を守ったという事で納得して貰いましょう。長居してあれやこれや聞かれても確かに面倒そうですし」
「決まりだな」
そうしてモモンガは遠くで戯れているイビルアイとデイバーノックを仲裁し、再び四人でエリュエンティウへと歩を進める。
アンデッドで疲れもなく飲食も不要な彼等にとっては多少の旅路など何の苦にも障害にもならない。
カッツェ平野を踏破した時と同様、いとも容易くエリュエンティウへと到着するだろう。
だからこそ彼らが笑っていられる時間はもう残り少ない。
もうじき全てが変わる。
偽りの関係が崩れ去り、世界に未曾有の危機が齎される。
世界に広がる災禍の渦。
帝国から始まったそれは、少しづつ誰も気づかぬ内に、しかし確実に進んでいる。
八欲王の残した空中都市エリュエンティウ。
災禍はそこで華開く。
モモンガ達がそこに辿り着くまで、あと少し。
◇
‐それから数十日後‐
◇
「ど、どういうことだっ!?」
竜王国の王城、その玉座の間でドラウディロンの声が響く。
「ですから何度も仰っております陛下。民からの報告を受け兵を派遣し調べさせたところ確かにビーストマンの軍勢は消え去っておりました。いえ、正確にはビーストマンだったであろう幾万もの死体は発見されておりますが…」
「馬鹿なっ!? なぜ奴らが全滅するのだ! 何が起きた! 20万規模の軍勢だったと報告が上がっているではないか! お前がお手上げだとして兵まで撤退させたというのに! ビーストマンとの最前線であった都市は未だ健在、都市を救ったという謎の英雄の話は上がっているがいくらその英雄が強かろうと単身で滅ぼせる数ではあるまい!?」
「仰る通りです陛下。都市内で見つかったビーストマンの死体と都市の外にあったビーストマンの死体の多くは素人目に見ても分かる程に全く違う殺され方をしていたそうです。都市内はともかくとして、その、都市の外の死体はこの世の物とは思えない程の、凄まじい…、いやおぞましいというべきでしょうか…。なんとも形容の難しい惨状だったようです。兵達の間では悪魔のような所業だと噂されております…」
「そ、そんなに酷いのか…」
宰相の言葉にドラウディロンも息を飲む。
結果として都市を襲われず自国民からも大きな被害が出なかった事は喜ばしいが事はそう単純ではない。
「そ、それよりもだ…。ビーストマン達が全滅したという事は…、その、それらを行った何者かがいるという事だろう?」
「仰る通りです」
「それは大丈夫なのか…? も、もしビーストマンの軍勢を滅ぼすような何者かに我が国が目を付けられたらどうなる…? それはビーストマン以上の脅威ではないのか…? 我が国は、いや、この世界は大丈夫なのか…!?」
「…それは分かりません陛下。しかし騒いだとてどうにもなりません。今は我が国が無事にビーストマンをやり過ごせた事を喜ぶしかありますまい。我が国としてはこの事は陽光聖典からスレイン法国へと伝えて貰いさらなる援助をお願いするしかありません…」
「結局は他国頼りか…」
新たな問題にドラウディロンは嘆息し、また己の力の無さを心から憎む。
「私にはどうして力が無いのだ…、民の…己の民さえ守る力が…」
俯き、ドラウディロンの喉からか弱い言葉が漏れる。
しかしその時、玉座の間の扉が強く開け放たれ兵士が走り込んでくる。
「へ、陛下大変でございますっ!」
「何事か」
疲れたような声でドラウディロンが返す。
「と、突如城の頭上に、な、なんと申し上げたらよいか…、暗闇…、そう暗闇のような何かが出現し…」
だが兵士が言い終える前に城が揺れた。
いや、正確には揺れてなどいない。
しかしまるで城が、大気が揺れたように錯覚する程に強い衝撃をここにいる者全てが感じたのだ。
側に仕えていた侍女などは耐えられなかったのかその場に伏してしまっている。兵達も動揺し何が起きているか理解できていない様子だ。
この中で最もそれを敏感に感じ取れたのはドラウディロン女王ただ一人だっただろうか。
それは竜の血がそうさせたのか、恐らく彼女ただ一人だけがこの状況の理解に最も近い場所にいた。
「こ、これはっ…!」
玉座から飛び降り、近くの窓へと駆けるドラウディロン。
空を見ると確かに報告にあったように漆黒の闇が浮いていた。
ただ一つ、報告と違ったのはそこから何者かが這い出てきた事だけだ。
「――っ!」
ドラウディロンは息を飲み、そして一瞬で全てを悟る。
一目見ただけで理解できたのだ。
あれ狂う程の殺意、そしてこれから起こる惨劇に。
彼女の血が、祖父から受け継がれた竜の血が騒いでいるように思えた。
あれはこの世界に仇名す者だ――と。
「み、皆すぐに逃げよ! はや――」
しかし眩い程の閃光と衝撃と共にドウラウディロンの言葉はかき消された。
誰にも何が起きたかなど分からない。
理解するより先に事が起きたからだ。
竜王国の王城の頭上に突如現れた暗闇から這い出た何者かは王城の一角を容易く吹き飛ばした。
しかしそれでは終わらない。
これは始まりだった。
無慈悲な刃が竜王国へと何度も振り下ろされ、あっという間に竜王国は火の海へと沈み蹂躙される。
民達の悲鳴がどこまでも木霊するその様相はこの世の終わりのようであった。
◇
「お、お待ちください! 貴方を国外へ出す訳にはいきません!」
スレイン法国の聖域、5柱の神の装備が眠る場所でそれは起きていた。
「うるさいなぁ…。あれから待った。話が終わるまで待った。会議が終わるまでまった。国の決定が下るまで待った。風花聖典の報告が上がるまで待った。巫女の儀式が終わるまで待った。じじい共の説教が終わるまで待った。で、自分の限界まで待った。もう終わりだよ、これでもかなり我慢したんだけどね。何度もお願いしたのに聞き入れなかったのはそっちでしょう?」
そう言って番外席次は目の前の男へと詰め寄る。
「し、しかし貴方の存在はこの国の最高機密! 何より貴方には5柱の神の装備を守るという大事な任務が…」
そう言ってなんとか番外席次を止めようと粘っているのは漆黒聖典の隊長。
彼もかなりの強さを持つのだが番外席次の前ではそれも形無し。
「今までここに何者かが侵入してきた事があった? 誰が法国の結界を抜けてここまで侵入できる? 誰がこれだけの数の神官達を相手に戦える? 今までそんな事は一度も無かった。一度もね。でも私は我慢してきたよ、そう育てられてきたし竜王と戦争になるからって言われてね。特にやりたい事も無かったから大人しく従ってきたけどさぁ…、
番外席次の迫力に隊長は気圧されて何も言えない。
「やっとなんだよ、やっと…。やっと私に勝てる男が現れたのかもしれないの…」
厭らしい笑みを浮かべながら番外席次が続ける。
「もうさ、国の都合なんて待ってられないんだよ。世界盟約なんてもんのせいでさぁ、私が会いに行っても竜王共とは戦争になっちゃうわけじゃない? 初めてなんだよ、竜王達以外に戦えるかもしれないなんてさぁ…」
「し、しかし…!」
「しかしもクソも無いよ。どっちにしろ下手したら世界の危機なんだから後手に回ってもしょうがないでしょう? 国や世界が滅んでから私が出ていっても遅いでしょ? 何より私よりも弱いなら私がブッ殺して終わり。もし私より強ければ…、まぁ子供のいる国を無碍には扱わないんじゃない?」
番外席次の論理にはそもそも相手が子供を作る気はあるのかという点が欠落しているが、それを差し置いても相手が番外席次より強い場合においては何も事態は好転しないのだ。
故に隊長としては、いや国としては彼女を止めざるを得ない。
最悪の場合として番外席次が負けた場合、相手側の言いなりになってしまう可能性とてあるのだから。
「分かったら早くどいて頂戴。また馬のオシッコで顔を洗いたくないでしょ? 私が優しいうちに…」
番外席次が言い終える前に異様な空気が周囲一帯を包んだ、正確には国をだが。
「何が…?」
「こ、これは…?」
番外席次も隊長も異変に気付くがすでに遅い。
次の瞬間、大地が揺れ、建物が揺れた。
すぐに建物が崩れるような轟音が轟き、人々の叫びが響いた。
彼等が感じたのは圧倒的な強者の気配。
まるで竜王に匹敵するような。
「あ、あは、ははははははははは!!! まさか
嬉しそうに狂喜する番外席次を他所に隊長は困惑していた。
「 カ、
隊長の言葉に番外席次が反応する。
「ふぅん、
完全武装の番外席次がバルディッシュを力強く握りしめ聖域から飛び出していく。
もう隊長の制止など意味を為さない。
欲望の赴くままに、番外席次は駆けていく。
◇
「うぐぅあっっ!」
空を飛翔していた白金の全身鎧をきた人物は突如として何者かの奇襲を受け地面へと墜落していた。
金属鎧の中身は空っぽでその正体は遠くの地から遠隔操作している真なる竜王の一人、ツアーである。
自らも
「な、何の気配も無く突然現れるとは…! くっ、不覚…!」
最初の一撃で胴体に大きな風穴を開けられたツアーだがもちろん遠隔操作の為ダメージなどない。しかし分が悪いと判断しすぐに撤退しようとするが。
「がっ! な、何…! 一人ではない…、だと…?」
死角から現れた別の何者かに再び奇襲を受けた。再び大地に叩き落され、追撃を受ける。
そのどちらも真なる竜王に匹敵する実力の持ち主だ。
遠隔操作によりただでさえ素の自分よりも弱いのにも関わらず、二人の真なる竜王級となど戦える筈がない。
激しい戦いの末、ツアーの鎧は砕け、弾け飛んだ。
そしてその意識が本体へと戻る直前、ツアーは見た。
「
何かを言いかけたツアーの言葉は白銀の全身鎧と共に掻き消えた。
◇
この時、世界中に、あらゆる国の頭上に暗闇が出現し世界を混沌へと叩き落した。
暗闇から這い出た者達は強く、全てを蹂躙した。
かのアーグランド評議国の竜王達でさえ戦いにならなかった。
それだけの強さと数。
遠くからでも分かる程の破壊と荒れ狂う魔力の奔流。
しかしここに恐らく世界で一人だけ、意に介していない者がいた。
「こ、これは一体何が起こっているというのじゃ! なぜこんなことが…!」
「少し静かにしてて貰えませんか?」
狼狽するリグリットに対して海上都市の彼女は何でもないという風に淡々と言う。
「な、何を言っておる…! 何が起きているか分かるじゃろう!? これだけの異常な魔力の数! これだけ離れていても感じる程の強さ…! 近い場所などここからでもその光や爆発が肉眼で確認できる程じゃぞ!? 国が…、いや世界が滅ぼされてしまう!」
だがそんなリグリットの叫びなど気にしていないように彼女は受け流す。
「聞いておるのか! た、頼む…! もしお主がどうにか出来るなら我らを…、いや世界を救う事に協力してくれ…! リーダーも認めたお主とツアー達竜王が協力すればもしや…」
「静かにして下さいと言ったでしょう?
「な、なんじゃと…?」
そう言って彼女はリグリットを押しのけ進んでいく。
「まさか…、信じられない…。本当にこんな事が…」
それは夢にまで見た彼女の希望への一筋。
そのほんの一欠片。
しかし、彼女が己が全てを投げ出すに足る価値のあるもの。
「後はこれが答えてくれるかどうか、か…。怖いな…、あれだけ望んだのに…、もう何にも動じないと思っていたのに…。いざその時になってこんなに震えるなんて…」
そう一人ごちる彼女の手元は震えていた。
だがそれでもなお必死に手に力を込める。
その手に持つ
◇
気が付けば占星千里は部屋から外へと出ていた。
とある建物の屋上からそれを眺めている。
もう感覚が麻痺してしまったのか、恐怖は薄れ、涙は枯れた。
後はただ彼女が予言した未来と同じ光景が再現されるだけだ。
だからもう覚悟は出来ている。
自分は死ぬ。
国は滅ぶ。
きっとそうなるのだろう。
どこに逃げても無駄だ。
ならばせめて最後までここでその全てを瞳に焼き付けようと。
幸いにもこの建物は予言の中で最後まで破壊される事は無かった。
だからここなら予言の先まで見る事が出来るかもしれない。
建物から都市を見下ろすとそこはもう地獄だ。
あらゆる建物が破壊され、燃え盛り、自分の見慣れた祖国などはもうどこにもなかった。
暗闇から現れた者達、彼等をなんと形容するべきか占星千里には分からないがきっとあれらが神と呼ばれる者達なのだろうと漠然と理解していた。
だからここからだ。
ここまでが終わりで、ここからが始まり。
もうじき占星千里が見た予言は終わる。
あれらに戦いを挑んだ番外席次が敗れ、予言は終わる。
そしてここから始まるのだ。
占星千里も知り得ぬ未知が。
「あぁ…、始まる…」
諦念の極みにいる占星千里の口から言葉が漏れた。
だがあれだけ恐怖したのに、これだけ感覚が麻痺しているのに。
最後に思った事は、知りたい、だった。
彼女は思う。
もう死んでもいい。しかしどうか願わくば、この行く末を見届けたい、と。
やがて彼女の予言で見た景色は終わりを告げ、ここから始まる。
◇
時は巻き戻り、モモンガ達がビーストマン達を退けたその直後ほど。
そこに広がるは荒涼たる広大な砂漠。
しかしその砂漠の真ん中には一つの都市が存在する。
一目で目を引くのは空中に浮遊する巨大な城。
その城からは無限の水が都市へと流れ込んでいる。
都市全域は高度な魔法結界に包まれており、砂漠の中にありながらも新緑から深緑、豊かな木々が都市を彩っている。
砂漠の中のオアシスどころか、限りなく天国に近い場所といえよう。
結界により砂漠から魔物は入り込む事はなく、広大な砂漠の為、亜人や国家による侵略をうける事もない。
仮にそのような事があったとしても都市の住人は何の心配もしていないだろう。
なぜならこの都市には神に匹敵するとまで謳われる30人の都市守護者なる者達によって守られているからだ。
故に何者もの侵略を許さず、また浮遊した城からの恵みにより都市は単独で成り立つのだ。
そこへ一人の水ぼらしい浮浪者のような女が迷い込んだ。
都市の入り口、そこで力尽き倒れてしまったのだ。
「ねぇ、神父様ー」
「うん、どうしたんだい?」
「あそこに誰か倒れてるよ」
神父と呼ばれた初老の男性と、倒れた女を指差す小さな子供。
きっと彼等に見つけて貰えた事は幸運だったのだろう。
その女は紛れもなく死ぬ寸前であったのだから。
あわてて初老の男性が駆け寄り、様子を見る。
「なんと…! まさかこの砂漠を一人で…! だがまだ息がある…、あぁ、これも神の思し召しか…」
そうして初老の男性は行き倒れた女を抱きかかえ介抱する為に連れ帰る。
その女が何者かなど知りもせずに。
◇
ここはカルネ村。
王国の辺境にある小さな村である。
この日は王国が滅び帝国に併合された後、新たな税や法律等を周知させる為に帝国から使者が訪れており、さらには王国内の地図の正確性を確かめる為の簡単な調査も行われていた。
とはいってもこれは王国中の都市や村に対して行われており、本当にごく簡単なものであった。
あくまで形式だけ、といった感じである。
そしてカルネ村の村長も帝国の使者に村の周囲を案内する事になった。
カルネ村においてはトブの大森林が近くにある為、他の村よりは多少念入りに周囲を見て回る事になった。
何事も無く終わりそうだったのだが、カルネ村から少々離れた草原地帯で問題は起きた。
「ん? おい村長、あれは地図と違っているぞ」
「は、はい。どこでしょうか…? あ…! 確かに…! も、申し訳ありません…、あまり村からこちらへ来る事も多くなく把握していませんでした…」
「全く…。いやこれは村長ではなく国の責任だから気にしなくていい。しかし、こんな杜撰な管理をしているとは…。どうしたらあんなに巨大な物を見過ごすのか…。王国は本当に怠慢が酷かったようだ。やれやれ…、あれだけ立派だと報告を上げた後に捜索隊が組まれるかもな…。まぁ今は併合の件で忙しいからすぐとはいかないだろうが…」
そうして使者はぶつぶつと言いながら見た事を書へしたためていく。
使者達が踵を返し村へと戻る道中、村長だけは不思議そうに何度も振り返りそれを見直した。
目の前に広がる大きな草原。
その中心には巨大な建物が建っている。
遠くからでも分かる程の存在感。
だが村長は生まれてこの方、一度もそれを見た記憶が無い。
いくらこちらにはそうそう来ないとは言っても最寄りの大都市であるエ・ランテルよりは遥かに近い。
とてもそんな物を見逃すとは思えなかった。
何より狩りや何やらでこの辺りまで来た事があったはずなのだ。
それなのにその存在を全く知らなかった。
まるで今まで存在しなかったのではないかと思う程に。
「おかしいなぁ…、こんな所に墳墓なんてあったか…?」
12月中に更新したかったのですが年明けになってしまいました…
明けましておめでとうございます!
最低でも毎月更新という目標をもってやってきたんですがまた仕事が忙しくなりそうで更新に時間がかかるようになると思います、お許しを…
あと後半紛らわしいですが時系列順ではありません(作中でも書いてますが…)
竜王国、法国、ツアー辺りは次の章の中盤あたりの話になります
というより竜王国編は今回で終わりです!(短い!)
2話しかないですが終わりです!幕間もなく次話から新章入ります!