第23回:ディクソンの回心『THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI(スリー・ビルボード)』徹底解説
- 2018.12.25 Tuesday
- 22:36
さて今回はディクソンの入院シーンから始めよう。
前回の「警察署火事:後篇」はコチラ!
ディクソンとレッドが相部屋になるんやったな。
せやけど加害者と被害者が同室なんて普通ありえへんやろ。
どないなっとんねん、エビング病院は…
仕方ない。
この映画の元ネタである新約聖書『使徒行伝(使徒言行録)』第9章「サウロの回心」を忠実に再現すれば、こうなるのだ。
またかよ!
まずは整理しておこう。
広告代理店業を営むインテリでイケメンの赤毛のレッドには、イエス教団の執事を務めていたインテリでイケメンの赤毛の聖ステファノが投影されていたよね…
聖書でステパノは最初の殉教者になるんやったな。
レッドみたいに。
その通り。
イエス教団の信徒を逮捕して留置所送りにするなど迫害をしていたサウロは、ステパノの公開処刑に加わっていた。
あれ?
『使徒行伝』第6章でステパノは殺されちゃってるから、第9章「サウロの回心」には登場しないじゃんか。
どこが「忠実に再現」なんだよ!
実はレッドには、他にも『使徒行伝』の登場人物が投影されているんだよ…
「ふたりのアナニヤ(アナニアス)」がね…
ふ、ふたりのアナニヤ!?
…誰それ?
一人目のアナニヤは、土地代金を誤魔化した卑劣な男アナニヤ。
イエス教団設立当時、信徒は個人資産を教団に寄付しなければならなかった。原始共産制だったのだな。
しかしアナニヤは妻サッピラと共謀し、土地代金の一部を懐に入れてしまう…
5:1 ところが、アナニヤという人とその妻サッピラとは共に資産を売ったが、
5:2 共謀して、その代金をごまかし、一部だけを持ってきて、使徒たちの足もとに置いた。
ええ!?
じゃあ、もしかしてレッドが再請求した看板の月額レンタル代金5000ドルって…
ネコババだね。
契約成立後に契約文の解釈を変えて「やっぱりあれは前金でした。だからもう5000ドル必要です」なんて普通ありえないでしょ(笑)
しかし教団のリーダーである使徒ペトロは、アナニヤの寄付金が少ないことを怪しんで、ネコババを指摘した。
するとアナニヤに天罰がくだり、その場に倒れてそのまま死んでしまう…
5:3 そこでペテロが言った「アナニヤよ、どうしてあなたは、自分の心をサタンに奪われて、聖霊を欺き、地所の代金をごまかしたのか」
5:5 アナニヤはこの言葉を聞いているうちに、倒れて息が絶えた。
金額を誤魔化しただけで殺されてしまうなんて…
ここだけ旧約聖書みたいだよね。
神ヤハウェは些細なミスも許さず、容赦なく死を与えた。
アナニヤが倒れたあとに、妻サッピラがやって来る。
そしてサッピラにも天罰がくだり、夫と同じように倒れて息をひきとった…
5:7 三時間ばかりたってから、たまたま彼の妻が、この出来事を知らずに入ってきた。
5:8 そこでペテロが彼女にむかって言った、「あの地所は、これこれの値段で売ったのか。そのとおりか」。彼女は「そうです、その値段です」と答えた。
5:10 すると女は、たちまち彼の足もとに倒れて、息が絶えた。
これがディクソンの殴り込みシーンで再現されたわけだな。
うわあ…
だから秘書パメラも、ぶっ倒れたのか…
そして二人目のアナニヤは、ダマスコ(ダマスカス)の聖アナニヤだ。
ある時アナニヤは主イエスの声を聴く。
「目が見えなくなっているサウロという男がいる。お前がサウロを開眼させてやりなさい」
イエスに言われた通りアナニヤは、サウロの目から「ウロコ」を取り去り、洗礼を授ける。
こうして迫害者サウロは、伝道者パウロとして生まれ変わった…
『サウロを開眼させるアナニヤ』ピエトロ・ダ・コルトーナ
それが病院シーンで完璧に再現されているわけですね。
『スリー・ビルボード』ではサウロの目から落ちるものが「ウロコ」から「涙」に置き換えられた。
レッドとディクソンは、こんなやり取りをする。
レ「泣くな。涙の塩分は傷によくない」
ディ「《塩》は心の傷に効くんだ…」
傷付いた心に塩を塗るって超イタそう!
ドMか、ディクソン!
キリスト教において《塩》とは「慈悲」のことを指すんだよ。
『マルコによる福音書』でイエスはこう言っている。
マルコ9章50節
自分の中に塩を持ち、互いに平和に過ごしなさい。
塩は人体に必要不可欠なもので、食べ物の腐敗を防いでくれる。
慈悲の心もそうだよね?
イエスの愛の教えが《水》に喩えられるように、慈悲の心は《塩》に喩えられるというわけ。
塩が慈悲…?
じゃあキリスト教圏で「塩対応」は「慈悲のある対応」ってことになるのか…
日本でも「敵に塩を送る」と言うではないか。
とにかく、ここでディクソンは完全に「回心」したというわけだ…
そしてサウロと同じようにドリンクを飲む…
ああ、だからジュースが出されたんだ…
ちなみに「オレンジジュース」は、コーエン兄弟の『バートン・フィンク』からの引用だな。
「ジュース」は「Jews(ユダヤ人たち)」の駄洒落としてよく使われるんだ。
ディクソンとレッドはユダヤ系であることを隠しているからね。
さすが、よく見抜いたな。
コーエン兄弟の初期作品の主要登場人物のほとんどはユダヤ系という出自を隠している。
脚本を書いたマーティン・マクドナーは、そこまでオマージュしたというわけだ。
もう「コーエン従兄弟」じゃなくて「三番目の兄弟」にしてあげてもいいレベル…
さて、病院シーンの次は看板修復のシーンだ。
焼かれたスリー・ビルボードが新たに張り替えられる。
母の身を守るために、せっかくアンジェラが燃やしたのに…
「子の心、親知らず」だね(笑)
ちなみに、張り替え作業の前に作業員がミルドレッドの家を訪ねる場面があったけど覚えてる?
ドアの覗き窓を通した会話?
ディクソンの包帯越しの視界に似とるな。
せやけど大した会話はせえへんかったやろ。
それが結構おもしろい内容なんだよね…
次回はここから解説しよう。
そしていよいよアンジェラが仕組んだレストランの「ダブルデート」だ。
おお!ついに終わりが見えてきたな!
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