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第20回:怒りの炎へのプレリュード(&看板放火の真犯人について)『THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI(スリー・ビルボード

  • 2018.12.22 Saturday
  • 14:10

 

 

 

 

 

さて、前回はウィロビーからミルドレッドへの手紙を解説したね。

 

 

未読の方はコチラをどうぞ!

 

 

 

 

その次のシーンはディクソンとオカンのショートコントやったな。

 

マザコン息子と、ドナルド・サザーランドの髪型が好きって言うとる割にジャック・バウアーそっくりなオカンの凸凹コンビや。

 

 

 

面白いコンビだけど、あのシーン要る?

 

マザコンのディクソンが映画の最後で見せる「母離れ」への伏線のためだけの場面でしょ?

 

別に無くてもよくね?

 

 

 

浅はかな…

 

お前は脚本家兼映画監督のマーティン・マクドナーがこの作品に込めた想いを何も理解していないようだな…

 

 

なぬ!?

 

 

このシーンは短く、たいした意味もないように見えるが、実は「ある意図」のもとに作られている…

 

それは、この先の物語の展開を予告するものであり、マーティン・マクドナーが敬愛してやまない偉大な兄弟の代表作へのオマージュでもあるのだ…

 

 

偉大な兄弟?誰のこと?

 

 

映画界の偉大な兄弟といえば、コーエン兄弟に決まっているだろう。

 

あの母子コントのシーンは、コーエン兄弟の代表作『バートン・フィンク』のパロディになっているのだ。

 

 

 

マ、マジで!?

 

 

そうなんだよね。

 

あの短い会話の中に『バートン・フィンク』が凝縮されているんだ。

 

 

まずディクソンのオカンは「お前が仕事をさせてもらえるように、私が警察に話をつけてやる」と言う。

 

ディクソンが「やめてくれよ」と答えると、オカンは「退職金は出してもらえるんだろうね?」と聞き、勤続年数からその金額を皮算用してこう言った…

 

「連中も2000ドルは払うだろう」

 

 

 

これはニューヨークのバーでのシーンのパロディだな。

 

バートン・フィンクの代理人は「交渉すれば2000ドルは引き出せる」と言った。

 

 

 

ぐ、偶然だろ!

 

 

そしてディクソンのオカンは、新しく署長に就任したのが黒人であることに苛立った。

 

「the black guyなんか追いだしてしまえ!間違ってる!」

 

それに対しディクソンはこう吐き捨てる。

 

「南部も変わっちまったんだよ」

 

 

『バートン・フィンク』に黒人キャラは出て来ないよ!

 

黒人のコの字も出て来なかった!

 

 

だが、いつも『OLD BLACK JOE』を歌っていた南部の男は出て来ただろう?

 

その男と同棲している女に対し、バートン・フィンクはこう言った。

 

「なぜあんな奴と一緒にいる?出て行けばいい!」

 

 

 

そ、そう来たか…

 

 

そしてディクソンは「窓から人間を突き落としたこと」も話した。

 

『バートン・フィンク』では、殺人事件を追っている刑事二人組がバートン・フィンクの部屋でベッドに大量の血痕を発見した時にこう迫ったよね…

 

「どっちがいい?お前がやったと認めるか、今すぐ窓から突き落とされるか…」

 

 

 

そしてディクソンは警察をクビになった話にうんざりして、どこかに出掛けようとする。

 

オカン「イイ女にでも会いに行くのかい?」

 

ディ「そんなもんいるわけねーだろ!」

 

 

 

これはバートン・フィンクが、架空だと思っていた《絵の中の美女》と実際に遭遇して驚いたことのパロディだね。

 

 

 

ワハハ!

 

 

そしてオカンは「お前が女にモテないことくらい知ってるよ~ん」とディクソンを小馬鹿にし、ディクソンはこれまで母に見せなかった行動をとる…

 

「口の利き方に気を付けろ!今度バカにしたら脳天ぶちぬいてやるからな!」

 

 

 

バートン・フィンクがダンス会場で「お前みたいな奴が女と踊るなんて百年早い。引っ込んでろ!」と馬鹿にされた時に見せた、このポーズですね。

 

 

 

やられた…

 

 

そして、バートン・フィンクがあのポーズをした後に部屋へ戻ると、刑事二人組が待っていた…

 

ドイツ系とイタリア系でユダヤ人差別主義者の刑事二人組が…

 

彼らはユダヤ人であるバートン・フィンクを嘲笑し、苦労して完成させた脚本を馬鹿にする…

 

その瞬間、バートン・フィンクの心の中で、彼らに対して怒りの炎がメラメラと燃え始めた…

 

するとホテルの廊下もシンクロして燃え始め、心の友チャーリーが現れる…

 

そしてチャーリーはバートン・フィンクの想いを代弁するかのように、差別主義者の二人へ激しい怒りをぶつけた…

 

 

 

だから『スリー・ビルボード』でも、この後のシーンで「火災」が起こるのだ…

 

「激しい怒り」を伴って…

 

 

ディクソンとオカンのショートコントの次は、看板火災のシーン…

 

怒り狂ったミルドレッドは炎の中へ突っ込んでいった…

 

 

 

だからミルドレッドは看板の火を消しながら「人間のクズどもめ!腐った人間のクズどもめ!」と繰り返し警察を罵っていたんだ。

 

あれは炎の中で叫んでいたチャーリーの姿が投影されていたというわけ…

 

 

でもあの放火の犯人は、ミルドレッドの元夫チャーリーだったんだよね。

 

「酔っぱらった勢いで火を付けた」って、たしかレストランでそう言ってた…

 

 

それが違うんだな。

 

 

ハァ!?

 

本人が「火を付けた」と言ってたぞ!

 

 

確かに「火を付けた」のはチャーリーだったかもしれない。

 

でも「そう差し向けた」のは同棲相手のペネロープだ…

 

いや、ペネロープの中に入っていたアンジェラだね…

 

 

 

ええ!?

 

 

だって、よく考えたらオカシイでしょ?

 

「スリー・ビルボード」は田舎町のエビングの中でも、さらに辺鄙なところにあった。

 

最初にディクソンも言っていたけど、あんなところを通る人なんて誰もいないんだ。

 

実際、映画の中でも、あの場所を登場人物以外の車が通るのは一度きり。

 

本当に誰も通らない道なんだよ。

 

そしてチャーリーは「酔っぱらった勢いで」と言ったけど、バーで飲んだ後にあそこまで行くには誰かの運転が必要だし、そもそもあの道は帰り道じゃない。

 

となると、泥酔したチャーリーを誰かがあそこまで連れて行ったことになる。

 

当然、同棲相手のペネロープ…いや、彼女に憑依していたアンジェラである可能性が非常に高いよね…

 

 

せやけどアンジェラは何の目的で、泥酔したオトンに放火させたんや?

 

看板を燃やす動機がないやんけ…

 

 

十分あるでしょ。

 

というか、あの看板を一日でも早く無くさなければならないことを理解していたのは、ただひとりアンジェラだけだ。

 

 

どゆこと!?

 

 

もう忘れたのか?

 

ウィロビーはミルドレッドを追い詰める「最後の一手」を打ってから命を絶った。

 

それは「あの看板のせいでウィロビー署長は自殺した」と自分の信奉者に思わせること…

 

それによってミルドレッドへの憎しみを増幅させ、暴走させようとしたのだ。彼女を痛い目に遭わせるために…

 

わざわざ看板レンタル代を支払ってから死ぬという用意周到ぶりだったよな。

 

しかもすぐに謎の男に憑依して、ミルドレッドに挨拶代わりの脅しを行った…

 

 

このウィロビーの策略を気付くことが出来たのは、霊体であるアンジェラただひとり。

 

アンジェラはすぐさまウィロビーの妻アンに憑依し、手紙を母ミルドレッドへ届けた。

 

よくよく考えたら、ここも変だったんだ。

 

夫が自殺した翌朝に手紙を届けに行くだろうか?

 

普通だったらそれどころじゃないよね?

 

まだ夫が自殺してから12時間経つか経たないかだよ?

 

 

確かに…

 

もう一度あの回を読んでみよう…

 

第18回『ギフトショップにて』

 

 

アンに憑依したアンジェラは、激しく動揺していた。

 

レイプ犯ウィロビーの本当の姿を白日の下に晒すことができなかったことに対して…

 

そして何よりも、ウィロビーが母ミルドレッドへ反撃を仕掛けたことに対して…

 

だからあの時のアンジェラは何度もこう言ったのだ。

 

「夫は自殺してしまった!いったいどうすればいいの?!今から何をすべきなの?!あなたにわかる?!」

 

 

彼女は繰り返し「今から何をすべきか?」を口にしてましたよね。

 

アンジェラの頭の中は、そのことでいっぱいだったのでしょう。

 

「どうやったらウィロビーの反撃を阻止できるか?」を一生懸命考えていたんだと思います…

 

その答えが「看板への放火」だったんでしょうね。

 

だから父チャーリーを泥酔させて、あそこまで連れて行き、巧みに仕向けた…

 

 

ああ…なんだかそんな気がしてきた…

 

いや、そうとしか考えられない…

 

 

この名探偵 金田三耕助が言うんだから間違いない(笑)

 

そして看板火事の翌日、ミルドレッドはスリッパのウサギと独り芝居をする。

 

「クソ野郎を十字架に掛けてやる」という過激な歌劇だったね…

 

 

クソ野郎を十字架に掛けてやる

クソ野郎を十字架に掛けてやる

奴らに何をするつもり?

磔にでもしようというの?

そうさ、奴らは磔だ!

誰を磔にするつもり?

あのムカつくクソ野郎?

そうさ、あのクソ野郎を磔に!

いいね、一泡吹かせてやろう!

もちろん、あ・れ・で!

 

 

こうしてミルドレッドは、看板放火の仕返しに警察署への放火を決意する…

 

 

ああ、またもやミルドレッドは勘違いを…

 

アンジェラは母を救うために看板を燃やしたのに…

 

 

ことごとく勘違いが繰り返される物語だよな。

 

登場人物たちが冷静になって素直に話し合えば、まったく違った展開になっただろうに。

 

 

これが人間というものなのかもしれません…

 

世界は、いつもこうして悲劇が繰り返されてゆく…

 

二千年前に無条件の隣人愛と許しを訴えて十字架に掛けられた「あのお方」も、さぞかし悲しんでおられることでしょう…

 

「あの時わたしが背負った原罪とは何だったのだ?」と…

 

 

なんか、しんみりしてきたな。

 

 

こんな日は、あの歌でも聴きながら終わりにするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

『バートン・フィンク』の『OLD BLACK JOE』

 

 

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