第19回:ウィロビーからの手紙『THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI(スリー・ビルボード)』徹底解説
- 2018.12.21 Friday
- 14:39
さて、死んだアンジェラが憑依していた未亡人アンが去った後、ミルドレッドはウィロビーからの手紙を読んだ…
なんのことかチンプンカンプンな人は前回をどうぞ。
あの手紙にも何か秘密が隠されとるんか?
もちろんだとも。
非常に重要だから、改めて僕が全文を翻訳しよう。
正規の日本語字幕では「文章に込められた本当の意味」が伝わらないからね…
誤訳ってこと?
誤訳ではない。観客はミルドレッドの視点で手紙を読むから…
そもそもミルドレッドが手紙を「誤読」してるから、字幕もそれに従っているんだよ。
手紙を朗読するウィロビーの音声をよく聴いていれば「本当の意味」に気付けるんだけど、日本人の多くは字幕だけを追うので、そこを見落としてしまうというわけだね。
なるほど…
まずミルドレッドは窓辺に座って呆然と何かを想い、それから封筒を開ける。
そのとき窓の外にはウィロビーの未亡人アンが車に乗り込んで去って行く様子が映されていた…
ん?どっかで見た光景やな…
ミルドレッドがアンジェラの部屋のベッドに座って、亡き娘のことを思い出していた時の構図だ。
ホンマや!
窓の外にいるアンの中身はアンジェラやで!
ミルドレッド!うしろ!うしろ!
志村かよ(笑)
手紙の出だしは、こうだったね…
Dear Mildred, Dead man Willoughby here.
親愛なるミルドレッドへ 死者ウィロビーより
Firstly I wanted to apologise for dying without catching your daughter's killer.
まず最初に、私が君の娘を殺した犯人を捕まえられないまま死んだことを謝りたいと思う。
ウィロビー、超ムカつく!
捕まえられるわけないわ。犯人は自分なんやさかい…
めっちゃ嫌味や…
そしてミルドレッドは外のテラスへ移動して手紙を読み続ける…
It's a source of great pain to me, and it would break my heart to think you thought I didn't care, cos I did care.
私にとって大きな心痛だったのは、私が事件に無関心だったと君が考えていたことだ。私はとても気にかけていたのに。
確かに間違ってはない…
せやけど、犯人だとバレるかどうか「care(心配)」しとったんやろ!
なにこの手紙…
めっちゃムカつくんですけど…
それはお前たちが、この解説シリーズで『スリー・ビルボード』の物語の真相を知ったからだ。
ミルドレッドのように何も気付いていないと、この手紙の文章は全くムカつく内容には聞こえない。
だから多くの日本人はこの手紙を「善意の手紙」だと受け止めたんだな…
そうゆうことか…
そして興味深いことに、手紙を読むミルドレッドの脇を貨物列車がゆっくり通り過ぎていくんだよね。
今まで一度も通ってなかったのに、面白いと思わない?
確かにオモロイな…
あんな近くを列車が通ったら、うるさくて手紙なんか読まれへん…
踏切の警報機もすぐ目の前やで…
そういうことを言ってるのではない。
あの貨物列車は「象徴」なのだ。
事件の真相を知る唯一の男ウィロビーの死によって、真実が手の届かないところへ行ってしまったことを表しているんだな。
すぐ横を通り過ぎるあの貨物列車のように、真実はずっとミルドレッドの手の届くところにあったというのにね…
でもそこに気付かないまま、ウィロビーを逝かせてしまった…
もう事件の真相を知る人間はこの世に誰もいない…
ああ、そうゆうことか…
だからあの時に初めて列車が通ったんだ…
天才脚本家マーティン・マクドナーは、意味のないことはしないんだよ。
さて、手紙の続きを見ていこう…
Thre're just some cases where you never catch a break, then five years down the line some guy hears some other guy bragging about it in a bar-room or a jail-cell and the whole thing is wrapped up thru sheer stupidity. I hope that might be true for Angela, I really do.
時には手掛りゼロの事件というものもあるのだよ。まあ5年後あたりにマヌケな犯人がバーや刑務所の中で事件のことをペラペラ喋っているのを誰かが聞いて、あっさり解決ってパターンだな。アンジェラの件もそうなることを心から願う。
5年後どころか、ついさっき早速「事件をペラペラしゃべる男」が現れたじゃんか(笑)
ウィロビーは「疑惑の芽」を自分から完璧に遠ざけようとしとるな。
犯人っちゅうのは犯行を黙っていることに我慢できず、いずれ誰かに自慢したくなるもんや…とミルドレッドに思い込ませようとしとる。
だが、この手紙が「自慢」になってしまっているのだよ。
完全犯罪を成し遂げた知能犯によくあるパターンだな。
人々を手の平で転がすことに酔いしれてしまうあまり、後々致命的になりかねないリップサービスをしてしまうことがあるのだ。
映画はそこに気付かないまま終わりますが、あの後にミルドレッドとディクソンがお互いの手紙を読んだら、どうなるかわかりませんね…
ミルドレッドは何かに気付くかもしれない…
どゆこと?
それはまた後程…
さて、手紙の続きを見てみよう。
ようやくウィロビーは核心である「スリー・ビルボード」に触れる。
Second, I gotta admit, Mildred, the billboards were a great fucking idea. They were like a chess move.
二つ目。私は認めざるをえないな、ミルドレッド。あの広告看板がムカつくほど見事なアイデアだったと。まるでチェスの駒の動きのようだ。
チェスの駒の動き?
これは何を言うとるんや?
チェスの駒は色んな動き方があるよね?
つまり「3枚の看板のメッセージ」も読み方は1つじゃない、ってことを言ってるんだ。
ウィロビーは3枚の看板を逆から読むと、自分のことを犯人だと名指しする内容になっていることに気付いた。
そしてウィロビーは、ひょっとしたらミルドレッドが何かを知っているんじゃないかと焦ったんだ。
重要な証拠は全て自分が揉み消して、捜査も無能なディクソンに任せ、バレるはずがなかったからね…
だけど「ミルドレッドが何かに気付いた」というウィロビーの考えも「勘違い」だった。
ミルドレッドは看板のメッセージに何も気付いていなかったんだ。
そしてウィロビーはミルドレッドの顔面に吐血してしまう。アンジェラにしてしまったように。
ウィロビーは再び焦った。
アンジェラの死体が激しく焼かれていたのは他でもない、「吐血の痕」を消すためだったんだからね…
「今度こそミルドレッドが事件の真相に気付いてしまうかも…」と考えたウィロビーは、捨て身の強硬策に出る。
自殺してミルドレッドを悪者にするという作戦だ。
そのためには3枚の看板が必要だった。
あの看板を利用して、人々の憎しみを増幅させようと考えたんだね…
ま、マジですか…
見事だ。さすが名探偵。
そしてウィロビーはこう綴る…
And although they had absolutely nothing to do with my dying, I'm sure that everyone in town will assume that they did, which is why, for Willoughby's counter-move, I decided to pay the next month's rent on them.
《3枚の看板》と《私の死》は全く関係がないのだが、町の者はそう思わないだろう。そういうわけで私は次の一手を決めた。来月の看板レンタル代金の支払いだ。
ああ!
看板のメッセージと「my dying」は一切関係ないって…
また誘導やな…
その通り。
死んだアンジェラが「RAPED WHILE DYING」のメッセージで伝えたかったこととは「ウィロビーが血を吐きながらレイプした」ことだったよね。
でもミルドレッドはこれをアンジェラのことだと勘違いしてしまった。
そしてウィロビーにとっては、このままミルドレッドが勘違いしたままでいてほしい。
だから謎の男に憑依したり、手紙を使って「DYING」がアンジェラのことだと強調したわけだ。
そしてこの文面は「脅迫」でもある。
あの看板が自殺に追い込んだと人々に思わせたいから来月の看板代金を払っておいた、という意味だな。
だが鈍感なミルドレッドは、ウィロビーの回りくどい文章の意味が正しく理解できなかった…
特に次の部分では、完全犯罪者ウィロビーの勝ち誇った様子が窺えます。
I thought it'd be funny, you having to defend them a whole another month after they've stuck me in the ground.
面白いよな。私が地中に埋められた後も、君はあの看板で犯人逮捕を主張し続けることになるのだから。
つまりウィロビーが言いたいことは…
いくら3枚の看板で「吐血するほど死にそうな体でレイプしたウィロビー署長は、なぜまだ逮捕されないの?」と訴えても、すでに私は墓の中だから逮捕は不可能だよ(笑)
ということ…
それを鈍感なミルドレッドは、またもや勘違いしたんだ…
いくら3枚の看板で「娘をレイプしながら殺した犯人を、なぜウィロビー署長は逮捕してくれないの?」と訴えても、すでに私は墓の中だから逮捕は不可能だよ(笑)
というふうに…
どこまで鈍感なんだよ、フランシス・マクドーマンドは!
鈍感なのはミルドレッドであって、フランシス・マクドーマンドではない!
あれだけ見事に鈍感な女を演じたから、二度目のアカデミー主演女優賞に輝いたのだ!
お、落ち着けよ公園兄弟…
あんたらフランシス・マクドーマンドの話になると急に熱くなるよな…
そしてウィロビーは、さりげなく本心を語る。
暴走したウィロビー支持者が、ミルドレッドを殺すかもしれないということを…
The joke is on you, Mildred, ha ha, and I hope they do not kill you.
今度は君が悪いジョークで狙われる番だよ、ミルドレッド。連中が君を殺してしまわなければいいのだが。
怖すぎる…
なんでミルドレッドは気付かなかったんだ?
しかもこの部分を読みながらクスって笑っていたぞ…
ミルドレッドは「they」と「kill」の意味を勘違いしたんだよ。
「kill」にはたくさんの意味があって「死ぬほど○○する」というものもある。
ジョークで死ぬほどウケたり、何かで死ぬほど落ち込んだりした時に「kill」という言葉は使われる。
だからこの文章は色んな意味に取れるんだ。
たぶんミルドレッドは、こんなふうに捉えたんじゃないかな…
「私がわざわざ継続させた3枚の看板(they)が無意味な行為だということに、君が死ぬほど大ウケ(kill)しないことを願う」
ああ、確かにそうとも読める…
でもウィロビーの意図は違っていた。
あの看板で自分の支持者にミルドレッドへの憎しみを増幅させようとしたんだね。
町の英雄に意見する生意気な女を殺してしまおうと思うくらいに…
うひゃあ…
でも「ちゃんと捜査してください」って、遺族からすれば真っ当な要求だと思うんだけど…
女性が権威に物申すのは「生意気」だと捉えられるんだよ。
アメリカの中で最も保守的な州のひとつとされるミズーリ州みたいなところではね。
沖縄のローラみたいなもんだな…
と、女性への暴力や差別問題に関心の高いフランシス・マクドーマンドなら言うだろう。
そして手紙はこう結ばれる…
So good luck with all that, and good luck with everything else too. I hope and I pray that you get him.
(看板の件で殺されないよう)幸運を祈る。その他諸々の幸運も。君が真犯人を捕まえることを、願い、そして祈っているよ。
真犯人が捕まることを祈ってるって…
まさに「おまゆう」だな…
ホント大胆不敵だよね、わざわざ最後をそんな言葉で〆るなんて。
完全に勝ち誇ってるとしか言いようがない。
よっぽど確信があったんだろうな。「誰か」がミルドレッドをぶち殺してくれるという確信が…
「誰か」って?
その秘密はディクソンへの手紙に隠されている。
ええ!?
というわけで、次回はディクソンへの手紙を解説しよう。
いよいよこのシリーズも佳境だね。
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