第14回:なぜディクソンのママはドナルド・サザーランドの映画と髪が好きなのか?『THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI(スリー・ビルボード)』徹底解説
- 2018.12.14 Friday
- 22:33
さて、「挙動不審なペネロープ」によって観客にアンジェラの存在を気付かせるシーンが終わると、物語は一気にスピードアップする。
「挙動不審なペネロープ」については前回をどうぞ。
「死んだ娘がメッセージを伝えようとしている」ということは、映画『スリー・ビルボード』において非常に重要な設定だ。
なぜならこの映画は冒頭からラストまで「アンジェラからのメッセージ」で埋め尽くされているのだからな。
それを登場人物たちが結局最後まで気付けないところが実に愉快で面白い。
だからこの映画の真の主役はアンジェラということになる(笑)
登場人物たちだけやのうて、ほとんどの日本人も気付けんかった。
なぜだろうね…
アンジェラ憑依前と憑依後のペネロープを見れば一目瞭然なのに…
あの爽やかなペネロープがあんなふうになっちゃったのは、下品なアンジェラが中に入ったからとしか考えられない…
オープンカーの助手席で爽やかに手を振っていた「きれいなお姉さん」ペネロープは、あんな「はしたない飲み方」をするわけないよな!
あれはペネロープじゃない!
間違いなく、育ちの悪いアンジェラだ!
いっそ「ペネンジェラ」とでも呼ぼうか(笑)
ですね。
さて、ペネンジェラ登場シーンの次に来るのは「ディクソンと母」のシーンだ。
ここも短い場面だけど、この映画の狂言回し役であるディクソンは、またもや重要な発言をしてくれる。
いつもテキーラを飲みながらテレビを見とるディクソンのオカンのキャラは最高やったな。
この時は赤い派手なシャツを羽織っとった。
あの顔とあのショートヘア―やさかい、どっからどう見ても年季の入ったレズバーのママさんや。
我々が日本に来たら必ずお忍びで行く新宿2丁目の店にもよく似た人がいる。
この日の彼女の服装も「伏線」なんですよね。
まずディクソンは、テレビで映画を見てる母にこんなことを言った…
ディ「おい、勘弁してくれよ!またドナルド・サザーランドか!何なんだこれは?今月はドナルド・サザーランド月間か?」
母「私は彼が好きだ。特にヘアーが」
ディ「ヘアー!?」
なんでディクソンは「髪」に驚いたの?
「ヘアー」という言葉が2つのジョークになっているんだよね。
まず「hair(毛)」としてのジョーク。
この場面でディクソン親子が観ていた映画『DON'T LOOK NOW(邦題:赤い影)』もそうだけど、ドナルド・サザーランドは長髪が魅力の俳優だった。
だけどディクソンのママの風貌はドナルド・サザーランドではなく、息子のキーファー・サザーランドそっくりなんだよ(笑)
アハハ!ホントだ(笑)
そしてもう1つの「ヘアー」は「hare(野ウサギ)」の駄洒落だ。
映画『スリー・ビルボード』では、様々なところに「hare」が隠されている。
例えば広告代理店の壁のポスターだったり、お土産屋の商品だったり…
春の風物詩「イースターラビット」とは「復活したイエス」の象徴だからね。
欧米人は、春になると巣穴から出て来る野ウサギを、春に墓穴から復活したイエスに喩えたんだよ。
だからこの映画にはウサギがたくさん出て来るんだ。死んだアンジェラの「復活」を伝えるために…
広告代理店ではミルドレッドの背後に何度もウサギが映り、土産物屋ではウサギの置物を投げつけられ、自宅ではウサギのスリッパを履いているのにな…
それでも気付かんフランシス・マクドーマンドは相当なトンマやな(笑)
フランシス・マクドーマンドがトンマなのではない!
ミルドレッドがトンマなのだ!
トンマなミルドレッドを見事に演じ切ったフランシス・マクドーマンドは二度目のアカデミー主演女優賞を獲得した!
二度の主演女優賞といえば、イングリッド・バーグマンやヴィヴィアン・リー、エリザベス・テイラー、そしてメリル・ストリープら錚々たる名が並ぶ!
フランシス・マクドーマンドはまさに歴史に残る大女優なのだ!
わかったか!このツルピカはげ丸め!
お、落ち着け公園兄弟…
なんでお前らが熱くなっとんねん…
ちなみに「ドナルド・サザーランドのヘアー」といえば「陰毛」のことでもある。
この日放送されていた映画『DON'T LOOK NOW(邦題:赤い影)』は、当時はタブーとされていたセックスシーンが話題となった作品だ。
他にもドナルド・サザーランドは数多くの映画で露出の激しい大胆な濡れ場を演じた。
残念ながら日本ではボカシ付きになってしまったけどね…
ちょっと懐かしい言い方をすれば「ヘア男優」ってところかな。
でもなんで数あるドナルド・サザーランドの出演作の中から『DON'T LOOK NOW』が選ばれたんだろう?
映画『スリー・ビルボード』に大きく関係してるからだよ。
ディクソン母子の会話はこう続く…
母「これは主人公の娘が死ぬ映画だ」
ディ「そいつは楽しそうな映画だな(笑)」
「主人公の娘が死ぬ映画」って『スリー・ビルボード』と同じじゃんか!
同じなのはそこだけじゃないんだ。
ドナルド・サザーランド主演作『DON'T LOOK NOW(赤い影)』において、主人公の娘は「湖(LOUGH)」に落ちたボールを拾おうとして、そのまま溺れて命を奪われる。
この時主人公は湖畔の別荘の中にいて、なぜか子供を危険な水辺に放置してたんだ。
そして『スリー・ビルボード』の主人公の娘は、家から追い出され、名前に「湖(LOUGH:ロッホ)」が入ったウィロビー(WILLOUGHBY)に命を奪われる…
ええ!?
そして『DON'T LOOK NOW(赤い影)』において、死んだ娘は霊体となり、重要なメッセージを主人公へ送る。
だけどそれを主人公が受け入れないので、老婆に憑依して直接言葉でメッセージを送った…
『スリー・ビルボード』でも、死んだアンジェラは母や弟にメッセージを送るが、なかなか上手くいかないので、ペネロープに憑依して直接メッセージを送ることにした…
うわあ…
さらに言うと、映画『DON'T LOOK NOW(赤い影)』において、死んだ娘はイエス・キリストに重ねられている。
彼女は赤いコートを着たまま水死し、その姿で常に主人公の幻覚の中に現れるのだ。
『スリー・ビルボード』でアンジェラが、ウィロビーの吐血で赤く染まったのと一緒だな。
これらはすべて聖書の中でヘロデがイエスに赤いマントを羽織らせたことの引用だ。
『イエスへの嘲笑』カール・ブロッホ
そして「小人」が重要な役割を果たすのも一緒。
実によく似た映画です。
でも、これって有名な映画なのか?
誰も知らないんじゃない?
イギリスでは超有名だ。
デヴィッド・ボウイ主演作『地球に落ちて来た男』のニコラス・ローグの初監督作だからな。
原作者ダフネ・デュ・モーリエの小説がヒッチコックによっていくつも映画化されてることもあり、アメリカでもサスペンスホラーの傑作として認知されている。
ただこの『DON'T LOOK NOW』は、キリスト教や宗教画の知識がないと理解するのが難しい。
だから日本では知名度がゼロに等しいんだ。
なるほどね…
さて、ディクソンの母は、愚かな息子にアドバイスをした。
どんなに批判をされてもミルドレッドが「スリー・ビルボード」を撤去しないので、別の方法を教えてあげたんだね。
ミルドレッドの支援者を逮捕して「お前のせいだぞ」と精神的に追い込むという作戦だ。
怒ったミルドレッドは警察署に乗り込んで保釈を求めるが、ディクソンは応じない。
ミルドレッドは「どうせママの入れ知恵でしょ?」と負け惜しみを言うのが精いっぱいで、悔しさを露わに警察署を後にした。
ディクソンはセドリック巡査部長に「よくやった」と褒められるが、自分のアイデアじゃないので挙動不審になる(笑)
カッコつけて上に投げたナッツを口に入れようとするんだけど、思いっきり外すんだよな(笑)
次のシーンはウィロビー家族の湖畔でのピクニック。
ウィロビーは『DON'T LOOK NOW』の主人公同様に、幼い子供を危険な水辺に放置してどこかへ行ってしまう。
アメリカでこんなことをしたら児童虐待で逮捕されるよな。
実はウィロビー夫妻は頭がイカレている。
幼い子供を放置することに寛容な日本人は気付かなかったようだがな…
そういえば奥さんのアンは、路上に駐車した車の中に子供たちを残して、ミルドレッドの土産物屋に行ってたな。
あれもアメリカではダメなんでしょ?
そうだね。あれもやってはいけない。
パチンコ店の駐車場じゃないけど、車内に子供を残したままどこかに行くことは危険な行為だ。
そして映画『スリー・ビルボード』の冒頭シーンに登場するオンボロ看板には「LOUGH(湖)」の絵が描かれていた。
あの3枚のボロ看板には「WILLOUGHBY(ウィロビー)がアンジェラ殺しの犯人」というメッセージが隠されていたんだったな。
詳しくは第3回を。
そして湖シーンの次は、再びアンジェラの登場となる。
今度は「スリー・ビルボード」の前で、母ミルドレッドに「ウィロビーが犯人であること」を伝えようとするんだ。
鹿に憑依してね。
あれもアンジェラ?
証拠あるの?
鹿が現れたのは、ミルドレッドが看板下の植木鉢の手入れをしている時だった…
これが何よりの証拠だね。
どゆこと?
英語で植木鉢は「POT」。
そして死んだアンジェラの大好物も「POT」だった。
アンジェラは人生最後の日に、母ミルドレッドからこう言われたのだ…
「あなたは一日中POT(マリファナ)の臭いをさせている!」
ああ…
大麻と植木鉢はどっちも英語で「ポット」なのか…
だからミルドレッドが植木鉢の手入れをしている時に、アンジェラは「鹿ンジェラ」になって現れたんだね。
最後の日に自分のことを「POT臭い」と言った母に気付いてもらうために…
「ペネンジェラ」の次は「鹿ンジェラ」か…
「虫ンジェラ」と「馬ンジェラ」もお忘れなく…
冗談はさておき、アンジェラが鹿になってあそこに現れたのは、ミルドレッドに言わせた「ある預言」を成就させるためでもあった…
スリー・ビルボード前で撮影された地元テレビ局のインタビューで、女性レポーターとミルドレッドはこんな言葉を繰り返したんだ…
The buck stops at Willoughby.
ウィロビーは責任を取らなければならない
だが、この言葉を直訳すると、こういう意味になる。
鹿はウィロビーのところで止まる
そして鹿が止まったところにあった看板は…
「まだ逮捕されないの?」
ミルドレッドは、看板を見つめる鹿に向かって、こんなこと言ってたよね…
「そう。まだ逮捕されないのよ…」
そしてこんなことも言った…
「なぜ私の前に現れたの?」
笑えるね(笑)
自分で「The buck」が「stops at Willoughby」するって言うたくせに…
どこまでトンマなんやフランシス…じゃなくてミルドレッドは…
もしかしたら、あの時アンジェラは女性レポーターに念を送ったのかもしれないな。
「鹿はウィロビーのところで止まる」という言葉を言わせるために…
この映画では「犯人の名前を直接出してはいけない」という「縛り」があるので、いろいろ知恵を使わなきゃいけない。
そこが面白いんですね。
冒頭でディクソンがあんな鼻唄を歌ったせいだ!
あの『THE STREETS OF LAREDO』の歌詞のせいで、こんな面倒なことになってしまった(笑)
さて、今回はこのへんにしておこう。
次回はABBAの『チキチータ』とウィロビーの手紙を解説しよう。
多くの人に誤解されている部分だからね。
お楽しみに!
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