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第13回:アンジェラとペネロープ 『THREE BILLBOARDS OUTSIDE EBBING, MISSOURI(スリー・ビルボード)』徹底解説

  • 2018.12.13 Thursday
  • 14:19

 

 

 

 

 

さて、今回は

 

「ミルドレッドの回想(アンジェラとの親子ゲンカ)」

「病院を抜け出すウィロビー」

「ペネロープ登場(元夫チャーリーとの夫婦ゲンカ)」

 

という一連の流れを解説しよう。

 

 

前回の「取り調べと吐血」の解説はコチラです。

 

 

 

「家族でケンカ(回想)⇒病院のウィロビー⇒家族でケンカ(現在)」やな。

 

せやけどなんで脚本家のマーティン・マクドナーは、過去と現在の家族喧嘩の間にウィロビーを挿んだんやろか?

 

 

元夫チャーリーとペネロープを交えた家族の喧嘩シーンの内容は、アンジェラとの喧嘩や末期癌のウィロビーが伏線になっているからだよ。

 

この3つの場面は別々のようで実は繋がっているんだ。

 

 

マジで?

 

 

では順を追って見ていこう。

 

まずはミルドレッドの回想シーンから。

 

車を貸してくれと頼むアンジェラとそれを断る母ミルドレッド、そして女二人の罵り合いにうんざりするロビー君が登場する。

 

ミルドレッドはこの罵り合いの最後にアンジェラへ「あんたなんてレイプされればいい!」と言ってしまう。

 

そしてこれが娘への最後の言葉になってしまったんだね…

 

 

 

これはへこむな。

 

 

さて、ここでの会話で重要なのは「アンジェラの臭い」についてだね。

 

ミルドレッドはこう言った…

 

 

「お前は一日中マリファナの臭いをさせている」

 

 

この映画において「臭い」は重要なキーワードだ。

 

「葉っぱ臭さ」は物語を読み解くヒントになっている。

 

 

ウィロビーが死ぬ前に妻と交わした最後の会話も「馬の臭い」と「ゲロの臭い」だったからな。

 

 

そういえばそうだった…

 

 

そして次は病院のシーン。

 

仲睦まじいウィロビー夫妻が微笑ましかったよね…

 

 

 

ウィロビーのハゲオヤジはニヤケ顔で若い嫁のケツをめっちゃ撫でとったよな。

 

 

医師から数日間の入院を伝えられたけどウィロビーにはそんな気はなく、それを察した妻のアンは上着を取りに行く。

 

そして、ひとりになったウィロビーの表情が一変する…

 

 

 

なんかすっごく悲しそう。

 

 

この時に自殺を決意したんだろうな。

 

ミルドレッドの顔面に吐血してしまったことで、アンジェラを徹底的に燃やした理由がバレる可能性が高まった。

 

いや、「もう気付かれるのも時間の問題だ」と観念したに違いない…

 

だからミルドレッドを一気に窮地に追い込む作戦を選択したのだ…

 

文字通り「捨て身」の作戦に…

 

 

そして次のシーンは「家族4人の再会の時」だ。

 

この映画の中において唯一「家族4人」が揃う瞬間だね。

 

 

そう言われると超重要なシーンっぽく思えてくる!

 

 

「超重要っぽく」ではない。「超重要」なのだ。

 

 

この場面は、まずミルドレッドとロビーの朝食シーンから始まる。

 

ミルドレッドがロビーの顔面にシリアルを飛ばすんだね。

 

 

 

あれは何だったの?

 

 

顔面にウィロビーの吐血を浴びたことが、ミルドレッドの中でひっかかっていたのかもしれないね。

 

ただそれが「なぜひっかかっているのか」わからない。

 

だからイライラしてロビーにあんなことをしたんだ。

 

もしくは、コーエン兄弟の『RAISING ARIZONA(赤ちゃん泥棒)』でも、ジョン・グッドマンがシリアルをスプーンですくって投げるシーンがあるんだけど、それと関係あるのかもしれないな。

 

 

だけど、なぜジョン・グッドマンがシリアルをスプーンで投げたのかは、僕にもわからない…

 

あれはどういう意味があったんでしょうかね、公園兄弟さん?

 

 

そ、そんなこと俺たちは知らん…

 

なぜなら俺たちは公園兄弟であって、コーエン兄弟ではないからだ…

 

 

そういえば、ウィロビーが奥さんに「君がこの手紙を読む頃は…」という置手紙を書いてたけど、その文面が『赤ちゃん泥棒』でニコラス・ケイジ演じる主人公ハイが奥さんのエドに書いていた置手紙とそっくりの内容だったな。

 

間抜けなハイは置手紙を書いている途中で眠ってしまい、起きたら昼で、置手紙の意味がなくなったけど(笑)

 

 

 

しかもラストは『赤ちゃん泥棒』が「ユタ?」で、『スリー・ビルボード』は「アイダホ?」や。

 

 

『スリー・ビルボード』には、この『赤ちゃん泥棒』のネタがたくさん使われているんだ。

 

脚本・監督を務めたマーティン・マクドナーは、よっぽどこの映画が好きなんだろうね(笑)

 

 

さて、シリアルをかけられたロビーは、母ミルドレッドに「old cunt(クソババア)」と言った。

 

正確に訳すならば「腐れマ〇コ」だけどね…

 

それに対してミルドレッドはドヤ顔で「私のはまだoldじゃない」と言い返す。

 

 

親子でなんちゅう会話してんねん。

 

 

これはミルドレッドとアンジェラの罵り合いのシーンで、イラついたロビーが「生理中のcuntには、うんざりだ」と言ったことの続きになっているんだ。

 

 

ミルドレッドとアンジェラが声を揃えて「ヘイ!」って叫ぶところだな(笑)

 

 

この映画は「差別表現」や「放送禁止用語」とされる言葉が、実にリアルに生き生きと使われている。

 

しかもそれが「ただの汚い言葉」ではなく物語のキーワードにもなっている。

 

だから欧米の映画祭において、脚本や演技が高い評価を得たんだよ。

 

やっぱりそこは大切にして日本語字幕を付けて欲しかった。この映画の肝だからね。

 

ロビー君によって連発される「cunt」には「生理中の女性の血の臭い」という意味が込められていて、アンジェラ殺害事件の鍵となる「血」につながっているのだから…

 

 

計算し尽くされた英語の文章を、完全な異言語である日本語に訳すのは不可能だ。

 

あのカズオ・イシグロもそう言っていた。

 

 

さて、ミルドレッドとロビーが子供じみたケンカをしていると、家の外に車が止まった音が聞こえた。

 

ロビーは「パパだ!」と言って玄関へ走っていく…

 

 

 

あれ?こんないい車に乗ってたんだ。

 

 

どうやらチャーリーは、警察官を辞めてから「なぜか」金回りがよくなったみたいだね。

 

だからウィロビーはチャーリーからミルドレッドへの金銭的援助の有無を心配していたんだ。

 

いくらミルドレッドを追い込んでも、チャーリーが広告代金を払ってたら意味無いから…

 

さて、ロビーは硬い表情で助手席のペネロープに手を振った。

 

母ミルドレッドは彼女を毛嫌いしてるから、ちょっと嫌な予感がしたんだろう…

 

 

だけどペネロープは笑顔で手を振り返した。

 

 

 

そりゃあ中身は姉だもんな。

 

 

でもね、たぶんこの時はまだアンジェラは入っていない。

 

まだ憑依する前…、つまりこれは素のペネロープだ。

 

 

ええ!?なんでそんなことわかるんだよ!

 

 

いづれわかる。

 

ちなみにペネロープの手首をよく見てみろ。何か気付かないか?

 

 

 

ああ!「魚」らしきタトゥーが!

 

あの形はギリシャ語で「救世主イエス・キリスト」を意味するイクトゥス…

 

 

 

このタトゥーは、死んだアンジェラが「ナザレのイエス」で、ペネロープが「復活したイエス・キリスト」の役割であることを意味しているのだろう。

 

 

さて、チャーリーとミルドレッドは激しく罵り合う。

 

そしてミルドレッドが「あの女の臭いがここまでしてくる」と言ったことで、チャーリーはぶち切れて、元妻の首を締め付けた。

 

 

するとロビーがすかさず包丁を手に父チャーリーの背後をとり、首筋に刃をあてて「彼女を放せ」と言う…

 

 

 

どんな修羅の家族だよ…

 

リアル畜生道じゃんか…

 

 

まさにね。

 

マジで家族の危機だ。一歩間違えば血の惨劇…

 

 

この危機を救えるのは、ただひとりだけ…

 

「元4人家族」の残りのひとり…

 

 

待ってました!アンジェラ、カモ~ン!

 

 

 

この危機的状況を見て、アンジェラは慌ててペネロープに憑依したんだね。

 

そしてトイレを借りるふりをして家族の喧嘩を止めに入ったんだよ。

 

だからペネロープの言動が変だったんだ。急に憑りついたせいで(笑)

 

 

 

あの妙な動きとポーズは、そうゆうことだったのか(笑)

 

そういえば、さっきと顔つきも全然違う…

 

 

ビフォーアフターを比べてみればわかる。

 

アンジェラが入ったペネロープは、ちゃんとアンジェラっぽい顔つきになっているんだ。

 

まさに「アンジェラ、インサイド」だな。

 

 

 

 

助手席で手を振っとった時の「きれいなお姉さんは好きですか?」エッセンスが跡形もなく消えとるやんけ…

 

 

 

完全にアンジェラみたいに頭悪そうな顔つきになってるね…

 

 

出番は少ないけどペネロープを演じたサマラ・ウィーヴィングの演技は見事だと言える。

 

そして彼女が「お邪魔だったわよね?」と言って玄関から出て行こうとすることも重要だ。

 

あれには「レイプされても知らないから!」と言いながら玄関を飛び出したアンジェラの最後の姿が重ねられている。

 

 

なるほどね。だからこの場面の前で回想シーンがあったわけだ。

 

 

ペネロープのセリフの内容も面白いよ。

 

ペ「ええ、その、ちょっと、お手洗いをお借りしたいんだけど…もしお邪魔じゃなければ…でもその感じだとどう見てもお邪魔よね…お邪魔だってことは十分わかるわ…でも大丈夫…我慢できるから…」

 

 

ペネロープって、すっごく独特の喋り方だよね。

 

文章の切れ目がわからないし、同じ言葉を何度も何度も繰り返す。

 

しかも自問自答でずっと喋ってる(笑)

 

 

これはジェームズ・ジョイスの『ユリシーズ』が元ネタだろうな。

 

『ユリシーズ』の最終章である第18章は『ペネロペイア』というタイトルで、モリーという女が句読点のない文章で独白を延々と続ける。

 

しかも同じ単語が矢鱈と繰り返されるんだ。

 

 

ジョイスはマーティン・マクドナーと同じアイルランドの国民的作家ですからね。

 

さて、突然現れたペネロープの奇妙な言動に呆気にとられた三人は、彼女がトイレに行ったあと、黙々と部屋を片付け始める。

 

刃傷沙汰一歩手前だったのが嘘のように…

 

 

 

絶妙なタイミングでの介入だったな、アンジェラは。

 

グッジョブ!👍

 

 

超ウケる!

 

死んだアンジェラが非常事態を救ったのに、みんな意味がわかってない(笑)

 

 

ホント笑えるよね。

 

さて、脱力してイスに腰かけたミルドレッドは、元夫のチャーリーにこう言った。

 

 

ミ「もう気が済んだでしょ?あの動物園臭い娘と出て行って」

 

 

するとペネロープがいつの間にか戻っていて、緊張しながら口を挿む…

 

 

ペ「あの…まさにその《動物園》に関してなんだけど…《動物園》は人員削減に踏み切ったのよね…残念なことに…いわゆる《Last in, first out》(最後に入って来た者が最初に出て行く)ってやつで…だから…そう、《動物園》は私を追い出すことになったの…。だけど彼らは行き先を紹介してくれて…体の不自由な人向けの乗馬クラブで…馬の面倒を見る仕事に…そういうわけで私は今そこにいるの…だけど馬って体が不自由で…だから…」

 

 

このペネロープの独白をミルドレッド、チャーリー、ロビーの三人は頷きながら聴いていた。

 

だけど最後のところで「?」となるんだ…

 

 

 

ん?どゆこと?

 

 

ペネロープは最初「体の不自由な人向けの乗馬クラブ」と言ったのに、その次には「馬の体が不自由」と言ったんだ。

 

「体の不自由な人向けの乗馬クラブ」とは「末期癌で倒れたウィロビー署長の家の厩舎」のこと。

 

ペネロープというかアンジェラは、あそこにいた馬に憑依してウィロビーを偵察していたんだよ。

 

だからつい口を滑らせてしまったんだね。馬の体はアンジェラにとって不自由であることを…

 

そして三人は「は?」って思ったんだ(笑)

 

 

ちなみに二頭いたうちの、前髪が特徴的な方の馬がアンジェラだ。同じ髪型だからな。

 

 

 

確かに髪型が一緒…

 

 

そしてペネロープが「リストラ」された《動物園》とは、このヘイズ家のことを指している。

 

「最後に入って、最初に出て行く」とは、まさに4人家族の中での「出番」のことを言っているんだ。

 

ペネロープは一番最後に家に入って来て、一番最初に退場するからね…

 

しかもこの家の人間は、血の繋がった相手にも牙を剥くという、まさに動物レベル(笑)

 

 

英語の「zoo」には、刑務所のように「野蛮な連中が集うところ」とか、幼稚園のように「野性的で無秩序なところ」いう意味もあるからな(笑)

 

 

うひゃあ…

 

なんで気付かないんだよ、ヘイズ家の間抜け共は…

 

 

それが彼らの「zoo」たる所以だ(笑)

 

ペネロープが退場した後のやり取りも最高にマヌケで面白いから解説しよう。

 

「しまった!」と思ったペネロープがそそくさと去った後、しばらく沈黙があり、まずチャーリーが辛そうに口を開く。

 

 

チャ「何も言うな…」

 

 

ミ「何も言っていない…」

 

 

チャ「俺が平気でいるとでも?俺だって辛いんだ…」

 

 

チャーリーは椅子に腰かけて、涙を堪えながら、声を振り絞るようにこう言った。

 

チャ「あいつがここにいてくれたら…」

 

 

そんなチャーリーの姿にミルドレッドは手を取って優しく答えた。

 

ミ「わかってる…わかってるわ…」

 

 

 

また「わかってない」よ!

 

チャーリーは娘と毎日会っているどころか同棲してるんだぞ!

 

ミルドレッドの鈍感ぶりは、ウィロビーの吐血の時と一緒!

 

 

虫になったアンジェラがひっくり返ってアピールしてた時も気付かなかったしな(笑)

 

 

最高に笑わせてくれるよね。

 

さて、このマヌケな元夫婦のボケ演技は、まだまだ続く。

 

せっかくアンジェラのお陰で、手と手をとっていいムードになったのに、また口喧嘩を始めるんだ…

 

 

チャ「あんな広告を出してもアンジェラは生き返らない」

 

 

ミ「19の小娘と寝てもね…」

 

 

チャ「ああ…そんなことくらい知っている!」

 

 

 

お前が毎晩いっしょに寝てる女の中身がアンジェラなんだよ!

 

お前は小林薫だ!東野圭吾の『秘密』を読んで早く気づけよ!

 

 

そしてミルドレッドに「出て行って」と言われ、立ち上がってこう吐き捨てた

 

 

チャ「俺はクソみたいに最低な父親だ…」

 

 

 

そこだけは間違ってない…

 

ほとんど実の娘ともいえる女と寝てる父親だから…

 

 

そしてオチがこれだ。

 

 

チャ「だが、アンジェラが亡くなる一週間前に俺のところに来て《パパと一緒に暮らしたい》と言ったのは、どういうことだろうな?」

 

 

ミ「あんたの言うことなんか信じない」

 

 

チャ「俺はこう言ったさ…《家に居ろ。ママはお前を愛している》とな…。だが今はそれを後悔している…。あんなこと言わなかったら、娘は死なずに今も生きてたんだ!」

 

 

 

もしかしてアンジェラは、ペネロープを使って願いを叶えているとか…?

 

 

どうやらそのようだ…

 

死んでしまったことはしょうがない。

 

なら、せめて生前に出来なかったことを楽しむくらい、罰は当たらないよね?

 

きっとアンジェラは父の愛に飢えていたんだよ…

 

夜のゲッセマネの園で天の父に愛を求めたイエスのように…

 

 

そうゆうことだな。

 

 

なるほど…

 

 

そしてチャーリーは「嘘だと思うならロビーに聞いてみろ」と言い残して去ってゆく。

 

ミルドレッドはロビーに「そうなの?」と尋ねる。

 

ロビーは「知らない」とだけ答えた…

 

 

その態度があまりにもワザとらしかったので、ミルドレッドは気付いてしまう…

 

ミ「あなた、知ってたのね…」

 

 

 

これが、助手席のペネロープに手を振ったことに繋がるわけだな。

 

そしてロビーが知っていたことは、それだけではない。

 

ロビーは姉アンジェラが念を使ってメッセージを送って来ていることに、何となく気付いていた。

 

だから母ミルドレッドと違って、惜しいことを何度も口にしてたんだ。

 

 

いや~、このシーンで色々繋がったな。

 

 

ということで、今回はここまでだ。

 

次回はいよいよ「ウィロビーの死と手紙の謎」を解説するよ。

 

お楽しみに!

 

 

 

 

 

 

 

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