「平成終了のタイミングで何か書きたいと思ったんです。評論やノンフィクションではしっくりこなかったのが物語ならすらすら書けました」と著書『平成くん、さようなら』について話す古市憲寿さん。
平成の終わりとともに安楽死することを望む平成(ひとなり)くん。それを受け入れられない彼の恋人、愛の視点から物語は進む。
「平成くんの超合理的で天才的なところは、本人の一人称では書き切れない。他人から見た平成くんならギリギリ書けるかと思いました」
この平成くん、若き文化人である点など著者を彷彿させるが、
「僕と部分的に重なるところはあるけれど、彼のほうが冷静で論理的」。有名人や商品名、場所などの固有名詞がたっぷり盛り込まれるのも特徴だが、「平成という時代を象徴的に描くために固有名詞をたくさん使いました。『ウーマナイザー』とか『林真理子』とか。ただ、普通の小説なら固有名詞にするところを、逆にぼかしてあったりするんです。大事なところで余白を作りたかったんですよね」
安楽死というテーマについては、
「去年の夏、オランダの友人宅に行ったら黒猫がいて、『その子は病気だから来週安楽死させるんだ』と気軽に言われて。僕はそんなふうにポップに死を決定できる世界もいいと思う。ただ、周囲に悲しむ人がいる時、死を自分だけで決めていいのかどうか。それをノンフィクションで書くと、反対意見を論破するような内容になってしまう。小説のほうが両論を対等に描けるんですよね」
愛の心は揺れ動く。誰かが生きたことを憶えていることの大切さについても二人は対話するが、
「今は人が一人死んでもスマホがあれば、写真や動画など、その人の膨大な情報がアーカイブとして残される。平成という時代についても、すでに大量のアーカイブが残されていますよね。そういう意味で、今は人が死ぬことも平成という時代が終わることも難しい」
二人はどのように平成を終えるのか。古市さんご自身は、平成の終わりに寂しさを感じるという。「時間の経過」に感傷を抱くタイプだそう。
「昔から、落書きにすら日付を入れて残そうとする習慣があったくらい。すべてのものに寿命があるという事実の中で、せめて何か記録しておきたいんです。だから、この小説も残せてよかったです(笑)」
『平成くん、さようなら』 安楽死が合法化された日本。平成元年生まれの文化人、平成くんは改元をひかえた今、死を選ぶという。恋人の愛は真意を知ろうとするが…。文藝春秋 1400円
ふるいち・のりとし 社会学者。1985年生まれ。著書に『絶望の国の幸福な若者たち』『保育園義務教育化』『大田舎・東京 都バスから見つけた日本』など。本作が初の小説単行本となる。
※『
anan』2019年1月2・9日号より。写真・中島慶子(古市さん) 大嶋千尋(本) インタビュー、文・瀧井朝世
(by anan編集部)