イノベーション書房が設立第1弾で出版する新刊本のタイトルは「君の名は。」!?
大手出版社で敏腕編集者としてならしたAさんは、新刊の編集方針で会社と対立し、この秋、独立して新しい出版社「イノベーション書房」を立ち上げました。
Aさん 「あんなわからず屋で保守的な上司のいる会社は辞めて清々したよ~。これからは思う存分、自分が納得できる本を世に送り出すぞ!なあ、Bくん!」
Bくんは、Aさんが見込んだ若手編集者です。Aさんに誘われて一緒に前の出版社を辞めて、イノベーション書房の社員となったのですが、すっかり自由になったAさんの編集方針は奔放で、Bくんは、毎日、Aさんの気まぐれな要求に必死に応えてがんばっています。
そんなある日、Bくんが、イノベーション書房の期待の第1弾となる本の原稿をチェックし、Aさんのデスクまでその原稿を見せに行きました。
Aさん 「さすが、オレがその才能に惚れこんだC先生だな!面白い!面白すぎる!!」
Bくん 「ですよね!直木賞も狙えるんじゃないですか!?」
Aさん 「タイトルの『君の名は。』ってのもいいね!」
Bくん 「…でも、このタイトル、どこかで聞いたことがあるんですが…?」
Aさん 「オレはまったく聞いたことないぞ!このタイトルで決まり!!内容もばっちりだし、すぐに出版するぞ!」
大ヒット映画と同じタイトルの新刊本は、たちまち社会の非難の的に…
数ヶ月後、C氏の新刊『君の名は。』は、全国の書店に平積みされ、アマゾンでの販売も上位にランキングされました。「やった!」と活気に沸くイノベーション書房でしたが、アマゾンのコメント欄に寄せられた意見を見て、Bくんは驚きの声を上げました。
Bくん 「Aさん!うちの会社の本のタイトルがパクリだ、パクリだって大騒ぎですよ!!なんでも『君の名は。』っていう同じタイトルの映画が今年スーパーヒットしたらしいです!」
Aさん 「そんな有名な映画なのか!?」
すると間もなく、会社の電話が鳴り始めます。「著作権侵害だぞ!」と怒る市民の声。お叱りの電話が次から次へと掛かってきて、イノベーション書房は対応にてんてこ舞いです。
Bくん 「C先生に確認したら、『いやー、映画が面白かったんで、ついタイトルを拝借しちゃったよ~。』なんて言ってました。Aさん、もうダメです。この感じだと、販売した本は全冊回収で、映画会社からは損害賠償請求で訴えられて、C先生にも賠償能力はないから、うちは倒産です。」
Aさん 「なんてこった。タイトルが同じだけでもやっぱり著作権侵害なのか…?」
映画・楽曲・本のタイトルには原則として著作権は認められません
著作権とは、「著作物」を保護する権利です。つまり「著作物」でなければ、著作権は発生しませんので、誰でも自由に利用することができることとなります。
それでは、AさんやBくんが心配するように、映画や本のタイトルも「著作物」となり、C氏が新刊に「君の名は。」というタイトルをつけた行為は、著作権侵害になるのでしょうか?
「著作物」と認められるためには、著作権法では、その要件のひとつとして「創作性」があることが求められています。そして、一般的には、俳句などを除いて、映画・楽曲・本のタイトルのように「極めて短い表現」については、創作性が低いという理由で、著作物としては認められないとされています。
しかし、「君の名は。」はさておき、人気ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」のタイトルなどは、非常に特徴的で、ドラマの視聴率の高さにも少なからず貢献しているといえるので、創作性は高いと思う人も多いかもしれません。ただ、もし、このような「極めて短い表現」を著作物として認めてしまうと、後世の人たちは、すでに社会にあまた存在する「極めて短い表現」と同じような表現をとることができなくなってしまいます。そうなると、後世の人たちの表現の選択は大幅に限定され、新しい創作活動に大きな支障が生じることとなるでしょう。文化の健全な発展のためには、映画・楽曲・本のタイトルに著作権が認められないことは、やむを得ないと言えそうです。
そもそも、映画「君の名は。」については、戦火の中、真知子と春樹が数寄屋橋での再会を誓いながら、すれ違いでなかなか逢えず、多くの国民をやきもきさせたという昭和の伝説的ドラマ「君の名は」とほぼ同じタイトルをつけています。これは、昭和のドラマ「君の名は」のタイトルに著作権が認められていないおかげで、2016年の大ヒット映画「君の名は。」はほぼ同じタイトルをつけることができたわけです。つまり、タイトルを決めるにあたって表現の選択が限定されなかったために、「君の名は。」という素敵なタイトルで、新しい名画が誕生したことになります。
なお、映画・楽曲・本のタイトルは、すべて著作物でないというわけではありません。極端な例ですが、俳句そのものが本のタイトルになっていれば、当然にそのタイトルは著作物として認められます。タイトルが相当程度に長く、創作性が高いと認められるものは、個別に検討して、著作物と認められる余地は少なからずあることとなります。
著作権侵害にならなくても、不正競争防止法に違反するケースがあります!
また、映画・楽曲・本のタイトルに著作権がないからと言って、有名なタイトルをまったく自由に使っていいというわけではありません。イノベーション書房の新刊「君の名は。」という本が、大ヒット映画「君の名は。」の作者や映画会社と関係があると誤解されるような方法で販売した場合は、著作権侵害にはならなくても、不正競争防止法で処罰されるおそれがあります。
著作権に詳しい弁理士に相談したAさんは、「君の名は。」というタイトルに、著作権侵害の問題はないとわかってひと安心しました。そして、不正競争防止法の問題もクリアするため、念のため、表紙に「映画『君の名は。』とは関係ありません。」と注意書きを記して、本の販売を継続しました。新刊「君の名は。」は、その内容の面白さにAさんが太鼓判を押しただけあって、ベストセラーとなり、イノベーション書房は幸先の良い船出となりました。
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