Ask the Professor

生きるエネルギーについて──凱風館主、内田 樹の「ぽかぽか相談室」第17回

この難き世をいかに生きるか? 思想家にして武道家、相談名人のウチダ先生があなたのよろず相談にお答えします。今月は「ブラック企業の見分け方」と「鬱」について。

文: 内田 樹 イラスト: 須山奈津希

Q. ブラック企業の見分け方を教えてください。

内田 樹|うちだ・たつる
思想家、武道家(合気道7段)、神戸女学院大学名誉教授。相談の達人。ブログ「内田の研究室」主筆。凱風とは、「南からやわらかに吹く風」の意。

まともな企業とブラック企業の区別なんて、皮膚感覚でわかるはずです。ゾウリムシだって、自分のエサと自分をエサにするやつの区別はつきます。ブラック企業がわからないということは捕食者が自分を食べに近づいてきたときに、自分から進んでその口の方に近づいてゆくということですからね。それって、生存戦略の精度がゾウリムシ以下ということですよ。悪いけど。生物としての機能が働いていない。初任給がいくらだとか、半年で店長になれるとか、海外勤務があるとか、脳に入ってくる数値や情報だけで状況を判断するから、身体が「ここにいると生命が衰えるよ」というアラームを発していても、それに気づかないんです。ブラック企業に入ってしまう人は、「生物として弱い」ということです。

でも、気の毒なのは、今ではかなりの大手でもブラック化しているということです。「ブラック化」というのは、特に企業の体質が邪悪になっているということではなくて、長期にわたる経営戦略がないということです。ブラック企業だって、自分たちの従業員を骨までしゃぶるようなあくどい商売をしていたら、いずれ悪評が広まって社会的信用を失うことになるわけです。だから、ふつうは「短期的な収益は上げられても、長い目で見たら損だ」という判断をする。でも、ブラック企業はそういう判断をしないんです。それは「長い目で見たら」という基準を持っていないから。

今の日本の株式会社は平均寿命が7年です。アメリカで5年。余命7年の生物に向かって「そんなことやっていると10年後にはひどいことになるぞ」と説教するのは無意味です。僕が「そんな不健康な生活をしていると100年後には死にますよ」と脅かされても気にしないのと同じです。

グローバル企業には「長生き」することに価値があるという発想なんかないんです。アップルやグーグルがあと10年後に存在するかどうかなんて誰に断言できます? 存在する方に首を賭けてもいいという人が何人いるか。でも、それは当然なんです。グローバル企業にとっての最優先事項は「長生きすること」ではなく、今期の収益、今の株価だからです。長期にわたって安定的に雇用を創出し、顧客に良質な商品を提供し、地域経済を潤し、祖国の国庫に法人税を納めて社会貢献するというようなことは考えていない。そして、そういう企業が国際競争に勝ち残ってゆく。だから、企業がブラック化するのはある意味で自然過程なんです。

それでも、そのトレンドに抗して「まともな経済活動」をしようとしている経営者はいます。就活する人はそういうまともな経営者を生物的直感で探り当てるしかないですね。

Q. 地方の大学4年生の弟が鬱になったようです。母はなんとかがんばって就職してほしいと願っている。父は大学をやめて家に帰ってきたらどうかといっています。僕は両親に頼まれて弟の様子を見に行くのですが、そのとき弟にどういう態度をとったら一番よいでしょうか。


鬱というのは原因ではなくて結果です。「鬱になった、さあ、どうしよう」という話ではありません。あれこれあった末の、ひとつのソリューションとして採択された病態です。鬱というのはご存知のように、非活動的になるということです。要するに、「あなたは自分の限界を超えて長期にわたって心身を酷使してきたので休みが必要です」ということです。だから、体が命じる通りにお休みすればいいんです。

鬱の人に向かって、あと1年がんばって卒業しろとか就活しろとかいうのは言語道断です。家に帰って家業を継げとかいうのも論外。今以上に活動的になれというようなアドバイスは鬱患者に対してありえません。とにかく休ませてあげること。

とりあえず休学でいいんじゃないですか。ただ、自殺の心配がありますから、それは十分に注意しておくこと。気遣いは必要だけれど、べったり寄り添って、「がんばれ」とか励ましたりするのは禁忌です。

できたら精神科医に診てもらった方がいいです。特に不眠症は本人もつらいので、睡眠薬を処方してもらうといいと思います。

ともかく、なにもしない。安静にしている。「鬱は心の風邪」と言いますけれど、それも一理あって、風邪をひいたときと同じように、外に出ないで、家でじっと寝て、栄養を取りなさいということです。

学生の鬱でも、たぶん原因は人間関係でしょう。人間というのは周りの人との接触のなかで「生きる力」をもらってくるわけですから、孤立した生活が長く続くと、しだいに衰えてくる。ちょっとした気遣いとか、ちょっとした好意とかが人間に生きる力を与えているんです。「愛している」とか正面切って言われるのじゃなくて、「はい、お茶」くらいのレベルでの気遣いでも、日常的に浴びていると、だんだん生きる力がわいてくる。そういう触れ合いがまったくないと生きる力が失われてゆく。

ですから、細やかな気遣いをしつつ、放っておく。難しいけど。「オレはお前のことをすごく心配してるんだ」というようなことは言っちゃダメです。それは「だから、オレのために……をしろ」という新たな「仕事」を要求することになりますから。朝起きたらご飯が炊けていたとか、冷蔵庫を開けてみたらプリンが入っていたとか、そういう「地下室のこびとさん」的な気遣いだけでいいんです。

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Author:
内田樹
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