はじめに 富山シティフィルハーモニー管弦楽団では、2003年6月29日の演奏会でワーグナーの「ニーベルングの指輪」オーケストラ・ハイライトを演奏します。全曲をつないでひとつの管弦楽曲のように演奏するのは、指揮者の吉田裕史氏によれば「おそらく本邦初」ということで、それなりにすごい選曲だと自負しています。(この前日に、横浜で日本フィルがマゼール版で演奏していたそうです。よって、「本邦初」は逃したことになります) さて、今回の演奏版の詳細及び他の版について、記録としてこのコーナーに残しておきたいと思いますので、どこかで演奏する時に参考になれば幸いです。 2006/9/10 RING視聴記 「ブリュンヒルデの自己犠牲~終曲」を更新! 2006/9/3 RING視聴記 「ジークフリートの葬送行進曲」を更新! RING Highligts
準・メルクル版 ロリン・マゼール版 Henk de Vlieger版 RING管弦楽版試聴記 「神々の黄昏」~ブリュンヒルデの自己犠牲~終曲(ワーグナー) 2006.9.9 いよいよリングの管弦楽曲の演奏紹介の完結になりました。 私がこの部分のオーケストラのみによる演奏版の存在を知ったのは、大学生時代に水野修孝教授の作曲法の授業においてでした。音楽史と作曲技法の変遷に重点をおいた講座でしたが、純粋な作曲の勉強よりもどれだけ面白かったことか…。(水野先生と関わったその時の楽曲分析の方法やロマン派音楽への嗜好が今の私の音楽活動を方向付けたのかもしれません…。) その中でワーグナーの「指輪」を取り上げられたのですが、とりわけ水野先生は対位法の極みのようなこの終曲を気に入っておられたようでした。演奏はセル/クリーブランドoによるものでしたが、わずか6分足らずのこの曲の毒に私もすっかりはまってしまったものでした。 後年ようやく「指輪」の全曲を聴くに及んで、この終曲は「ブリュンヒルデの自己犠牲」と言われる部分から続くものだということを知りました。葬送行進曲の後に始まる第三場約30分の後半2/3くらいの部分なのですが、この楽劇のライトモティーフがたっぷりと使われているクライマックスでもあります。この部分に挑戦した指揮者はそれぞれの短縮版を使って演奏していますが、どれも個性があふれていて面白いと思います。 当然、版の確定したオーケストラ版の楽譜は出版されていませんが、それぞれオペラの全曲版をつぎはぎして楽譜を作ったであろうと思われます。(富山シティフィルでもそうしました。この作業がとっても大変でしたが…。) では、曲と演奏を紹介していきます。今回は演奏時間の長い順に見ていきます。 ダヴァロス/フィルハーモニアo(22’54) 第3幕第3場の後半2/3(Doverのスコアのp553下段6小節目から最後p615まで)をそのままソプラノのソロ入りでまるごと演奏しています。ここからだとかなり聴き応えがあります。 タバコフ/ソフィアso(20’09) 時間的にはダヴァロスよりも短いのですが、小節数ではダヴァロスを上回り、さらに5小節前から始まっています。この演奏の面白いところはソプラノのソロ・パートをすべて楽器で置き換えて演奏しているところです。常に同じ楽器ではなく、フォルテの部分ではトランペット、静かな部分では木管楽器や弦楽器で置き換えるなど変化を持たせていますが、歌のパートをただ置き換えて演奏するのが効果的かどうかは疑問が残るところです。 ストコフスキー/ロンドンso(19’33) 寸法としてはダヴァロスと同じですが、ソロは入りません。ただし、タバコフと違い必要に応じてソロ・パートを補っています。さすがオーケストラの魔術師と呼ばれたストコフスキーですから、メロディが全く抜け落ちてしまう場所などの効果的であろうと考えられる部分にしかソロ・パートを補っていないところが一見識です。また彼らしく終わり方もユニーク。四分音符で終わる弦楽器をずっとフェルマータで延ばして、楽譜上は管楽器だけが伸ばすことになっているところを全楽器で延ばし、管楽器、高弦、低弦の順で消えていくようにしています。永遠に続いていく物語をイメージしたのでしょうか、なんと20秒以上も音が続いていきます。 オーマンディ/フィラデルフィアo(7’26) ここからあとの演奏は、前半の部分をばっさりとカットしてDoverのスコアのp574下段4小節目から始まる演奏です。ソロ・パートは全く入っていませんが違和感を感じるところはありません。それだけワーグナーの書いたスコアが雄弁だと言うことを物語っているのですね。 セル/クリーブランドo(5’32) シュワルツ/シアトルso(5’25) オーマンディと同じところからスタートしてDoverのスコアのp577の2小節目から少しカットしてp587の2小節目へ飛びます。あとは楽譜通りに進んでいきます。富山シティフィルではこのやり方で演奏しました。 ドラティ/ワシントン・ナショナルso(4’34) ショルティ/ウィーンpo(4’32) さらにカットを施し、Doverのスコアのp592より始まります。これだけの長さだとこの楽劇の大団円としては少し物足りなく思います。ドラティ盤では冒頭にスコアにないティンパニとシンバルの一打が入ります。 その他 ハイライト版のマゼールとテ・ワールトは葬送行進曲から続いて、オーマンディよりも少し前のp574上段4小節目から続いてスタートします。葬送行進曲の終結の仕方が二人は異なっています。マゼールはホルンで終わり、テ・ワールトはティンパニのソロで終わります。 「神々の黄昏」~ジークフリートの葬送行進曲(ワーグナー) 2006.9.3 前回の更新からなんと2年以上も経ってしまいました。この葬送行進曲が終われば、残すは「終曲」のみです。がんばらなくては…。 この曲は「ワルキューレの騎行」とともにこの楽劇の中で最もポピュラーな曲です。楽劇「神々の黄昏」の第3幕第2場と第3場の間奏曲として演奏されます。 ワーグナーチューバが活躍する曲ともいわれていますが、この楽器が単独で使われている部分はごくわずかなのが実際です。冒頭のテーマもホルン4本とワーグナーチューバ4本の計8本によるオクターブのユニゾンです。ホルンらと一緒に使われてこそその音の魅力を発揮する楽器と言ってよいでしょう。(例外は以前紹介した「ヴォータンの告別」でのショルティ盤。テノールの歌の部分をそっくりワーグナーチューバで2本で演奏しています。) ワーグナーチューバを使わない演奏版もあるようです。(Kalmus社では編成の違う2種の版がカタログに掲載されています。) さて、演奏の仕方は根本的には変わりませんが、曲の冒頭に「運命の動機」を入れるか、ティンパニで始めるか、また、曲の終わりをオペラの通りにするか、それに続く演奏会用のエンディングにするかくらいの違いでしょう。あとテンポもあっさりと早めのテンポで行くか、粘りに粘って大緩徐楽章のようにやるかでずいぶん印象が変わってきます。 では、いくつかの部分に分けて曲と演奏を紹介します。 A-運命の動機 B-ティンパニから始まる本編 C-演奏会用のエンディング B-C…この演奏パターンが最も一般的でしょう。 ダヴァロス/フィルハーモニアo(10:42)…遅いテンポで雄大に曲を進めています。 オーマンディ/フィラデルフィアo(8:30)…冒頭ティンパニのソロを1小節カットしています。 テンシュテット/ベルリンpo…エンディングが通常の版と少し違っています。ティンパニのソロが挿入されたりしています。 セル/クリーブランドo…エンディングの最後が少しだけカットされて、終曲につながっていきます。 ストコフスキー/ロンドンso…盛り上がる部分でピッコロのアルペジオがやたらと聞こえてくるところが面白い。複数の楽器を重ねているのかもしれません。 A-B-C ドラティ/ワシントン・ナショナルo…運命の動機を2回演奏しています。 A-B ショルティ/ウィーンpo…ジークフリートの角笛の動機で突然終わっていますが、次のトラックの終曲にすぐにつなぐためか?私の持っている国内初期盤ではこの間に無音部分がありますが、編集ミスなのかも知れません。 Bのみ クレンペラー/フィルハーモニアo…角笛の動機の最後の部分をロングトーンで伸ばして弦楽器のピツィカートで終わります。 その他 シュワルツ/シアトルso…「神々の黄昏」から採った管弦楽曲を組曲にした版なのですが、第2場の終わりの「ジークフリートの死」の部分から続けて演奏されますので、「運命の動機」から始まっているとしていいでしょう。ホルンによる角笛の動機からすぐ終曲の部分につながっていきます。 「神々の黄昏」~夜明けとジークフリートのラインへの旅(ワーグナー) 2004.6.19 1年ぶりの更新となります。リングには2003年に富山シティフィルで演奏して以来、すっかりはまりこんでしまいました。最近ようやくその魔力から抜け出すことができたような気がします。 さて、私たちが2003年に演奏した中でも最もボリュームのある場面が今回紹介する曲です。オペラでいうと「神々の黄昏」の序幕の部分からとられています。有名な「ホルン・コール」が聴かれるのもこの曲です。(もっとも、「ホルン・コール」の初出はこの前の楽劇「ジークフリート」です。そこでは長大なソロが出てきます。) CDで聴けるこの曲の演奏版は定番がないと思えるほど、指揮者によって違います。オープニングからエンディングまで、人それぞれのカットや継ぎ足しをしています。(だから説明もしにくい…)私が持っておりCDもすべて組合せや細部が異なっていました。 いくつかの部分に分けて曲と演奏を紹介してみましょう。 A-夜明け…一般的にはティンパニのトレモロから始まる場合が多いが、「呪い」の動機から始まるものもある。 B-ジークフリートの角笛(ゆっくりの方)…荘厳なテュッティ。この後に続く「ブリュンヒルデ」の動機が美しい。 C-ジークフリートの角笛(速い方)…軽快なテュッティ。Aからこの部分にとんでしまう演奏も多い。 D-ホルン・コール…オペラでは舞台裏で演奏される。その通りのものが多いがオーケストラで演奏しているものもある。 E-オリジナルのエンディング…第1幕に続くように、そしてジークフリートの死を予告するかのように暗く静かに終わる。 F-演奏会用のエンディング…「ラインの黄金」の動機をモチーフに「角笛」の動機などでにぎやかに終わる。 A-C-D-F ドラティ/ワシントン・ナショナルo (9:22) Bがないと物足りない。 C-D-E クレンペラー/フィルハーモニアo (6:08) いきなりCの部分から始まります。ソロ・ホルンはオーケストラの中で吹いている。アラン・シヴィルか? A-B-C-D-F オーマンディ/フィラデルフィアo (13:02) やはりBが入っていないとこの曲のいいところが味わえません。「ブリュンヒルデ」の動機をゆっくりたっぷりと歌わせています。ホルンは外から聞こえます。メイソン・ジョーンズでしょうね。 A-C-D-E ストコフスキー/ロンドンso (12:08) ティンパニの始まる前の「呪い」の動機、「眠り」の動機から曲が開始されます。オペラ通りの第1幕の前まで演奏されます。 A-B-C-D-E シュワルツ/シアトルso (11:15) 開始部分で「運命」の動機が2回演奏されます。ソロ・ホルンはかなり遠くから聞こえてきます。 A-B-C-D-F セル/クリーヴランドo (12:05) オーマンディと同じ。同じ時期(1960年代後半)のアメリカでの録音なので楽譜の融通があったのかもしれません?ただし、こちらのホルンはオーケストラの中で演奏しています。たぶんマイロン・ブルームでしょう。 A-C-D-E テンシュテット/ベルリンpo (10:25) Bの部分を演奏していないのは意外です。テンシュテットの指揮でこの部分の荘重なテュッティを聴きたかった。 A-B-C-D-E ダヴァロス/フィルハーモニアo (11:59) この人らしいさらりとした演奏です。最後はオリジナルと違いロング・トーンで終わります。 「ジークフリート」~森のささやき(ワーグナー) 2003.5.21 英語題は”Forest murmurs”といいますが、murmursというのが何ともかわいい感じがして好きです。ちなみに原題は”Waldweben”。ドイツ語らしい無骨な感じがしますね。至る所で出てくる鳥の鳴き声のモティーフが名前の所以でしょうが、これがまた演奏するのがとっても難しい。 現在にところこの曲のアレンジは前にも出てきた2管編成のZUMPE版と3管編成のHUTSCHENRUYTER版がありますが、富山シティフィルで練習した楽譜は前者の方です。いろいろな演奏を聴いた感じではそんなに違わないのではないかなという感じです。ですが、せっかく練習をしたのに今回の演奏会の抜粋では、取り上げないことになり残念です。 さて、この演奏会ヴァージョンはまったく見事としかいいようがないほどうまくオペラの中の部分をつなぎ合わせて構成されています。(ほんの1部分編曲者の挿入もあるみたいですが)実際のオペラの中ではこのアレンジに出てくるメロディがとびとびに出てくる上に、歌のパートも重なっているので、全く別の曲のようにも聞こえてきます。 指揮者によって始める部分が違うくらいで版による違いはそんなにないようです。指揮者によって途中にグロッケンを入れたり入れなかったりくらいの違いだと思います。(オリジナルにはグロッケンは入っていません) ・楽譜通り8分音符の弦楽器の動きから始まる演奏 ショルティ/ウィーンpo、ドラティ/ワシントン・ナショナルo、クレンペラー/フィルハーモニアo ・前半を少しカットして、その後の16分音符の弦楽器の動きから始まる演奏 テンシュテット/ベルリンpo ・その他 抜粋版であるマゼールは、16分音符のところから始まって鳥の鳴き声が出たところからしばらくいって次の曲にとんでいます。 「ワルキューレ」~ヴォータンの告別と魔の炎の音楽(ワーグナー) 2003.5.11 私は「ニーベルングの指輪」の中でも勇壮な感じと叙情的な感じが適度にミックスされたこの部分がとても好きです。今回改めていろいろ聴いてみて、いろいろな曲のつなぎ方やオーケストレーションがあることがわかりました。 コンサート作品としては、前に紹介したDoverのスコアに出ているものが一般的みたいですが、このオペラの最後の17分くらいを歌の部分も適度に楽器に置き換えて演奏していきます。(Doverのオペラのスコアでp651から最後まで) 曲を大きく5つの部分に分けて仲間分けをしていきます。A…出だしの部分、B…テンポが遅くなって、オーケストラだけになるところ、C…ヴォータンが告別の歌を歌うところ、D…再びオーケストラだけの部分、E…槍の動機から最後のオーケストラだけの終結部分 A-B-C-D-E ・バメルト/BBCフィルハーモニック ストコフスキー版ということで演奏していますが、すべての部分を演奏しているのは私の持っているものではこれだけでした。盛り上がるところで原典にないシンバルなどが入るのがストコフスキーらしい。 B-C-D-E ・ショルティ/ウィーンpo Bに入る少し前から始まっていますが、この演奏の面白いところはヴォータンの歌の部分をすべてワーグナーチューバで演奏しているところ。この楽器の魅力が存分に味わえます。 ・ドラティ/ワシントン・ナショナルso Cのヴォータンの歌の部分をカットしてあります。B-D-Eといった感じ。 D-E ・テンシュテット/ベルリンpo ここからだと6分くらいで演奏できてしまいます。 Eだけ ・セル/クリーブランドo ここからだと4分くらいで終わってしまいます。あっという間に演奏が終わってしまう感じがします。 私たち富山シティフィルの演奏は、「ワルキューレの騎行」から続けて演奏して、B-Dと演奏します。マゼールの抜粋版とだいたい同じです。(この部分だけだと正味4分くらいで、少しもの足りない気はしますが…) 「ワルキューレ」~ワルキューレの騎行(ワーグナー) 2003.4.26 追加2003.8.1 たぶん今回演奏する曲の中ではもっとも有名な曲でしょう。この曲のことだと知らなくてもメロディを聴いたことがある人はたくさんいるでしょうから。(映画「地獄の黙示録」の戦闘ヘリの場面やそれをパロった「こち亀」の爆竜大佐の登場シーンで有名ですからね)しかし、私自身は最近まであまり好きではありませんでした。ワンパターンでもあり、うるさいだけという感じだったので…。とにかく、しばらく聴いていたのが、ショルティの力強い演奏だったせいかもしれません。 この曲は、楽劇「ワルキューレ」の第3幕の前奏曲の役割も果たしているのですが、一般的な演奏譜(以下、慣用譜と呼びます)は多少オリジナルの楽譜の前後を入れ替えて体裁を整えてあります。また、オリジナル版にはバストランペットが採用されており、慣用譜による演奏と、一聴したときの音質や音量が異なって聞こえます。ワルキューレのメロディは、オリジナルではホルン2本とバストランペットですが、慣用譜ではホルン2本とトロンボーン2本になっており、聞こえ方がずいぶん違います。慣用譜を用いていても、この編成をオリジナルに戻しているものもあるみたいです。 で、「最近まで」と書いたのは、オリジナルによる演奏を知り、「うるさい」といった感じがしなくなったからであり、そのことによってこの曲のオーケストレーションの魅力を感じ始めたからです。また、曲頭からの木管楽器の16分音符による楽句も、バランスを工夫することで、音色の変化の妙味が感じられるのです。このあたりはいろいろなアプローチがあり、指揮者のセンスがわかって面白い。 まあ、この曲は最初のメロディがでる20秒くらいまでを聴いて、「うるさい」と感じさせない演奏が私は好きです。概してアメリカのオーケストラはトロンボーンががんばりすぎの場合が多くありあまり好きではありません。独襖系の心のあるブラスの音がやはりいいですね。 最近、ネットショップで試聴していたら、すごい演奏に出会いました。指揮者はフランチェスコ・ダヴァロスというイタリア人の指揮者です。何年か前に日本でもCDが発売されていましたが、現在はすべて廃盤みたいです。と言うことですっかりこの演奏が気に入ったので、海外から取り寄せてしまいました。 とにかく、この指揮者の演奏というのはすごい。テンポ感が今まで聴いたものとは全然違い本当によく前に進む。前のめりになっていくくらいに。「ワルキューレの騎行」の入ったこのリングアルバムもそうした演奏を聴くことができます。バランスも金管が前に出すぎないところがいいです。最初の20秒くらいで圧倒された演奏でした。この人の演奏は癖になりそうです。 「ラインの黄金」~ワルハラ城への神々の入場(ワーグナー) 2003.4.22 追加2003.8.20 今回の富山シティフィルの演奏では取り上げない曲ですが、けっこう派手で私の好きな曲でもあるので、あえて取り上げます。 このオペラの最終場面で出てくる音楽ですが、指揮者によっていろいろなアレンジや楽譜も複数存在するようです。 まず、楽譜で確認できたのは、Kalmus社で扱っているパート譜ですが、2種あってW.Hutschenruyter編曲のものとH.Zunpe編曲のものです。前者が3管、後者が2管編成です。実際に見ることのできたのは、前者の方ですが、どちらもオリジナルよりも編成を縮小してあり、ワーグナーチューバなどは入っていません。憶測ですが後者は、編成から考えるとDoverから出ている「ワルキューレの騎行、リングからのオーケストラハイライト」というスコアの中に入っているアレンジと同じものなのかもしれません。 では次にいくつかの演奏盤について紹介してみましょう。便宜的にHutschenruyter編曲のものをA、Zunpe編曲(もしくはDoverのスコアに収録されているもの)をB、その他のものをCとして話を進めていきます。 ・セル/クリーヴランドo(Aに近い) 2種の編曲だとドンナーの動機、雷の一撃、虹の動機、ワルハラの動機、ラインの乙女たちの嘆き、神々の入場と音楽が続いていますが、比較的これに近いのがセル版です。どちらかといえばAの方により近いですがまったく同じではありません。雷の一撃はハンマーで、その後の低弦の半音の動きはカットされています。 ・ショルティ/ウィーンpo(C) これはたぶんオリジナルから作成したパート譜を使っているみたいです。ドンナーの動機の前の弦楽器の分散和音が4小節続く(A、Bでは2小節)のと、ドンナーの動機がワーグナーチューバで演奏されていることからわかります。ハンマーのあと、デジタル処理で雷鳴が入れてあります。ラインの乙女たちの嘆きの部分はあっさりとカットしてあります。 ・シュヴァルツ/シアトルso(Bに近い) 寸法的にはDoverのスコア(B)にもっとも近い演奏をしていますが、冒頭のドンナーの動機がホルンで演奏されている、ハンマーを使っている、ラインの乙女たちの嘆きの部分のオーボエがクラリネットに代えられているなど多少楽器を入れ替えたりはしています。(個人的にはこの方が好きですが) ・ドラティ/ワシントン・ナショナルso(Bに近い) 前回紹介した前奏曲に続いて演奏されるようになっていますが、つなぎの部分はラインの乙女たちの動機とドンナーの動機をうまく組み合わせてこの部分につながるようにしてあります。ハンマーの一撃がシンバルになっているのはずっこけますが、あとはBの楽譜をそのまま生かしています。 ・その他 全曲の抜粋版であるマゼールのものはハンマーの一撃で「ワルキューレ」にとんでいきます。同様のテ・ワールト盤はドンナーの部分がなく、虹の動機、ワルハラの動機を経て次の部分につながっていきます。 (2003.8.20 追加) 面白いアレンジ盤を見つけました。ひとつはクレンペラー指揮のフィルハーモニアo盤。ドンナーの歌の部分から入っていますが、肝心のドンナーの旋律がどの楽器ででも充当されていず、しばらくアルペジオだけで音楽が進んでいきます。最初に聴いたときはいったい何が始まったのかすごく不思議な感じがした演奏版でした。もう一つは、オーマンディ指揮のフィラデルフィアo盤です。(RCA盤)これは第3場のニーベルハイムの音楽を始めに入れてから、しばらくしてドンナーの歌の部分に続くようにアレンジされています。(こちらの方はもちろんドンナーの歌の旋律は演奏しています。)ニーベルハイムの部分は神秘的な感じがして、やたらとかっこよく響きます。この部分は全曲盤以外ではどの演奏ででも聴くことはできない部分みたいです。 「ラインの黄金」~前奏曲(ワーグナー) 2003.4.20 次回のシティフィルの演奏会に取り上げる曲について楽譜や音源について少しずつ取り上げていきたいと思います。 まず、初めである今回は楽劇「ラインの黄金」の前奏曲についてです。 この曲は有名ではありながら、単独では楽譜は出ていないみたいです。今回もオペラのスコアから手書きで楽譜を起こしました。また、オペラ全曲盤以外で耳にできる音源もわずかしかありません。 今回の私たちの演奏はドラティの演奏版によっています。1部分をカットして、2分30秒くらいにまとめてあります。あまりなじみのない人に前奏曲ってこんなものだと思わせるに十分だと思います。(ずっと同じコードで5分間も続くのですから) あとは、全曲を70分くらいにコンパクトにまとめたマゼール盤とテ・ワールト盤でもこの前奏曲を聴くことができます。 私の知っている限りでは「ラインの黄金」の前奏曲を聴くことができるのは全曲盤を除いては、おそらくこの4種だけだと思います。もっともこの曲だけ聴きたいと思う人はあまりというかほとんどいないのではないかと思いますが…。 「ニーベルングの指輪」(ワーグナー) 2003.3.24.25 その後、持っているCDを聴き返してみたら、いくつか面白い発見がありました。 RING文献 訳/天野晶吉 ライトモチーフ分析/川島通雅 新書簡 ワーグナー畢生の大作『指環』完全対訳した本です。ただの対訳ではなく楽劇を豊潤に彩るライトモチーフ(特定の人物・事象・想念を象徴するメロディ)の譜例を付したところが画期的だと思います。スコアを見ながらだけでは筋が追えず、対訳だけではどこまで進んだかわかりづらく、そうしたところにリングの理解の難点があったのですが、この本ならば対訳の横にその時に出てくるライトモチーフの楽譜がつけてあるので、わりとすんなりと音楽と筋が理解していけます。(というが実際には曲がとんでもなく長いので、私自身もまだ最後まで到達していません。) とても便利な本ですが、かなり前に絶版になり、現在は入手できませんが機会があればぜひ手に入れて活用してみて下さい。(私はインターネット・オークションで入手しました) |