技能実習生を雇用している父に質問してみたら、我が家の謎がすこし解けた

私の実家は会社を経営をしており、数年前から外国人実習生を雇い入れている。
主にベトナム人で、一緒に会社を切り盛りしている母は寮*1の管理や、時にはLINEで日本語についての質問に答えたりなど、親身に世話をしているようだ。
 私はテレビを持っておらず、普段ニュースもさほど見ないので社会問題に明るくないのだけど、外国人実習生に関する問題が目に入るたびに、その現状のひどさや、それに対する世論の反応なども含め、この近くて遠い実習生問題について気になっていた。
「うちの実家も外国人実習生を雇い入れているが、報道されるようなひどい環境で働かせていたりしないだろうか」「不当に低い賃金で働かせるようなことはしていないだろうか」
私がそんな心配をしても仕方がないのだけど、ぼんやりとニュースが目に入るたびにそんな不安があった。
そんな折、非常に珍しく父がうちのすぐ近くで仕事の打ち合わせをしていて「時間が空くからお茶でもしないか」と連絡してきた。
父は多忙な人で年に3回会えばいいほう、数ヶ月先の予定までびっしり入っているような、そんな人なのである。住所を聞けばうちから徒歩圏内のところで打ち合わせのようだったので、終わったらうちに遊びにおいでよ、コーヒーを出すよと言った。思えば実家を出てから父が私の家を訪れるのは初めてのことだった。
 
そんなわけで突然父とゆっくりお茶しながらサシで会話する機会があったので、ずっと気になっていた実習生の話を質問してみた。
「ニュースでは、劣悪な労働条件で働いている外国人実習生がいたり問題になっているようだけど、父上の会社では(日本人と比較して不当に)給与が低かったりとかしないの?」
娘とはいえ失礼な質問だとは思うけど、父は怒ることなく彼らの条件などについて教えてくれた。
「うちの会社から出るお金は、日本人でも外国人実習生でも同じ。日本人の新人を雇うのと、実習生の新人を雇うのは同じ給料」
気になっていた給与面の条件で不当なことがないということに安心した。「ただし......」と続けて、無知な私が知らないことを教えてくれた。
「彼らには監理団体がいて、その団体に毎月監理費を支払っている。その代わり監理団体は彼らの就業状況にとてもうるさくて、残業も10分単位で苦情がくるから、不当に長時間労働させるみたいなこともない」
この監理団体への監理費というのがまぁまぁな金額で、父上曰く(日本人と同等の)給与から監理費が引かれ、所得税など各種税金が引かれた金額が彼らの手取りになるとのことだった。(企業じゃなくて実習生負担なの?と思い、これについては母にも聞いたところ「監理費は会社から出てるものだと思うけど」とのことで、聞いた話だけでは実習生の手出しなのか会社負担なのか確かでない。この記事*2では実習先企業側が支払うと書いてあり、どちらにせよこれについては、雇用元が搾取しているという構図のものではない)
ベトナムからやってくる実習生は日本へ来るために100万円近い借金をしてくるという。それでも日本で働けば一年で借金を返して、残りの2年で200万貯めれば、ベトナムでは家が建つ金額らしい。
「彼らは本当にお金を使わない。弁当も毎日自分たちで作って用意して、生活費月2万くらいで残りは全部貯金する」
一瞬「ゴールドラッシュっぽいな」と思ったけど、一攫千金というほどの話でもないので、そんなに夢のある話ではない。
「実習生が失踪するケースも少なくないっていうけど、彼らはなんで逃げるの?」
確実にお金を貯めて国へ戻れるなら、逃げることもないような気がしてくる。
「仕事がきついとか色々理由はあるだろうけど、先に日本にきて脱走した同胞にそそのかされて逃げるというケースもある。さっき言ったように監理費があったり税金があったりするけど、いい条件チラつかせて引き抜いて、逃げればそういうの払わなくてもいいじゃんって思って逃げるけど、不法滞在になっちゃうし結局自分の首をしめることになる(けど、その時にはそれに気づかない)。」
日本人でも普通に働いていればキツいことも辛いこともあるし、仕事辞めたくなったり転職したくなったりするので、実際働いてみた後に仕事選べたいよねというのはまぁ分からなくもないけど、技能実習という枠で来ているとそうもいかないんだと思う。
「支払う給料も日本人と同じだし、母語が異なるのでコミュニケーションコストも高いと思うけど、そこまでしてなぜ外国人実習生を雇うのか、やはり人材不足なのか」と聞いたら「それもあるけど、まあやってみないと(実際雇ってみないと、いいか悪いかとか)分かんないじゃん?」と言っていた。
ここまで会話してふと気になったのが、ベトナムの会社のことである。父は日本の会社のほかに、ベトナムでも会社を経営している。
「ベトナムの会社、儲かってないって聞いてるけど、なんでベトナムに会社立てたの?」
ずっと謎だったことを質問してみた。娘とはいえ、これも失礼な質問な気がする。母も他の家族も、父がやりはじめたわけのわからない事業にあまりいい顔をしていない(しかも儲かっているならまだしも、全然赤字で儲かってない)。
「まず、ベトナムと日本の技術の差ってやっぱ大きい。そして、実習生としてうちに来て、せっかく日本の技術を習得して母国に帰っていくのに、ベトナムではその技術が使えないんだよね」
えっ......技能実習生として技術身につけにきてるのに、なんでその技術使えないの......。
「この業界だと日本でも昔はそうだったんだけど、昔は一人でなんでもやりますできますだったのが、いまは分業化が進んでいて、専門の技術者になっている。でも、ベトナムは昔の日本の方式で、一人でなんでもやりますの世界。だから、日本で専門の高い技術を身につけたとしても、あっちからしたら「いやそういうのより一人でなんでもできる方が使える」ってなるわけ」
それなら、なんのために技能実習生として日本にくる制度があるのか。
「ベトナム側からしたらまず、外貨獲得という側面が大きいんだろうね。技術を習得するというのも(分野等によっては)あるかもしれないけど、俺も教えた技術がベトナムに戻って使えないというのを後から知ったから。働きにくる実習生としても、技能を身につけるというのもあるかもしれないけど、やっぱ出稼ぎに行くという意味も強いだろうし」
 「技能を身につけに来る」ではなく「出稼ぎに来る」ための労働なら、技能積んでも使えないんだし、たしかにどこで働いても稼げるならそれでいいじゃんとなりそうだ。
「で、うちに来た一期生の子達が、とても優秀だったんだよね。でも職人としてしっかりと日本で高い技能を身につけたのに、それを国に帰って活かせなくて、そこらへんで適当な仕事を始めるわけ。それって、もったいないじゃん。だからベトナムで(彼らが日本で身につけた技能を活かせるように)会社を作った」 
へー、なるほどなー。知らなかった。
しかし赤字覚悟で見知らぬ国に会社立てて彼らのその後まで見据えるとは、我が父ながらお人好しと呼ぼうか、あるいは経営者らしく自分のミッション、ビジョン、パッション、アクションを突き進む人と呼ぼうか。昔から、私のもっとも身近なビジョナリストは、父上なのだ。
 
「で、ベトナムの会社は今後儲かりそうなの?」
とはいえ慈善事業では当然ないので、赤字を垂れ流すばかりでは家族としても心配である。父上の命も無限じゃないし。
「少し前まではサッパリだったけど、最近は仕事が取れるようになった。まだ赤字だけど、仕事が取れるようになったということは、そこで仕事がやっていけるということ(だから見込みがないわけではない)」
ベトナムにある事務所や現地で雇用している人たちの写真などを見せてもらい、一時間ほど会話したところで、三杯目のコーヒーを飲み干した父上は席を立った。明朝、早くにベトナムに飛ぶため、空港近くのホテルを取っているらしい。
「いや〜、やりたいことが山盛りぜよ〜〜」と言う父上を玄関まで見送り、ハグをして別れた。
 
 普段まったく異なる業種で仕事をしているので、他人だったらあまり聞く機会を持てないだろうなという話を一時間みっちり聞けてよかった。あと不思議に思っていた技能実習生の話と、ずっと謎だった「なんでベトナムで会社をやっているのか」の理由も知ることができて、娘的には安堵もした。(理由を聞いてなんとも父上らしいなぁという気がする)
 
技能実習生の問題に限らず、ニュースで何かの問題を目にすると、断片的な情報の中から感じた一面的な受け取り方で判断してしまうことはよくある。分かりやすい悪者を立てて対象自体を非難することはかんたんに出来るけど、それを改善できるようアクションするところまでの行動は多くにおいて、取れない。
しかも少なくともこの問題に関しては、(あるいは業種により)そもそものシステム自体に問題がありそうだし、送り出し機関や監理団体等の利害関係者の問題、雇用元の問題、実習生自身の問題など、ケースによりそう単純ではなさそうである。
父上のようなイチ企業のオーナーが、働く人たちの事情や問題から「どうすればより良くなるか」を考えて実際にアクションを起こしていることもあるだろうけど、そういうのは当然ニュースになるような話でもない。(ワコールの件*3とかもあるけど、これはどちらかというと現状の労働条件のマイナスをフラットにする努力の方向だし、前提が論外な気もする)
 
父上自身が技術者上がりの仕事が趣味みたいな人なので、きっといい腕を持った技術者がその技能を活かせないというのが、我慢ならないのかもしれない。
齢六十過ぎの父上が少年のように語るベトナムでのことや「山盛りあるやりたいこと」が、これからも好きなように健康にやっていけるといいなあと、遠巻きならが娘は思うのであった。