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【コラム】

筆洗

 鏡台の前で、寂しいあの頭髪を手入れしながら、波平さんが「おどろいたなぁ」と声をあげる。「月の うらがわ さつえいに せいこうするとは」。一九五九年発表の四こま漫画「サザエさん」である▼そのうしろ、物陰に隠れるサザエさんが、カメラを波平の後頭部に向けて、一枚狙っているというのが落ちだった。ソ連の探査機による撮影成功のニュース、磯野家のみならず六十年前のお茶の間にとっても、なかなかの驚きだったようだ▼毎晩空にあるのに、決して反対側を見せない。何があるのか。生き物は。月の裏側は、謎と神秘の地として、人々の想像力をかき立ててきた。SF小説や映画、音楽の題材として、数多く取り上げられている▼その神秘の地で、史上初の快挙だという。中国が月の裏側に送り込んだ無人探査機が軟着陸に成功した。送られてきた写真は、起伏のある地平線と表面を実にきれいにうつし出している。月面を走る探査車の活動も始まる▼太陽系の成り立ちの解明など期待も高まるが、中国が目指すという「宇宙強国」なる言葉がちらついて、素直に驚けない。国威発揚に加えて、資源の確保や軍事利用などの狙いも、込められている探査らしい▼強国ぶりに、驚いたなあでは、興ざめだ。神秘に満ちた月面に国家の思惑ばかりがにじむと、人々が温めてきた数十年来のロマンも好奇心もしぼもう。

 

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