[この夏飲みたい日本の酒]
幕末からよみがえった都心の酒蔵 東京港醸造
2018年7月26日
東京・港区芝のオフィス街の一角の小さなビルで酒造りを行っているのが、東京港醸造だ。ルーツは江戸時代に創業した酒蔵で、一度廃業した後、100年の時を経て再興した。ミニブリュワリーの特徴や、都心ならではの仕掛けを駆使し、歴史的背景も相まって、「東京の酒」としての存在感を高めている。
東京港醸造は100年ぶりに酒蔵を再興した23区唯一の酒造
東京港醸造の母体である若松屋は1812年創業で造り酒屋を営み、薩摩藩の御用商人として栄えていた。しかし1911年に酒造りを廃業し、現在は雑貨小売業が主体となっている。2011年に7代目当主である齊藤俊一氏が約100年ぶりに酒造りを復活させ、現在は東京23区で唯一の酒蔵となっている。
始まりは今から15年前、齊藤氏が地元商店街の連合会役員に就任し、地域の活性化を考えるようになったこと。そして、地方を視察に行った際、酒蔵が地域の要となる存在であると感じたという。酒蔵は地域での信用が高いことや、観光拠点にもなっており、さらに地域の土産物屋には地酒が並ぶ。酒蔵を興すことが地域の活性化につながるのではないかと考えた。また、かつては家業が酒造りだったことからも、酒蔵を復活させたいと思うようになった。
当時は清酒の販売数量が落ち、酒造りの事業性が疑問視されていた。齊藤氏自身、調べれば調べるほど酒造りは無理だと思ったという。また、都心でのミニブリュワリーの酒造りの価値をいかに見いだすかも思案していた。
大きく前進するきっかけは、杜氏の寺澤善実氏との出会いだった。京都の大手酒造メーカーが2000年4月、港区台場のショッピングセンター内に飲食店に併設する実験的な醸造所を設けたが、寺澤氏はその担当として、ミニブリュワリーでの小規模な酒造りのノウハウを高めていった。その後、醸造所は閉鎖され、寺澤氏が齊藤氏の酒造りに加わることになった。
とはいえ、酒造りを再開しようにも、100年前に廃業していたため、齊藤氏は酒造免許を取得することから始めなければならなかった。最初は税務署から門前払いの扱いだったが、約2年がかりで新規で取得しやすい「その他の醸造酒(どぶろく)」と「リキュール酒」の免許を取得。11年に東京港醸造を開業し、どぶろくとリキュール酒の製造・販売を始めた。
しかし齊藤氏と寺澤氏の清酒への思いは強く、清酒の免許取得に取り組む。そもそも清酒の新規免許は発行しない流れになっており、非常に困難を極めたが、16年7月にようやく清酒免許を取得した。
東京港醸造の酒造りは都心ならではのミニブリュワリー
純米吟醸原酒 江戸開城
東京港醸造の酒造りはもともと齊藤氏が所有していた敷地22坪の4階建てビルを改築して行っている。4階は麹室で、1~3階は十数基のタンクをはじめとする設備が所狭しと並び、上階から下階へと工程が流れる仕組みになっている。なお、1階の一部には販売所も併設している。
大手酒造メーカーは3千~5千リットルのタンクで大規模に造り、多くが1年分を冬の間に造る寒仕込みの手法を取っている。これに対し、東京港醸造は、500リットルの小さなタンクで仕込み、月にタンク4本分、2千リットルの生産体制。年間通して製造する四季醸造を行うため、各階は常に13~14度の室温を保っている。
ただし東京港醸造は貯蔵スペースがあまり取れないため、商品がなくなれば造るという体制。現在は造れば売れる状況で、製造が追いついていないという。
一部で朝搾りを行っており、新鮮な生酒の需要にも対応する。朝搾った酒が、夕方には近隣繁華街の飲食店で飲める体制を取っており、都心の酒蔵ならではの地の利を生かした仕組みで、流通と回転を高めている。供給不足を補うため、現在の月2千リットルから月2500リットルへ生産体制を増強する。
東京の酒ということで、仕込み水には水道水を使っている。東京都の高度浄水処理をした水道水は中軟水で、京都の伏見の水に近い性質で酒造適性が高いという。また、現在の東京の水道水は、鉄分やマンガンといった清酒に不適切な化学物質は一切入っていない。微量の塩素は入っているが、約1カ月間発酵させる間に塩素は消えるという。伏見の水は甘口に振れる酒ができる。主力の純米吟醸原酒は「江戸開城」というブランドで展開しているが、仕込み水の特性から甘口の酒と評価されることが多いという。
東京の香りがする自然体の酒
齊藤氏は次のように語る。
齊藤俊一・東京港醸造代表
「お客さまには、東京の香りがするとよく言われます。お酒の質は、大吟醸のようにプンプンするようなお酒ではなく、自然体のお酒になっています。和食を食べながらでも邪魔しない酒だと言われており、寺澤杜氏もそれを望んで造っています」
純米吟醸原酒「江戸開城 山田錦」は、17年度の東京国税局酒類鑑評会で清酒純米燗酒部門の優等賞を受賞している。
齊藤氏によると、酒蔵が淘汰されていく中、おいしい酒ならば売れるというわけではなく、消費者は酒が醸し出すその地域のストーリーに関心を持つ傾向があるという。
その点で、東京港醸造は幕末に若松屋が薩摩藩の御用商人だったという歴史的背景がある。西郷隆盛や勝海舟が通っていたといわれ、飲み代代わりに彼らがしたためた書が残っている。また、若松屋は奥座敷が密談に使用されており、諸説ある江戸城無血開城の会談場所の候補にも挙がっている。そうした歴史が、「江戸開城」のブランドには込められている。
ちょうど明治150年を迎えた現在、こうした歴史的な経緯を経て、都心によみがえった酒蔵としての存在そのものが、東京港醸造と「江戸開城」の強みとなっている。
好評連載
年収1億円の流儀
一覧へ起業して得られる経験・ノウハウ・人脈は何ものにも代え難い。--鉢嶺登(オプトホールディングCEO)
[連載]年収1億円の流儀
[連載]年収1億円の流儀
5時間勤務体制を確立した若手経営者 フューチャーイノベーション新倉健太郎社長
[連載]年収1億円の流儀
新倉健太郎氏 ~経営者は、相手の立場に立つことだと16歳の身で悟った~
[連載]年収1億円の流儀
南原竜樹氏の名言~人生の成否はDNAで決まっている 要はDNAの使い方だ~
[年収1億円の流儀]
元マネーの虎 南原竜樹 儲かるからではなく、「楽しいから」やる、と言い切れるか。
銀行交渉術の裏ワザ
一覧へ融資における金利固定化(金利スワップ)の方法
[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)
[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)
定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~
[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)
メインバンクとの付き合い方
[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)
銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~
[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)
融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける
元榮太一郎の企業法務教室
一覧へ社内メールの管理方法
[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)
[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)
タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則
[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)
ブラック企業と労災認定
[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)
電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性
[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)
女性の出産と雇用の問題
温故知新
一覧へ[連載] 温故知新
エイチ・アイ・エス澤田秀雄社長が業界各社に訴えたいこと
[連載] 温故知新
小山五郎×長岡實の考える日本人の美 金持ちだけど下品な日本人からの脱却
[連載] 温故知新
忙しい時のほうが、諸事万端うまくいく――五島昇×升田幸三
[連載] 温故知新(第19回)
最大のほめ言葉は、期待をかけられたこと--中條高德(アサヒビール飲料元会長)
本郷孔洋の税務・会計心得帳
一覧へ税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」
[連載] 税務・会計心得帳(最終回)
[連載] 税務・会計心得帳(第18回)
グループ法人税制の勘どころ
[連載] 税務・会計心得帳(第17回)
自己信託のススメ
[連載] 税務・会計心得帳(第16回)
税務の心得 ~所得税の節税ポイント~
[連載] 税務・会計心得帳(第15回)
税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~
子育てに学ぶ人材育成
一覧へ意欲不足が気になる社員の指導法
[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)
[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)
子育てで重要な「言葉」とは?
[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)
女性社員を上手く育成することで企業を強くする
[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)
人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~
[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)
人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~
ビジネストレンド新着記事
注目企業
一覧へ次世代の医療現場を支える病院経営の効率化を推進――保木潤一(ホギメディカル社長)
1964年にメッキンバッグを販売して以来、医療用不織布などの、医療現場の安全性を向上する製品の普及を担ってきた。国は医療費を抑える診断群分類別包括評価(DPC制度)の導入や、効率的な医療を行うため病院のさらなる機能分化を実施する方針を掲げており、病院経営も難しい時代に入っている。ホギメディカルは手術室の改善か…
新社長登場
一覧へ地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)
中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…
イノベーターズ
一覧へ元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)
バーチャル空間で開催される会議や音楽ライブなどに、3Dアバターで参加できる画期的サービス「cluster」を生み出したのは、元引きこもりのオタク青年だった。エンタメの世界を大きく変える可能性を秘めたビジネスで注目を浴びる経営者、加藤直人氏の人物像と「cluster」の展望を探る。(取材・文=吉田浩)加藤直人・…
大学の挑戦
一覧へ専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長
2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…