補説19
忘れられた神々
この時ウラジーミルによって祭られた神々はあわせて六柱になります。キリスト教導入後これらの神々は打ち捨てられ、現在ではもはやその基本的な性格すらわからなくなっている神もあります。以下、「異教パンテオン」の主たちについて多少の解説を加えたいと思います。
まず筆頭にあげられているのが雷神ペルーンで、古代ルーシでは最高神の扱いを受けていました。すでに6世紀、ビザンツの歴史家プロコピオスはスラヴ人が雷と稲妻の神を崇拝している、と指摘しています。またオレーグ、イーゴリやスヴャトスラフがビザンツ帝国と条約を結んだときにも、ルーシは「ペルーンにかけて」条約の遵守を誓ったことが知られています。
雷鳴神にして主神、というのは古代ギリシアのゼウス、ローマのユピテルなどと共通していますが、もともと天空神を最高の神として崇拝するのは印欧語族の中に多くみられるようです。
ところで雷神というと何となく戦闘的な神、軍神というイメージを受けるかもしれませんが、実際そういう側面もあるでしょう。しかしおそらくは天候をコントロールする機能の方が重要であったと思われます。雷は雨の前触れであり、天気を意のままに操る力を持つと考えられたのでした。とりわけ農業に依存している社会において、雨をもたらしてくれる雷の神は敬うべき存在だったのです。
もう一点、ウラジーミルによって作られたペルーンの像は「頭が銀で口ひげが黄金の」木造だったとのことです。非常に派手な、インパクトのある姿だったわけですが、「頭が銀」というのは白髪の老人の姿を表し、この神が年老いた者として描写されていたことを示しています。一般的な前近代社会と同じく、当時のルーシにおいても年長者(特に男性の)が大きな権威を有していたことの表れと見てもいいでしょう。
その他の神々についてはペルーンほどの情報に恵まれていません。ホルスとダジボーグは太陽神だとされています。なんで太陽神が複数いるのかよくわからないのですが、ダジボーグの方はイーゴリ軍記にその名を残しています。ルーシの民が「ダジボーグの末裔」と呼ばれているところを見ると、神々の中でもかなり重要な役どころを持っていたのかもしれません。
次のストリボーグもイーゴリ軍記に登場します。ここでは風が「ストリボーグの末裔」とされており、従って風の神と考えられるのが一般的です。
シマリグルについてははっきりしません。イラン系の語源を持つという説もあり、もしそれが事実ならウラジーミルは非スラヴ系の神をもルーシの宗教大系に取り込もうとしたことになります。
最後のモコシについてですが、やはり言語学的な研究からフィン系の起源を持つといわれています。しかもこれらの神々の中で唯一女性形の語尾を持つことから、女神であるともされ、スラヴ人に特有の大地母神崇拝と関連づけられることもあります。非常に興味深い側面を持つ神格ですが、わかっていることはそれほど多くはないのです。
キリスト教以前のルーシで崇拝されていた神々はここに登場するものには限りませんが、それらの中からヴォロスについてだけ書いておきたいと思います。
ヴォロスは家畜の神であり、かつてオレーグやスヴャトスラフがビザンツと結んだ条約の中にもペルーンと並んでルーシが誓いをたてる対象になっています。古代において「家畜」とは財産一般を意味することがあり、従ってヴォロスも単に家畜だけではなく財産、貨幣、商業の守り神として崇拝されていたと考えられています。
なぜそれほど重要な神格がウラジーミルの神殿には祭られなかったのか?これについてもいくつか説がありますが、おそらくペルーンが公や貴族の崇拝するオフィシャルな性格を持っていたのに対し、ヴォロスの方は商人たちの守護神にしかすぎなかったようです。神々の地位もまったく平等なものではなかったわけですね。ヴォロスの像は公が造った「山の手」の神殿ではなく「下町」のポドリエ地区に安置されていたということです。
これら個性豊かな神々は、キリスト教導入後もすぐに存在することをやめたのではなく、とりわけ民衆の文化に大きな影響を与え続けていきます。その間の事情についてはまたいずれ語ることもあるでしょう。
(99.05.08)
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