長谷川 亮太の公式ブログ

――長谷川亮太の今。

『ようこそ実力至上主義の教室へ8』 vs2年生編

  • 高円寺のAクラスになる方法の一つは、2000万ポイントを買収するやり方だった。
  • ドラゴンボーイは英語が堪能である可能性が高い。
  • コミュニケーション能力に長け、そして信頼されている生徒が強いフィールド。
  • 相手のことを考えない態度や言葉を使う人間は少なくない。個性を出すのは自由だが、相手を思いやる気持ちを絶対に忘れてはならない。
  • トランプ。
  • マグカフィン。
  • 諦観。
  • 堀北兄に嘘をつく綾鷹
  • 隣人と癌とのあれこれ。
  • 前哨戦。
  • ​これから退学者の続出か!?
高円寺の作戦:ポイント買収による勝ち方
「Aクラスに興味がない、か。それも嘘だな?」
「おやおや、私は既にライアーな存在にされてしまったかな?」
「嘘でないなら、ちょっとした不明点が出てくるぜ高円寺。おまえは現時点で、Aクラスで卒業するための確実な方法を手に入れているんじゃないのか?」
 
俄かには信じられないようなことを、南雲が言った。
石崎やオレたち1年が驚いただけじゃなく、2年や3年にも同様の驚きが走った。
 
「ほう? なかなか興味深いことを言うねえ君は。良ければそのロジックを聞かせてもらえないかな」
「いいのか?? 俺がここでそのロジックを説明すれば、おまえのその『確実な方法』は使えなくなる。いや、使えなくするぜ?」
「フフフ。構わないさ、私は君が私の考えを読んでいるのかどうか、それが知りたくなったのさ」
 
南雲からの追及に高円寺は怯むどころか、うれしそうに笑った。
 
「2000万ポイントを使いAクラスへと昇級する。誰もがそれを一度は作戦として考え、 そして実行しようとする。実際にはそれだけのポイントは簡単には貯められないようになってるんだが、それでもけして不可能な話じゃない。おまえは入学早々、3年生が卒業時に残ったポイントがどう精算されるのか、まずそれを探ったのさ」
「続けたまえ」
卒業時、プライベートポイントは学校の外でも使えるよう『現金化』される。その価値 は当然ポイント時よりも落ちるが、破格の制度であることに変わりは無い。おまえはその 現金化される価値よりも高くプライベートポイントを買い取るつもりだったんだろ?」
 
南雲の説明を受け、当然周囲は動揺、驚きを隠せない。 指摘を受けた高円寺は満足そうに頷き口を開いた。的確な言葉に高円寺も答える。
 
「その通りだよ。私は入学直後にその結末を知り、真理に辿り着いた。在学中どれだけ地 に落ちようとも、最終的、かつ合法な手段でプライベートポイントを手に入れれば、呆気なくなくAクラスで卒業できるとね。そしてあまりに簡単に攻略法を思いついてしまったもの だから、急激に学校が退屈になったものだよ」
 
金持ちだからこそ出来る、ミラクルな一手、ということか。 Aクラス行きを諦めた生徒、あるいは既に勝利が確定した生徒、そして卒業が近づいた生徒からプライベートポイントを高く買い取る。学校卒業後にポイントを買い取る保証が あれば、多くの生徒が譲渡したとしてもおかしくはない。
しかし通常であればその点が極めて難しい。
仮に現金と同じ価値で買い取るとなれば2000万円
高校生の一存で用意できるもの でもなければ、払うといっても信用してもらえるような話では到底無い。
 
「幸いにも私は、この学校に入る前に企業のホームページで、次期社長として顔写真やプロフィールを載せていたからねえ。数千万動かすだけの力は簡単に持っているのさ。信用 してもらうのは比較的簡単だったのだよ」
「ああ。実際2年の中には、おまえにポイントを売る予定だった生徒が何人もいた。3年生の中にもかなりの数が紛れてるだろ。口止めしてたようだが、2年の中には俺に対して 全幅の信頼を置いてくれている生徒も少なくない。おまえの口車に乗ってもいいのか相談 してくれた生徒もいたのさ。もちろん、俺はひとつの案として賛成しておいた。リスクがないわけじゃないが、おまえは相当な金持ちらしいからな。だがそれも今日までだ」
 
そう言って南雲は2年、そして3年へと視線を向ける。
 
「実際に金持ちだろうと、見ての通り高円寺は信用できる男じゃない。必要とあれば平気で嘘をつく生徒だ。間違ってもプライベートポイントを売買しないほうがいい」
 
そう言って、更に一言付け加える。
 
「念のため、このことは俺から学校側に上げておく。プライベートポイントを卒業前に買 い取るなんていうのは、恐らく本来認められるべきことじゃないからな」
「構わないさ。私はあくまでもAクラスに上がるための準備をしていただけで、実際にそれを実行するかどうかは決断していなかったからね」
 
あくまでも高円寺は、一つの作戦として想定していただけに過ぎないらしい。
 
「しかしとんでもない話だ。まあ、現実に2000万なんて大金を用意することが出来な ければ、高円寺以外の何者にも実現出来ない唯一無二の戦略だしな。
「……変なヤツだとは思ってたが、領域外からの一手か。お見事だな」
橋本が感心するような、呆れるような呟き。
「その一手を自ら放棄するような真似をして、高円寺はどういうつもりだ?」
 
複数の視線が高円寺と同じクラスメイトであるオレや啓誠に向けられるがそんなこと分かるはずもない。いや、正確にはひとつだけ思い当たる節がある。 それは高円寺にはAクラスで卒業する理由が無いこと。
『学校を卒業すること』しか求めていない高円寺にしてみれば、仲間と協力し合うことの無意味さを感じているはずだ。攻略法を見つけたものの、無理して行使する必要はない。
だからバレても問題なかった、ということか。
あるいはまた別の攻略法を見つけることで楽しみを見出したか。
南雲の高円寺に対する洞察力、情報はなかなかのものだった。
 
相手を思いやれない例:山内
 
「いやさ、坂柳ちゃんって可愛いけどさ、どんくさいよな」
 
山内は自らの不注意でぶつかった、という可能性を微塵も考えていなかった。
 
「大丈夫か?」
 
なんとなく視線が合ってしまったため、オレは坂柳に近づいて声をかけた。
 
「わざわざご心配ありがとうございます、でもたいしたことではありませんよ」
「後で山内には少し言っておく」
「彼も意図的ではなかったわけですし、たかだか一度転ばされただけ
 
そう言い薄く笑う坂柳だったが、目は全く笑っていなかった。
 
マグカフィン
 
「なーんかむかつく言い方。さすがのあんただって、どのグループに誰がいるかなんて全 部分かんないでしょ?」
「さあ、どうだろうな」
「 何よ、まさか全員覚えてるとでも言うつもり?」
「一言もそうは言ってない」
「Bクラスの柴田くんは?」
「神崎が率いるBクラス中心のグループ」
「Aクラスの司城くんは?」
「それも似たような感じだな。的場って生徒が構成したAクラス中心のグループ」
「じゃ、じゃあ鈴木くんは?」
「その名前のヤツなら、オレとは違う小数グループに配属されてたな」
「全部覚えてんじゃん!」
「名前を知ってるヤツ限定だ。ただ顔を見ればどの生徒が、どのグループになったかは覚えてる」
「この試験があってよかったと思ったことは、1年の生徒の名前を全員覚えようと決められたことだ。
試験後には恐らくほぼ100%、名前と顔を一致させることができるだろう。
確認漏れや、勘違い等がなければ、だが。
「はー……どうやったらそんな記憶力良くなるんだか。あんたってメガネかけたガリベン君タイプだったとか?」
残念ながら、恵の言ってることはよく分からない。
「それより本題だ。坂柳と神室のグループはどうなってる」
「2人は同じグループでAクラス9人の3クラス構成。最初にAクラスが固まったのよね」
 
説明を恵から受ける。Aクラスは男子同様ほぼ固まってくる戦略を打ってきたか。
しかし2人ではなく9人にしたか。
 
「3クラス構成ということは、どこかは参加しなかったんだな。あるいは坂柳が入れなかったのか?」
「Bクラスからは受け入れないってことで、最初から拒否してた。一之瀬さんは信用でき ないとか何とか。まあ言ってたのは坂柳さんじゃなくて神室さんだったけど」
「信用できない、か」
「そりゃ別のクラスの生徒なんて誰も信用できないけど、名指しでそう言われたのは一之瀬さんだけなのよね。でもそれって変じゃない? あたしでも彼女の良い評判は聞くし」
 
もし1年の別のクラスで信用できる生徒を一人挙げろといわれれば、間違いなくオレも 一之瀬を挙げる。
もちろん他クラスの人間ならば、穏田の名前を出す生徒も少なくないだろうが。
ともかく一之瀬は学年では1、2を争う信頼度の高い生徒のはずだ。
しかし3クラスかつ最小人数となれば報酬も目減りする。
絶対的な勝ちは拾えないが、絶対的な負けもない戦略。
 
「ずるいよね。Aクラスは守ってればいいんだから。グループ作るのも強気強気」
「そうだな」
 
堅実な手堅い作戦だが、この手を立案したのは十中八九坂柳のはず。 攻撃的な性格のあいつが、守りスタンスの戦略を使うとは意外だ。
 
「それで、あたしはこの後どうしたらいい? 何か仕掛けたりしたほうがいい?」
「今回の試験では小細工じゃどうにもならないこともある。ただ、何人か監視してもらいたい相手がいる」
 
そう言って、オレは主要になりそうな人物を数人ピックアップして伝える。
 
「ん、結構大変だけどやってみる」
 
しっかりと教え命じられたことには素直に従う。それが恵の長所だ。
 
「でも今回の試験なんなわけ? 作法だとか道徳だとか本当に必要なものなの?」
「どうだろうな。これは物語的に言えば、マクガフィンみたいなものかも知れない」
「え? マグカッ――」
「マグカップじゃないぞ」
「わ、分かってるわよ。で、それがなんなわけ?」
 
全然分かっていないようだった。
 
「登場人物にとっては重要な「モノ』だが、物語上では対して重要じゃないモノのことだ」
「全然分かんない。清隆が頭良いのは分かったから、分かりやすく説明しなさいよ」
「作法や道徳は必要なものだが、一つ一つはそれほど重要なものじゃないってことだ」
 
食事の時間も残りが少なくなり生徒が散り始めた。
 
「しかし今回の試験は――荒れるかも知れないな」
「荒れるって……どういうこと? 清隆の思ってる方向に進んだら、ヤバイことになるっ てこと?」
「安心しろ。少なくともおまえに被害が出ることはない」
今回、荒れるのは恐らく1年じゃないだろう。オレはトレーを持って立ち上がる。
「また必要があれば声をかける」
「了解」
そんなやり取りを終え、オレは一度共同部屋へ戻ることを決めた。
 
諦観
この特別試験の本質がどこにあるのか。特別試験の内容の全貌が少しずつ見えて来た。
具体的に加点部分が説明されたわけではないため、憶測の部分も含むが、ほぼ確実に試験に絡んでくるであろう項目がいくつかある。
 
『禅』
座禅開始までの作法から、座禅そのものの姿勢などを採点。作法の間違いや、警策で叩かれたりした場合に減点されると予想できる。
 
『駅伝』
順位とタイムで競われるシンプルな判断基準になるだろう。
 
『スピーチ』
大グループ内で1人1人がスピーチを行う。採点方法は既に開示されていて
『声量』『姿勢』『内容』『伝え方」の4項目。
 
『筆記試験』
道徳問題を中心とした筆記試験もあると考えられる。
これは通常のテストと同じで点数の良し悪しがそのまま結果に直結するはずだ。
 
他にも「清掃」や「食事」など気になる要素もあるが、今はまだ判断できない。
遅刻の有無やグループ内におけるトラブルなども、場合によっては試験外だが査定の一つになっているかもしれない。
この異質な特別試験の攻略に、多くの生徒が頭を悩ませているんじゃないだろうか。
本質を理解することで見えてくる必要戦略。
真っ当にグループ内の結束力を高め、カバーしあい、高い平均点を獲得する。
言わば王道の戦略。簡単なようにも思えて、なかなかハードルが高いことはグループ作りの時から見ても分かる通り。
普段敵対しあっている生徒と完全な形で協力するというのはとても難しい。
ウチのクラスで言えば堀北や平田、他クラスなら一之瀬や葛城が選択する方法だろう。 グループ内に強い影響力を持ち、統率力を発揮できるかで差が生まれてくる。
メンバーの選定はもちろん重要だが、この特別試験の内容から活躍できる生徒を最初の段階で見抜くことはほぼ不可能だ。
学力では申し分のない活躍が期待できる啓誠だが、初日の座禅では5分2セットすら苦しい様子だったし、足を組むことすら出来ない生徒もいた。
今の段階では運動の出来る出来ない、勉強の出来る出来ないだけでは測れないものが 大半で、これから先は、適応力を持った生徒が頭角を現してくるだろう。
そして王道とは外れた戦略を打ってくる生徒も、少なからず存在すると思われる。
学校側も趣向の変わった試験を用意するのに苦労していることが、今回のルール説明の時から窺えている。
初めての特別試験、無人島の時からそうだが、ルールには必ず虚を突く穴のようなものが存在する。
暴力を禁止された無人島で、伊吹と堀北が殴りあいをした ように、死角が存在するからだ。
もちろん、その違反行為がバレた時のデメリットは大きい。即退学措置も用意されてい ることから大半の生徒は実行に移すこともしないはずだ。
そもそも、違反行為をすれば勝てる、という単純なものでもない。
僅かな死角、穴を突いて王道を出し抜く一撃を放てるかどうか。高いハードルを越えな ければならない。
オレはこれまで、特別試験では何かしらの手を加えてきた。
無人島では堀北をリタイアさせることでリーダーをすり替え、船上試験では携帯を使ったトリック、体育祭ではあえて目立つ行動を取り、ペーパーシャッフルでは櫛田封じをした。
だが今回、オレは何もしないことを早々に決めた。
情報は集めつつも、あくまでも傍観者を決め込む。
それが、フェードアウトし、一般生徒として卒業するためのプロセスに必要な行為だと判断しているからだ。
もし、今回のことでCクラスが大きなマイナスを被るとしても、何もしない。
一定の関心をオレに寄せてきている坂柳や南雲に、オレが戦う意思のないことをアピー ルする狙いもある。
効果のほどは、懐疑的だが。
堀北兄も、オレが静観したとして責めることは出来ないからな。
ただし、唯一こちらが取る手段があるとしたら、それは防衛だ。
オレを退学させようとしてくる生徒がいれば、自衛させてもらうのは当然のこと。
25時を過ぎた。特に変わったことは起きないようだ。
だったらそろそろ眠ろう。そんな時だ。
部屋と廊下を結ぶ扉の隙間から、光が僅かに差し込んできた。モールス符号だ。
光の点滅での通信。林間学校の夜中、廊下は非常に暗いため懐中電灯が部屋に何本か常備されている。
恐らくそれを持ち出してのことだろう。オレを呼び出す合図だということは分かった。
光は音もなく静かに去っていく。オレは上半身を起こし、静かに立ち上がる。
部屋にはトイレがついていない。
夜中にトイレに立つ行為そのものは、けして不自然なものではないだろう。
 
仲間
「行こう清隆」
「先に行ってくれ。オレは少しだけ高円寺が来るかどうか確認して行きたい」
「それはいいんだが……あと1時間しかないぞ」
「足にはそれなりに自信がある。大丈夫だ」
「短距離と長距離は別物だぞ……まあ、俺がとやかく言うことじゃないか」
 
自嘲気味に笑うと、啓誠はぎこちない動きで走り出した。
 
「それじゃお先」
「ああ」
 
残ってストレッチしていた最後のひとり、橋本も走り出した。
この場に残されるのは、オレと茶柱の2人だけ。
 
「私に話がある、というわけではなさそうだな」
「高円寺を待ってるだけですよ。それと、最後尾から行かないと困ることもあります」
「困ることだと?」
 
大したことじゃない。
もし石崎のように体力のある生徒がさっさと先陣を切ってクリアでしてしまえば、途中でリタイアしそうな生徒に気づけない。
これはタイムアタックではなく所定の時間までにクリアすること。
1時間で完走しようと4時間で完走しようと評価は同じだ。
啓誠は体力こそないが、足を引っ張るまいと無茶をするのは目に見えてるしな。
それから20分ほどして、やっとあの男が戻ってくる。
 
「ここが折り返し地点のようだねえ」
ジャージには葉っぱや土などが付着しており、なにやら動き回った形跡があった。
「おまえが最後だ高円寺。残りは7分だ」
「そうのようだねえ。もう少しゆっくりしても良かったんだが、イノシシとの触れ合いが 思いのほか早く終わってしまったものでね」
「イノシシ?」
突如理解不能なワードに疑問を抱く茶柱だが、高円寺はさっさと折り返し、走り出してしまう。
「点呼だ高円寺。失格とするぞ」
そう声をかける茶柱に、高円寺は振り返らず名乗る。
「私の名前は高円寺六助だ。しっかりと覚えておきたまえティーチャー」
 
高らかな笑い声が野山に響く。
 
「いいんですか先生、クラス申告してませんけど」
「名乗った分、多少は大目に見よう」
「それじゃオレも行きますんで」
 
オレが遅れて出発してから、どれくらい経っただろうか。
再びイノシシ出没注意の看板が見えてきたところで、2人の男子生徒の背中を捉えた。
ひとりは、予想の範囲でもあった啓誠。
体力の限界を迎えたというより、左足を痛めているようで隣の生徒に抱きかかえられるようにして歩いていた。
そしてもう一人。最後尾から啓誠を抜きさって行っていただろうと読んでいた橋本だった。
オレが駆け寄ると、その状態が明らかになる。
 
「挫いたのか」
「綾小路か。ああ、どうやらそうみたいだな。折り返しまでで足首は限界だったんだろうさ」
啓誠の変わりにそう説明する橋本。
人を抱えるのは相当な負担だろうが、それを気にした素振りはない。
嫌がることもなくゆっくり寄り添うように歩く。
「情けない……どうして、こんなことも出来ないんだ俺は……」
 
そう悔しがるが、以前の啓誠とは考え方も変わってきているようだ。
学生の本分は学業であって、運動やそれ以外の試験など理解しがたいと思っていたはずだ。
どうやらストレッチして最後に走り出したのは、オレと同じ目的だったようだ。
 
「オレも手伝う」
一人で抱えるよりも二人だ。
橋本の反対側に回り込み啓誠を支えることにした。
 
「……待ってくれ。そんなことをしたら、二人まで昼休みに遅れる」
「見捨てたら無茶して走るだろ? 余計に足を痛める、試験で困るのは俺たちだ。昼休み 一食抜くだけで怪我の具合がマシなら安いもんだろ。なぁ綾小路」
「そうだな、そうかも知れない」
「しかし……」
「偶然2人が後ろから走ってきたんだ、遠慮するな」
 
そう言ったところで橋本はひとつ訂正する。
 
「3人、だな。高円寺のヤツは物凄い速さで下ってったか。化け物だなあいつ」
「体力は底なしのイメージだ。学年一は間違いないだろうな」
 
持ち上げるわけじゃないが、素直に高円寺のポテンシャルを伝える。
 
「性格が最低なお陰で俺たちAクラスは救われてるかもな。あいつが役立つどころか、C クラスに迷惑をかけてることは今回のグループでよく分かった」
 
確かに高円寺がそのポテンシャルを如何なく発揮すれば、脅威になりうる。
導入できな い秘密兵器を武器としてカウントして良いかは何とも言えないところだが。
結局、負傷した普誠を抱えて林間学校に戻って来れたのは12時40分ほどだった。
その後、すぐに啓誠は保健室で手当てを受ける。
オレと橋本は廊下で待つことに。 10分ほどして、手当てを終えた啓誠が戻ってくる。
 
「どうだった?」
 
橋本が聞くと、啓誠は苦笑いをしながら答える。
 
「軽い捻挫だ。二人が手を貸してくれたお陰で、軽症で済んだ」
 
若干左足を庇うようにしてはいるが、普通に歩くことはできるようだった。
 
「試験までそんなに時間もない。悪化させないように気をつけないとな」
 
橋本はそう言って、軽くポンと啓誠の肩を叩いた。
 
「助けておいてもらって何なんだが……」
 
そう言いかけたところで、すぐに橋本は理解する。
 
「心配するなって。仲間内には黙っておく、そのほうが都合がいいだろ?」
 
聞くまでもなく橋本は理解しているようで、ホッと啓誠は胸を撫で下ろした。
 
 
隣人
「……分かった。今日のところはここまでにしておくわ」
「今日だけじゃなく、これが最後にしてね」
 
そう言い残し櫛田さんは廊下を歩いていく。
 
「無力ね、私は」
 
頼れるべき仲間は少ない。
こんな時もっとも頼れそうなのは綾小路くんだけど、彼とは距離が開いた。
私が生徒会の話を強引に梅田さんの前でさせたことが起因だろう。
でも、私にも引けないことはある。
彼女との確執は、接触を繰り返すことでしか取り除けない。
たとえ彼からの協力が得られなくなるとしても、私は櫛田さんを選ぶ
いいえ、選ばなければならない。
 
前哨戦
「何をした南雲!」 事態を理解した3年Aクラス、藤巻が詰め寄るように近づいてきた。
堀北兄は駆け寄ることはなかったものの、険しい顔をしている。
「今は結果発表の最中ですよ先輩。落ち着いてくださいよ。今のところ藤巻先輩には何の関係もないじゃないですか。Bクラスの生徒が退学になるだけですし。むしろライバルと 差がついてよかったじゃないですか」
鼻で笑って答える。
「えー、一部お静かに願います。誠に残念ではありますが、グループの責任を取って猪狩さんの退学が決定致しました。また、グループ内で連帯責任を命じることも出来ますので、後ほど私のところに来てください。続いて1位の女子グループを発表いたします」
 
残念だと述べつつも、粛々と進められていく結果発表。
しかし、もはや堀北兄は1位を取ったことなどどうでもよくなっていたはずだ。
絡め取られるべくして、絡め取られた。
優秀であり、人の見本であるからこそ、南雲雅にしてやられた。
領域外の攻撃。
 
「綾小路、どうして藤巻先輩はあんなに怒ってるんだ……? 南雲先輩の言うように、責任者はBクラスの生徒だ。Aクラスには追い風なんじゃないのか?」
 
疑問に思った啓誠が耳打ちするように聞いてきた。
 
「いや、問題なのは責任者じゃなく、道連れのことだと思うぞ」
「え?」
 
解散が命じられ、帰宅のバスの準備が整うまでの間、身支度をするための自由時間が設けられる。南雲は堂々とその場に留まり、一人の女子を呼びつける。
 
「猪狩先輩。教えてくださいよ。一体誰を道連れにするのか皆さん気にされてますよ」
 
退学処置を命じられた3年Bクラスの猪狩と呼ばれた女子は落ち着いている。
むしろ同じグループ内の女子の方が心配している様子だ。
猪狩のグループはBクラスとDクラスで主に構成されている。
朝比奈と恵からの情報なので、間違いないだろう。
そしてその中には……Aクラスからの唯一の参加者、橘茜の姿もある。
オレは堀北兄を見る。そして心の中でゆっくりと語りかけた。
分かってるさ。確実にAクラスで卒業するため、そして南雲への対策のために、男女共にAクラスの生徒には誰一人責任者にならないよう、指示を出してたんだよな? 手堅い成績を残せば、退学になることはないからだ。
だが、それでも絶対防衛にはならないことを、あんたは分かっていた。
だから南雲の勝負を受け、正々堂々戦う舞台を用意した。
『悪意』を防ぐために。そして女子との不用意な接触は避けた。その隙を突いて南雲が女子を狙うリスクを減らすために。
穏便に、可能な限りの万策を尽くした、それは認めよう。
それでも、南雲の悪意はそれ以上だったんだ。 もはや多くを語るまでもないだろう。
この特別試験は、南雲が学校側にも悟らせず仕込んだ罠そのもの。
罠にかかった人物も今、自分の状況を悟っている。 その表情は今にも、倒れそうなほど青白くなっている。
 
「決まってるでしょ。私たちのグループの平穏を乱した、Aクラスの橘茜さんよ」
 
全員に聞かせるように、猪狩は怒気を含め吐き捨てた。
 
「南雲……堀北との約束は、第三者を巻き込まないことだろ!」
 
藤巻が殴りかかりそうな勢いで詰める。
 
「待ってくださいよ。俺は無関係ですよ」
「白々しい!」
 
怒るのも当然だ。誰がどう見ても関係したと、丸分かりな雰囲気を自ら出している。
 
「じゃあ、私は道連れの通達をしてくるから」
 
淡々と告げると、猪狩は教師のもとへと向かった。同時にクラスメイトの石倉も猪狩に寄り添うように向かう。それを誰にも求めることは出来ない。
橘本人にもだ。
 
「橘先輩は猪狩先輩のグループの足を引っ張った。結果平均点のボーダーを下回り、道連れにされることになった。それだけのことじゃないですか」
 
藤巻とは違い、堀北兄は南雲に詰め寄る前に、立ち尽くす橘へと声をかけにいった。
3年の一部は何とも言えない表情で立ち去っていく。
 
「堀北くん、ごめんなさい……!」
「橘、なぜもっと早く相談しなかった。おまえなら異変に気づいていたはずだ」
「それは……堀北くんの、負担になることが分かってたから……」
 
そう、涙を流しながら謝る橘。
恐らく最初は気づいていなかっただろう。グループ決めの段階からハメられていたことに。
しかし時間が経つに連れ実感したに違いない。
自分の配属されたグループは『橘茜』を降ろすために結成されたグループだと。
そして橘は奇跡を願って試験に挑んだはずだ。
だが、予想通り現実は非情だった。
しかし橘は受け入れる覚悟も同時にしていたはずだ。
もし自分が退学になっても、クラスポイントを100失うだけで済む、と。
 
「麗しき友情、あるいは愛情といったところでしょうか。おめでとうございます堀北先輩。 改めて賛辞を送らせてくださいよ。俺の負けでしたね」
 
敗者の弁とは思えない口調で、南雲が賛辞を送る。 それをありがたく受け取る人間は誰一人としていないだろう。
「奇想天外、いや規格外の戦略とでも言っておきましょうか。俺の手を読める人間なんて 一人もいません。堀北先輩、あなたを含めて誰にもね」
 
大笑いしながらも南雲は、傷ついた相手に攻撃の手を緩めない。
 
「教えてくださいよ橘先輩。生徒会役員を務め上げ、3年Aクラスの卒業を間近に控え、そして退学していく気分はどんな気分ですか。そして堀北先輩。今の気持ちは? きっとこれまでに感じたことのない、苛立ちに包まれているんじゃないスか?」
 
そう言葉を向けられ、堀北兄は静かに息を吐く。
 
「何故俺を狙わなかった」
「たとえ今回のような手を先輩にしようとしても、あなたを退学させられるとは思えなかったから、ですかね。思いも寄らない手で防いできそうで怖かったんです。というより、別に堀北先輩を退学にさせたいと思っているわけでもありませんし。むしろあなたが退学してしまったら、顔を合わせることも出来ないじゃないスか。そこで白羽の矢を立てたのが橘先輩です。彼女の存在を消したとき、どんな顔をするのか見てみたかったんですよ」
 
単なる好奇心、興味本位だとでも言うように笑う。
 
「方針こそおまえと違ったが、俺はおまえを信用していた。勝負事に関しては、真っ直ぐに向き合うことの出来る男だと。違ったようだな」
 
そう話す堀北に対し、南雲は悪びれない。
 
信頼とは経験値のようなもの。積み重なっていき、どんどん厚くなる。その究極形が家族だと思うんスよね。夜道で他人と出くわせば警戒するのに、それが家族だったら完全に 油断する。それと似たようなものですかね。俺はこの2年、堀北先輩に好かれていないと 感じつつも一定の信頼を得てきました。価値観こそ違えど、全て有言実行してきたからで す。あなたとの関係においては指示には従い、ルールを守ってきました。とは言え鋭い先
輩のことです。100%俺を信じていたわけではないでしょう」
 
堀北兄は守りの指示を出し、そして情報を集めていたことくらいは知っているはず。
 
「しかし……仮に俺に疑いを持ったとしても、先輩が先に裏切るわけにはいかない」
 
専守防衛の辛いところだ。
 
「その一度の好奇心のために、大きなものを失ったぞ南雲」
「信頼なんて、自分から捨てたんですよ。後輩思いの先輩に理解していただくためにね」
 
約束は守る、約束は守られる。そんな根底を南雲はあっさりと塗り替えてきた。
信頼や尊敬、そんな垣根を取っ払って勝負したい。
そんな南雲からの挑戦状だ。
 
「おまえのやり方は十分に理解できた」
「それは良かったです。これはあくまでも前哨戦に過ぎませんからね」
 
そう言って南雲は問う。
 
必要なら何人でも退学者を出せばいいんですよ。それがこの学校の本来のやり方です」
「おまえは、橘が退学する前提で話を進めているようだな」
 
周囲が慌てる中、堀北兄だけは冷静に話を進める。
 
「ま、待って堀北くん!」
 
橘が叫ぶ。だが堀北兄の目には強い決意があった。
 
「へええ。五分五分かと思ってましたが、まさか吐き出すんですか? このタイミングで大量の金とクラスポイントを」
退学措置の取り消し。条件さえ満たせば誰にでも使える究極の手段。
 
「お願いやめて。私がダメだったのは自己責任だから……だから!」
 
必死に止めようとする橘。
だが、藤巻も堀北兄に同意なのかAクラスの生徒に言葉を投げる。
 
「これまでAクラスがAクラスとして機能できた理由を、クラスの人間は誰より理解している。そうだな?」
「その通りだ堀北。遠慮することは無い、使え使え」
 
同じAクラスであるクラスメイトたちがそう言いきる。
 
「本当にいいんですか堀北先輩。3年のこのタイミングで退学者を「救済』するということは、Aクラスの席を明け渡すお膳立てをすることになるんですよ?」
「仮に一度明け渡すとしても、また取り戻すだけだ。おまえの言う学校のやり方でな」
「そうですか。まあそれもいいんじゃないスかね」
 
ここから、恐らく雅は自らの立てた戦略を愉快そうに話すことだろう。
聞かずとも分かっていることに、いちいち耳を貸す必要はない。
オレはこの場から立ち去るように距離を取った。
もう、この場にいても出来ることは何もないからだ。
一部始終を、不安そうに様子を窺 う堀北鈴音の姿があった。
オレの存在に気づかないほど兄を見つめていた。
気にせず体育館から出ると、恵がオレを待っていたかのように入り口傍に立っていた。
オレが廊下を歩き出すと、やや遅れて歩き出す。
 
「清隆の言った通りになった。あんた、マジで分かってたんだ。橘先輩が狙われるって。 退学にするなら堀北先輩以外誰でも良さそうなもんだけど……」
「この特別試験のルール。その製作、構築に生徒会が関わっていると聞いた時点であると 思っていた。確かに狙うなら誰でもいい。だが、折角の大掛かりな罠。より効果的な演出 で見せるならその相手は限られる。あいつと接点の深い女子生徒は橘くらいなものだからな」
 
恵、一之瀬、朝比奈からの情報で繋ぎ合わせ導き出した結論。
南雲の3年Bクラス石倉との絶妙な阿吽の呼吸も、明らかに2人の繋がりを匂わせていた。
南雲は2年全体だけじゃなく3年Aクラス以外をも抱き込んだ。
 
「大グループ全員が結託して低い点数を取り、かつ橘の所属する小グループのメンバーは、 相当手を抜いたはずだ。そうすればボーダーを割るのは簡単だからな」
 
そう説明するが、恵には納得のいかないことがあるらしい。
 
「けど何でBクラスを使ったわけ? 責任者をDクラスの生徒とかにしておけば良かった のに。Bクラスにしたせいで、結局堀北先輩はAクラスのままでしょう? Bクラスに落としたいならそうすべきじゃないの?」
 
恵の着眼点は良い。確かにその通りだ。
この作戦を決行するならDクラスの生徒を責任 者にして、AクラスとBクラスの距離を縮めさせたほうがいい。
と普通は考える。
 
「Bクラスだからこそ可能だったってことだ。橘がそつなく特別試験の課題を終えれば、 道連れにするのは簡単じゃない。Aクラス以外の3クラスがしっかりと手を組まなければ 嵌められない。Aクラスの可能性が現状一番低いDクラスの場合、一つでも上のクラスを 狙うために土壇場でCクラスやBクラスの生徒を道連れにすることだってある。だが、B クラスの生徒が責任者になれば、それは絶対にない。この時期に下のクラスを道連れに落とす意味はないからな」
 
一方でDクラスやCクラスにしてみれば、AクラスとBクラスの生徒が退学処置を受けて、勝手に転がってきてくれるのだから、喜んで協力するだろう。
そうして猪狩のグループは一蓮托生で徹底的に橘を悪者にした。
何かあればあからさま に悪意のある嫌がらせをしただろう。
橘が夜中に騒いで眠れなかった。
橘の指示に従った 結果成績が振るわなかった。
特別試験の結果だけ見れば平凡でも、この1週間足を引っ張り続けたと裏付けられれば、十分道連れの対象に出来るだろう。
申し立てがあれば審議されるだろうが、見えないところで妨害されたと小グループ全員が口裏を合わせれば認めざるを得ない。
もちろん、悪しき前例として残るだろうし、数年後に行われる林間学校の特別試験ではルールを修正してくるはずだ。
こうして南雲の手の込んだ戦略は身を結び、橘に退学の措置を下すことに成功した。
 
「……でもよくこんな作戦出来たなって感じ。あたしがBクラスの生徒だったら、仲間のために退学になるのなんて絶対我慢ならないけど。見返りはなに?」
「見返りが何かは分からないが、少なくとも猪狩は退学にならない」
「え? でも、だって責任者でしょ?」
「堀北兄も行使することを匂わせてただろ。2000万ポイントとクラスポイントを300支払えば退学の取り消し、つまり救済が出来ると。それを行使するからだ」
「なんか、それもう得してるのか得してないのかわかんないじゃん。むしろ損?」
「クラスポイントの支出は痛いが、Aクラスも同じように救済するなら差は生まれない。 対してプライベートポイントのダメージも全くないだろうな」
「それだけ3年Bクラスが金持ちってこと?」
「いや。この戦略を南雲が持ちかける上で絶対条件となるのは、すべてのプライベートポイントの肩代わりだ。それくらいしなければ協力なんてするはずがない」
 
恐らくバスの中で南雲は石倉に接触し、予め2000万ポイントを振り込んだはずだ。
常に冷静だった猪狩、その猪狩と共に石倉が動き出したのがその証拠だ。
 
2年は一枚岩だ。2年全体で金を工面すれば、一人当たり5万ポイントも必要ない。退学者を一人救うなんて、安い買い物なんだろう」
「すっごい滅茶苦茶な戦い方。絶対普通じゃないし」
「それが南雲雅のやり方、なんだろうな」
 
試験を見て戦略を思いついたんじゃない。戦略を思いついて、試験を作りあげた。
堀北兄率いるAクラスは、一クラスで総額2000万ものプライベートポイントを払うハメになる。これは極めて大きなダメージと言えるだろう。
卒業までにあと一つか二つはあるであろう特別試験前に、莫大な資金を失ったのだ。
次の試験で堀北兄が退学にでもなれば、恐らく自己資金は不足する。救済は不発だ。
 
「そろそろ別れた方がいいな」
「あと一つ、あと一つだけ教えて」
 
まだ気になることがあるのか、恵が食い下がった。
「南雲先輩の考えた、橘先輩を退学に追いやる手段って止める手立てはないように思えるんだけど。完璧なハメっていうか。清隆が動かなかったってことは、そういうこと?」
「かなり強い一手なのは間違いないな。上手く敵を送り込まれた時点でほぼ詰みだ」
 
プライベートポイントが強力な武器になるという良い前例を見せて貰った。
「もしあたしが、橘先輩と同じような状況になったら……? 救済だって出来ない状況だったら? やっぱり、その時はどうすることも出来ない?」
 
そんなことを、恵が小声で聞いてくる。
 
「答えは聞かなくても分かるだろ。おまえを退学にはさせない。どんな手を使ってもな」
 
その後、堀北学は、Aクラスの保有するクラスポイントとプライベートポイントを支払い、橘西を「救済』するという選択をした。そして予想通り、Bクラスの石倉もまた、猪狩を救済する。
2クラスが同時に『救済』の権利を行使するという異例の事態が起きた。
そしてここから全学年を巻き込み、高度育成高等学校の退学者は続出していく。

f:id:hasegawaryouta1993420:20180526214026p:plain