漆黒の英雄譚   作:焼きプリンにキャラメル水
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墓地騒動--門にて--

「今日も暇だな・・」

 

そう言った男の言葉に同意を示すように他の衛兵たちが頷く。

 

「暇なのはむしろ良いことだ。何事もないということだろ」

 

衛兵長である男が言って皆を引き締めた。

 

「まぁ・・さっさと終わって帰りたいな」

 

「衛兵長のお子さんは確か今年で六歳でしたっけ?」

 

「あぁ。自慢の息子だ。本当に自慢の息子なんだよ」

 

(また始まったよ。衛兵長の子煩悩め・・)

 

彼らはエ・ランテルの共同墓地の門を守る衛兵だ。

 

エ・ランテルの共同墓地の門は二か所である。これはエ・ランテルという場所が帝国との戦争で死者が出ることが多い為、そういったものたちが埋葬されるためである。通常時であれば死者はさほど多くはない。しかし戦争時となれば話は別だ。桁が変わる。そのため通常時とは異なり『丁重』に埋葬されることよりも『とりあえず』『埋葬』されることが大半だ。戦争という状況下の中で無念を感じたまま死者になった者も多く、その多くがどういう理屈かは不明だがアンデッドになる。そういったこともあって彼らの様な衛兵が墓地をしっかりと管理及び排除している。特にアンデッドはより強いアンデッドを呼び起こす性質を持つ為、この管理と排除を怠るとエ・ランテル全体の危機といっても過言では無い。

 

そんな彼らではあったが決して仕事をサボっていたわけではない。彼らは『自然発生』のアンデッドに対してはしっかりと仕事をこなしていたといえよう。ただし今回は彼らの想定外のことが起きていたのだ。それは『人為的』な『アンデッドの大量発生』である。これが今現在墓地内で行われているなど彼らは知らなかった。

 

そんな彼ら衛兵の長。衛兵長たるカイルは疑問に思う。

 

「もしかして何か見逃していないか?」

 

「衛兵長。それは・・アンデッドを排除できていないと?」

 

その時、衛兵の一人である男が口に指を立てた。

 

「何か聞こえなかったか?」

 

「おい。脅かすなよ」

 

「いや確かに何か聞こえた」

 

カイルがそのことに気が付いたのは普段から聞き耳を立てていたからであろう。

 

カイルと呼ぶこの男。仕事は真面目にこなし部下に対しても慕われている男である。ただ子煩悩で部下に自身の子煩悩っぷりを吐露することが多く部下を困らせることが多いが本当の意味で困っているのではなく「また言っているよ」と温かい目で見られている。その理由として彼の部下である衛兵たちは普段から体調が悪かったりしたら勤務時間を変わってもらったり、部下がトラブルに巻き込まれた際は親身になって話を聞いたりして助けたりなどと普段から感謝されていた。その彼に対して恩を感じているからこそ彼ら衛兵はカイルを慕っていた。そして普段から真面目に仕事をこなす彼だからこそ「いや確かに何か聞こえた」と言われてたら彼らも耳を傾けざるをえなかった。

 

「?・・・聞こえな・・いやこの音は」

 

何やら金属音がする。それをとても小さかったが少しずつこちらに近づいて行っていた。

 

衛兵たちが墓地の中に目を向けるとそこには門に向かって走ってきていた衛兵がいた。衛兵の武器の槍は持たず、何度か転んだのか鎧は全体的に土まみれであった。

 

走ってきた衛兵はカイルたちがいる門まで近づくと門を叩き出した。

 

「開けてくれ!早く!」

 

尋常ではない。パニックを起こしているように見えた。まるで何か緊急事態が起きたのは容易に推測はできた。ただしそれはカイルたちの想定範囲内で収まることだと勝手に解釈していた。

 

「早く!門を開けろ!」

 

カイルのその指示で衛兵たちが門を開けた。

 

走ってきた衛兵は急ぎ門に飛び込むようにして入った。その彼は息を整える時間もかけず叫ぶ。

 

「すぐに閉めるんだ!」

 

「一体何が・・」

 

衛兵たちは困惑していた。状況が理解できていなかったからだ。

 

「早く!閉めろ!閂も忘れるな!」

 

カイルも理解は出来ていなかったが、墓地内を見た瞬間にその一言が出た。

 

他の衛兵たちが門を閉め、閂も閉めた。

 

「一体何が?」

 

「おい。他の奴はどうした?」

 

走ってきた衛兵に一人の衛兵が声を掛けた。

 

「みんな食われちまった。油断なんかしていなかった。ただ数が・・」

 

カイルは状況を理解した。彼の言っていることは正しい。そして今日恐らく私は死ぬ。

 

「見て見ろよ。アンデットの大群だ」

 

門の上から彼らは見た。そこにはアンデットの大軍がいた。数としては最低でも千。スケルトンだけではなく見たことの無いアンデットもいた。自身の知らない敵、『未知』なる敵がいる。その事実がより一層彼らの恐怖心を煽る。

 

この日、彼らは死を覚悟した。

 

だがカイルだけは違った。

 

「全員槍を構えろ‼︎奴らを門に近づかせるな‼︎」

 

カイルの指示で彼らが槍を使う。門を叩くスケルトン、同族を足場代わりに使って登ろうとするスケルトンたちを突き落とす。

 

突き落とされたスケルトンが1体だけならば地面に落下した衝撃で砕け散るだろう。だが何千といるスケルトンがクッションとなってその身を保ったまま再び同じ行動を繰り返す。

 

アンデットの特性として「疲労」することはない。そのため手足の一つでも砕かぬ限り彼らの動きが鈍くなることはない。またカイルたち衛兵が持つ武器がもし打撃武器であれば活路はあったかもしれない。だが彼らが持つのは槍。他のアンデットならばともかくスケルトンにはダメージを与えるのは困難である。

 

だがらだろう。

 

アンデットの大群の中にそれはいた。

 

てらてらとぬめぬめとしたピンク色の輝きを持つ「腸」であった。

伸びた先にいたのは卵の型をした人の死体で、身体の前面が大きく縦に割れていた。その割れた穴の中には数人或いは数十人分の数の内臓が寄生虫のように蠢いていた。そのアンデットの名前は「内臓の卵〈オーガン・エッグ〉」。

 

もしこのモンスターを知っていれば対処できたかもしれない。

 

衛兵の中で1番若いサム。彼の首に内臓の卵〈オーガン・エッグ〉の割れ目から伸びた腸がサムの首に絡みつく。

 

「サム!」

 

カイルが叫び手を伸ばす。

 

 

「隊長!」

 

サムが持っていた槍を落とす。両手で腸を外そうとするがビクともしない。

 

「隊長ぉぉぉ‼︎‼︎」

 

カイルの伸ばした手が虚しく空を切る。絡みついた腸に引っ張られる。

 

「サムぅぅぅ‼︎‼︎」

 

サムが内臓の卵〈オーガン・エッグ〉に引っ張られてアンデットたちの群れの中に落下した。

 

「隊長ぉぉ‼︎死にたくない‼︎助け・・」

 

サムの叫び声がそこで止んだ。それが意味することは・・

 

「サム・・」

 

サムに起こったことを見て衛兵たちが思考を停止してしまう。

 

だが隊長の立場であるカイルだけは唯一思考を止めずに働かせていた。だがそれは親しかったサムの無残な死に衝撃を受けすぎていたからだろう。

 

「下がれ!壁の下まで後退しろ‼︎」

 

カイルはそう指示を出す。衛兵たちが動いて階段を降りる。

 

だがアンデットたちが扉を壊そうと体当たりしたことで、扉からギシギシと悲鳴を上げていた。

 

彼らの中で、葛藤が生まれる。

 

もし自分たちが逃げたらアンデットたちは扉を破壊し、エ・ランテルを蹂躙するだろう。そうなればどれだけの被害が出るのだろう。

 

カイルもその気持ちは分かった。だが自分たちではどうすることも出来ない事実が彼らに絶望を与える。

 

皆の身体も精神も絶望に満ちたその瞬間、どこからか金属音が響いた。

 

全員が反射的に音のした方に身体ごと向けた。

 

そこにいたのは英知を感じさせる魔獣。それに乗った漆黒に染まる全身鎧〈フルプレート〉を着用した戦士。横に立っているのは「美姫」と呼ぶにふさわしい人物がいた。

 

「冒険者か?」

 

カイルは瞬時に冒険者だと判断した。そこですぐに彼らの首にかけられたプレートを見る。

 

「銅級か・・お前たち、ここは危ない!冒険者組合に応援を!」

 

カイルがそう言ったのも無理はない。銅級冒険者ではあれだけのアンデットを相手するのは無理だ。何故なら衛兵と銅級冒険者の実力はほぼ同じだからだ。

 

「ナーべ、剣を」

 

漆黒の全身鎧を着た人物らしき声がする。男の声であった。

男は魔獣から降りる。

 

「お前たち、後ろを見ろ。危ないぞ」

 

男の注意を聞いて、カイルたちは即座に後ろを振り返る。それを見てカイルたちは言葉を失った。

 

そこにいたのは無数の死体が集合して出来た四メートルはあるアンデット、集合する死体の巨人〈ネクロオーム・ジャイアント〉である。

 

「俺たち、終わったな・・」

 

だが漆黒の戦士が槍投げの要領で大剣を投げたのだ。目に映ることなく飛んで行った大剣が先程のアンデットの巨人の額に突き刺さっていた。だが最も信じられかったのはそのアンデットがたった一撃でノックバックし、轟音と地響きが同時に起きた。

 

「へ?」

 

「すげぇ」

 

漆黒の戦士が女からもう一本の大剣を渡された。

 

「門を・・いや、上から行こう」

 

「アンタら!むこうにはアンデットの大群が!」

 

「それが?この私、モモンに何か関係があるのか?」

 

圧倒的な自信に満ちた漆黒の戦士のその言葉に衛兵たちは威圧感を通り越して安心感を得ていた。

 

「お前たちはそこにいろ。ハム助!お前はここに留まり門を守れ!」

 

「殿!承知したでござる」

 

「ナーベ!お前はついつきてくれ」

 

「はい」

 

漆黒の戦士と女が壁を乗り越えていった。漆黒の戦士は鎧の重たさを感じさせないように飛び、女は「フライ」と唱えて飛んで行った。

 

そして漆黒の戦士はその場にいたアンデットを次々と屠り、先程までのアンデットの脅威が消えていった。

 

「あれが銅級だと?嘘だろ。あれこそ伝説のアダマンタイト級なんじゃ・・・」

 

カイルたちが戦士と女の様子を見ると、既にアンデットたちは全滅。その場には大量の骨が散っていた。

 

そしてカイルは言った。この一言が彼らを象徴する言葉になるとは彼自身も思いもしなかった。

 

「漆黒の戦士、いや漆黒の英雄だ」

 

その声に誰もが頷いた。

 

 





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