漆黒の英雄譚 作:焼きプリンにキャラメル水
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モモンたちがエ・ランテルに戻る途中、エ・ランテルでは変わった出来事があったのだ。
黄金の輝き亭・・・・それはエ・ランテルで一番の宿屋である。そこで提供されるサービスは他の宿屋に比べて比較できない程だ。
そこで食事をしている者も王侯貴族や大商人といったかなり限られた存在しかいない。当然そんな中でサービスを提供する者にも失敗は許されない。
ベッドメイキングは金貨が跳ねるかどうか確認は必須であり、食事には提供する前の毒見は不可欠だ。それを提供するウェイタ―も間違いなどが許されるはずがない。
ウェイターの一人が料理を運ぶ。いつも通り真面目に仕事をしていた。黄金の輝き亭で働き始めてはや七年。
だが足元に『何か』(自分の足・・しかし違和感として足元にある『影』が引っかかったような・・)が引っかかる。持っていたトレイが宙を舞い、そして大商人の1人であるバルド=ロフーレの頭にスープが被さった。
「あつぅぅぅぅぅ!!!!!!」
そう言ってバルド=ロフーレは席を立ちあがりナプキンで頭部を拭う。
「っ!申し訳ありません!!!」
ウェイターが急ぎ謝り、零した水などを拭くためのナプキンでバルドの頭を拭く。
「おい!」
その場にいる支配人がウェイターに声を掛け肩を叩いた。ウェイターに支配人が声を掛ける時は非常に限られていた。その中でも最悪の理由をウェイターは考えた。
「この宿屋から出ていけ。」
「私をクビにするんですか?」
「分からないのか・・もうクビにしたんだ。」
そう言われたウェイターの膝が崩れ落ちる。
「さっさと出ていけ。」
茫然とするウェイターの肩に手を置く人物がいた。
「大丈夫ですよ。」
ウェイターがそこを見ると立っていたのは老人の執事であった。
「ロフーレ様。これをどうぞ。」
そう言って執事が渡したのは青いポーションであった。
「すまない。」
そう言ってバルド・ロフーレはポーションを飲む。スープが掛かった皮膚の火傷などが癒されていく。
「助かったよ。チャン殿。こんな高価なものまでいただいて・・」
「いえいえ・・」
そこで執事は一度言葉を区切る。そして・・
「『誰かが困ってたら助けるのが当たり前』ですから。」
その言葉を聞いた周囲の者たちが言葉を失う。
利益を優先する商人にとってその言葉は嘲笑の種になるだけだろう。だが執事から漂う雰囲気は『できる者』であることが分かる。それは一流の者だけが許される自信に満ちた発言に感じ取った。
「チャン殿・・あなたは・・」
「私のことはセバスとお呼び下さい。ロフーレ様。」
「では私のこともバルドと呼んでほしい。セバス殿。」
そこでセバスとバルドが握手を交わす。
「もし何か困ったことがあれば言ってくれ。すぐに言ってくれ。助けになるよ。」
「それでは早速ですが・・」
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「はぁ・・」
ウェイターの男はため息を吐いた。
(七年働いて・・・ウェイターになって・・これか・・)
自分の人生を振り返る。
「さらば黄金の輝き亭・・」
そう言って男が去ろうとした時だった。
「待て!」
「うん?」
男が振り返るとそこには支配人がいた。呼吸が乱れている様子から探していたことが分かる。
「支配人・・どうしたんですか?ちゃんと退職金は貰いましたよ。」
「退職金を返せ。お前には必要の無いものになったから。」
「えっ・・どういうことですか?」
「いや違う。お前にクビって言ったのアレなしになったから。」
「えっ・・一体何が?」
「実はだな・・」
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黄金の輝き亭・・・そこで一人のウェイターが働いていた。
その男はきっちりと制服を着ると食堂に現れた。朝食を食べている者たちに目を向ける。
そこに立っていた人物に挨拶をする。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
そう言われて老年の執事が挨拶を返す。
「支配人から話を聞きました。」
「バルド様にも言いましたが・・失敗をしないことよりも、失敗から何かを学ぶ方が大事だと・・そう私が仕えるお方が言っておりましたので。」
「何故助けてくれたのですか?助けてもらっといて言うことではないですが・・私を助けてもあなたにメリットなんてないはずですが・・。」
「『誰かが困ってたら助けるのが当たり前』ですから。」
その言葉を聞いた彼は後に・・「私の生涯の恩人は両親とセバス様だけ」と語ったとされている。
セバス=チャン。後に『純銀』と呼ばれ運命に導かれるようにして『漆黒』のモモンと対峙することになるのだが、それは随分先のこととなる。