漆黒の英雄譚 作:焼きプリンにキャラメル水
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生い茂る木々の奥から地響きに似た足音が聞こえた。
まだ距離は遠く、木々によって姿は隠れたままの為に姿を視認することは出来なかった。
「モモンさん。」
「分かってる。」
モモンは大剣を持つ両腕に力を込める。
「あれが『森の賢王』か。ナーベ、下がってろ。」
「はい。」
ナーベが一歩下がる。それを見てモモンはナーベの前に立った。
(何かあってからでは遅いからな・・)
モモンは二本の大剣を交えるように構えた。その構えは防御の構えであった。
振り上げたり振り回すことに適していない構えではあるが、正面からの攻撃などではこれが最適なのだろうとモモンは考えていた。
「さぁ。来い!」
モモンがそう呼びかけた時だった。
空気が揺れる。
その瞬間、モモンは『闘気』を発する。自身を中心に球体状に知覚範囲を広げる。
闘気を発した範囲内の全ての情報を読み取る。そこに入ってきた違和感・・・森の賢王だろう存在の身体の一部が入ってくる。
(この形状は・・鞭?いや違う・・これは尻尾か!)
モモンは攻撃が来るだろう位置に対して防御を構えなおす。
「っ!」
モモンの構えた位置に尻尾が当たり、火花が飛び散る。
「想像よりも遅いな。」
伸びてきた尻尾が森の中に戻っていく。
「森の中だと意外に見えないな。」
『森の賢王』の姿を視認できなかった。
かろうじて尻尾が緑色なのが視認できた程度であった。
(この緑に囲まれた場所ではあの尻尾の色が保護色として機能しているのだろう。)
かつてタブラスおじさんから聞いた話では、一部の虫や動物やモンスターは自身が生息する環境に適応しようとすることがあると聞いた。
(ブラッディベアがアゼリシア山脈でも生息できるように足を最も発展させていったのもそういうことなのだろう。)
モモンの知覚範囲に尻尾が再び入ってきた。この動きだと狙いは首元なのだろう。
「もう一撃か!」
モモンは自身の首を狙う尻尾に向かって大剣を振り下ろす。
再び火花が飛び散る。
「むっ・・」
初めて『森の賢王』が喋った。
「それがしの攻撃を防ぐとは見事でござるなぁ。名を名乗ることを許すでござるよ。」
その存在が森の奥・・視認できない位置から流暢に話す。
「モモンだ。お前が『森の賢王』か?」
「そうでござる。」
そう言って森の奥からそれが現れる。モモンはその姿を見て驚いた。銀というよりは雪の様な体毛。黒く円らな瞳。まん丸いパンの様な姿。相手の全身を見てモモンはあることを思い出していた。
「・・・似ているな・・」
(ギルメン村の一人、アンコさんが飼っていた犬に。)
ギルメン村にはアンコという女性がいた。アンコはモモンよりも年上で優しい性格の持ち主であった。争いごとを嫌い、子供や動物を愛でるのが好きな人だった。アンコはたった一度だけだが犬を飼ったことがあった。村の近くで重傷を負った一匹の犬を助けたことがあり、その犬を飼うことを提案し最期まで飼い続けた。その犬が死んだ時アンコさんは一週間家から外出しなかった。他の村人もショックを受けたが、アンコは特にショックを受けていた様子だった。今でも覚えている。アンコさんが叫んだその犬の名前を・・
「さて命の奪い合いをするでござる。」
そう言って『森の賢王』が腕を構える。
「・・やめだ。」
(冒険者になってからやけに昔のことを思い出すようになったなぁ・・)
「どうしたでござるか?」
円らな瞳の持ち主である『森の賢王』はモモンに問うた。
「お前を傷つけたくはない。これ以上の戦闘は無意味だ。」
(こいつの目・・あの犬に似ているんだよな・・)
「むっ・・それがしの領域に無断で入っておきながら無意味と申すか。」
モモンはため息を一度吐くと、右手に持った大剣の切っ先を『森の賢王』に向けて闘気を発した。
それを受けて『森の賢王』が仰向けに倒れた。
「だから言っただろう。無意味だと。」