堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ
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最終回でございます。
一年に渡るちょこっとした冒険も終了と相成りました。
まぁ、最後もメチャクチャですけどね。

エピローグは本日18:00公開です。
それで堕天使の旅は終わりとなります。

さて、主人公の結末や如何に?



処刑-9(最終話)

 アインズとパナップの話し合いは、時が経つのを忘れるかのように続いていた。

 ユグドラシル時代のこと。

 異世界へ転移してからのこと。

 パナップからは会社を解雇されたあの日から自分が何を考え、どのように行動し、ユグドラシル最終日にログインした後、如何なる経緯で異世界へと渡ったのか――。異世界に於いては誰と出会い、誰と戦い、誰を探していたのかを――。

 アインズからも同様に、孤独なユグドラシルでの顛末と、転移してからの支配者ロール、そして冒険者生活の全てが語られた。

 途中、「なんでアインズなの?」「分かり易いかと……」「漆黒の英雄?」「どうして殺人鬼に?」「蒼の薔薇は友達!」「フォーサイトってもしかして?」「魔王ヤルダバオト?」「NPCの老婆?」などなど、様々な驚きはあったようだが、話し合いは穏やかに進んでいるかのように見えていた。

 そう――アルベドとパンドラの話が出るまでは……。

 

「ア、アルベドが?! くっ、なんてことを!」

 

「私がアインズさんの障害になると思ったのかもしれません。なにせ『禁句の御方』ですから」

 

「うっ、それは、その……」

 

 意地悪そうなパナップの言葉に、アインズはユリとの一件を説明しながら、不用意な発言でナザリックの(しもべ)達に禁句の話が広まってしまったのだ、と弁解した。ただ当時は、アインズ自身が転移直後で混乱していたこともあるだろうが、やはり心の奥底から湧いていたパナップへの怒りを抑えきれていなかったのであろう。

 アインズはそのことも包み隠さず口にし、深く頭を下げていた。

 

「まっ、名前ぐらいどうでもイイんですけど……」と呟くパナップは、キョトンとしているアインズを前に、深く息をつく。

 

「アルベドの件に関しては……、私としても気持ちは分かるんですよ。冷静になって思い出してみると、私ってアルベドに結構酷いこと言っちゃっているんですよねぇ」

 

「酷いこと、ですか?」

 

「ええまぁ、『私の勝ち』とか、『宝の持ち腐れ』『役に立たない』とか、ユグドラシル時代に色々と……。アルベドも宣戦布告してきたのは私からだ、って同じ台詞返してきましたから」

 

「NPC相手に何故? っていや、ゲームでの話ですし、仕方ありませんよ」

 

 アインズの言葉通り、ゲームでの発言を問題にされてもパナップとしては困惑するばかりだろう。しかし意志を持ったNPC相手にそんな理屈は通用しない。

 ぶつけた内容が本音であるなら尚更だ。

 

「だけどねぇ、アルベドの必死さってそれだけじゃないような気が……」

 

「あぁ、その、なんというか、もしかすると……アレかも?」

 

 女の勘を働かせるパナップに対し、アインズは一つの可能性――というか、自分の失態を晒す。

 それはアルベドの設定変更。「ちなみにビッチである」を「モモンガを愛している」に変えた一件のことである。

 

「え~っとつまり、モモンガさんを愛すよう設定を変えたからモモンガさん以外は愛さない、ってこと? それマジ?!」

 

「執着と嫉妬による言動、そして行動が常軌を逸していますからね。パナップさんを狙った件からみても可能性は高いかと」

 

 申しわけない――と本日何度目かになるアインズの謝罪が流れ、執務室はしばし沈黙する。

 パナップは情報を整理しているのか、何かに悩んでいるのか、じっとしたままソファーへ体重を預けていた。

 

「だ、大丈夫ですよ! 任せて下さい! アルベドにはしっかり説明します。パンドラにもヴァンパイア姉妹を保護しておくように連絡しておきますし、ナザリックの(しもべ)達にも周知徹底させます! 今回の責任は俺が――いや、ギルドマスターの私が全面的に悪いのです! パナップさんはゆっくり休んでいて下さい。貴方には指一本たりとも触れさせませんからっ!」

 

 ある日のシャルティアではないが――、アインズは名誉挽回・汚名返上とばかりに気合十分である。

 ギルメンを攻撃したという、茶釜さんにフルボッコにされるような失態、たっちさんに次元ごと斬られるような最低案件、ぷにっとさんに朝まで説教を喰らうような非人道的行為なのだ。

 アインズとしても何かせずにはいられないのだろう。

 ただ――パナップの希望は違うようだ。

 長き思考の旅から目を覚ました堕天使は、一つの解決策を提示する。骸骨魔王様が精神を抑制させてしまうほどの信じられない策を……。

 

「話し合いでアルベドは止まらないでしょう。アインズさんに殺されようとも、アインズさんの為に私を消そうとするはずです。間近で目を見た私には分かります。このまま私をナザリックへ迎え入れたなら、近い将来、私は行方不明になることでしょう」

 

「……」

 

「それにナザリックの皆も、裏切り者が平気な顔で復帰するなんて納得しないでしょう。アルベドにとっては有利な状況です。アインズ様のナザリック統治を盤石なものとする――なんて旗印の下で、私は消されちゃいますよ」

 

 アインズは言葉に詰まる。

 もしかすると、心の片隅で分かっていたことなのかもしれない。

 

「だから――処刑しましょう」

 

「――えっ」

 

「私を処刑するのです! ナザリックの皆の前で! 大勢集めて、大観衆の前で私を殺すのです! 本意ではなかったけど結果としてアインズ様を裏切った、だから罰として処刑する。そして復活した後は全てを許す。そんな感じでナザリック全体へ周知するのです! アルベドが私へ襲いかかる前に、私を罰し、許してしまうのです。アルベドの大義名分を無くし、ナザリック全体で私への攻撃を抑止すれば、生存の確率はかなり上がるでしょう。もちろん死ぬのは嫌ですけど、プレイヤーは復活しますからね」

 

 パナップは素晴らしいアイデアであると言わんばかりに話し続ける。

 

「処刑なら誰もが納得してくれるでしょう。もちろんアルベドの殺意を解消させるには不足かもしれません。けれど協力者はゼロに――いや、ルベドぐらいに抑え込めます。そうなれば流石に動き辛くなるはずです。後は頭の良いNPCに対応策を考えてもらえば完璧ですね。それに……え~っと、ルベドはニグレドの命令なら聞く設定だったはずだし……うん、なんとかなる!」

 

「……」

 

 パナップの提案は考慮に値する案かもしれない。アインズは頭の中でそう思いながら、同時に「ふざけるな!」と自分を罵倒する。

 仲間を救うために仲間を処刑するなんて、ギルドマスターが取るべき手法ではない。絶対にない。

 

「……却下です。馬鹿なこと言わないで下さい」

 

「私、本気ですけど……。生き残る為に必死なんですけどぉ。アインズさんはアルベドの本気を間近で見てないから――」

 

「アルベドを殺せば解決です。パナップさんが死ぬ必要はない……」

 

 嘘か真か? アインズは力無く呟く。

 

「私のためにアルベドを殺したら、それこそ私がアインズさんの害物だって証になっちゃいますよ! そんなことしたら次はパンドラが私を狙います! その次は別の誰かが! その次も次も! アインズさんは私を消滅させたいのですか?!」

 

「そんなわけないだろうがっ!!」

 

 何故自分が怒鳴っているのか、アインズには分からなかった。ただ――己の内に渦巻く怒りを抑えきれなかったのだ。

 仲間を攻撃した自分への怒り。

 アルベドにきっかけを与えた己の失態。

 対処法を考えつかない無能さへの失望。

 そして、心の何処かでパナップを処刑することが一番合理的かもしれない――と考えているアインズ・ウール・ゴウンへの殺意。

 精神抑制が働くものの、次から次へと絶望のオーラのようにドス黒い感情が湧き出てきて狂いそうだ。

 

「処刑だとっ! ギルメンを処刑?! ふざけるなっ!! 俺がナザリックを守り続けてきたのは仲間を殺すためじゃない! いつの日か再び集まって冒険できる――そんな日々を夢見ていたからだ!!」

 

 アインズは立ち上がってテーブルを叩き潰し、ソファーを蹴り飛ばす。

 

「く、くそがぁあああぁああああ!! どうしてこうなる?! 慎重に行動していたのに! 何故だぁぁ!! 何故仲間を殺さねばならない! 俺はアインズ・ウール・ゴウンだぞ! ギルドマスターだぞ!!」

 

 気が付けば執務机もバラバラだ。壁も大きくへこんでおり、周囲に飾ってあった装飾品なども、もとが何であったかすら判らない。

 無事で済んでいるのは、涙を流しながら座っているパナップのソファーぐらいであろう。

 

「ア、アインズさん、お願いですから……、落ち着いて……下さい」

 

「俺は落ち着いている! 精神抑制があるから絶対に落ち着いてしまうんだ!! くそがぁあ!! 何故こんなときに穏やかな気分でいられるんだ! 仲間の生死に係わることなんだぞ!!」

 

 ズンッ! と骨の拳を壁にめり込ませて、アインズは止まった。

 思考は極めてクリアであり、怒りで我を忘れるなんてことはない。死の支配者(オーバーロード)という種族的に不可能なのだ。

 アインズは理解している。

 パナップの処刑は、ナザリックの(しもべ)達を納得させるのに十分な威力を持つ。守護者達も涙を流してパナップの死を悼むだろう。

 デメリットは五レベルダウンのデスペナルティーぐらいだ。無論、ペストーニャに最高位の蘇生魔法を使用させてリスクの少ない即時復活も可能だろうが、それでは処刑の効果が半減してしまう。

 やるなら完璧に殺さねばならない。それもアルベドがパナップのことを憐れに思うぐらいの、徹底的に救いのない完璧な処刑が必要だ。

 

 アインズは思う。

 自分は今、モモンガではなくアインズ・ウール・ゴウンなのだ、と。

 

「大事なのはギルメンか? ナザリックか? (しもべ)達か? 皆が残してくれたNPC達は今や家族同然だ。見捨てられるわけがない。だからといって――いや、しかし……」

 

 穴だらけの壁に向かってアインズはブツブツと呟き、背後にはパナップのすすり泣く声だけが響く。

 しばしの沈黙と、張り詰めた空気。

 そしてアインズは決断した。

 

「パナップさん、――貴方を、助けるためにやるのです。助けるためですからね!」

 

「……はい、もちろんです。私は貴方を……信じていますから」

 

 アインズはパナップの顔を見ずに言い放つ。

 このとき――たった二人のギルドメンバーが交わした短い言葉は、なんの誓いも生み出さなかった。

 儀式でも何でもないただの言葉なのだから当然であろう。意味なんてあるわけがない。ステータスも上昇しないし、耐性だって付かない。

 しかしそれでも(すが)りたいのだ。――あの日、二人で(つむ)いだ、ちっぽけな誓いの残滓に……。

 ただ、そんな虚ろなモノに(すが)りたいと思っていたのはアインズか、パナップか、それとも両者なのか? 現時点では誰にも知りようがない。

 

 アインズは最後まで、涙目で見つめてくるパナップの顔を直視しなかった。いや――できなかった、と言うべきなのかもしれない。

 

 

 ◆

 

 

 アインズは即座に動き出した。

 執務室の前で――轟音響く部屋の中へ飛び込みたいという思いを必死に抑え、血が滲むほど拳を握りしめていた――セバスへ第六階層円形劇場(アンフィテアトルム)への全員集合を指示し、パナップを氷結牢獄へ一時収監するよう命令する。

 もちろんセバスが驚愕の表情を浮かべ、「御命令を聞き間違えたのかもしれません」と聞き直してくることもアインズは予想していた。

 だから再度強く厳命する。

「ナザリックの全(しもべ)が第六階層に集まるまで、パナップを氷結牢獄へ収監せよ」と。

 

 ナザリックはハチの巣を突いたように混乱――はしなかった。

 アインズの指示を伝え聞いたアルベドが、まるで想定していたかのような手際で、全てを成してしまったのだ。

 第六階層へ集合できる者はそのまま観客席へ、ニグレドやヴィクティム、ガルガンチュアのように動けない(しもべ)達へは、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を貸出し、場合によっては〈千里眼(クレアボヤンス)〉及び〈水晶の(クリスタル・)画面(モニター)〉の使用を許可する。

 それに伴い、ナザリック防衛機能の一部を停止。

 ただ、上層階の防衛を疎かにするわけにはいかないので、第一階層は自動POPモンスターや恐怖公の眷属達で溢れさせることとなった。

 

 しかし、この手際の良さには奇妙な感じさえ受ける――デミウルゴスはそのように思っていただろう。

 第六階層で行われる『処刑』について聞いた時は、背筋が凍るほどの恐ろしさを覚えた。

 だが宝物殿の領域守護者が平気な顔で、同じく平気そうなアルベドと共に阿吽の呼吸で動いているのだから……、どうにも不自然だ。加えて、両者の先を読んでいるかのような準備の良さにも引っかかる。

 

 デミウルゴスは思考する。

 アルベドは『処刑』のことを予見していた。パンドラも同様であろう。

 つまり二人は同じ情報を持ち、同じ結論に達したということだ。二人で情報を共有していたのかもしれない。

 デミウルゴスとしては自分の知らない情報に興味を持つものの、重要なのはただ一つ。アインズ様にとって有益か否か――である。

 パンドラが動いている以上、アインズ様が不利益を被るような事態にはならないだろう――とデミウルゴスとしては一安心、と言いたいところなのだが、問題はアルベドだ。

 以前から兆候はあった。

 だがアインズ様を愛するが故の行動だからこそ、デミウルゴスも強く踏み込めない。世継ぎの件からも、積極的な行動を悪手だと切り捨てたくはないのだ。もちろん限度はあるが……。

 

(――さて、パナップ様に対してはどうなのでしょう?)

 

 デミウルゴスを始め、主だった守護者にはパナップの帰還が知らされている。

 そして『処刑』の件も伝えられた。

 普通なら帰還に喜び、『処刑』に絶望するだろう。

 禁句の御方とはいえ、至高の四十一人の一人なのだ。アインズ様との間になにかしらの確執があったのかもしれないが、(しもべ)にとっては神にも等しい存在。

『処刑』など、アインズ様の命令であっても受け入れ難い、と言う他ない。特に直轄の(しもべ)などは己の全てをかけて否定してくるだろう。ただし、アインズ様直属の宝物殿守護者と、何故か受け入れている守護者統括は除くが――。

 

(アルベドがパナップ様の御帰還を知ったのは、私と同じタイミングのはず。なのに顔色一つ変えませんでしたねぇ。一目お会いしたいとも言わず……。これはやはり、御方が異世界へ来ていることを知っていたということでしょうか? 知っていて隠したと? そしていずれ発見され、アインズ様に『処刑』を賜ると予想していた? パナップ様の死を恐れていない? むしろ望んでいる?)

 

 デミウルゴスは思考の海――この守護者の場合はマグマ?――に沈みつつ、アルベドの考えを読み解こうとする。

 

(パナップ様の御帰還はアインズ様にとって有益なはず。ナザリックにとっても待ち望んでいた至高の御方なのですから、アルベドに忌避する理由はないはずでしょう。となると、個人的な理由によるものでしょうか? パナップ様とアルベドとの間に、なにかしらの衝突があったとは聞いていませんが……。まぁどのような理由があるにせよ、『処刑』を決めたのはアインズ様。今はその指示に従いつつ、統括殿の動きを警戒すると致しましょう。……それにしても、パナップ様にいったい何があったというのか……)

 

 アルベドがパナップ様に危害を加えようというのなら、デミウルゴスに迷いはない。至高の御方に叛意を持つ者など、ナザリックに存在してはいけないのだ。即座に殺し、御方の安全を確保する。それこそがナザリックの(しもべ)としての在るべき姿であろう。

 ただ今回、『処刑』を決めたのはアインズ様だ。

 ナザリックの最高支配者、至高の御方の纏め役にして頂点。

 故に異を唱えることなどできるはずもない。

 

(説明は皆の前で行う――と、アインズ様は仰った。ならばこれ以上思案を重ねる必要もないでしょう)

 

 デミウルゴスは眼鏡をくいっと上げて動き出す。

 もっとも考えを巡らせ始めてから数秒しか経っていないのだから、第七階層にいる配下の(しもべ)達には、智謀に優れた階層守護者が何かを考えていたなんて気付けるわけもない。

 

 第七階層を守護する(しもべ)達はデミウルゴスの指揮の下、第六階層への移動を始めていた。

 ちなみに“紅蓮”は、その大きさと特性故にお留守番である。

 溶岩近くにそっと置かれた耐熱仕様の遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)で、一人さみしく見物することになりましたとさ。

 

 

 ◆

 

 

 第六階層の円形劇場(アンフィテアトルム)と呼ばれる円形闘技場(コロッセオ)は、ナザリック始まって以来の様相を見せていた。

 第一階層から第七階層までの――流石に第八階層組は遠隔見学――様々な(しもべ)達が観覧席に姿を見せており、異形種博覧会とでも言うべき光景である。

 ただ、お祭り騒ぎになっているわけではない。

 集まっている(しもべ)達の数にしては非常に静かであり、針を刺すかのような緊張感すら漂っていたのだ。

 原因は、観覧席の一番目立つ場所に造られている玉座の傍で、主人の登場を待っている守護者達であろう。

 闇妖精(ダークエルフ)の双子は、今にも泣きだしそうな表情で俯いている。

 ヴァンパイアの少女はソワソワと落ち着かない。

 眼鏡悪魔は平静を保っているようだが、何かを警戒しているようにも見える。

 守護者統括は何故か身を震わせているようだ。その要因が嬉しさなのか怒りなのかは分からないが……。

 ちなみに埴輪野郎の表情からは、何を考えているのか読み取れない。

 

「守護者の皆様、アインズ様から伝言(メッセージ)が入りました。もうすぐ此方へ来られるとのことです」

 

 セバスが発した一言で、その場は一瞬にして静寂で包まれた。

 そして全ての(しもべ)達が円形闘技場(コロッセオ)の玉座へ向き直り、膝を折っていく。

 

 時間にして数秒か、数十秒か?

 平伏した(しもべ)達の身体は、まるで時間停止でも受けたかのようにピクリとも動かない。

 そんな中、神をも超える絶対支配者、アインズ・ウール・ゴウンは姿を見せた。

 

「……皆の者、面を上げよ」

 

 拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で転移し、玉座に身を置いたアインズは、圧倒的カリスマで(しもべ)達の頭を上げさせると、そのまま席へ座るように促す。

 

 ――どうして、こんなことに――

 

 アインズの心には怒りが渦巻いていた。

 その大部分は自分に対する怒りなのだろう。

 他のギルメンが、今からやろうとしている己の所業を知ったら、どれほど失望することか――。

 いや、プレイヤーは復活できるのだから、それほど気にする必要はないのかもしれない。デスペナの五レベルダウンも、アゼルリシア山脈に住まうという霜の竜(フロスト・ドラゴン)を殺しまくれば早く回復できる……だろう。

 

 ――馬鹿か俺は……、いったい何を考えているんだ――

 

 目の前の事象から目を逸らしても、事態は何も改善しない。

 アインズは燃え上がる怒りを精神抑制で鎮めると、右手を高く掲げた。

 

「これより処刑を執り行う。……罪人を前へ」

 

 アインズの声に従い、円形闘技場(コロッセオ)の中央へ一人の堕天使が引き出される。

 手枷に首輪。身に着けているモノは、魔法による形状変化だけが付与されている白いワンピースのみ。背中には黒い羽が六枚。

 そして、堕天使を気遣うように誘導しているのはコキュートスであった。

 

 至高の御方を処刑の場まで引き連れるなんて、誰もが涙を流して辞退を願う行為であろう。神にも等しい――いや、神をも超える御方を罪人のように扱うなんて、死を賜る方がマシと思うのではないだろうか。

 だがコキュートスは自ら役目を受けた。

 それこそが、至高の御方を攻撃してしまった己への罰だと考えて……。

 

「ナザリックの(しもべ)達よ、よく聞いてほしい」

 

 堕天使が中央へ辿り着いたその時、アインズは口を開いた。

 

「皆も知っての通り、その者は至高の四十一人が一人、パナップである。本来であれば帰還した仲間を歓迎し、ナザリック全体で喜びを分かち合うところなのだが……」

 

 事態を察して顔を青くする(しもべ)達。

 アインズはその者達を前にして、「クソがっ!」と言わんばかりに絶望のオーラを噴き上げる。

 

「パナップはナザリックを裏切ってしまったのだ。無論、それはパナップの悪意によるものではない。様々な偶然と事故、不運が重なった末、結果として私を――ナザリックを裏切った形となってしまったのだ。――分かっている! お前達はパナップを裏切り者とは思うまい。罪など無いし罰を受ける必要も無いと言うだろう。しかし至高の四十一人として、ナザリックの頂点に立つ者として、罪から逃げるわけにはいかない! たとえそれが偶然の結果だとしてもだ!」

 

 何処からかすすり泣く声が聞こえる。当然ながらその源は、白い悪魔ではない。

 

「パナップは自らへの罰に処刑を選んだ。――私は仲間の意思を尊重し、処刑執行に同意するものである。よって今から……、パナップの処刑を執り行う!!」

 

 驚きと戸惑い、悲しみと苦悩。

 そんな感情のうねりが巻き起こり、円形闘技場(コロッセオ)は異様な雰囲気に包まれていた。

 

「しかし、よく聞くのだ! 偶然の積み重ねにより生まれてしまったパナップの罪は、処刑によって許される! パナップは復活し、同時に全て許されるのだ! ナザリックの(しもべ)達よ全身全霊をもって理解せよ! アインズ・ウール・ゴウンの名の下に、復活したパナップは完全なる許しを受ける! その瞬間こそが、我らが同胞の帰還なのだ!!」

 

 絶望の中に落とされていた(しもべ)達は、アインズの許しという言葉に希望の光を見る。そして復活――そう、至高の御方々は復活するのだ。決してナザリックを去るわけではない。

 

「よし……では――」

「アインズ様、処刑人の役目はぜひ守護者統括の私に……。他の者では、至高の御方の命を奪うという責務に耐えられないでしょう」

 

 玉座の前に跪くのはアルベドだ。

 やはりきたか――と、アインズは予想が当たったことに悪態をつかずにはいられない。

 

「いや、処刑人はすでに決まっている――、私だ」

 

 処刑を行うと決めた瞬間からそのつもりだった。

 他の誰かに任せられるわけがない。

 ギルドマスターとして、同じギルドの仲間として、異世界へ飛ばされてしまった同郷人として……。

 アインズは全ての責任と共に、パナップへ手をかけることを決断していたのだ。

 

「お前達は観覧席で見ていろ。コキュートスも下がれ。その場には私一人で――」

 

 玉座から立ち上がり、アルベドや他の守護者を退(しりぞ)かせ、アインズは一人、パナップの待つ円形闘技場(コロッセオ)へ降り立とうとした――その時、ざわりと空気がどよめく。

 

「来たか……」

 

 アインズだけでなく、その場の誰もが突然の乱入者に目を奪われる。

 その者は白い全身鎧(フルプレート)を着込み、頭部だけは奇妙な仮面。長剣と中盾で武装し、アインズの視線を受け止めるかのように――パナップを背に庇うかのように現れた。

 

「そんなバカなっ! 見張りは何をしていたの?!」

 

 アルベドが驚くのも無理はないだろう。

 計画の邪魔をしかねないパナップ直属の(しもべ)だからこそ、複数の見張りを付けてパナップの私室へ閉じ込めておいたのだ。

 それがどうして第六階層へ現れたのか?

 拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)が無ければ、そんな真似は絶対にできないはずなのに……。

 

「まさか貴様ぁ! 至高の御方々の指輪をっ?!」

「アルベド、下がっていろ!」

 

 アインズは片手を横へ突き出し、場を制す。

 

 現れた騎士のような存在――その名は“ウロタス”。

 パナップが創造した直属の(しもべ)にして、“鈴木悟”をモデルに創られた竜人である。

 アインズは、仮面を外したあの日のことを思い出す。

 

「よく来たな、ウロタス」

 

「はい、アインズさん。預かっていただけの指輪を使用してしまい申し訳ありません。ですが、ちょっと伝えなくてはならないことがありまして……」

 

「ほう、なんだ?」

 

 殺気だった守護者達が見守る中、アインズはウロタスの言葉を待つ。

 言うまでもないことだが、アインズには全て分かっていた。というより事前にウロタスと話をしていたのだから当然知っていたのだ。

 ウロタスは、己の造物主たるパナップが処刑されると同時に命を絶つことを宣言。その上でアインズに懇願したのだ。

 

 造物主を助けに行き、その場で殺されることをお許し下さい――と。

 

 アインズは請われるまでもなく、ウロタスへ頼むつもりでいた。パナップの危機に駆けつける味方として、全てを捨てて助けに入る白馬の騎士として、死んでもらうつもりだったのだ。

 本当ならその役目は、アインズ自身が担うべきであっただろう。

 しかしアインズ・ウール・ゴウンが優先すべきはナザリック全体であり、一人のギルメンの為にナザリックを危険にさらすわけにはいかない。

 (しもべ)の忠誠心は絶対であると言っても、何が原因で崩れるか分からないのだ。蟻の一穴でもダムが決壊するように……。

 

 アインズではなくモモンガであれば、処刑寸前のパナップを助けようと飛び込むのだろう。今のウロタスはまさにモモンガの代わりであり、鈴木悟の代わりなのだ。

 だからアインズは、ウロタスに預けてあった指輪のことを誰にも教えなかった。パナップを助ける者がいるのだと、私も本当は助けたいのだと、処刑なんかしたくないのだと、言い訳を重ねる――ただそれだけのために。

 しかしそれは我儘だろう。

 待ち受けるのは最悪の結末だけだ。

 

「アインズさん、そしてナザリックの全ての(しもべ)達にお伝えします」

 

 軽やかな口調でウロタスは告げる。

 

「よくもやってくれたなこのクズがぁああ!! クズどもがぁぁあああああ!!! 我が主を処刑だと?! ふざけたことをぬかすなぁああ!! どのような理由があろうともぉ!! 主に危害を加えようとするゴミ屑野郎は俺が許さん! 一人残らずぶち殺してやる!! もちろん貴様もだぁ! アインズ・ウール・ゴウン!!」

 

 レベル九十の騎士が本物の殺意を纏って一歩を踏み出す。

 向かう先は観覧席の玉座、と言いたいところであったが――

 

「――ぐぁっ!!」

 

 刹那、ウロタスの胸や腹から四本の刃が突き出てくる。

 コキュートスのバックアタックだ。

 背後からの強襲など武人にあるまじき行為であろうが、コキュートスには己の矜持を曲げてでも成さねばならないことがある。

 それはアインズ様を護ること、アインズ様へ殺気を向けた愚か者を誅することだ。たとえ相手が同朋であろうとも知ったことではない。

 

「悲しいほどに――愚かですね!」

 

 コキュートスとほぼ同時にウロタスの右腕を裂いたのはデミウルゴスだ。加えてウロタスの頭には十数本の矢が刺さり、両足へも黒い蔦植物が巻きついて潰してしまう。

 まともに動くのは左腕のみ――かと思えば、肩口にスポイトランスが突き刺さっており、もはや盾を構えることすら不可能だ。

 

 オーバーキルである。

 ウロタスが動けたのは一歩だけだ。

 近接特化型で高い防御能力を有していたにもかかわらず、百レベル五人の特攻を受け、ウロタスは光の粒子となって消えてしまう。

 瞬殺であった。

 その場には、何処かの操り人形であるかのような中身のない鎧と嫉妬マスク、長剣と中盾、そして指輪が転がる。

 

(ああぁ……、NPC同士を、子供達同士を戦わせないように苦慮してきたのに……。その為なら危険も厭わなかったのに……。だがウロタスだって造物主を助けに行けず、後を追って死ぬなんて絶対納得しなかっただろう。主を護って、主より先に死ぬ。他のNPC達も同じ考えなんだろうが……、それでも他に何かなかったのか?! ――いや、全ては俺の失態だ。パナップさんを処刑するという状況になった時点で、直轄の(しもべ)たるウロタスが生き続ける選択肢はない。これはギルメンを裏切り者にしてしまった俺の責任なんだ!)

 

「アインズ様、(しもべ)の暴挙を許してしまい申し訳ありません。この罰はいかようにも……」

 

「よい、アルベド。己の造物主が処刑されると知れば当然の行動だ。ウロタスの気持ちは、お前達の方がよく分かっているだろう。暴挙というほどのことではない。むしろ、その忠誠心を褒め称えるべきだろうな。……さて」

 

 アインズは軽く手を振って守護者を下がらせると、一人舞台の上へ降り立つ。

 そして涙を流しながら座り込んでいる堕天使へ声をかけた。

 

「大丈夫ですか? パナップさん」

 

「今のは……、ウロタスですよね。私が創った……。あの、死んじゃいましたけど……、助けにきてくれたんですね。あはは、来るなって言っておくべきでした。私って自分のことばっかりで……」

 

「言っても無駄ですよ。(あるじ)を護るためなら世界だって敵に回す、――命を懸けて。ウロタスもアルベドもパンドラも、みんな同じなんですよ……」

 

 だからこそ厄介だ――アインズはそう思う。

 一人一人意思を持ち、独自の考えで動く。今この場に於いても、パナップへの害意を持っている者が何人いるのか? 処刑という罰で事態の改善を図ったとしても、納得するのか、しないのか?

 アインズは出もしないため息を吐くと、「では、始めます」と小さく呟いて両手を掲げた。

 

「ナザリックの(しもべ)達よ! 今より至高の四十一人が一人、パナップの処刑を執り行う! パナップはこの処刑により全てを許される! 故に今後、パナップに対する害意ある行動は一切許さん!! もしそのような者がいたなら、ナザリックからその存在を抹消することになるだろう! 例外はない!!」

 

 全ての(しもべ)達に伝えたように見えて、実際はただ一人へ向けたメッセージであったのかもしれない。

 アインズの背を見つめるその者は、微塵も感情を動かさなかったが……。

 

「(徹底的に――パナップさんに同情が集まるぐらいに)……来い! 我が最強の杖よ!」

 

 アインズが空間から取り出したのはギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』だ。

 パナップへ襲いかかった時に所持していた、まがい物ではない。

 百レベルの壁を突破するぐらいにアインズの全ステータスを押し上げる――その強烈な効果が、世界級(ワールド)アイテムに匹敵する本物のギルド武器であることを語ってくれている。

 

上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)〉〈上位幸運(グレーターラック)〉〈竜の力(ドラゴニック・パワー)〉〈超常直感(パラノーマル・イントゥイション)〉〈魔法詠唱者の祝福(ブレス・オブ・マジック・キャスター)

魔力増幅(マジックブースト)〉〈自由(フリーダム)〉〈抵抗突破力上昇(ペネトレート・アップ)

 

 誰もが興奮する光景であった。

 ナザリックのどのような強者であっても到達し得なかった百レベル超えの、しかも徹底的な自己強化だ。

 アインズの周囲が、濃密過ぎる魔力で歪んでいるかのように見える。

 

 〈魔法三重化(トリプレットマジック)上位魔法封印(グレーターマジックシール)

 〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)

 

 浮かび上がった三つの魔法陣へ、アインズは自身最高の第十位階攻撃魔法を込めていく。これで三重化された〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉が三つ、計九つの次元を切り裂く刃がセットされたことになる。最後に自身でも同じ魔法を唱えれば、十二枚の刃が敵を襲うだろう。しかもギルド武器により強化された百レベル超えの魔力であり、バフ効果てんこ盛りの攻撃力だ。

 恐らく、ユグドラシルでもこれ以上の魔法攻撃はウルベルトの切り札ぐらいであろう。いや、もしかするとそれを上回るかもしれない。

 

 第八階層で遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を見つめていた寝起きの熾天使は、感じるはずのない恐怖という感情に戸惑い気味であった。最強である自分が何を怖がるのか――と疑問を口にしたくなるが、目の前で繰り出されようとしている魔法による一撃は、己の首を落としかねない威力なのだから何も言えない。

 熾天使自身、アインズに勝つことは可能だと判断していた。一対一なら三十分の起動時間でも勝利できると……。

 とはいえ、その目算は崩れてしまう。本気を出したアインズ相手では、元世界級(ワールド)エネミーの力をもってしても確実な勝利は難しい。

 せめて制限時間など無く、自由に動けたなら……。

 身を縛られた熾天使は、十二枚の羽をだらりと垂らしたまま、悔しそうに呟くことしかできなかった。

 

 魔力で大気を震わせる――とは可能なのだろうか?

 そんな疑問にアインズはあっさりと答えをくれる。

 第六階層を満たす魔力は膨大であり、ビリビリと空間自体を揺るがして、今まさに暗黒孔(ブラックホール)でも発生させんばかりの勢いだ。

『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』が凄いギルド武器なのは、アインズも知ってはいたが、ユグドラシル時代に於いては未使用で、異世界へきてからは最初にちょっと使用しただけだ。本気で能力を解放させたことなどない。

 だが強化された数値から効果を想像し、ある目的の為に使えないだろうか――と日夜検討していたのは事実だ。

 ギルド武器を使った〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉の十二刃撃は、アインズがたっち・みーを倒すために組み上げていた戦法の一つなのである。

 結局、披露することはなかったが……、それなのに――。

 アインズは思う。

 ギルド最強のたっち・みーを打ち倒す為に考えていた手法で、ギルド最弱のパナップを処刑することになるとは……なんて皮肉なんだ、と。

 しかし今はやらねばならない。

 至高の四十一人の処刑に相応しい一撃として、パナップが許される為の一撃として、アルベドに対する牽制の一撃として……。

 もはや後戻りはできない。

 

「――アインズさん、処刑するときって……聞かないんですか? 最後の……言葉、とか?」

 

 ふいに響くパナップの声。その声は小さく、アインズにしか聞こえない。

 

「最後って不吉ですけど……。何かあるんですか?」

 

 溺れそうなほどの濃密な魔力の海で、アインズは三つの魔法陣と共に問う。どうせ復活するのだから――と自分に言い聞かせつつも、最後というパナップの言葉に背筋が寒くなる。

 

「はい、こんな時ぐらいしか言えそうにないので……。でもパンドラ相手に予行練習してあるから大丈夫ですよ。噛んだりしません」

 

「はぁ」と首を傾げるアインズの前でパナップは正座をし、背筋を伸ばす。

 

「大好きです、悟さん。心の底から愛しています」

「……」

 

 吹っ切れたような表情のパナップに対し、アインズは骨の顔でありながら苦虫を噛み潰したかのような感情を見せる。

 どう見ても「今此処で言うことかー?!」と怒鳴りたいのだろう。

 

「あ~、パナップさん、今どんな状況か分かっているのですか? 処刑ですよ処刑。貴方を処刑するところなんですよ。しかも私がっ」

 

「もちろん分かってますって。でもちゃんと言っておかないと、また変な誤解を招いちゃいますからね。ああ、それと、返事はいらないですよ。私が勝手に好きなだけなんですから……」

 

「まったく……、ホントにもぉ~、この人は……」

 

 そういえば初対面の時から騒動ばかりだった気がする。

 アインズはパナップとの冒険を思い浮かべながらも、まともな状況が一つもなかったことに今更ながらため息が出てしまう。――息してないけど。

 パナップは自分と同じドリームビルダーだった。

 それも攻撃、防御、HP、MPを捨てて隠密に特化した変態だ。信仰系魔法は覚えているが、低いMPの所為で実戦には使えない。だからPvPやギルド戦では大変――どころの騒ぎじゃなかった。相手の攻略とパナップのフォローを同時にこなす必要があったからだ。

 ハッキリ言って、他のギルドでは絶対に無理なクエストであっただろう。難易度は最上位である。世界級(ワールド)エネミー戦並みだ。

 しかし、アインズ・ウール・ゴウンには“るし★ふぁー”がいた。問題児の対応ならお手のモノなのである。

 ぷにっと萌えもモモンガも、難易度が上がれば上がるほど燃えるタチなのだ。難しいほど面白い。困難があってこその冒険。つまりアインズ・ウール・ゴウンのギルメンも、変態ばかりであったのだ。

 まぁ、お蔭様で普通のPvPなんか楽勝だったのだが……。

 

「ふふ……、覚悟はイイですか? パナップさん」

 

「はい。どんとこいですよ、モモンガさん」

 

 軽く笑うアインズに、パナップは胸を張りながら答え、両目を閉じた。

 二人の間に、静かな時間が流れる。

 

 アインズはパナップを怯えさせないよう笑ってはみたものの、心中穏やか――とは言い難い。

 今から仲間を殺すのだ。まともな神経ならば冷静でいられるはずがない。

 探し求めていた仲間、同郷の日本人、自分を慕ってくれている……たしか女性、のはず。オフ会に出てこなかったから確認してはいないが、茶釜さんの話が本当だとすると、二十代半ばの女性らしい。

 

(薄々感付いてはいたけど、追及するのはマナー違反だから……。しかしそうなると、俺は仲間である若い女性を処刑しようとしているのか……。最悪だよ)

 

 茶釜さんか、やまいこさんか、餡ころさんがウロタスのように現れて、アインズをフルボッコにしてくれないだろうか……。そうすればこんな最悪な気分に晒されずに済むのに――なんて思いつめても、誰もアインズを助けてはくれない。

 それどころか背後の白い悪魔からは、背中を押すような――、期待に満ちた視線が放たれているかのような――そんな気さえしてくる。

 

「(苦痛を感じぬよう一瞬で終わらせる。それが俺にできる最初の償いだ!)――いくぞ!!」

 

 これから幾度となく償っていかなければ……、そのような想いと共に両手を掲げ、アインズは詠唱する。

 

「〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)〉!!」

 

 支配者の威厳に満ちた迫力ある詠唱。

 打ち放たれた膨大な魔力の前には誰もが平伏する。

 そう――神でさえも。

 しかし……、どうして悲しそうに感じるのだろう。(しもべ)達が自分の身を抱きしめ、知らずして涙を流してしまうのは何故だろう。

 至高の御方が処刑されるからか? 涙を流せないアインズ様の代わりを成そうというのか?

 微かに微笑んでいるアルベドには関係ないだろうが……。

 

「――そして〈解放(リリース)〉!」

 

 現れ出でた次元をも切り裂く刃は合計十二枚。

 本来なら全方位から襲わせて避けられないようにするものだが、今回は一点集中。パナップの首めがけて十二枚の刃を集結させる。

 これはたっち・みーの次元断層を打ち破ろうと考えていた手法だ。それが――小柄な堕天使の細首を狙っているのだから皮肉なものである。

 

 アインズは怒りと後悔、そして深い悲しみを込めて、処刑の刃を振り下ろす。

 

「くそったれがぁあああぁぁあああーー!!!」

 

 大気も音も空間すらも関係なく、十二枚の刃は一つとなってパナップの首を斬り落とした。と同時に衝撃波が全身を粉砕し、白いワンピース諸共光の粒子と化す。

 さらに一つとなった〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉は勢いそのままに円形闘技場(コロッセオ)の地面へ衝突し、百メートルはあろうかという地層をぶち抜くと、階層堺の亜空間が見えるほどの大穴を開けていた。

 六階層の下に七階層が繋がっているような作りではなくて、良かったというべきだろう。もしそんな地下墳墓であったなら、今頃は第十階層までボロボロだったに違いない。

 

 ナザリックの(しもべ)達は――守護者達は、至高の御方々の頂点であるアインズ様の御力に、再度絶対の忠誠を誓うのであった。

 

「〈伝言(メッセージ)〉――ニグレド! どうだ?! リスポーン場所は見つかったか? パナップさんは何処だ?!」

 

『ア、アインズ様、もう少しお待ちを……』

 

 プレイヤーが死亡し、その場での蘇生がないのであれば、拠点での復活が始まる。

 ただ異世界におけるプレイヤーのリスポーンは初めての経験なので、アインズとしては焦らずにはいられない。

 事前にニグレドと打ち合わせ、幾つかの候補は挙げていたし、パナップ自身の気配も今は充分に放たれているのだから探すのは簡単だと思うのだが……。

 アインズは少しだけ不安を覚えてしまう。

 もしかして、この異世界から死亡消滅しているのでは? ――と。

 

『アインズ様、発見しました! 第九階層“円卓の間”です!』

「ユグドラシルと同じかよっ! いや――ニグレド、良くやった!」

『あ、あのアインズ様、今は――』

 

 拍子抜けとも思える展開に、アインズはホッとしつつも即座に拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で転移する。

 途中、ニグレドが何か言っていたような気もするが、今は聞いている場合ではない。パナップの無事を確かめることこそが最優先なのだ。

 

 

 

 

「――パナップさん、無事ですか?! 意識は? 身体に不具合は?! ってあれ?」

「きゃあああぁぁああ!! この変態! えろすけべー! のぞき魔王! セクハラスケルトン!!」

 

 パナップは全裸だった。

 まぁ、当然であろう。復活直後はそんなものだ。

 

「こっち見んな! スケベ骸骨!」

 

「ひどい! 心配して駆けつけたのに……って、このローブあげますから早く着て下さい」

 

「むぅ~、なんだか魔女みたい……」

 

 男女兼用の真っ黒なローブに袖を通し、パナップはようやく落ち着いたようだ。下がスースーする、とか言っているけど気にしないでおこう。

 

「第一パナップさんは無性の堕天使でしょ? 見られても困るようなモノは無いのでは?」

 

「あ~、それって異形種セクハラですよ。たっちさんに訴えますよ。やまいこさんでも可」

 

「どっちも嫌です! って元気そうで安心しました、パナップさん」

 

「あはは、レベルはがっつり下がっちゃいましたけどね~」

 

 お互いに軽く笑って、しばし見つめ合う。

 そんな二人を眺めているのは四十一の空席だけだ。いや――現状で空なのは三十九だろうか?

 

「さて、第六階層へ戻りましょう。パナップさんが完全にナザリックへ帰還したことを告げて、全て完了です。もちろん、アルベドとパンドラには個人的に話をするつもりですが……」

 

「ん~、私の場合は守護者全員、というかナザリックのNPC皆と話をしないとなぁ。変な誤解は解いておきたいし……。もちろんアルベドが一番問題だけど」

 

 今回の処刑で、ナザリックの大部分はパナップを受け入れたであろう――アインズはそう思っていた。

 後は守護者達との調整が終われば、パナップに対する脅威は無くなるはずだ。

 アルベドは除くが……。

 

「パンドラはパナップさんを助けた訳ですから大丈夫でしょうけど、アルベドの出方が気になりますね。もうパナップさんを襲う大義名分は無いのですから、いくら私の為と言ってもナザリックの手勢は動かせません。ルベドもニグレドの監視下に置いていますし」

 

 アインズの考えに於いて、物理的な脅威はもはや存在しない。アルベド一人では、パナップを――レベルが下がったとはいえ――仕留めることは不可能であろう。

 そうなると問題は精神的な部分となる。

 書き換えた設定、パナップとの確執。今まで何を考え、そして何に怒りを抱いていたのか?

 一つ残らず聴き出さねばなるまい。

 

「はい、パナップさん。ウロタスに預かってもらっていた拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)です。もう置いていかないで下さいよ」

 

「し、しませんよ! あ~、けど、ウロタスには可哀想なことしちゃいました。謝らないと……」

 

「大丈夫ですよ。直ぐに復活できますし、時間はたっぷりあります。――さぁ、行きましょう」

 

「はい、アインズさん」

 

 拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)があるのだから、パナップはアインズの手を取る必要はないし、アインズも手を差し出す必要はない。

 それなのに二人は手を取り合って転移した。

 無意識なのかどうか……、統括殿とのバトルが始まりそうで怖い。

 ちなみにパナップが装着した指輪の位置は、当然ながら左手薬指ではない。

 御心配なく――。

 

 

 ◆

 

 

 円形劇場(アンフィテアトルム)こと円形闘技場(コロッセオ)の地上部分では、守護者を始めとする主要な(しもべ)達が跪いていた。

 かなり広いはずの空間は様々な異形達で埋まり、まるで満員のコンサート会場のようだ。もちろんアインズがブチ開けた巨大な穴はそのままなので、その場所だけはぽっかりと空いているが……。

 

 円卓より転移してきたアインズは、パナップを隣に立たせ、最後の仕上げへと入る。

 

「面を上げよ」

 

 威厳に満ちた支配者の声が響き渡り、(しもべ)達を――支配されるという喜びで満たす。

 

「ナザリックに所属する全ての(しもべ)へ告げる。至高の四十一人が一人、パナップが帰還した。今まで不運や勘違いが重なり、お前達にも悲しい思いをさせる事となってしまったが、全てが解決した今は何も心配する必要はない。私とパナップは手を取り合ってナザリックと共に歩む。我々は、そう――家族なのだからっ!」

 

「「おおおおぉぉぉ!!」」

 

 (しもべ)達は感涙に咽び泣く。

 至高の御方が発見されたかと思えば、いきなり処刑される――なんて展開に不安しか持てなくなっていたからだ。アインズ様と至高の御方が対立するなんて「禁句」の件からも心穏やかではなかったが、目の前で至高の御方の首が刎ね飛ぶ光景は絶望以外の何モノでもない。

 それが今、互いに手を取り合って共に歩むと宣言されたのだ。しかも家族と。

 シャルティアでなくとも色々大変であろう。

 

「ではパナップさん、例の件をどうぞ。私としては賛同しかねるのですけど……」

 

「まぁまぁ、私は今までナザリックの為に何もしていないのですから、いきなり上に立つっていうのは気が引けちゃうわけですよ」

 

 頬の部分を骨の指でポリポリとかくアインズを宥めつつ、パナップは一歩前へ出て、ナザリックの(しもべ)達を見渡す。

 

「え~、今まで色々と迷惑かけてごめんなさい。でもこれからはナザリックのために頑張りますからね! それで、ですけど……。至高の四十一人のままだと動き辛いので、ちょっと別の地位を貰うことにしました。――アインズ様、お願いします」

 

「はぁ、気持ちは分かりますけど……」

 

 戸惑う(しもべ)達が見つめる中、パナップはアインズの前へ跪いた。まるで、王から叙勲を受ける騎士であるかのように……。

 

「至高の四十一人が一人、パナップ。ナザリックの任務を行う上での地位を新たに授ける。汝を――ナザリック地下大墳墓“第九階層階層守護者”へ任ずる」

 

「ははっ、謹んでお受けいたします」

 

 最初から予定していたのであろう二人のやり取りは、多くの者にとって疑問でしかない。守護者達も困惑の表情だ。

 

「(あ~、まぁ、不思議に思うだろうなぁ。パナップさんの我儘だし……)ん? どうしたアルベド? 聞きたい事があるなら……構わんぞ」

 

「はい、アインズ様。それでは――パナップ様が新たな地位を授かったというのは、至高の御方であると同時に階層守護者でもある、という認識で宜しいのでしょうか?」

 

「流石に理解が早いな。まぁなんだ、パナップさんは『ナザリックに貢献してない』という理由で、いきなり最上位の地位に立つのは気が引けるらしくてな。ああ、分かっている。至高の存在にそのような気遣いは無用だと言いたいのだろう? だから妥協案だ。ナザリックで何かの作戦を行う場合に限り、パナップさんは階層守護者の一人として参加する。つまりアルベドの指揮下に入るというわけだ。――頼んだぞ」

 

「そ、それはあまりに不敬な――」

 

 恐れ多くて身が震える……そんな演技をしながら返答するアルベドに、パナップは優しく囁く。

 

「今更何を言っているのさ。私の駄目なところも情けないところも、みんな知っているでしょ? だから守護者統括殿、私を危険な目に遭わせないでね」

 

「……」

 

 パナップが身を護るにあたって、選択肢は二つあった。

 奥に隠れ潜むか、衆目に晒すか――である。

 ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)のゴーレムに囲まれて、ナザリックの深層に潜んでいればアルベドも手の出しようがないはずだ。しかし精神的にはキツイだろう。ある意味牢獄にいるようなものなのだから……。

 故にパナップは表へ出て、常に誰かに見られている状況へ身を置く事としたのだ。

 ただ、アインズとしては諸手を挙げて賛成できない。

 どんなに対策を立てたとしても、アルベドの知能には敵わないと自覚しているからだ。アインズとパナップが二人で相談し、捻り出した渾身の策謀であっても、アルベドなら一瞬で看破することだろう。

 ましてやパナップ一人ではなにをいわんや……。

 アインズは――意味がないのは分かっているが――少しだけ胃薬が欲しくなっていた。

 

「さて、話は以上だ。後は守護者達と細かい打ち合わせを行うとしよう。まぁ色々と用事もあるだろうし……、一時間後に私の執務室――は今修理中だから、円卓の間へ集合だ。あぁそれと、私が開けた大穴は後で金貨を使って修復するから近付かないように、では解散!」

 

 アインズは軽く手を振って通常業務へ戻るように促す。

 とはいえ、支配者であるアインズがその場を去らない限り(しもべ)達が動くわけもなく、何時ものように転移するしかない。

 しかしその時、アインズは見ていた。

 転移するまでの一瞬、アルベドがパナップに何かを語りかけているのを――。

 

 

 

 

 ――この後直ぐ、宝物殿にてお話ししたい事があります――

 

 転移直前のパナップに対し、アルベドが口にした内容だ。

 当然ながら警戒せずにはいられない。さっそく仕掛けてきたかと身構えるほどである。だけども宝物殿を選んだということはパンドラも同席するのであろう。ならば荒っぽくて血生臭い事態にはならないはずだ。

 パナップは一度自分の部屋へ戻り、最強神器級(ゴッズ)装備と予備の忍刀を手にすると、拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を見つめて頷く。

 もしもの場合は即座に転移する――そう心に決めて。

 

 

 

 

「そんなに警戒されなくとも大丈夫ですわよ。私はもう、パナップ様の御命を狙うようなマネは致しません」

 

 アルベドの第一声はそのようなモノであった。

 もちろん信用する訳もなく、パナップはパンドラが用意してくれたお茶――何故か日本茶――をすすりつつ、アルベドと向かい合うようテーブルを挟んだ位置で、ソファーの背もたれへと体重をかける。

 

「ずいぶん余裕みたいだけど……、アインズさんにはアルベドに襲われたってことは伝えてあるからね。後でギッチギチに叱ってもらうから覚悟しておいてよ」

 

「ふふ、アインズ様は最初から全て御存知ですわよ。だからこそ貴方を処刑して下さったのです。私の希望通りに……」

 

「えっ?」

 

 アルベドが何を言っているのか――パナップに分かるはずもない。

 アインズとの話し合いでは、パナップへの襲撃を事前に知っていたような情報は出なかったはずだ。

 怪訝な表情のパナップは、その答えをパンドラに求めてしまう。

 

「ん~お答え致しましょぉう! アインズ様はっ、パナップ様への『お仕置き』を我らに任せて下さったのです。最後はアインズ様御自身で処刑――そう! 統括殿の仰る『プランB』へ収めるつもりだったと推察しますが、プレイヤーとの戦闘、至高の御方を騙る偽物への対処など、実に得難き経験を同時に獲得する計画ぅ――流石は、ん~アインズ様! はい、もちろん! アインズ様直轄の私がっ――直属の(しもべ)たる私がっ、パナップ様を消滅させないよう気を配っておりました。我が主の計画は完璧でございます!」

 

「まぁ、概ねその通りだけど……、私のプランBが最終的に目指すのは『お仕置き』でも『処刑』でもないわ」

 

「じ、じゃあ、なによ!」

 

 語気を強くするパナップの全身には、悪寒が走っていた。

 最初から仕組まれていた? アインズさんの計画? 執務室での会話ではそんなことまったく言ってなかったのに……。

 パナップは、自分を護ってくれる唯一の存在が命綱を断ち切ろうとしている――と、そんな幻想に囚われようとしていた。

 

「決まっているじゃない、『正妃の座』よ! 貴方は自分こそがアインズ様に相応しいとか言っていたでしょう?! だから蹴落とす必要があったのよ! ふふふ、貴様はアインズ様に処刑された。処刑人が、己の手で処刑した元罪人を妻に迎えることはないわ。無論、ナザリック地下大墳墓の正妃になんて相応しくないし、誰も認めないでしょう。分かったかしら? もう貴方は正妃になれない。モモンガ様の隣に立つのは私なのよ! モモンガ様を愛し、モモンガ様に愛される! くふーーーー!!」

 

 大成功と言わんばかりに残念な笑顔を振りまくアルベド。

 ついでに「シャルティアもモモンガ様の手にかかっているから除外」とか「アウラはまだ子供」とか「姉さんと妹は私を応援してくれている」とか「戦闘メイド(プレアデス)も私寄りだし」なんてハアハアしながら呟いているが、うん、ちょっと怖い。

 パナップとしては命の危機が去って喜んでイイのかどうなのか、ちょっと複雑な気分であった。

 

「――やれやれ、設定変更がこれ程影響を及ぼすのか。いや、それ以前に正妃としてタブラさんが設定していたから、異常なまでの執着を見せるのか……」

 

「あ、え? アインズさん?!」

「ア、アインズ様! どうして?」

「ようこそ我が絶対の主! んァ~アインズ様!」

 

 パナップの隣、ソファーの空いた空間に、死の支配者(オーバーロード)は姿を見せた。

 完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)を発動させ、更に課金アイテムまで使用しての不動隠密だ。

 アインズは「もったいない」と思う気持ちを押して使ったのだが、パナップに気取られず、加えてアルベドの本音を聞き出せたのだから効果は上々というべきであろう。

 

「アインズさん、いつから其処に?」

 

「最初からですよ。まったく、一人で行動するなんて迂闊にも程があります。デミウルゴスが心配していましたよ。……ん? どうしたアルベド? 何故土下座などしている?」

 

「パナップ様に……不敬な態度をとりました。自害を御命じ下さい」

 

「何を言っている? 全ては私の掌の内だ。それに責任の一端――というか責任のほとんどは私にある。さぁ、床ではなくソファーへ座れ。パンドラは連絡ご苦労だった、お前もこっちへ来て座るといい。みんなで話をしよう、誤解の無いように、な」

 

 アインズは内心ビクビクしながらも、全てを知っていたような(てい)で話を続け、そのまま多くのことを聞き出した。

 アルベドが何を想い、どのように行動しようとしていたのか。

 パンドラが何を察し、どのように対処しようとしていたのか。

 そしてパナップの想いの全ても……。

 

 

 

 

「そ、そうか、ギルメンがアルベドの正妃を認めなかった場合は、特務部隊で殺すつもりだったのか……」

「はい。特にぶくぶく茶釜様、やまいこ様、餡ころもっちもち様を警戒しておりました。パナップ様に関しましては、アインズ様への気持ちを私に語っていたので、確認するまでもなく襲いましたが――」

「ちょっ、確認してくれたら認めたのに! 殺されるくらいなら余裕でOKだよ! 私は第四夫人とか愛人で十分だし」

「では第二夫人がシャルティア殿で、第三夫人がアウラ殿ですね。あぁ、素晴らしい! 御子息の誕生が期待できますね!」

「お前はコキュートスかっ? 勝手に決めるな! パナップさんも愛人って?!」

 

 語っている内容は結構危ない感じもするが、他の守護者はいないので一先ずは問題ない。

 アインズとしては結構ショックを受けつつも、正直に話してくれたことに安堵の気持ちを浮かべていた。

 

「タブラさんが悪戯だと?」

「はい、アインズ様っ。タブラ様が宝物殿から究極の至宝――そう! 真なる無(ギンヌンガガプ)を持ち出された時、そのような独り言をっ」

「私は玉座の間で、真なる無(ギンヌンガガプ)を用いた全力攻撃を命じられました。アインズ様が座るであろう玉座めがけて」

「うっわ~、タブラさんもえげつないことするなぁ。同士討ち(フレンドリィ・ファイア)禁止だからアインズさんは大丈夫でも、玉座の間はボロボロになったでしょうに」

「大丈夫……なのですか? パナップ様は何も知らなかったと?」

「知らないよ、そんな面白そうなこと!」

「おい、こらっ、堕天使!」

 

 自分の知らないところでそんな事件が――と頭が痛くなるアインズであったが、ギルメンが最後の最後にナザリックで遊んでくれたこと自体は嬉しい。

 それだけで全てが報われる想いだ。

 

「そうだな……結婚するか、アルベド」

「ほっ、ほんとうですかぁああああ!! アインズさまぁああぁぁあああ!!!」

「統括殿、落ち着いて下さい!」

「アルベド! 全部台無しになっちゃうから止まって!!」

「――んぐっ」

「いやまぁ、今すぐではないぞ。国を興して、ある程度安定させてからだ。それでイイな」

「はい、もちろんでございますわ! あ・な・たっ」

「あっ、私は結婚しなくても大丈夫だよ~。愛人でイイし」

「……パナップさん、ちょっと黙ってて!」

 

 タブラの悪戯で苦悩したのだから、タブラ自身がアルベドの幸せに文句を言うことはないだろう。アインズはそんな言い訳を自分へ沁み込ませながら、何かあったら「娘さんを下さい」とタブラに土下座するしかないな、と苦笑する。

 ただパナップはどうしたものか……。

 もの凄い負い目があるだけに無下な対応はできない。いやそれよりも、ギルメンに恋愛感情があるのかどうか、骨の身となっているが故に自覚できない。

 ユグドラシル時代では仲の良いギルメン、――でしかなかったのだから尚更だ。

 

「そういえば、アンとマイは大丈夫なの?」

「はい、お任せ下さい。ナザリックの(しもべ)としての教育が整い次第、お渡し致します。アインズ様の素晴らしき智謀、カッコ良さ、威厳、風格、そして偉大な功績の数々。全て理解して頂いた上で、ナザリックの一員となってもらうつもりでありますっ!」

「くふ、流石はアインズ様直属の(しもべ)ね」

「あの~、私のことは?」

「……」

「……」

「(やめてぇっ、パナップさんのライフはもうゼロよ!)――うおっほん、そ、それよりパナップさん、ウロタスはいつ復活させましょう? 金貨を移動させないといけないので……」

「アインズ様! あの者を復活させるのですか?! 御身へ襲いかかろうとした逆賊ですよ!」

「やめよアルベド。お前は……処刑される側が私だったら黙って見ているのか? パンドラ、お前はどうだ?」

「もちろん愛するアインズ様をお助けします!!」

「迷いなく、ウロタス殿と同じ行動をとるでしょう。他に選択肢はございません」

「ならばウロタスの行動に問題はないはずだ。まぁ、この件はデミウルゴス達にも話さないとな。さて、そろそろ円卓の間へ移動するとしよう。イイですか、パナップさん?」

「あ、はい、行きましょう。でもアインズさん、この後の会議で話すつもりでしたけど、ウロタスの復活資金は私が稼ぎますからナザリックの金貨は使わないで下さい。私がこの世界で金貨を集め、それで復活させます。その方が皆も納得してくれるでしょ?」

「……分かりました。でも無理はしないで下さいよ」

「はい、大丈夫です」

 

 たぶん大丈夫じゃないだろうなぁ――そんな感想を持ちつつ、アインズは他三名と共に宝物殿から姿を消した。

 転移先は円卓の間だ。

 これから帰還したパナップを交えて、守護者達と細かな話し合いが行われる。

 恐らくその途中で、デミウルゴスがアルベドの不審な行動を追及するだろう。もしかすると、パナップに対する不敬な考えに気付いているのかもしれない。

 アインズは人知れずため息を漏らす。どうやって納得させたものか、と。

 とはいえ、今は最悪の状況から脱しているのだ。

 ならば何とでもなるだろう。

 

 至高の存在は二人に増えた。

 世界級(ワールド)アイテムに至っては二つ増加だ。

 ナザリックの損害はパナップのレベルダウンとウロタスぐらいであり、まぁ軽微と言えるだろう。

 

 アインズは円卓の間に揃う守護者達を見つめ確信する。

 あぁ、ナザリックこそが私の帰る場所――家であり家族なのだ、と。

 アインズは隣にいる堕天使を見て、諸々を誤魔化す。

 うん、愛人じゃなく――妹ってことにしておこう、と。

 

「さぁ、会議を始めるとしようか」

 

 魂を震わせるほどの威厳ある一声で、アインズは会議の始まりを告げた。

 やるべきことは沢山ある。

 パナップの今後。

 ウロタスの処遇。

 捕らえたヴァンパイア姉妹の扱い。

 壊れた神器級(ゴッズ)忍刀の修復。

 スレイン法国を消すか残すか。

 死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)や漆黒聖典、絶死絶命の有効活用。

 バハルス帝国皇帝との会談。

 そして――世界征服。

 思わずデミウルゴスに丸投げしたくなるが、支配者たる者グッとこらえて帰還した堕天使を見つめる。

 今はもう一人ではない。自室のベッドに飛び込んでゴロゴロ転がり回る必要はないのだ。これからは愚痴を聞いたり聞かれたり――、結構気楽な日々が待っていることだろう。

 アルベドとも大分相互理解が進んだことだし……。

 

 アインズは、“ぶくぶく茶釜”の円卓席を取り合って結局アウラに座られてしまったマーレへ、“やまいこ”の席を勧めながら軽く笑う。

 

 ナザリックは――アインズ・ウール・ゴウンは順調だ、今までも……これからも、と。

 




お疲れ様でした。
最後まで好き勝手に書かせて頂きましたが、如何だったでしょう?
私としては、最初から最後まで計画通りの展開を達成でき満足です。
やはり自分の書きたいように書かないと、完結までは辿り着けませんね。
他の誰かの要望に応えて物語を続けられる人は、本当に凄いと思います。
私には無理だな~っと実感する一年でありました。


それでは、週一更新の一年間。
皆様、本当に有難う御座いました。





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