オーバーロード ありのままのモモンガ 作:まがお
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ここはトブの大森林にあるモモンガの家。
フラフラとやって来たのは悲壮な顔つきの正義の味方。
ブレインがモモンガにある相談をしに来たのだ。
「モモンガ…… 俺は気づいてしまった。目を背けることの出来ない重大な事実に」
「なんか前もこんな事あったな…… まぁいい、どんな事でも聞いてやるから言ってみろ」
そこはかとなくデジャヴ感がするがブレインの尋常じゃない気配を察知して、今回もおふざけモードをやめてモモンガも真剣に聞く姿勢に入る。
「俺の武技〈領域〉についてなんだが……」
「確か周囲の空間把握みたいなヤツだったか。それがどうしたんだ?」
「鍛え続けた俺の〈領域〉は精度も上がった。範囲も以前の倍以上を知覚出来るようになった。もはや〈神域〉と言っても良いだろう」
それのどこが重大なのだろうか。技の精度が上がったなら喜ぶべきだろうと、モモンガは首をかしげる。
「前に野党に襲われてる娘を偶然見つけてな。当然俺は間に割って入って助けたんだが……」
「ふむ、いつも通りの人助けじゃないか。どうしたんだ? さっきから妙に言いづらそうだが」
「いや、ちょっと話すのが恥ずかしくてな。すまん、続けさせてくれ。それで野党は簡単に追っ払うことが出来たんだ」
今のところ変わった話ではない。ブレインに勝てる野党など皆無だろうし、人助けもいつもの事だろう。
それにしてもブレインの様子が気になる。眉間に皺を寄せて冷や汗までかいているとは、これは相当な問題でも起こったのだろうか。
「その時、俺の〈神域〉は後ろに庇った娘の体型まで正確に把握してしまったんだ…… 分かるか!? 戦いの最中にスリーサイズすら手に取るように分かってしまうんだよ!!」
「お前馬鹿だろ!? 何が〈神域〉だよ!! 変態の観察眼が上がっただけじゃねーかっ!! 正義の味方はどこ行ったんだよ!! 実はお前バードマンだろ!? 前世はペロロンチーノだろ!?」
なんたる才能の無駄遣いか。正義の味方の余りのしょうもなさにモモンガのツッコミは止まらない。
一体コイツはこれを俺に伝えてどうしろというのだ。
「〈神域〉は俺の生命線とも言える武技だから使用するのは避けられない。意識しないようにしても無意識の内に周りを完璧に把握してしまう。人助けする度にこんなんじゃ俺の精神が持たない!!」
「知らねーよ!! お前の能力の無駄遣いなんかしるか!! 無意識で出来るのも凄いが、それでも把握してるって事は心の中では気になってるんじゃないのか!?」
「ふっ、これでも天才と呼ばれた男だ。敵の攻撃を捌きながらでもそれぐらい知覚出来る!!」
馬鹿と天才は紙一重というが、今のブレインはどう考えたって馬鹿に寄っている。
いや、馬鹿だ。
「『助けてくれてありがとうございました』の一言が心に刺さる…… 罪悪感が半端ないんだ」
「辛いのは分かったが、それに関しては私にはどうする事も出来ないぞ」
「一人で抱えるのは無理でも誰かと一緒なら心が軽くなることってあるよな? 実は他の人の体型についても俺は色々知ってしまったんだ……」
「まさか…… おい、ブレインやめろ。その先は言ってはいけない」
「友人なら秘密の共有ぐらいするだろ?」
「ガゼフにしろよ!! あいつの方が絶対喜ぶから!!」
ニヤリと笑ったブレインがこちらを見つめている。死なば諸共でモモンガを巻き込むつもりなのがヒシヒシと感じられる悪い顔、その口がゆっくりと開く。
「エンリちゃんのスリーサイズはな、上から――」
「ああぁっやめろっ!? 家族のスリーサイズなんて聞きたくないぞ!! 俺はあの子達の紳士的な普通の父親でいたいんだよ!!」
「――だ」
何という無慈悲か。
問答無用でブレインの口から発せられた3つの数字はモモンガの頭から離れない。
人生で初めて知った女性のスリーサイズは己の娘ともいえる存在のものとなった。
あまりの刺激にモモンガの驚異的な記憶力はエンリのスリーサイズを正確に海馬に封じ込めたのだった。
「くっ、これが正義の味方のやることか」
「今の俺は正義の味方ではなくブレイン・アングラウスとして、友人とちょっと思い出を共有しただけだ。散々いろんな奴に問題ぶん投げてきたんだから、ちょっとくらい一緒に背負ってくれよ」
「因果応報というやつか…… いや、これ違うよな?」
――ギシリ。
その時、隣の部屋の扉がゆっくりと開いた。
モモンガとブレインは恐る恐るそちらに顔を向ける。
「いったい、何を話してるんですか……」
一体いつからそこにいたのだろうか。
現れたのは乙女の秘密を大暴露された普通の村娘。顔を赤く染めながらも体を震わせ、怒りの滲んだ表情で立っている。
「待て、一旦落ち着こう。とりあえずその握りしめた拳を開くんだ」
「諦めろモモンガ。俺は殴られる覚悟をとっくに決めてある。友なら一緒に殴られようじゃないか――」
――容赦の無い鋭い右ストレートがブレインの顔面を捉える。
鈍い音が鳴り響き、ブレインは頭から部屋の壁に突き刺さった。
「では次はお義父さんの番ですよね?」
「わー、お義父さんと呼んでくれるのは嬉しいなー。でもちょっと待とうか、今回はお義父さんは本当に何もしてないぞー」
「でも知ってしまったんですよね。父親なら娘のどうにもならないこの気持ちを受け止めてください。家族なら遠慮はいらないですよね?」
「ああ、これが思春期ってやつなのかな。娘が立派に育ってお義父さん泣きそうだよ。でも心配するな、エンリの体型は――」
――再び放たれた鋭い右ストレート。
モモンガは上位物理無効化を解除して娘の気持ちを受け止める。
本日二度目の鈍い音が鳴り、壁には物言わぬ二つの現代アートが完成した。
「……」
「……」
「人のスリーサイズについて雑談するなんて、まったくもうっ…… でも『父親でいたい』か、それなら女の子の扱いには慣れてくださいね、モモンガ様……」
エンリは壁に刺さったオブジェに向かって少しだけ笑みをこぼしながらつぶやく。
――ありがとうお義父さん。いつもネムと私を助けてくれて…… これでもすっごく感謝してるんですよ。
あと、殴ってごめんなさい……
ブレインさんは知りません。
「っ!? 私ったら何を言ってるのかしらっ!?」
しかし、言った途端に恥ずかしくなり、慌てて部屋から出て行った。
「……」
「……」
ちなみにエンリの名誉の為に言うと、彼女のスタイルは決して悪くない。
とても魅力的なプロポーションとだけ言っておこう。
◆
ネムがモモンガの家に遊びに来た時、部屋の壁に空いた二つの穴を見つけた。
気になったネムはそれをじっと見つめるが、自身の顔より一回り程大きい穴が何なのかは分からず首をかしげる。
「モモンガ様、この穴はなんですか?」
「あー、そういえばまだ直してなかったな。そうだな…… 友情の証と、親子ゲンカの跡かな」
「なんですかそれ?」
「これ以上は秘密だな。ネムが大きくなった頃、時効が来たらまた話そう」
よく分からないとキョトンとした顔をこちらに向けるモモンガにとってのもう一人の娘。
その頭をモモンガは声を弾ませながら撫でていた。
またいつか、三人でこんな話が出来る未来を想像しながら……
ちょっとした後日談。
「お義父さんって呼んでもらえて良かったじゃないか。結構嬉しかったんじゃないか?」
「ふふっ、結婚すらしたことないんだけどな。娘の拳は少々重かったが……」
「違いない……」
「まっ、それはそれとしてお仕置きの時間だ。娘のスリーサイズを知った不届き者には天罰だ」
モモンガから溢れる濃密な闘気を感じ、ブレインの額に冷や汗が流れる。
「親子のいい話で流す気はないか?」
「無い」
無慈悲な宣告をブレインに告げるモモンガ。
鎧ではなく魔法職のローブを纏い、ブレインにゆっくりと指を向けた。
「久しぶりに魔法のコンボ練習をするとしよう。〈
「ははは、今回は何発出てくるんだろうな……」
何かを悟ったような顔をするブレイン。
半ば迎撃は諦めているが刀だけはしっかりと構えた。
――
モモンガの唱えるキーワードと共に封印しておいた魔方陣からも光弾が飛び出し、合わせて120発の光弾がブレインに迫る。
「あーこれは凄い。目指せ、百二十光連斬ってか……」
新たな目標を胸にブレインの意識は途絶えた。