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境界迷宮と異界の魔術師 作者:小野崎えいじ
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番外932 ヒタカ観光

「おお、あれがテオドール公の……」

「西国ではああいうものに乗るのか」

「いや、前は雲に乗っているのを見たって知り合いもいるぞ」


 ヒタカの都の上空を移動し、店の前で降りてきた所でそんな声が聞こえてくる。ユラ達が観光案内するという事で、警備に差し支えない程度に俺達が来る事も通達されていた。大きな混乱もなく都を移動し、こうして衣服屋に到着した、というわけだ。

 フロートポッドはまあ……西国でもまだまだ一般的ではないけれど、位置付け的には大型は新しい竜籠のようなものだから大きな誤解を与えている、というわけでもないか。


「ここはヨウキ陛下やユラ様方も御用達の呉服所なのです。このお店の場合は、反物から気に入った布地を衣服に仕立てる所までできますね」


 アカネが教えてくれる。反物……つまり一着分の布地を巻物のような状態で置いているわけだ。呉服屋では通常仕立てる所まではやらないらしいが、この店の場合は色や柄が気に入ったら寸法を測り、どんな服にするかまで決めて仕立ててくれる、と。


 呉服屋ではなく呉服所というのはまあ……お偉いさん御用達の店が特にそう呼称されるらしい。


「お待ちしておりました」


 俺達の到着を待っていたのか、おっとりとした印象の店主が店先に出てきて、お辞儀をして迎えてくれた。

 そのまま招かれて店内へ入ると……みんなから声が漏れる。

 店内は玄関口から一段高い所が広々とした座敷になっていて……そこに色彩豊かな光景が広がっていた。


 魔道具で明るく照らされた店内は――柄が見やすいように整然と巻物が並べられ、壁際に置かれた衣紋掛けに鮮やかな反物が広げられて、奥の障子の向こうには品の良い庭園が見える。何とも風情のある光景というか。

 腰を落ち着けて商談できるように座布団と座卓の置かれたエリアもある。


「綺麗ですね。染色技術が凄いと言いますか」

「それに、お店も良い雰囲気です」


 グレイスが微笑むとアシュレイもにっこり笑って頷く。ムラなく一色に染め上げられた反物。美しいグラデーションのかかったものであるとか、花や鳥があしらわれたもの。絞り染めが施されたもの。幾何学模様の柄……。バリエーションが豊富で何とも鮮やかだ。


「ふふ。ゆっくり見て行って下さい」


 店主はみんなの反応に気を良くしたようだ。そうしてお茶を用意してもらって、座敷で染色方法等を聞いたりしながら反物を色々と見せてもらう。

 折角なのでみんなで買い物もしていくとしよう。俺達もヴェルドガルに遊びに来て貰った時は迷宮商会で買い物をしてもらっているしな。




 まず今回の東国観光の主役としてユイとリヴェイラに反物を買うのは既定路線だ。今まで作ったものは基本的に武器防具、補助用魔道具といったらすてぃガーディアンの任務のための実用品だし、篠笛もヒタカからユイへの贈り物だしな。

 というわけで理由も含めて自由に一つ選んでいいと言うと、ユイは素直に「ありがとう……!」とお礼を言ってくれた。身体の前で巻物を少し伸ばして似合うかを見たりしていたが……。


「ユイさんの場合はどれも似合いますね」


 と、エレナが楽しそうに言うとみんなも笑顔で首肯して、ユイは少し気恥ずかしそうに「そ、そうかな?」と照れたりしていた。まあ、黒髪なので和装はユイに似合うという印象はあるな。ユイ自身もヒタカの衣装は好きなので、みんなと和気藹々と色んな反物を見る事ができて楽しそうだ。


 セラフィナやリヴェイラの場合は端材で一着作れてしまうという強みがある。店主は端材も色々と見せてくれて、セラフィナとリヴェイラは端材を身体に合わせたりして、自分達の気に入るものを探していた。


「ああ。この柄は好きかも」

「この花柄も中々悪くないわ」


 といった調子で楽しそうにあれこれと反物を見やる女性陣である。リン王女もユラと一緒に反物を選んだりして、ヒタカの着物を一着仕立てる事になったようだ。

 そんな調子で各々の気に入った色、柄の反物を買ったり、知り合いへのお土産も確保したが……今回は俺用の着物も仕立てる流れになった。


 みんなは出産も控えているのでまだ寸法を測らず、反物の状態で仕立てずに少しの間取っておくわけだが、俺の場合はそのまま仕立てて貰って大丈夫だからな。試着用という事で店に用意されていた落ち着いた色合いの紋付き袴に着替えたりして。正装一式なのでこれならヒタカの式典にも出られるかな。


「テオドールも似合うわね」

「ん。格好いい」


 と、ステファニアが笑みを浮かべ、シーラもうんうんと頷く。


「んー。それじゃあ、同じような一式で仕立ててもらおうかな」

「色や柄はどのように致しましょうか」


 そんな店主の質問に、みんなはあれがいい、これもいいのではとにこにこと反物の色、柄を見て俺の身体に合わせたりしつつ話しあうのであった。


 そうして反物を買った後は装飾品を売っている店にも足を運んだ。ヒタカはあまり腕輪だとか装飾品の類は一般的ではなく、アクセサリーというと(かんざし)や根付といった品々になるらしい。

 とはいえ、簪や根付の装飾も細かくて見事なものだ。

 根付に関しては動物や花を象っていて中々味がある。アルバートは喜んでくれそうなので俺もお土産として選ばせてもらい、みんなにも簪を買っていく事となったのであった。




 反物、装飾品と来て、続いて鍛冶場へと赴く。


「やはり、拙者達が世話になっている刀匠の鍛冶場でござる。コマチ殿も知り合いでござるな」


 イチエモンが教えてくれる。公儀の人間御用達という事で色々融通が利く人物を選んでくれたとの事だ。初老の、落ち着いた印象の人物であったが、俺達を迎えに来た時に手にしている武器を見て目を丸くしていた。


「おお……。何と言う事か……。西国の英雄殿とはお聞きしておりましたが……」


 と、衝撃を受けているようだ。

 ざっと見ただけでもオリハルコンにバリュス銀と神珍鉄の合金斧、真珠剣にマクスウェル、光の矢を作り出す腕輪等々……希少な素材や高度な技術、珍しい魔道具だらけだからな。


 どちらにせよ俺達の武器を見せる事になるから、お互い打ち解けて見学もスムーズにいくようになるだろうという狙いがある。公儀御用達という事で口も堅いので諸々安心というわけだ。


 そんなわけでお互い自己紹介をしてから、鍛冶場の中やお互い作ったものを見たりしながら話をする。


「――ほうほう。コマチ殿はヴェルドガルで良くやっておりますか」

「そうですね。鍛冶の腕も知識も豊富ですし、絡繰りに関しては専門家なので、色々と助かっています」

「この武器の柄も――コマチさんが作ってくれたの」


 と、ユイが嬉しそうに薙刀の柄を見せると刀匠は真剣な面持ちで頷いていた。


「希少な素材という事は分かりますが……何より作りが良い。刃も柄も拵えも……使う者の事を考えてしっかり作られておりますな。良い仕事です」

「工房のみんなが聞いたら喜ぶと思います」


 というと、刀匠は表情を緩めてうんうんと頷く。刀匠の作った品々も、素材こそ特別な物を使ってはいないが、鍛造がしっかりとなされてどれも相当な業物であるという事が窺える。ヒタカの武器という事で、みんなも興味津々だ。


 しかも……イチエモンが御用達という事で、正当派の武器だけでなく変わり種の武器も色々と扱っているらしい。仕込み刀であるとか袖に隠して発条仕掛けで刃を飛ばせる武器だとか、絡繰り混じりで見ていて色々と面白い。コマチと面識がある理由も分かろうというものだ。


「この暗器はここの部分の小型化に苦労しましてな。コマチ殿にも手伝ってもらって完成したのです」

「まあ、色々と任務の為に手間暇をかけさせてしまっているところは、自覚しているのでござるが……」


 と、イチエモンは色々な細工が施された武器開発の苦労話にやや申し訳なさそうに感想を口にし、刀匠はそんなイチエモンの言葉に楽しそうに肩を震わせるのであった。

いつも拙作を読んで頂きありがとうございます!

今年一年お世話になりました。また来年もよろしくお願い致します!


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