堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ
<< 前の話 次の話 >>

48 / 56
住処近くでドラゴンが派手な登場をした。
気になって近づいてみると……。

そして追いかけてみると……。

ブループラネットさんは、釣りをしてみたいとか思っていたのだろうか?
あの世界では無理そうだから、過去の映像ぐらいでしか知らないだろうし……。

今回釣り上げられたのは、ヒモニート堕天使。
さて、どうのように料理いたしましょう?



処刑-2

 帝城の中庭は広大で美しく、幾つかの噴水が涼やかな光景を醸し出している。散歩しながら珍しい花々を鑑賞する――なんて優雅な一時を味わうにはもってこいの場所であろう。

 ただ……、今は生き物としての本能が留まる事を許してはくれない死地となっていた。

 ドラゴンである。

 巨大にして勇壮。背から伸びる二つの翼は帝城の中庭を覆うほどであり、しかもどんな金属より硬そうだ。パタパタとしなやかに且つ滑らかに動いているのに、ダメージを与えられるイメージが湧かない。

 鱗に覆われた身体は更に頑強そうだ。どんな武具や魔法を用いても、痒い所をかく孫の手程度の役にも立たないだろう。

 爪や牙は見たくも無い。

 ブレスなんか反則技だろう。

 まさしくドラゴンは最強だ、絶対王者だ。

 帝都は間違いなく壊滅する。止められる者など何処にも居ない。百レベルの堕天使であっても勝率二割がイイとこだ。

 

(ああ、駄目だこりゃ。神獣クラスってホントだね。迷うまでもなく逃走決定だよ。レイナースさんや帝都の人達には悪いけど、正義の味方はドラゴンに勝てません。残念)

 

 特殊技術(スキル)を使用したパナの両眼には、蜘蛛の巣のようにひび割れている石畳の上で、少し嬉しそうにしているドラゴンの姿が映っていた。

 その周囲には――と言うか少し遠巻きに騎士や兵士、魔法詠唱者(マジック・キャスター)が立ち並び、完全な戦闘態勢で睨みをきかせている……つもりなのであろう。完全に腰が引けている上に、怯えた瞳を忙しなく動かしているところからすると、逃げるタイミングを計っているようにしか見えない。

 それでも一応ドラゴンを――かなり離れているとは言え――囲んでいるのだから褒めるべきなのだろうが……。

 

(でも何で動かないのかな? 帝都へ来たからには何か目的があったと思うけど……。レイナースさんが言っていた評議国のドラゴンなら話し合うだろうし、戦いに来たのなら帝城は即火の海。んん~、よく分かんな――ん?!)

 

 パナの疑問は唐突に解けた。ドラゴンは待っていたのだ。この場へ何者かを送り、その帰りをただじっと待っていただけなのだ。

 ドラゴンの背には、小柄で黒い肌の子供らしき二人組が飛び乗り、すぐさま飛び立とうと――

 

「うえええぇえええーー!!! ええ?! いや、え? ちょっと、なに?! あれって茶釜さんのNPCでしょ?! めっちゃ可愛い!! ってそうじゃなくて! いやいや何で? 何がどうなってこうなってええええぇえ?!!」

 

 隣に居たヴァンパイア姉妹が飛び逃げるほどの雄叫びを上げ、パナは混乱に混乱を極める。

 信じられない。

 いや――心の何処かでは想い描いていたかもしれない。

 召喚した天使との会話、自らをNPCであると語ったリグリット、『蒼の薔薇』が語ったプレイヤーと思しき伝説上の英雄達。

 だからもしかするとナザリックも――モモンガもこの異世界に来ているのかも、と頭の片隅で想像していたのだ。

 

「な、なにがあったのです?! パナさん!」

「逃げる? 逃げるの?!」

 

「んんん――ちょっと待って! ああっ、駄目だ! 飛び立っちゃうよ!」

 

 パナが何かを決断する前に、闇妖精(ダークエルフ)を乗せたドラゴンは飛び立とうとしていた。途中、足下のヒビ割れた石畳から多数の潰れた死体を吐き出すという訳の分からないパフォーマンスを行い、そのまま天空へと飛翔する。

 その姿はまるで晴れ渡る青空へ放たれた龍雷(ドラゴン・ライトニング)であるかのよう。

 見惚れるほどの美しさであり、そして誰にも追いつけない天空の覇者。恐らく飛行(フライ)を最大限まで加速させても徒労に終わるだろう。

 

「ああ、見失っちゃう! アン、マイ! 走るよ! 付いてきて!!」

 

「パ、パナさん?」

「ちょ、ちょっとパナちゃん!」

 

 ヴァンパイア姉妹の事は脇に置いて――と言うか気に掛ける余裕も無く、人に在らざる速度で堕天使は駆ける。

 もちろん仲間である姉妹を取り残すような真似は避けたいので、変身を解除して特殊技術(スキル)全開――なんて事はしないが、小さくなっていくドラゴン、そして闇妖精(ダークエルフ)の後ろ姿に焦りを覚えているのは確かだ。

 

「こ、この先は検問所ですよ、パナさん!」

「関係ない! 押し通る!!」

 

 見えてきた帝都の大門、そして検問所の兵士達。

 その内の数名が三人娘の進行を止めようと立ちはだかるものの、視線が斜め上を向いていたパナはスピードを緩めることなく突っ込み、障害物を木端微塵にふっ飛ばした。

 注意喚起を行ったアンとしては目を背けたくなる光景だろう。

 人も詰所も例外なくバラバラに飛び散り、一体何が通り過ぎたのかと誰もが疑問に思う惨状だ。

 もっとも騒ぎの元凶たる堕天使一行は既に帝都を飛び出し、物凄い速さで南西へと向かっているので、捕まえる事はほぼ不可能と言っていい。まぁ、捕まえられる者は帝国にいないだろうが……。

 

「くぅ、まずいまずい! この速さでは置いて行かれちゃう! やっと見つけたナザリックの手掛かりなのに!」

 

 やはりヴァンパイア姉妹に合わせたままだと、空を駆けるドラゴンの速度には敵わない。いっそのこと二人を残し、パナが単独で追いかけるべきであろうか。

 

「ん~、仲間を見捨てる訳にはいかないですよね、たっちさん。――ならっ、二人共ちょっと御免ね!」

「へ? パ、パナさん?!」

「ちょっ、どこ掴んでんの?!」

 

 ぐるっと姉妹の背後へ回り込み、腰の辺りに腕を回してがっしり両脇に抱えると、パナは特殊技術(スキル)を発動させた。

 刹那、周囲の景色があっという間に置き去りにされる。

 ヴァンパイアではHPを削って身体能力を上昇させたとしても決して出せない移動速度だ。そんな速度を二人抱えて生み出せるのだから、やはり腐ってもプレイヤーなのであろう。

 米粒のようになっていたドラゴンの姿も、少しずつ大きくなっている。

 

「よぉーし! もう少し近付いたら声を掛けてみようかな? あっ、でも、大丈夫なのかな? いきなり攻撃されたりして――」

「声掛けって正気ですかパナさん!」

「相手はドラゴンだよ! 死ぬ気?!」

 

 闇妖精(ダークエルフ)の姿を見ていない上にナザリックの事を知らない二人にとって、パナの言葉は正気を疑うものであっただろう。追いかけているだけでも何をしているのか疑問だらけであったのだから、気持ちは良く分かる。

 

「いや、えっと、あ~(困ったな~、なんて説明すればいいんだろ? 昔の仲間? いや、相手がリグリットさんみたいに自我を持って動いているのだとしたら、ナザリックを出て行った私を快く思っていない可能性が……。モモンガさんが居てくれるなら大丈夫だと思うけど)」

 

 天高く飛翔するドラゴンの遥か後方、弱き者が這い回る地表の上で、隠密状態の堕天使は苦悩していた。

 両脇に抱えるヴァンパイア姉妹の言うように、声を掛けるのは危険かもしれない。

 ぶくぶく茶釜のNPCがどんな思考で動いているのか分からない今、正面から接触するのは――情報不足のままPvPを行うようなものであろう。

 相手は確かレベル百、それが二体。加えて神獣並のドラゴンが一体だ。

 勝ち目はゼロであり、少年の恰好をしているNPCの能力を考慮すれば、逃げる事すら不可能かもしれない。

 昔、世界樹ハウスで着せ替え人形扱いしていたNPCだから、恨まれている可能性もある。餡ころもっちもちとぶくぶく茶釜、そしてやまいこに連れ込まれた末の騒動であったとしても、実際嬉々としてスクショを撮りまくっていたのだから言い訳のしようもあるまい。

 

(あああー! どうしよー! どうしたらイイのか分かんないよー! ぷにっとさーん、指示をちょうだーい!)

 

 パナとしては頭を抱えてゴロゴロ転げ回りたいところであったが、今は両脇にヴァンパイアを抱えながら高速で走っているのでどうしようもない。

 このまま追いかけるか、思い切って話しかけてみるか……。

 人の意見に従ってばかりいたユグドラシルでの悪癖が、こんな時でも決断を鈍らせる。

 

「くっそー! 早くしないとトブの大森林に突っ込んじゃう! あそこには行きたく――」

 

 その瞬間、脳髄が震えた。

 

「――はひっ!! なにコレ?! 視られた? この私がっ――視られた?!!」

 

 背筋を這い回る悪寒にパナの足が止まる。

 高速移動中であった為に、そのまま地面を削りながら滑り、もうもうと立ち昇る土煙の中をしばらく突き進んで――ようやく停止。と同時に抱えた姉妹を地へ落とし、晴れ渡る青い空を見上げると、パナは恐怖で震える己の身体を両手で抱きしめていた。

 

 ――探知された――

 

 信じ難い事ではあるが、隠密特化のパナが探知されたのだ。しかも相手の姿は視えない。人の姿に変身しているとは言え、ヴァンパイア姉妹と共に集団隠密状態であるとは言え、隠密に特化したパナを探知するのは極めて困難であるというのに……。

 加えてパナの持つ探知範囲の外から視てきたのだ。

 そんな常識外れた行為は、ギルドメンバーのぬーぼーぐらいしか出来ない神業であろう。普通に考えれば本人がこの異世界に来ており、メンバーのパナップを探し当ててくれたのだと思いたいところなのだが――。

 パナは頭を振って否定する。

 なぜならパナを中心とした周囲の円状に恐るべき存在が現れたからだ。

 その数は十体。

 パナの探知限界線ギリギリに――まるでタイミングを合わせたかのように、十体もの化け物が同時に入り込んできたのだ。

 これはまるで、アインズ・ウール・ゴウンのチーム戦が始まるかのよう。

 

「うあ……あああ、なによ、なんなのよ! 冗談でしょ!」

「パナさん! 何が起こったのです? 何がっ?!」

「震えが止まらないよっ! 怖い! 怖いよ姉ちゃん!!」

 

 姿は見えなくとも周囲を等間隔で囲む化け物の威圧感は耐え難いのであろう。ヴァンパイア姉妹は抱き合いながらその場で蹲る事しかできない。

 パナは――いや即座に変身を解いたパナップは、逃げ道を探して空を見上げるものの、絶望だけがその目に映る。

 空中には闇を纏う骸骨、羽の生えた悪魔、そして無数の足を持つ甲虫など計五体が浮遊していた。どれもが地上の十体と同程度の化け物だ。神獣並みに強力なモンスター達である。

 

「ああぁ……、囲まれている、空も駄目……。しかも転移(テレポ-テーション)まで阻害されている。もう……駄目だ、逃げられない」

 

 ぷにっと萌えの手際を思い起こさせる包囲網に、パナップは呆然と佇む。

 レベル八十以上のモンスターが十五体。

 逃げ道を塞ぐかのように配置され、魔法による妨害も万全だ。一部には忍者系のモンスターも居るようで、速さに任せた突破も意味を成さないだろう。

 完全に詰みだ。

 ゆっくり包囲を狭めてくるモンスター達の足取りに迷いはない。見事なまでに統率され、一糸乱れぬ行進だ。

 人知れず足が震える。

 

「こんなっ、こんな何も無い平原で死ぬ? せっかくナザリックのNPCを見つけたっていうのに、あの人の所在を確認出来ないまま死ぬって?! ふざけるな! ふざけんなよ!!」

 

「――くふふ、誰もふざけてなんておりませんわよ、禁句の御方」

 

 優しく甘く、可憐で心地良い。

 パナップの耳に響いたのは、そんな美麗極まる女性の声であった。

 空からゆっくりと降り立つ其の者は、黒い羽と二本の角を備える――長い黒髪の白い女性。外見については、言葉でどんなに褒め称えても足りないほどの美しさ――としか言いようがない。

 あまりに美しく、神々しく、美の女神が涙を流してその足下へひれ伏し、足の甲をペロペロ舐め続けるほどであろう。

 嫉妬マスクが嫉妬を忘れるほどかもしれない。

 

「ア、アアアア、アルベドォ?!! うええ?! なんで? いや、すっごい綺麗な声じゃん! ってそうじゃなくて! まさか、ナザリックが? いやいや、もしかしてモモンガさんも此処に――」

「下等生物がっ!! その名を口にするなぁぁぁ!!!」

 

 突き出された拳はパナップの腹へ食い込み、その身体をへし曲げる。

 

「――おげええええぇぇ!!」

 

 身体の中身を内蔵ごと吐きだしそうな勢いで、パナップは胃の内容物をぶちまけた。と言ってもほとんど真っ赤な状態からして胃の中は酷い有様なのであろう。

 

「げほっ……な、なにを――おえぇええ!」

「パナさん! 私の後ろに!」

「駄目だよ姉ちゃん! 敵う訳ないよ!」

 

「愚か者がっ! アインズ様の真名(まことな)を口にして良いのは私だけよ! 正妃であり愛する事を許された唯一の女である、私にしか許されない事なのよ!!」

 

 アインズ様? ……地べたに突っ伏すパナップは、アルベドが何を言っているのか理解できなかった。突然殴られた理由にも考えが及ばない。

 ただ一つ認識できるのは、己が死に掛けているという事だけだ。

 

「ぐぁ……、はぁはぁ、ど、どうしてこんな事をするの? アインズって……ギルド名……じゃないの?」

 

「その件に関しましてぇーはっ、私が御説明いたしましょうォ! 禁句の~オンカタっ!」

 

 背後に降り立ったのは軍服を着込んだ埴輪顔の男だ。舞台役者の様に遠くまで響く発声で、演劇の如く抑揚てんこ盛りである。

 

「パ、パンドラまで……」

「はい、お久しぶりで御座いまぁす、禁句の御方! と、挨拶はこの程度と致しまして、御説明させて頂きます!」

 

 軍服の裾をバサッとはためかせ、パンドラは語る。

 

「我が造物主である御方は、ただ今アインズ・ウール・ゴウンと名乗られておいでです。故に我等ナザリックの(しもべ)達は、アインズ様とお呼びしているのですよ。貴方様も今後はアインズ様と仰って下さい。決して真名(まことな)を口にしてはなりません。真名(まことな)を口にして良いのは――、息子である私だけです! ええ、私だけなのですよ禁句の御方!」

 

 何やらアルベドに対抗した物言いではあるが、混乱しているパナップには疑問しか浮かばない。モモンガさんがアインズと名乗っているのは何とか理解したが、『禁句の御方』とはなんだ? 何故そんな名称で呼びかけてくる?

 

「ええ、分かります。その戸惑いは仕方のない事でしょう。そう! 貴方様は『禁句の御方』。名を呼ぶことを禁じられた哀れな御方。ええ、そうなのです! 許されないのです! 貴方の名はアインズ様を不快にさせる! よぉ~ってぇ! ナザリックでは禁句となっているのですよ!」

 

 突然現れた二人のNPCは、パナップを挟んで混乱だけを巻き起こす。

 理解出来ることは少なく、納得出来ることは皆無だ。

 何故死にかけるほど殴られる? どうして自分の名前が不快を招く? 一体全体、私が何をしたと言うのだ?

 蹲るだけのパナップには何も分からない。

 

「パンドラ、お喋りはそのぐらいにしたらどうなの?」

 

「おお、これはこれは統括殿。禁句の御方と出会えた喜びで少々興奮していたようです。――では、始めましょう」

 

 起き上がれないでいるパナップの頭上越しで二人の人外は頷く。

「ひぃっ」と短い悲鳴を上げたのはアンだろうか? 近付いてきた埴輪顔の人物に言い知れぬ恐怖を感じたのであろう。

 パナップは血の味しかしない唾液を飲み込むが、思ったように手足が動かない。この世界へ来てから初めての大ダメージであるからか、死の恐怖が行動を阻害する。

 

「こっちにくんな! 穴目野郎!!」

 

 大地を蹴り飛ばし、マイが渾身の一撃を繰り出す。

 宝石の様に輝く籠手(ガントレット)が向かう先はパンドラの顔面だ。高位のマジックアイテムで武装された難度九十に及ぶ拳。それは決して侮れない必殺にして必勝。名高き森の賢王であってもぶっ飛ぶこと間違いなしの――

 

「不合格――ですな」

 

 パシッと軽く受け止めて、その実力とマジックアイテムを「不可」と査定する。

 パンドラは――誰が見ても「残念である」と判るような身振りでマイ、そしてアンの首を掴むと、そのまま持ち上げてパナップに聞かせるかのように言い放つ。

 

「現地産のヴァンパイアは実験に最適です。このまま石にして持ち帰るとしましょう。そう! アインズ様の為にっ!」

 

「こ、このっ! 二人から離れろパンドラァ!!」

 

 全身の痛みを振り払い、パナップは起き上がる。一か八かの秘策を持って――。

 

「――副官召喚! 恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)!!」

 

 レベル九十九から百になる為の経験値。その全てを代償に、パナップは光り輝く六枚の羽を持つ最高位の天使を召喚する。己のレベルダウンを伴う痛過ぎる行為ではあるが、もはや形振り構ってはいられない。

 

恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)! パンドラから二人を取りもど――」

 

 パンドラの三倍はあろう巨体の天使へ命令を下そうとしていたその時、パナップは横目で見てしまった。

 小さな足だ。

 少女のように細くて小さな可愛らしい足。

 其れが上空から〈失墜する天空(フォールンダウン)〉のように突っ込んできて、恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)の頭を貫き、そのままパナップの背中へ――

 

 ――激突したのだ。

 

「がぁああ!!」

 

 絶叫する前に地面へ叩きつけられ、折れてはならない何かが折れたような――そんな音を耳にしながら、パナップは潰れる内臓の中身を吐き出した。いや――漏れたと言うべきか? 上からだけでなく下からも吹き出ているので、どちらでも構わないだろうが……。

 

「くふふふ、良い子ね。流石は私の可愛い妹。でも、まだ殺しては駄目よ。別の場所で復活されてしまうと、また探し回ることになるから」

 

「――はい、アルベドお姉様」

 

 パナップの背中を踏みつけていたのは、小柄な白い少女であった。

 しかしその背には白き十二枚の羽が輝き、頭上の光の輪と共に天使族である事を知らせてくれる。

 半開きの瞳は感情を感じさせず、たった今同属の天使を消滅させたことも、足下で虫の息となっている堕天使のことも、虫けらの生き死にを眺めるかのごとく――であるようだ。

 

「パ、パナ……さ、ん、が、あが」

「ぐっ、アタイがいまたすげで――がぁっ!」

 

「美しき愛の輝き……と言いたいところですが、そろそろ退場する頃合いですよ。さぁ、私の眼を見るのです!」

 

 姉妹の首を絞めながら吊り上げていたパンドラは、ほんの一瞬一つ目の鬼神へと姿を変え、その巨大な瞳でヴァンパイア姉妹を石と化した。

 あまりに強力な石化の視線は、完全耐性を持っていない者にとって即死級の一撃となり得る。至高の御方である鬼神の視線は、ギガントバジリスクが目を逸らすほどに強力なのだ。低レベルのヴァンパイアごときでは、能力の八割しか使われなくとも神に睨まれた下民のごとくであろう。

 

「どんな実験を致しましょう? ああ、楽しみで仕方が有りません。アインズ様の御役に立てるかと思うとォーー、身が震える想いでありますっ」

 

 パンドラは嬉しそうに呟くと、手にしたヴァンパイアの石像二体をアイテムボックスの中へ放り込んだ。

 

「ぐっ、がぁ! こ、このぉ!」

「――うるさい」

 

 ボロボロの全身を地面へめり込ませながらも、パナップは探知特殊技術(スキル)で周囲の状況を把握。そして力の限り起き上がろうとして――小さな天使に阻まれた。幼い少女の足で背中を踏まれ、ピクリとも動かせない。

 パナップは信じられない思いで現実を見る。

 アンとマイは石化されパンドラに回収されてしまった。石化対象をアイテムボックスに入れるなんてユグドラシルでは有り得ない行為だったのに、いったいどうなっているのか? アイテムボックスを普通に使っているNPCの存在にも眩暈がする。

 己の背中を踏みつけているのは――ルベドだ。

 元世界級(ワールド)エネミーの化け物熾天使。

 ナザリックの第八階層から移動させることは出来ないはずなのに、どうして此処に居るのか? いや、それを言うならアルベドもパンドラもナザリックの外へ出ている。ユグドラシルの常識としては両方共に異常であろう。

 

(分からない、何がなんだか……。そもそも私は予想外の展開に対応できるほど優秀じゃないのよ! その役目はぷにっとさんかモモンガさんでしょ! 私にどうしろって――、どうしろって言うのよ!)

 

 自覚せずして涙が流れる。

 いや――それ以外の様々な体液も流れ出ているのだが、パナップには認識できない。

 そんな余裕は無いのだ。激痛が全身を支配し、気を抜けば意識が飛んでしまいそう……。だが、何もしないままでは死ぬだけだ。有り得ない方向にねじ曲がっている己の腕に愕然としながらも、パナップは必死に治癒魔法を唱えようと――

 

「――だめっ」

「げはっ!!」

 

 魔法が発動する前に背中を踏みつけられ、パナップは更に地面へめり込む。

 ルベドが邪魔をしてきたのだ。

 当然と言えば当然だろう。目の前で治癒行為なんかさせる訳がない。

 

「ふふ、偉い子ね。さぁ私の可愛い妹、その汚い堕天使を持ち上げて私の所まで持ってきて頂戴」

 

「――はい、アルベドお姉さま」

 

 平坦な返事でありながら、ルベドは十二枚の白い羽をピコピコさせて行動へと移る。

 姉に褒められて嬉しいのかどうか分からないが、パナップの後頭部を片手で掴み上げ、頭上に翳しながらアルベドの正面まで持ってくるその様は、ほんの少し張り切っているようにも見えた。

 




異世界転移と言えば無双ものですよね!
はい、分かります!

アルベド無双!
パンドラ無双!

うん、やっぱりナザリックは最強と言う事なのだな!

……え? 誰か忘れてないかって?
隠密特化偵察用堕天使?
そんな奴いましたっけ?





※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。