38.人と魔物と精霊と
「精霊の湖がただの湖に変わってからは、魔の森は以前よりほんの少し不安定で、時折魔物が大量発生しましたが、その度人間たちは儲け時だと立ち上がり、人も魔物も変わりなくそれなりに楽しく暮らしていました。
それからどれだけの時が流れたでしょう。
迷宮都市の城門を今日も一人の少年が飛び出していきます。
『精霊眼』を持つ錬金術師のその少年は、弓を片手に今日も素材採取に励むのです。
父親譲りの狩りの技と母親から受け継いだ錬金術の知識によって、魔の森の奥深くまで潜って貴重な素材を取って来られるその少年の仲間は、小さなサラマンダーと聖樹の小枝に宿った精霊。
少々わんぱくすぎるけれど、少年の冒険は頼もしい仲間たちと一緒に、これから無限に広がっていくのです」
「そ……、それは、
「さて、どうだったかなー? お酒を飲めば思い出すかもー」
「ジーク、昼間っからダメだよ! それと……なんで『木漏れ日』にいるんですかねー、師匠?」
精霊の湖の件からさほど日にちも経っていない頃、昼食の支度を済ませたマリエラが食卓を振り返ると、配膳を待つジークや警備兵の中に師匠がしれっと混ざっていた。
『木漏れ日』での昼食は常連さんや警備の人が入れ代わり立ち代わり厨房にやってきて、めいめい適当に取っていくから、人数が増えること自体何の影響もないのだけれど、あまりに自然な交ざりっぷりに、マリエラは思わず二度見してしまったくらいだ。
ジーク相手に嘘か本当かわからない話を語って聞かせ、昼間っから酒を引き出そうと画策している。
湖の精霊の世界からこちらの世界に戻ってきた後、師匠とリューロパージャはマリエラたちとともに迷宮都市に帰ってはこなかった。
「一人で背負い込もうとは思わぬが、我一人穢れから逃れることなどできまいよ。それにこの身はスライムから作られた。どちらかというと魔物に近い存在だ。人の街にはそぐわない。フレイの弟子と仲間たちよ、縁があったらまた会おう」
真面目なリューロパージャはそう言うと魔の森の深くへ消えていき、いい加減な師匠は、
「ってことで、マリエラ、おっつー。そのうち遊びに行くからなー」
とひらひら手を振りながらリューロパージャと共に去っていったのだ。
「師匠、来るの早すぎ……。リューロパージャさんはどうしたんですか?」
あれほどの仲良しぶりを見せつけていたのだ。遊びに行くのも来るのももう少し先のことだと踏んでいたのだが、これほど早くにやってくるとは。
「やー、魔の森って酒ないじゃん。あとあたしもリューロも料理できないからメシがまずくって。リューロはスライムだから何でもいいみたいなんだけどさー」
文字通り昼食を餌に師匠に聞いた話によると、受肉を果たしたリューロパージャは現在、魔の森探索をエンジョイ中なのだとか。
魔物に近いリューロパージャには、ほかの魔物と同様に多少の穢れが流れ込んでくるのだそうだが、その量は以前と比べればごくごくわずかで、核のおかげもあるのだろうがリューロパージャが人間に近いフレイジージャを攻撃することはないらしい。
けれど、もともと真面目で淡白な性格のリューロパージャだ。
食事などは何でもよくて、日がな一日魔の森を彷徨っていたり、あるいは夜の間中、川のせせらぎの音に耳を澄ませるような楽しみ方で、享楽的なフレイジージャが満足できるはずがない。
「リューロは魔の森に飽きた頃に連れてくるよ」
喧嘩をしたわけではないのだけれど、ずっと一緒にいるわけでもない。
師匠たち二人の距離感が精霊らしいなとマリエラは納得しながら、師匠と一緒に食事を取った。
「んで、その後どうなのよ?」
楽しそうに聞いてくる師匠の様子に、マリエラは自分たちのことを聞かれているのだろうなと思いながらも、あの湖の世界に行った黒鉄輸送隊のメンバーのその後について話して聞かせた。
「どうというほど時間がたってないですけどね、ユーリケとフランツさんはユーリケの生まれ故郷を探す旅に行きたいそうです。でも、すぐってわけじゃなくて、情報を集めたり、旅費を貯めてからってことで。今は二人とも仲良くやっていますよ」
グランドルさんは今度帝都に行くときに、久しぶりに実家に顔を出そうと言っていました。ドニーノさんは装甲馬車の技術を磨くために最近はドワーフ街に入り浸りだそうです」
それぞれの記憶を少しずつ差し出した黒鉄輸送隊の面々は、みなどこか己の問題と正面から向き合って、新たな一歩を踏み出していた。
それは、いつでもどこでも誰とでも、お気楽お手軽メイクラブなエドガンさえも例外ではない。マリエラの護衛の報酬でもらった、親子関係を証明する『血族のポーション』を使ってたかりに来ていた女性たちを順番に交渉している最中なのだそうだ。
「でもよ、生活に余裕があんなら、だまそうなんて思わないでしょ」
そう言って、自分を騙した相手にいくばくかの手切れ金を渡しているのが、エドガンらしいともいえる。
「そういえば、エドガンがおかしなことを言っていました」
「へぇ、なんて?」
そんなエドガンと頻繁にあっているジークの呟きに師匠が反応する。
「一人でいる間中、ずっと聞こえていた悲鳴が聞こえなくなった……って。それでかな、なんだか女性関係がおとなしくなったような」
「そりゃ、貰ったかいがあったねぇ」
師匠がにやりとそう言ったから、師匠はエドガンに何かして辛い記憶を和らげてあげたのかもしれない。
「で? お前たちは?」
「……ようやく飯抜きの刑が終わったところです」
ジークの情けない返事にゲラゲラと爆笑するフレイジージャ。
一緒に食事を取っていた警備兵は、このまま話に参加していたら後で稽古が厳しくなるぞと早々に立ち去っているから、ジークの名誉は守られたのだが、状況は全く改善していない。
マリエラはジークからもらった指輪をずっと左の薬指に付けているのだけれど、その意味にジークだけが気づいていないらしい。
「だって……、あんな周りに押された勢いで、なんてさすがの私でも嫌ですよ」
指輪の存在を目ざとく見つけたアンバーさんやメルルさんに捕まったマリエラがそう話していたことは、残念ながらジークは知らないままなのだ。
いくらマリエラが生きてきた200年前になかった風習だったとしても、今の時代で暮らして女性の友人だっている。あの時はとっさにとぼけてみせたけれど、マリエラだって年ごろの娘だ。指輪の意味を知らないはずはないじゃないか。
「まぁ、頑張れ! また来るから、その時は楽しい話を期待してるよ!」
そう言って師匠は、魔の森の深部でしか採れない希少な素材と引き換えに、大量の食糧と酒をお土産に魔の森へと帰っていった。
その夜。
「マリエラ、大事な話があるんだ。屋上に来てくれないか」
意を決したジークがマリエラを屋上に呼び出した。
『木漏れ日』の常連たちも増えた警備兵たちもいない、それなりに雰囲気のある場所が、屋上だとはいささかお手軽感があるのだけれど、ここはリンクスが亡くなった夜に二人で過ごした場所だから「大事な話」とやらをするには悪い選択ではないだろう。
「ジーク? わぁ、きれい」
呼ばれて屋上に上がったマリエラは、普段はシーツだの、マリエラやジークのパンツだのが干してある生活感あふれる屋上が綺麗さっぱり片付けられて、代わりにろうそくが一面に置かれ灯っている様子に感嘆の声を上げた。
ろうそくも『木漏れ日』で売っている魔除けのろうそくなどではなくて、ちゃんとよそのお店で買ってきたおしゃれな感じのろうそくだ。
狭くはない屋上一杯にたくさんのろうそくが灯っている様子は、満天の星空のようにも、地脈のなかのようにも思えて、とても幻想的である。
揺らめき光る燈火の真ん中で、マリエラに手を差し伸べるジークムント。
マリエラは招かれるままジークの下に近づいて、延ばされた手に己の左手をそっと重ねる。
「マリエラ……俺は……」
マリエラの手をとり、片膝を付いて何度も練習したであろう言葉を口にしようとするジーク。
けれど大変残念なことに、師匠の来訪によって活気づいた炎の精霊が、屋上中の灯火に宿って二人の様子を見ていたし、屋上に届くまでに成長した聖樹の枝からはワクワク顔のイルミナリアがこれまた覗き見をしていたから、ジークのプロポーズがちゃんと成功したのかは分からない。
マリエラの左手にはめられたジークの瞳の色の宝石が、夜空とろうそくの無限の光を映していた。
これにて外伝完結です!
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
活動報告を更新していますので、よければそちらもご覧ください。
そして……。
新作始めました~。
『俺の箱』
https://ncode.syosetu.com/n3141ff/
2019年はこちらもお楽しみください!
突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガイ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた! え?…え?何でスライムなんだよ!!!な//
研究一筋だった日本の若き薬学者は、過労死をして中世ヨーロッパ風異世界に転生してしまう。 高名な宮廷薬師を父に持つ十歳の薬師見習いの少年として転生した彼は、疾患透//
唐突に現れた神様を名乗る幼女に告げられた一言。 「功刀 蓮弥さん、貴方はお亡くなりになりました!。」 これは、どうも前の人生はきっちり大往生したらしい主人公が、//
しばらく不定期連載にします。活動自体は続ける予定です。 洋食のねこや。 オフィス街に程近いちんけな商店街の一角にある、雑居ビルの地下1階。 午前11時から15//
アスカム子爵家長女、アデル・フォン・アスカムは、10歳になったある日、強烈な頭痛と共に全てを思い出した。 自分が以前、栗原海里(くりはらみさと)という名の18//
辺境で万年銅級冒険者をしていた主人公、レント。彼は運悪く、迷宮の奥で強大な魔物に出会い、敗北し、そして気づくと骨人《スケルトン》になっていた。このままで街にすら//
あらゆる魔法を極め、幾度も人類を災禍から救い、世界中から『賢者』と呼ばれる老人に拾われた、前世の記憶を持つ少年シン。 世俗を離れ隠居生活を送っていた賢者に孫//
勇者と魔王が争い続ける世界。勇者と魔王の壮絶な魔法は、世界を超えてとある高校の教室で爆発してしまう。その爆発で死んでしまった生徒たちは、異世界で転生することにな//
とある世界に魔法戦闘を極め、『賢者』とまで呼ばれた者がいた。 彼は最強の戦術を求め、世界に存在するあらゆる魔法、戦術を研究し尽くした。 そうして導き出された//
メカヲタ社会人が異世界に転生。 その世界に存在する巨大な魔導兵器の乗り手となるべく、彼は情熱と怨念と執念で全力疾走を開始する……。 *お知らせ* ヒーロー文庫//
小学校お受験を控えたある日の事。私はここが前世に愛読していた少女マンガ『君は僕のdolce』の世界で、私はその中の登場人物になっている事に気が付いた。 私に割り//
放課後の学校に残っていた人がまとめて異世界に転移することになった。 呼び出されたのは王宮で、魔王を倒してほしいと言われる。転移の際に1人1つギフトを貰い勇者//
◆カドカワBOOKSより、書籍版15巻+EX巻、コミカライズ版7+EX巻発売中! アニメBDは6巻まで発売中。 【【【アニメ版の感想は活動報告の方にお願いします//
書籍化決定しました。GAノベル様から三巻まで発売中! 魔王は自らが生み出した迷宮に人を誘い込みその絶望を食らい糧とする だが、創造の魔王プロケルは絶望では//
平凡な若手商社員である一宮信吾二十五歳は、明日も仕事だと思いながらベッドに入る。だが、目が覚めるとそこは自宅マンションの寝室ではなくて……。僻地に領地を持つ貧乏//
クラスごと異世界に召喚され、他のクラスメイトがチートなスペックと“天職”を有する中、一人平凡を地で行く主人公南雲ハジメ。彼の“天職”は“錬成師”、言い換えればた//
※タイトルが変更になります。 「とんでもスキルが本当にとんでもない威力を発揮した件について」→「とんでもスキルで異世界放浪メシ」 異世界召喚に巻き込まれた俺、向//
●KADOKAWA/エンターブレイン様より書籍化されました。 【一巻 2017/10/30 発売中!】 【二巻 2018/03/05 発売中!】 【三巻 //
地球の運命神と異世界ガルダルディアの主神が、ある日、賭け事をした。 運命神は賭けに負け、十の凡庸な魂を見繕い、異世界ガルダルディアの主神へ渡した。 その凡庸な魂//
二十代のOL、小鳥遊 聖は【聖女召喚の儀】により異世界に召喚された。 だがしかし、彼女は【聖女】とは認識されなかった。 召喚された部屋に現れた第一王子は、聖と一//
4/28 Mノベルス様から書籍化されました。コミカライズも決定! 中年冒険者ユーヤは努力家だが才能がなく、報われない日々を送っていた。 ある日、彼は社畜だった前//
VRRPG『ソード・アンド・ソーサリス』をプレイしていた大迫聡は、そのゲーム内に封印されていた邪神を倒してしまい、呪詛を受けて死亡する。 そんな彼が目覚めた//
34歳職歴無し住所不定無職童貞のニートは、ある日家を追い出され、人生を後悔している間にトラックに轢かれて死んでしまう。目覚めた時、彼は赤ん坊になっていた。どうや//
人狼の魔術師に転生した主人公ヴァイトは、魔王軍第三師団の副師団長。辺境の交易都市を占領し、支配と防衛を任されている。 元人間で今は魔物の彼には、人間の気持ちも魔//
公爵令嬢に転生したものの、記憶を取り戻した時には既にエンディングを迎えてしまっていた…。私は婚約を破棄され、設定通りであれば教会に幽閉コース。私の明るい未来はど//
本が好きで、司書資格を取り、大学図書館への就職が決まっていたのに、大学卒業直後に死んでしまった麗乃。転生したのは、識字率が低くて本が少ない世界の兵士の娘。いく//
東北の田舎町に住んでいた佐伯玲二は夏休み中に事故によりその命を散らす。……だが、気が付くと白い世界に存在しており、目の前には得体の知れない光球が。その光球は異世//
勇者の加護を持つ少女と魔王が戦うファンタジー世界。その世界で、初期レベルだけが高い『導き手』の加護を持つレッドは、妹である勇者の初期パーティーとして戦ってきた//