晩年の1953年、少年時代の思い出をよびおこすようにして書かれた短篇。この時期にしては珍しい題材だが、『小説新潮』の「故郷小説」特集の依頼に応じたもの。
この年8月、安吾は長男誕生のしらせにとまどい、ちょいと暴れたりして、ようやく一息つけるようになった9月頃これを書いた。初めてのわが子に、少年の日の自分が二重写しになって見えたかもしれない。
でも、内容はというと、代数の先生の授業をサボりまくって落第した話、初めて吸ったタバコの話、カルタ仲間の6人で英語の試験をカンニングした話、女郎になるしか道がない可愛い女の子たちへの性的な憧れなどなど、どれも普通の親なら自分の子には聞かせたくない、真似されたら困るような、そんなエピソードばかりだ。
主人公は本名の炳五をもじって五平であり、登場する友人たちもみな架空なので「自伝小説」とは呼べないが、あんがい実体験を多く織り交ぜてあるように思われる。
先生をたらしこんで及第点をもらおうとする熊本甚作は、実際にも四歳上だった新潟中学の友人三堀謙二がモデルだろう。タバコを教えてくれた話もきっと本当で、その後東京の中学に転校した安吾は、寺の奥へタバコを吸いに行くのが楽しみだと三堀に書き送っている。
五、六歳上の深谷長十郎という男も、それぐらい年長だった友人渡辺寛治がモデルかと思われる。安吾と一緒に先生を殴りに行ったといわれる豪放な男で、三堀も渡辺も相当な読書家だったらしいが、この小説では読書に関する話題は出てこない。
仲間たちの無頼ぶりが誇張されて、笑えるエピソードが多いけれど、主人公の五平については、同じように悪いことをしていても、ナイーブで純朴な感じにみえる。
まだ見ぬ女郎屋のことを別天地や夢の国だと憧れたり、健康な肢体の娘たちといつか惹かれ合う運命なのではないかと夢想しながら、現実には女郎屋に足を踏み入れることもできなかったり、とかく周りの友人たちよりウブにできている。
こういう安吾(五平)もなんだか本当っぽくて、素直に心に入ってくる。無頼な行状ばかり書かれている割に、上品で甘酸っぱい香りのする青春小説である。