堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ
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金欠魔王様のアルバイト。
それは金貨千枚の賞金首を狩る事。

でも、稀代の英雄がお金の為に必死になるのは宜しくない。
だから偶然を装って捕まえようか?

アルベドならしっかり対応してくれるだろう。
勢い余って殺してしまう、なんて事は無いだろう。

……無いですよね、アルベドさん?



殺戮-10

 その者は英雄だった。

 漆黒の全身鎧(フルプレート)、背に備えた二本のグレートソード、そして傍に仕える美し過ぎる従者。

 どれをとっても物語に登場する稀代の英雄そのものであろう。

 無論、『美姫』は従者で無く仲間とされているが、時折『モモン様』と呼んでいる事や、絶対服従たる態度と命すら預けんばかりの忠誠心からして、英雄に全てを捧げた信奉者である事は間違いない。

 

 さて、そんな英雄は数々の偉業を成し遂げ、冒険者の最高峰アダマンタイトまで到達し、今やエ・ランテルでは知らぬ者の居ない有名人となった。

 拠点である冒険者ギルドには、稀代の英雄を一目見ようと理由も無くぶらついている一般人が居る事も有り、たまに追い出されたりしている。

 だが、その日は何か違った。

 英雄が現れる前から少しばかり騒がしく、別の話題がギルド内を駆け巡っていたのだ。

 

「ふむ、何かあったのだろうか? ――あぁ其処の君、ちょっとイイかな?」

 

「はい、モモン様! お帰りなさいませ」

 

 英雄がどの受付嬢へ声を掛けるのか? 『漆黒』の二人が冒険者ギルドの建物内へ入ってきてから即座に席へ着いた受付の娘達は、引き当てられる瞬間を心待ちにし、そして一人だけが歓喜する事となった。

 イシュペンは受付台の下で拳をグッと握り締め、声のトーンを一段高める。

 

「何か御座いましたか?」

 

「いやなに、少しばかりギルド内がざわついているようだが……、何か有ったのか?」

 

「あ、はい。先程魔術師組合長テオ・ラケシル様が来られまして――、何でも組合に泥棒が入って貴重な魔導書数点を盗み出された、との事です」

 

 凄い形相で駆け込んできたのでビックリしました~、っと受付の女性は目を大きく見開いてその時の衝撃を伝えてくる。だがモモンは、即座に魔術師組合で起こった窃盗事件の裏を読み取っていた。

 魔術師組合は普通の泥棒が目を付ける場所ではない。一般的な防犯対策に加えて、魔法による防護やトラップが張ってあるのだ。盗賊(シーフ)の能力だけでは獲物を獲得する前に檻の中へ直行だろう。

 それでも盗みへ入り、魔法の仕掛けを潜り抜けたと言うのであれば、盗賊(シーフ)以外に魔法詠唱者(マジック・キャスター)の心得を所持していたに違いない。

 そんな手間を何処の窃盗団が掛けるというのだ。

 魔術師組合へ入り込めるのであれば魔法詠唱者(マジック・キャスター)としても一流だろう。ならば魔導書なんて盗む必要は無い。見たかったら組合へ登録し、所定の手続きを行って目を通せば良いだけだ。犯罪者になる必要は何処にも無い。

 ならば何故――組合へ侵入したか?

 

(ふん、魔導書は目くらましだな。目当ては『死の宝珠』に違いない。ズーラーノーンという組織の構成メンバーが所持していた貴重なマジックアイテムだ。回収しようとするのは当然だろう。だが何処の誰が回収して、何処に保管してあるのか分からない――、となると最初に踏み込むべきは魔術師組合……)

 

 不思議そうな視線を向けてくる受付嬢と、何か失態でもしてしまったのかとオロオロする美姫の前で、モモンは己の素晴らしき洞察力に浸っていた。

 

(でも待てよ、魔術師組合にはゴミアイテムしかなかったから監視対象から外していたなぁ。となるとズーラーノーンの関係者を捕縛するのは難しいか? う~む、次に動くことを期待して冒険者ギルドでも監視させようかな~? 持ち去られた死体の件も有るしな~、情報源はいくらでも欲しいし……)

 

「あ、あの、モモン様? どうかなされましたか?」

 

「ん? ああ、なんでもない。……それより魔術師組合の件は依頼に成りそうなのかな? 先日請け負った仕事は終わらせてきたから、私が受けても良いのだが――」

 

「そ、そんな! アダマンタイト級のモモン様が盗人の相手をするなんて! エ・ランテル最高の冒険者であるモモン様が力を揮うなら、これぐらいの大物でないとっ」

 

 興奮した受付嬢が勢い良く取り出してきたのは一枚の羊皮紙であった。

 中央に人の顔が描かれ、その周囲には大小様々な文字が書き込まれている。モモンには一つ一つの文字を拾い読む事は出来なかったが、全体の雰囲気と辛うじて読める数字のニュアンスから、其れが賞金首の手配書だと見て取れた。

 金額は金貨千枚。

 似顔絵は短い黒髪の――極悪な目付きをした女性に見える。

 

(おおっ!! 金貨千枚?! ホントに? 読み間違えてないよなっ! つーか依頼何回分だよっ! モンスター退治なんかより凄い金額じゃないか! いったいどんな犯罪者なんだよ! ちょっと怖いわ!!)

 

 王国文字の勉強をしておいてよかった~っと安堵しながらも、モモンは金額の大きさに少しだけ興奮する。

 恥ずかしながら今は金欠なのだ。

 アダマンタイトとしての宿代しかり、セバス達の金持ち偽装費用しかり、他にも様々な実験に於いて異世界の金銭は必須なのである。

 

「中々面白そうな感じだが、一体どんな相手なのかな? 簡単に教えてくれると助かるんだが……」

 

「は、はい! この賞金首は王国から緊急手配されてきたホッカホカな奴です! 名前はパナ、仮面の少女を二人連れている元冒険者。そう――コイツったら冒険者だったんですよ! だから王国も冒険者ギルドへ情報を流してきたんです! 責任を取れ、とでも言いたいのでしょうね! 王都の兵士をたくさん殺害したから賞金が桁違いに高いんですけど、後になって冒険者ギルドにも責任あるから半分出せ、とか言ってきそうで心配です! モモン様に迷惑が掛かったらどうしようかと――」

 

 一気に捲くし立ててくる受付嬢にうんざりし掛けるモモンであったが、会話の中で放たれた『ある一言』に思考の全てが集中してしまう。

 懐かしい響きであった。

 遠い昔――、スパイとして侵入してきた『あの人』を思い出す。

 

「ふふ、この世界で似たような名前と出会うとは……。しかも犯罪者だと? 本人が聞いたら驚くだろうなぁ」

 

「え? あ、あの……、どうかされましたか、モモン様」

 

 英雄が軽く笑ってくれているのに、なんだか寒気がする。

 目の前に『漆黒』の二人が居てくれるという状況は、エ・ランテルで最も安全であることを意味している。それなのに……どうして不安になるのだろう。

 

「すまない、ちょっと考え事をしていてな。――それで、この手配書を一枚欲しいのだが……」

 

「は、はい、どうぞ! アダマンタイト級のモモン様には無償でお渡しいたします」

 

「ああ、そ、そうか、ありがとう」

 

 妙なテンションの受付嬢から羊皮紙を受け取ったモモンは、請け負っていた依頼の達成を報告すると、次の依頼を見ずにその場から立ち去った。

 足の向かう先は常宿としている『黄金の輝き亭』であるが、途中で人気の少ない脇道へ入り歩を止める。

 

「モモン様、如何なさいましたか?」

 

「ナーベ、『様』は止めろと言っただろう。ああ、次から気を付けてくれれば良い。――さて、この手配書なんだが……運よく捕まえることが出来れば資金調達の助けになるかもしれん。八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)を呼んでアルベドへ届けさせよう」

 

「はっ、直ちに!」

 

 深過ぎるお辞儀を更に深くするナーベに少しばかり頭が痛くなる思いだが、いい加減慣れてしまったようだ。

 モモンは知り合いの娘を見守るかのような心境を持ちつつ、伝言(メッセージ)を起動させる。

 

『はい、アインズ様。お待ちしておりました』

 

『ん? 何かあったのか? アルベド』

 

『いえ、愛する御方の声を聴かせて頂ける機会を、ず~っと待ち望んでいたのです。私は今、とても幸せで御座います』

 

『そ、そうか……』

 

 このままでは実際に会った瞬間、ペロロンチーノが勧めていたゲームのヒロインみたいな行動を起こすのではないだろうか? 

 モモンは出もしない唾液をゴクリと呑み込むような仕草をしたかと思うと、相手に喰われぬよう気を引き締めていた。

 ちなみに喰われるとは物理的に――である。

 さらにペロロンチーノのお勧めゲームに登場するのは、主人公を愛しながら拷問してぶち殺す虐殺系病みヒロイン――である。選択を間違えると酷い目に遭うので注意が必要だ。

 

『ごほん、エ・ランテルで入手した賞金首の手配書を八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)経由で其方へ送る。外へ出ている者達と情報を共有し、任務途中で見掛けるような事が有れば此方へ伝えるよう指示を出しておけ。言っておくが、わざわざ捜索する必要は無いぞ。本来の任務を疎かにしてまで探す必要は無いからな』

 

『はい、御命令承りました。何か情報を掴んだ場合は、即座にアインズ様へお伝えいたします』

 

『うむ、頼んだぞ』

 

 この後、名残惜しそうなアルベドとのやり取りを強引に終了させると、モモンとナーベは長い時間街中を見回り、日が傾く頃に『黄金の輝き亭』へと帰った。

 これは顔見せ――実際に顔は見えないが――である。

『漆黒』がアダマンタイトになったとは言え、未だ英雄の姿を直接見た者は少ない。

 墓場から出てきたアンデッドの襲撃とその解決に関しては、多くの噂が尾ひれごと出回ってはいるが、より名声を高める為には直接姿を晒した方が効果的なのだ。

 くだらない批判も一蹴できる。

 幾度か繰り返していれば、実際の功績と共に押しも押されもせぬ稀代の英雄様が出来上がるという訳だ。

 もちろんアインズの「街見物がしたい」という密かな企みもあるのだが……。と言うか其方の方が本命かもしれない。

 まぁ何にせよ、同行するナーベからは「流石はアインズ様です」「失礼しました、モモン様」「申し訳ありません、モモンさ――ん」の三段活用が相も変わらず放たれたそうだ。

 他の誰かに聞かれなければ良いのだが――。

 

 

 ◆

 

 

 エ・ランテルの南西部には亜人蠢く山林が広がっている訳だが、東へ進むと視界良好な平野へと出てしまう。隠れ潜みたい犯罪者にとっては困った状況だが、もう少しで帝国領内だと考えれば、もう追手の心配は不要だろう。

 ただ、パナが見つめる先の平原からは――嫌な予感しか伝わってこない。

 

「な~んか凄い霧で覆われているけど、今からあそこへ行くの? アンデッドの反応しかしないんだけど……」

 

「私が村に居た頃から有名な場所ですよ。アンデッドの大発生地――カッツェ平野ですね」

 

「アタイ達にとっては幸運の地だけどね。この場所へ逃げ込んだからこそ、黒ローブの集団を撒けたんだ。アンデッド様々だよ」

 

 パナとは違い、ヴァンパイア姉妹にとっては既知の場所であるようだ。しかもアンデッドである為に素通りでき、追手を振り切るには最適の場所であるらしい。

 ただパナは生きているので、何時ものように特殊技術(スキル)とアイテムを併用し気配を消さなければならないが……。

 

「ふ~ん、アンデッドが湧き出てくるのかぁ。ギルド拠点の無限POPモンスターみたいだな~。……ん? もしかしてこの場所って……、昔ナザリックだったりして?」

 

『蒼の薔薇』から六大神の話を聞いた時、ギルド拠点其のモノが転移してくる可能性を考えた。そして八欲王の天空城を知った時、ナザリックが遥か未来、又は遠い過去に転移しているのではないかと思った。

 だから今、霧で覆われている目の前の平野が気になる。

 建造物の全てが朽ち果て、アンデッドの自動POP機能だけが残っているのだろうか? となるとNPCや召喚モンスター達は、運営資金が枯渇して消滅してしまったのか? いや、ギルド武器を破壊されたから跡形も無いのかもしれない。

 プレイヤーに関しては……考えたくもない。

 

「ま、まぁ、別のギルド拠点って可能性もあるし……」

 

 キョロキョロ辺りを見回しながら、パナは霧の中へと足を踏み入れる。

 アンデッドの気配は過剰なくらい感じるものの、探知自体が阻害されているらしく、周囲の地形などが上手く把握できない。

 森の中ではこんなことなかったのに――そう語るパナの様子からすると、どうやら霧自体に妙な力が働いているのだろう。

 いつも以上に警戒が必要だ。

 

「おお~、骸骨(スケルトン)はっけーん! パナちゃんどうする~? 倒しちゃおうか?」

 

「こらこら、通りすがりのアンデッドに襲い掛かるなんて、どっちが危険なのか分かんないでしょ! 武装の具合を試したいのは分かるけど大人しくしていてね」

 

「まぁ、マイの気持ちも分かりますけど……、私も魔法を色々試してみたいところです」

 

 せっかく修行僧(モンク)らしくなったので戦いたい――そんな気持ちが溢れているのは見れば分かるが、姉の方も覚えたての魔法を使ってみたいようだ。

 パナがエ・ランテルからかっぱらっ……購入してきた魔導書を一日中読み漁って身に付けた魔法の数々。新しい玩具を買ってもらった子供のようだ。と言うより、そんな短期間で習得できるアンの才に驚きである。

 

(元から第四位階程度の魔力を持っていたから無理じゃないとは思うけど、これが才能ってやつなのかなぁ)

 

「――そういえばパナさん、この魔導書ですけど、幾らぐらいかかったのですか? 第一位階から第三位階までの魔導書三冊なんて……、凄く高そうですけど」

 

 魔導書から目を外さないでいるアンは、魔導関連書の相場を知っていて問い掛けたのではない。ただの想像だ。重くて分厚く、見事な装飾が施された魔導書を手にして、かなりの値打ち物ではないかと推測しただけに過ぎない。

 だからパナが冷や汗を掻く必要なんてない筈だが――。

 

「は、はは……、アンちゃんは何年も森の中に居て世間に疎いからね~。近頃は魔導書もお安くなったのですよ、うん」

 

「あれ? パナちゃんって違う世界から転移してきたって言ってなかった? 最近の相場なんて分かるの?」

 

「ええっと、……そう! 教えてもらったの。親切な少年が居てね、冒険者ギルドへも案内してもらったんだよ。け、決して盗んできたんじゃないからねっ」

 

「パナさん……」

 

 百人以上を殺しておいて今更盗みなんて――と言われるかもしれないが、アンとしてはなるべく罪を犯してほしくは無かったのだ。

 心まで化け物になりたくはない、そんな心境だったのかもしれない。

 

「んっと、その……あっ、あんな所に人が居るよ! ゾンビじゃないよ生きている人、ざっと十人以上は居るみたい。アンデッドに囲まれているし、助けに行こうか? ねっ」

 

 パナが苦し紛れに霧の中を見回すと、偶然にも人間の気配があった。

 こんなアンデッドが徘徊する不気味な平野に何故? と思ってしまうが、現実に十数人も存在するのだから仕方がない。

 ここは助けに入って恩を売り、今後の活動に生かすべきだろう。

 

「ん? パナちゃんどっち?! 見えないんだけど――」

「直ぐ其処だよっ。私が先導するから付いてきて! 何だか一方的に殺されているみたいだから急がないと!」

「はい、急ぎましょう!」

 

 助けに入ろうといち早く駆け出したパナだが、直ぐに違和感を持ってしまう。

 武器で打ち合う音がしない。盾で防ぐ音も弓を引き絞る音も、魔法が生み出す多様な破壊音も、何一つ響いてこなかった。

 代わりに聞こえるのは歓喜の声だ。

 耳を疑ってしまうが、確かにそれは喜びの声だったのだ。

 

「我等が邪神様に栄光を!!」

「絶対の忠誠を誓います! 邪神様の軍勢に加えて下さい!!」

「私の命を捧げます! 不死の兵士として復活を!」

「邪神様万歳! 我が魂を死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の憑代として御使い下さい!」

「早く殺して! 邪神様の下へ行かせて!」

「アンデッドとなって帝国を滅ぼしてやる! 邪神様、我が願いを! どうか!!」

 

 異様な光景だった。

 中年の男女が十数人、半裸――もしくは全裸の状態でアンデッド達に殺されていたのだ。しかも自ら望んでいるかのように無抵抗のままで。

 中には、両手を上げながら骸骨(スケルトン)が持つ錆びた槍の穂先へダイブする者もいる。

 血飛沫を上げながら男が笑う。

 泣いていた女は感謝の言葉を吐きながら死んでいった。

 その場に満ちていたのは狂気――そして感謝だ。死んでいく事の嬉しさ、殺してくれる事への喜び。全ての者達がアンデッドに噛み付かれ、切り裂かれ、貫かれているというのに歓喜の声を上げる有り様だ。

 死が怖くないのか? 傷が痛くないのか? アンデッドが恐ろしくないのか?

 パナは――そしてヴァンパイア姉妹は、目の前で起こっている狂った現実に付いていけそうになかった。

 

「うっわぁ、うわわ~、こ、ここまでぶっ飛んでいると何をしたらイイのよ~?」

 

「助けに――行く必要は無さそうですね。あんなに嬉しそうに殺されているのですし……」

 

「アタイは関わり合いたくないな~。目がマトモじゃないよ。絶対ヤバイって!」

 

 マイの言うように、殺されている男女の行動は薬物の影響を受けているかの如く異常だ。普通の人間が死に至る怪我を負って笑える訳がない。激痛のあまり泣き叫んで助けを求める――更には、そんな仲間の様子を見て逃げ出すべきであろう。

 

「たしかイビルアイが麻薬の話をしていたような……。ん~っと、何だっけなぁ?」

 

 記憶の片隅で縮こまっている単語に――其の全容を引っ張り出したくなるが、どうにも思い出せない。イビルアイへ伝言(メッセージ)を発動させて問い掛けたくなるものの、王都を出てから一度も繋がらないので今回も無駄だろう。

 

「ユグドラシルじゃ伝言(メッセージ)が繋がらないなんて、運営の不手際以外有り得ないんだけど……。もしかして異世界に於いても運営が邪魔しているとか? ――んな訳ないかっ」

 

 パナは時々訳の分からない事を口にする――ヴァンパイア姉妹が頭に浮かべているのは、そんな考えであったのかもしれない。もちろん口にする事は無いが……。

 

「パナさん、もうほとんど手遅れですけど――どうしましょう? あの変な集団に関わりますか?」

 

「そうだね~、積極的にお友達にはなりたくないけど、犯罪の匂いがするな~。此処は一つ、正義の味方にでもなろうかな?」

 

「ちょっとパナちゃん、今更正義の味方は難しいと思うよ。エ・ランテルから持ってきた手配書にさぁ……、でっかく『殺人鬼』って書かれているし……」

 

 せっかくやる気を出したのに、マイからは非道な一撃が飛んでくる。

 自業自得の感が強いとは言え、流石に『殺人鬼』は酷いと思う。虫けらを数百人殺しただけでそんなに非難されるのは如何なものか? モモンガさんだって人間種は山程PKしてきたはずだし――ってこれはゲームの話だっけ?

 

(う~ん、なんか思考が混じっているなぁ。ええっと、とりあえず殺人鬼の名は返上するとして、これからは「たっち・みー」パターンで行くとしよう。うん、これなら大丈夫。私は良い人、正義の味方。困っている人を助けて、悪・即・斬!)

 

 自分へ催眠でも掛けるかのように言い聞かせ、今後の方針を何故か他人の思想を借りて決めていく。

 ユグドラシル時代――パナは己の意思決定を他の誰かへ譲り、その流れに身を任せてきた。誰かが述べたであろう方針に従い、与えられる指示を忠実に守ってきたのだ。はっきり言って無責任極まりない行為ではあるが、パナ自身悪意がある訳では無い。

 方針自体はギルド長が多数決で定めていくし、戦略戦術等はぷにっと萌えを含む四賢者の指示を仰ぐ方が確実だ。

 パナも最適な行動を選択するに当たり、ギルドメンバーを頼る方が最も効率的だと判断した末の結果なのである。

 とは言え「もっと自分の意見を出した方がイイですよ。たまには我儘とか言っちゃっても皆乗ってくれますって」なんて事を、一番我儘を言わないギルド長に言われたりもしたが……。

 

(うぅ……、やっぱり私って誰かの後を付いていく人種なんだよね~。下手に前へ出ると碌な事にならない。るし★ふぁーさんが羨ましいなぁ)

 

 全力で前へ出て全力で滅茶苦茶な面倒を巻き起こす昔の仲間に、パナはちょっとだけ憧れの想いを宿す。当然の事だが――ちょっとだけである。ほんのちょっとだけ。

 

 パナが一人で苦悩していたほんの数分で、狂乱していた十数人の中年男女は屍と成り果てていた。

 誰一人として生きてはいない。

 自ら殺されに来ていたのだから当然と言えば当然なのだが、死してなお笑顔のままでいる狂人達の顔は酷く不気味であった。

 

「んでパナちゃんどうすんの~? 先へ進む?」

 

「え~っと、別に急ぐ旅でもないからねぇ、ちょっと寄り道してみようか? 何か面白い事件に出会えるかもよ」

 

「寄り道ですか? いったいどちらへ?」

 

 アンが疑問を挟むと、パナはにっこり笑って――死体が散らばっている虐殺場へと足を踏み入れる。そして地面を舐めるように見つめると、ある方角へ視線を向けた。

 

「とりあえずは、この可笑しな人達が何処から来たのか調べてみよう。其処に何かの手掛かりが有るかもよ。むふふ」

 

 集団自殺の現場に出会う事がクエストの発生フラグなら、その痕跡を追いかける事で様々なヒントを発見できるだろう。そして最終的にイベントボスと相対し、決戦。勝利してイベントアイテムをゲットする。

 無論、ユグドラシルというゲームの話であればだが――。

 

(あ~、これがゲーム脳ってヤツなのかな? どうにも現実とゲームの境界線があいまいになっているような……。ゲーム時代の魔法とか特殊技術(スキル)が使える所為だと思うけど、少しばかり自分を見つめ直した方がイイのかも?)

 

 地面に散らばる狂人達の足跡を辿りつつ、パナは自分のふらふらしている思考を整えようとしていた。異世界へ来てから驚きっぱなしで、色々考え無しに突っ走っていたような気がする。

 偶然にも協力的な人達と出会え、超人的な能力を保持するという幸運にも恵まれた。そのお蔭で此処までやって来られたが、今考えると結構ハチャメチャだったのかもしれない。

 

(う~ん、やっぱりモモンガさんとかぷにっとさんが居ないと、最凶ギルド相手にスパイ攻撃を仕掛けるなんて即死級な事をしてしまうからなぁ。ちょっと成功すると変に自信を持ってしまう、ってのが良くないよね~)

 

 過去の失敗を思い起こし、今後の教訓として心へ刻む。

 これからはたっちさんを指標として「正義の味方」らしく振舞おう。国も変わるのだから心機一転、新たなパナ像を築き上げるとしよう。悪い奴がいても直ぐに首を斬らない。周囲を囲まれても皆殺しにはしない。重要なのは話し合い。そして忍耐。

 もちろん其れで駄目ならぶっ殺せば良いと思う。しっかりと段階を踏んだ後なら、たっちさんやモモンガさんも許してくれると思う。

 それにプレイヤーと出会った場合に於いても、最悪の事態には陥らないだろう。「正義の味方」をしている相手へいきなり襲い掛かる奴なんて、ウルベルトさんかるし★ふぁーさんぐらいだろうし……。

 

「パナさん、霧が晴れてきましたよ。カッツェ平野を抜けたみたいです」

「んんーー、やっと抜けられた~。え~っと今は真夜中かな? 霧の中に居ると時間の経過がよく分かんないね~」

 

 物思いに耽りながら北へ向かって歩いていたパナは、ヴァンパイア姉妹の声に――はっと顔を上げた。見れば満天の星の下で背筋を伸ばしているマイと、周囲を警戒しているアンの姿が見える。

 

「はぁ、特に面白い場所でも無かったねぇ。アンデッドは素通りだし、霧で景色を楽しむことも出来ないし……。其れに唯一のイベントが、頭のおかしい狂人さん達の集団自殺だったし……」

 

 特段期待していなかったカッツェ平野ではあったが、言葉にしてみると想像以上につまらない内容だった。後は狂人達の足跡を辿った先に、何か胸躍る出来事が待ち構えていないかと期待するだけである。

 

「ん? これは轍かな? 馬車の車輪跡がひぃふぅみぃ……、全部で三台分ぐらいかな? この場所でぐるっと方向転換して北へ向かったみたいだね」

 

「馬車で此処まで連れてきて、降ろした後は一目散に逃げ帰った――という事でしょうか?」

 

「まぁ、流石にアンデッドがウヨウヨしているカッツェ平野の近くなんかで長居はしたくないよなぁ~。アタイ達みたいに襲われないなら別だけど……」

 

 狂人達の足跡は途切れ、代わりに馬の蹄跡と地面を削る幾本もの線が現れた。

 人外三人娘は地面に刻まれた轍へ視線を向け、馬車がどちらから来てどの方角へ向かったのかを調べる。

 幸いにして――多くの人員を輸送してきた三台の馬車は、その重みで車輪跡を深く刻んでおり追跡するのは容易であった。加えて帰りの車輪跡も同じ方角なので手間が省ける。人を乗せた場所へそのまま帰ったのなら、あの人間達を狂わせた張本人が其の場所に居るはずだ。

 

「よっし、もう霧も無いから走るよ! アン、マイ、悪い奴等をやっつけに行くぞー!」

 

「おぅ! アタイに任せろ!」

「ちょ、ちょっとパナさん、悪い人が居ると決まった訳では――」

 

 走り出すパナと妹の背を見て少しばかり嫌な予感がしたアンは、追い掛けつつ暴走しないよう苦言を呈するが、あまり効果は無さそうだ。と言うのも、狂人達の一連の行動からして犯罪の匂いが漂ってくるからである。裏に居る者は十中八九、非合法集団の親玉だろう。

 邪神とやらを崇める宗教団体か、国家転覆を謀るテロリストか、それとも――。

 まぁ何にせよ、手心を加えるには値しない存在だ。パナにとってはうってつけの相手と言えよう。

 薄っぺらい正義で、暇つぶしのごとく殺しまくるには……。

 




帝国へ入って最初の出会いは狂人さん。
なんとまぁ堕天使らしいのでしょう。
薬物で頭がおかしくなっているのもプラスポイントですね。

これから向かう先でも、素敵な出会いが待っている事でしょう。
帝国にはナザリックの刺客も少ないでしょうし、
のんびり観光できるかもね。

だけど、少しずつ逃げ場所が狭くなっているような気がします。
気の所為かな?






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