堕天使のちょこっとした冒険 作:コトリュウ
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まぁ、いきなりバッドエンドになるような事は無いでしょう。
隠れるだけなら一人前ですからね。
ちなみにモモンガさんは、英雄の道を邁進している頃かな?
木漏れ日が差し込む森の中を、パナと姉妹は北へ向かって進んでいた。
数刻もすれば森の木々を抜け、平原へと辿り着くことだろう。途中で
「見えてきましたよ、パナさん。あれが城塞都市エ・ランテルです。外観は昔と同じですね、あまり変わっていないようです」
「へ~、結構大きいね~。城壁も三重なんて戦争仕様? 他の国が近いから前線基地みたいになっているのかな? ふむ~」
パナにとって異世界の都市は驚きに満ちている。
争い事とは無縁のエ・レエブル、国の中心たる王都、中継地点の小都市、そして戦争前提のエ・ランテル。
どれをとってもリアルとは掛け離れた幻想の世界であり、全てが新鮮に感じられる。とは言え、其処に住まう住人に対して好意的になれる――という訳ではない。
「んでどうすんの? パナちゃん。見た感じ兵隊で溢れてるって訳でも無さそうだけど……」
「そうだね~、これなら――っえ?! うっわ、ちょっと待ってよ! 何これ?
見た目には平和な街並みだったが、パナの
一体何者がどのような理由でモンスターを放っているのか?
パナが思い至る理由としては、たった一つしかない。
「ふわ~、驚いた……けど、王国はモンスターを使役出来るのかぁ。しかもかなり強力な奴を……。王都には居なかったのに、此処は最前線だから? それに見たところ住人には気付かれないよう動いているみたい。という事は――私達が狙い?」
「え? どうしたのですか? 何か居るようには見えませんが……」
遠くにそびえ立つエ・ランテルの城壁へ視線を向けても、ヴァンパイア姉妹には何も感知できなかった。それも其のはずであろう、街に潜んでいるモンスターはパナの同類なのだ。
隠れて、潜んで、走り回る。戦闘ではなく隠密行動に特化したモンスター。
ヴァンパイア姉妹の能力では手も足も出ないで抑え込まれるに違いない。相手は神獣フェンリルと隠密勝負が出来るほどの化け物なのだから――。
「はぁ、王国って恐ろしいなぁ。こんな隠し玉を持っているなんて……、私もちょっと危なかったかも? 大した事なさそうだって舐めすぎていたよ」
今更ながら背中に冷たいモノが流れる。
王都で暴れていた時にこのモンスターが投入されていればどうなったことか……。考えるだけで身が震える。
この先は十分に注意した方がイイだろう。
自分の力が誰よりも強大などと思い上がっていたら、早々に潰されること間違いない。帝国へ逃亡したとしても、周囲への警戒は疎かにしないようにするべきだ。
「でもどうしよう? どんな街なのか見てみたいし、私達の手配がどんな感じなのかも掴んでおきたいけど……。ぐぬぬ」
「パナちゃん、大丈夫?」
何も感じ取れないマイにとって、パナの言動は不安を煽るものでしかない。
パナが恐れを感じるような『何か』が街中に居るなんて信じ難い悲劇であろう。一度は神獣に会ってみたいと軽く口にしていたが、事此処に至っては撤回したいところである。
「まっいっか。私だけなら何とでもなるし……。んじゃ~、アンとマイは此処でお留守番しててね。私はちょっと偵察へ行ってくるよ。お土産は何がイイ?」
先程までの不穏な空気は何処へやら――、コロッと態度が変わるパナは観光名所へ赴くかのように笑顔を咲かせる。
「油断大敵ですよ、パナさん。……えっと私は魔道書が欲しいです」
「アタイは具足が欲しいなぁ。
すっかり染まってしまったヴァンパイア姉妹に遠慮するという選択肢は無い。お土産の言葉に即応し、ふてぶてしい要望を放つ。
「分かったよ~、偵察ついでに探してみるけど無かったら御免ね~。それじゃ~いってきまーす!」
「「いってらっしゃーい」」
ヴァンパイアに見送られ、パナはエ・ランテルへ直行した。
その速さは凄まじく、まさしく目に見えない速度であった。しかも隠密
無論、エ・ランテルの城門で通行人の検査をしている衛兵達も、それらを監視しているかのごときモンスター達にも、何らおかしな動きは無い。
目の前を何かが通っていったなんて、露ほども感じていないようだ。
(ふっふ~ん、王国側は
この場にぬーぼーや弐式炎雷が居たなら問題だったが、モンスター程度では話にならない。
パナは得意分野での攻防に、天狗が呆れるほど鼻高々であった。
(ええっとまずは私達の手配状況を調べようかな? となると冒険者ギルドへ行けば何か分かると思うんだけど……)
パナがキョロキョロ辺りを見回すと、其処には多くの商人達が行き交い、賑わっている街中の光景があった。しかし不釣り合いなモノも視界へ入ってくる。
崩れた城壁の一部、破壊された家屋、端へ寄せられた瓦礫、そして――巨大な墓地に積み上げられた何かの残骸。
街の空気にも死臭が混じっているのではないだろうか? 擦れ違う住人の中には、瞳の中に絶望を抱えている者も居るようだ。
(何があったんだろ? 戦争かな? それにしては兵士の数が少ないように見えるけど……。ん~、よく分かんないな~)
周囲を探索し、人の会話を盗み聞きしながらパナは歩く。
しばらくすればこの街で何が起こったのか――その一端が垣間見えてこよう。人の口に上る話題は『墓地』『アンデッド』『冒険者』『英雄』『美姫』が多くを占め、内容を組み合わせていくと街で起こった騒動の顛末が想像出来そうだ。
(ふむふむ、漆黒の英雄モモンかぁ。この世界にもたっちさんみたいな人がいるんだな~。名前はモモンガさんみたいだけど……。それにしても、そんな正義の英雄様だと私って討伐対象かも? 出会ったらヤバいかな~、何人も殺しまくっているし……おや?)
少しだけビクビクし始めたパナであったが、耳にしていた会話の中に今から冒険者ギルドへ向かうと言う若者の発言が飛び込んできていた。
良いタイミングである。
接触してギルドまで案内してもらい、ついでにこの街の詳しい情報をも頂戴するとしよう。もちろん、冒険者ギルドに『英雄様』が居たら逃げるつもりで。
「こんにちは~、ちょっと宜しいですか?」
「は、はい、なんでしょう?」
若者にとって街中で声を掛けられるのは慣れっこだが、見知らぬ相手となると少しばかり警戒してしまう。まだ記憶に新しい――、街がアンデッドに襲撃された頃誘拐され、二度と元の生活には戻れない――そんな状況へと置かれるところだったのだ。英雄の手により助かったとは言え、その身に刻んだ恐怖はそう簡単に消えはしない。
「私、冒険者ギルドを探しているのですけど、御存じありませんか?」
「ああ、それなら僕も今から行くところです。良ければ案内しますよ」
丁寧な口調と優しげな振る舞いに緊張が解ける。
冒険者ギルドに用事があるという事は、依頼を出しに行くのか、それとも依頼を受ける冒険者なのだろうか? 首にプレートが有るような無いような……いや、それより男性なのか女性なのか――目の前に居るはずなのによく分からない。
「あら貴方も冒険者ギルドへ? 依頼でも出しに行かれるのですか?」
「いえ、僕はこの街から引っ越すのでその挨拶回りをしているのです。冒険者ギルドには色々お世話になっていましたから、しっかり挨拶をしておかないと――」
ふと、自分の口が軽くなっているように感じる。
なんだか親しい友人と語り合っているかのような多幸感が身を包み、何でも喋ってしまいそうだ。
「引っ越しですか? どちらへ?」
「はい、あ、あのカルネ村って小さな開拓村ですけど、僕の大切な人がいる場所なんです」
「あれ? カルネってどこかで耳にしたような……」
「どうかしましたか?」
「いえ何でもありません。それより大切な人ですかぁ……。 もしかして恋人とか?」
意地悪そうな口調からしてニヤニヤしているのだろう。
だけどぼんやりしていて口元が良く見えない。目は悪くなかったはずだけど、寝不足の所為だろうか?
「こ、こ、恋人じゃないです。そうなったらイイなとは思っていますけど、まだそんな資格は無いんです。これから自分に恥じない立派な男になって――」
これからの決意やら自分の名前やらを色々述べていたら、何時の間にか冒険者ギルドに着いてしまった。なんだか恥ずかしい心情を結構深く喋っていたような気もするけど、相手が友達なら別に構わないだろう。
いつ友達になったのか覚えていないけど。
「着きましたよ、此処が冒険者ギルドです」
「有難う、ンフィー。引っ越し先でも元気でね」
「はい、それでは……」
軽く手を振って別れを告げるが、ふと思い至る。
僕は誰と喋っていたのだろう? いや、そんな相手は居たのだろうか? 何の気配も感じなかった。相手の顔も霞が掛かり、自分の妄想であるかのようだ。
変な感じがする。
夢でも見ていたのだろうか?
『神の血』の研究を行えるという期待で、あまり眠れていないからだろうか?
まだ本番は此れからだっていうのに……。
冒険者ギルドの入り口付近では、頭を何度か振ってぼやけた思考に活を入れようとする、くすんだ金髪の少年が佇んでいた。
(結構上手くいったなぁ。対象にのみ僅かに気配を認知させて
思わず『嫉妬マスク』へ手を伸ばしてしまうが、ギリギリのところで
かなり危ない状況だったのかもしれない。もし被っていれば嫉妬に狂って何をしていたのか? ――確かめたくはない。
(やだな~、異世界に来てまで負け組思考だなんて……。ほんと染み付いた性根っていうのは世界を渡っても消えないもんだね~。……悲しい)
ガックリ肩を落としてギルドの一階を歩くパナだが、その姿を訝しむ者はいない。今のパナは誰の目にも違和感なく映っており、尚且つ誰の意識にも残らない存在となっていたのだ。
其処に居て当然の人物。
特に警戒する必要のない何処かの誰か。
後でその特徴を聞いても誰一人として答えられないだろう。目の前で親しげに話していたとしても……。
(さぁ~てっと、私の手配書なんて何処かに有るのかな~? 賞金とか掛けられていたりして?)
エ・ランテルの冒険者ギルド本部は意外と広く、何処に何があるのかさっぱり分からない。とは言え、文字が読めないので目の前に手配書があったとしても気付かないのだが。
「あのぉ、其処のお姉さん。ちょっと教えてくれますか?」
「はい? え~っと貴方は……、ああ、そうね……、貴方ね」
「うん、久しぶりだね。元気だった?」
「もちろんよ、ライバルさん。貴方も元気そうね」
おや? っとパナは自らの魔法効果に疑問を持つが、相手の様子が友好的なので問題は無さそうだと気を取り直す。
この女性に話を聞けば直ぐに目的の情報を得られるだろうから、さっさと確認するとしよう。
「それでちょっと聞きたいんだけどさ。最近、極悪人の手配書なんか来てないかな? 王都で何かあったとか、殺人犯を捕まえろとか……」
「あら? よく知っているわね。王都から緊急の手配指示書が届いて、ついさっき完成させた所なのよ。似顔絵は私が描いたんだから中々のモノだと思うわ。しばらくすれば王都からも似顔絵付きの手配書が来るでしょうけど、絶対私の方が上手いと思うの」
「あ、うん、そうだね~」
流石私のライバル、判っているわね――と言いながらその女性は一枚の羊皮紙を出してくる。
罪人の特徴を書き記した通達文が王都から届き、其れを元に描き出した――との事で、手配書の中央には目つきの悪い短髪黒髪の女性が載っていた。ただ、どうにもパナには似ていない。間違いないとは思うが、念の為確認が必要だろう。
「ねえねえ、どんな手配の内容なの? 教えてほしいなぁ」
「しょうがないわねぇ。んっと、王都での重犯罪者で名はパナ。仮面の少女を二名連れており現在逃走中。生死を問わず仕留めた者には金貨千枚。――はっ! 王都の奴等が金貨千枚なんて払う訳がないわよ。何かと理由を付けて減額するに決まってるって! 貴方もそう思うでしょ?!」
「えっと、ああ、うん、そうだよねぇ」
王都の人達に何か恨みでもあるのか、受付の女性は特定の誰かを思い浮かべているらしく怒り心頭のようだ。
あまり興奮させると解けてしまう可能性があるので、さっさと退散した方が良いのかもしれない。
「あの~、その手配書だけど一枚貰えないかな?」
「ん? ええっとぉ、まだ数枚しか複写してないから銀貨一枚貰う事になるけど――」
パナは手早く銀貨を差し出すと手配書を貰って出口へと向かった。じゃあね~、っと手を振る受付嬢をその場へ残して……。
「……今、誰か来てた?」
「ええ、私のライバルが」
「は?」
奥から顔を出したもう一人の受付嬢は、同僚の返事が何を意味しているのか理解できなかった。普段から不思議な子だけど、とうとう手に負えなくなってしまったのか?
「こっちの話よ。ちょっとした知り合いがさっき作った手配書を購入していっただけ」
「あの金貨千枚のヤツ? あんな大金の賞金首はモモン様じゃないと無理でしょ? 王国の騎士連中が手に負えないって泣きついてきたぐらいなのに……」
犯罪者に賞金を懸けて――皆さん捕まえて下さい、なんて国家からしてみれば怠慢もイイところだ。自分達の無能さを棚に上げて他の誰かに働いてもらう――そんな恥知らずな行為は、貴族として騎士としてメンツを潰されたに等しい。
冒険者はモンスター討伐に従事する傭兵なのだ。国家に弓を引いた犯罪者やテロリストを捕まえる王国の犬ではない。
だが――それでも賞金を懸けて冒険者ギルドへ通知してきたのなら、何か裏があるとみるべきだろう。当の賞金首が冒険者であった為、ギルドが賞金の一部を負担させられているとか……。
「それよりイシュペン、手元の銀貨を早くしまった方がイイわよ。そのままにしておくと影のような化け物に持っていかれるからね」
「は~い、気を付けまーす」
今街で噂になっているお化けを持ち出され、イシュペンは軽く笑って銀貨を掴む。最近のエ・ランテルに於いて、失くし物と言えば『影の化け物』が持っていったか隠したに違いない――と言うのが流行りなのだ。もちろん自分が忘れていた場合でも『影の化け物』の所為である。
何処にでもある七不思議の一つ、とでも言うのだろうか?
「そういえば、さっきのアイツも何だか掴み所が無くて……ってあれ? どんな顔してたっけ? ん~、おっかしいなぁ。よく思い出せない……いや、そもそもアイツって誰だっけ?」
イシュペンは霞がかった頭を何度か振るものの、どうにもしっくりこない。手の中で鈍く光る銀貨――それだけが確かな存在を主張しているが、手配書の複写料金として貰っただけの硬貨だ。それ以外の何物でもない。
しばらくの後、受付嬢は別の仕事へと取り掛かっていた。そしていつしか手配書を持っていったライバルの事は、現実と妄想の狭間で泡となって消えてしまう。
泡沫の夢のように……。
「さ~ってっと後は魔導書と良質な具足だけど……。お金足りるかなぁ? 追いかけてきた騎士と黒ローブのおっちゃん達から剥ぎ取った分を合わせて大体金貨十枚分。……う~ん、魔導書って幾らくらいするんだろ?」
手配書と硬貨を握り締めて商店街を歩き回るパナであったが、どうにも魔導書が見つからない。普通の書物を販売している店主に聞いても、そんな貴重なモノは取り扱った事すら無いと言う。
どうやらこの世界に於いて魔導書という存在は、気軽に売買出来る物ではなく、高価なマジックアイテムに相当する非売品であるようだ。
入手するにはそれ相応の場所へ行かねばなるまい。
(普通に考えれば
買えないなら盗む――至極単純明快で分かり易い結論だ。
人間なんかに気を使う必要も無いのだから、とっとと手に入れてしまえば良いだろう。ヴァンパイアの姉アンは、高い魔力を持ちながらも未だに魔力玉を投げ付ける事しかできないのだ。故に魔導書の入手は必須と言える。
パナとしても知っている魔法について色々語りはしたのだが、それで扱えるようになる程甘いモノではなかったのだ。
「んじゃまぁ、貰ってこよーっと」
お気楽な感じでパナは踏み出す。索敵の結果、
後はパナの独壇場であろう。潜入任務に関しては他の誰にも負けないパナの得意分野なのである。物理的・魔法的に遮られようとも、トラップを仕掛けられようとも、隠し部屋へ秘匿されようとも――パナには何の意味も無い。
なにせ『それを破る事のみ』に特化した、変態ビルドなのだから……。
後日エ・ランテルの魔術師組合では、組合長テオ・ラケシルの叫び声が響き渡ったそうだ。
加えて街中の武具店では、金貨十枚相当の具足が売れた事で、機嫌良く鼻歌を鳴らしている店主も居たという……。
オーバーロードの重要人物登場!
これからカルネ村へ引っ越して、血濡れ様とイチャイチャするってさ!
ぐぬぬ、なんだか許せませんね。
カルネ村に次々と起こる悲劇の原因が分かったような気がします。
『嫉妬マスク』……。
入手するにはどうすれば――?