堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ
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モモンガさんは今頃、エ・ランテルの英雄になっているのかな?
若い女性をサバ折りしたり、おじさんを黒焦げにしたり……。
ハムスターに跨って凱旋しているのかも?

そして……、大切な部下に危機が迫っていたりするのでしょう。

まぁ、こっちは犯罪者になって逃げている途中ですけどね。



殺戮-7

 王都の南に有る正門を抜けて更に南へ進むと、大都市エ・ペスペルとの中継を担う小都市が見えてくる。規模はエ・レエブルに及ばず、冒険者ギルドも存在しない小さな都市ではあるが、南部からの商隊は必ずこの場所で宿泊し、商品の編成や王都へ連れていけない人員などを待機させたりしている。故に此の街は何時いかなる時も大いに賑わっていた。

 ただ現時点に於いては、口を開けば命が無いとばかりに静寂で満たされていたが――。

 

 街の北にある簡素な門の近くで、首の無い死体がいくつも転がっている。身に付けている鎧からして王国の騎士ではないだろうか? 首無き主人の傍では立派な躯体の馬が荒い息を整えていた。

 この者達は王都から放たれた追手。

 大量殺戮を行った冒険者一行を討つべく、必死に駆けてきた騎兵二十名だ。

 とは言え、今はもう地面に血を染み込ませる死体でしかない。

 

「ふへ~、これで二度目だけど……、なんか殺すのも面倒になってきたな~。マイちゃーん、そっちは大丈夫だった?」

 

「ほーい、こいつら大した事ないから大丈夫だよ~。でも何か毛色の違う奴が混じっているけど……」

 

 マイの拳で鎧が内側にへこみ、その衝撃で内臓が潰れたらしき物言わぬ騎士は、パナが首を刎ねた王国騎士とは装備が違っていた。そんな奴等が数名、血反吐をまき散らした状態で倒れ伏している。

 

「装備の質が一段低いって感じ? 階級の違う騎士なのかな?」

 

「いえパナさん、此方の騎士は王都からではなく、別の領地から合流した騎士ではないでしょうか? 身に付けている紋章が違います」

 

 アンが指摘するように周囲に散らばる死体からは二種類の紋章が見て取れた。一つは王都の端々で見られた王直轄地で用いられるモノ、もう一つは領地を任された有力貴族のモノであろう。

 

「恐らく王都から周辺の領地へ、私達の捕縛――もしくは殺害命令が送られているのではないでしょうか? これから先も王都からの追撃だけでなく、近くの領地から横ヤリが入ってくるかと思われます。待ち伏せも考慮すべきですね」

 

「うっわ~、ちょっとのんびりし過ぎたかなぁ。王都周辺だけじゃなくもっと隠密を使っておくべきだったかも……」

 

 アンの言葉に色々反省しているパナであったが、王都から逃げ出した直後の数キロメートルだけ隠密していれば何とかなるだろう、と軽く考えていたのだから今更だ

 一度見つかって襲われた時も、偶々だと――運が悪かっただけだと安直に考えていたのもよろしくない。

 何処かの骸骨魔王様は酷く慎重に事を運ぶのに、この堕天使は適当過ぎて呆れるばかりだ。ヴァンパイアの姉が考えを述べなければ、これから先もずっと追手を殺しまくっていたのかもしれない。

 

「むぅ、追いかけっこも待ち伏せも面倒だな~。あ~ぁ、ようやく街で美味しい物を食べられると思ったのに……」

 

 騎士の死体から硬貨を抜き取りながら、パナは物欲しそうな視線を街中へ向ける。

 街では怯えた表情の守備兵や住人達が身を寄せ合っており、騎士を皆殺しにした人型のモンスターが街へ入ってこないよう祈りを捧げていた。

 

「ねぇねぇパナちゃん、アタイ達の目的地は何処なの? 王国から出て行くのは分かっているけど……何処へ行くつもり?」

 

「そうだね~、この先王国から行ける国となるとスレイン法国かバハルス帝国、あと聖王国だっけ? でも聖王国はどんな国か情報全く無いし、法国は人以外死すべしって国なんでしょ? だったら私達が行けるのは帝国しかないじゃない。まぁ、帝国も駄目だったら貴方達の生まれ故郷――竜王国まで足を延ばそうかな?」

 

「竜王国ですか……。エ・レエブルで少し耳にしましたが、その国は今戦争中らしいですよ」

 

 寂しそうに呟くアンを見て、パナは「世界が変わっても世知辛い世の中だね~」とため息を漏らす。人が住まう場所には、どうしてこう似たような悲劇が付きまとうのだろうか? パナとしては人間が絶滅しても構わないのだが、魂にこびり付いた残滓のお蔭で妙な不快感を持ってしまう。

 

(あれ? 私は昔……人間だったよね。人を殺すのは……駄目な事……だよね。そのはずだよね。ん? あれれ? 何で駄目なんだろ?)

 

 転がっている騎士の生首を見てパナは頭を捻る。大切な何かを思い出しそうだったけど、どうにも思い出せない。

 まぁ、其れなら其れで大した物事ではないのだろう――。

 

「んじゃまぁ、此処から先は街道を使わず、森や山林の中を走って行こうか? それなら追いかけて来られないでしょ」

 

「そのままバハルス帝国まで行くのでしたら、トブの大森林を横切るのが近道ですけど……」

 

「姉ちゃんそれは危険でしょ、あの森には神獣とやらが居るんじゃないの?」

 

 アタイは見た事ないけど――そんな事を言いながらも、マイは姉のアンがトブの大森林ルートを使う訳がないと確信していた。ただの確認であり、其処へは行きたくないとの意思表示なのだろう。

 

「分かってるよ、私だって死にたくないしね。このまま南へ突き進んで森へ入ろう。そこから東へ向かって帝国の国境まで行く。遠回りかもしれないけど安全が一番だからね」

 

『蒼の薔薇』とギルドの受付嬢から教えてもらった周辺地理を頭で組み立て、パナは大雑把な進行ルートを決定した。

 トブの大森林から南は平野であり人の住まう大都市が存在する。その場からさらに南へ行くと、トブの大森林ほどではないが深い森や山林が姿を見せ、その先はスレイン法国となる。

 パナは王国と法国との間にある森へ身を隠し、帝国まで突っ走ろうと言うのだ。これは人外であるからこその選択肢だと言えるだろう。普通ならば飲み水や食料の確保、森に住まう危険な獣、迷うかもしれない道無き道――などの対処に追われ、とても帝国まで辿り着けるものではない。

 パナ自身も旅に慣れていないので、特殊技術(スキル)の恩恵が無かったら酷い目に遭っていたことだろう。

 

「さぁ、街の兵隊さんが出てくる前に出発するよー」

 

「はーい」

「ほ~い」

 

 可愛らしい返事をする小柄な仮面姉妹の周囲では、首を斬られた騎士の死体が真っ赤なシミを地べたへ広げており、むせ返る血の匂いを撒き散らしていた。

 パナはそんな死体の山を横目で見ながら、「首無し騎士(デュラハン)だ、首無し騎士(デュラハン)だ」と嬉しそうに指をさしている。

 はっきり言って異常だ。

 その行為が――ナザリックの戦闘メイド(プレアデス)にも居たなぁ、うん懐かしい――というパナの心情を表していたのだとは、誰にも分かるはずがないのだから仕方がない。

 街の住人達も、突然騎士達と殺し合いを始めた三人娘に戸惑うばかりだ。どうやら街へ入らず南の方へ走り去っていくようだが、一体何者であったのか……。王国騎士を皆殺しにしたのだから、ただで済むはずもあるまい。

 

 王都へ商売に向かうはずだった商人――そして街の守備兵達は、小さくなっていく娘達の背中を黙って見送る事しかできなかった。

 

 

 ◆

 

 

 王国から南へ抜けると、其処にはトブの大森林ほどではないが深い森――そしてアゼルリシア山脈ほどではない小さな山々が点在していた。

 此処より西へ行けば聖王国だが、手前にはアベリオン丘陵という広大な荒野が広がっており、小鬼(ゴブリン)豚鬼(オーク)人食い大鬼(オーガ)妖巨人(トロール)などの亜人達が無数の部族を作り、日夜紛争を繰り返しているらしい。

 もしかすると悪魔が経営する人間牧場なんかも有ったりするのかもしれない。いや――人間ではなく二本足の羊牧場であろう、うん、そうに違いない。

 

 今、人外娘三人組はアベリオン丘陵まで抜け出る事無く、森の途中で東へ転進し、そのまま帝国方面へ突き進んでいた。夜の森には巨大昆虫(ジャイアント・ビートル)絞首刑蜘蛛(ハンギング・スパイダー)等のモンスターが多数蠢いており、此の様子なら王国の兵隊達が追いかけてくる事も待ち伏せする事もままならないだろう。

 加えて枝から枝へと飛び移っている獣のような娘達を捕まえる事は、ハッキリ言って不可能だ。どデカい虫網でも持ってきて漆黒の英雄にでも使用させなければ、可能性の欠片も見出せないだろう。まぁ、其の事は当の本人達が一番よく分かっているだろうし、ビックリしているだろうが……。

 

「ひゃっほぅーー! まるで忍者にでもなった気分だよー! 真っ暗闇でも木の枝を飛び移って進めるなんてー! 私ってすごーい!!」

 

 忍者の職業(クラス)持ちである事を忘れているのか、パナは分かり易い己の超人ぶりに興奮を隠せないでいた。

 ユグドラシル時代でも可能なアクションの一つではあったが、体重が掛かって撓る太い枝、揺れ落ちる葉の一つ一つ、思考の先に見える次の枝、頬に当る風と草花の匂い。どれもがゲームの表現を凌駕するリアルな迫力でパナの感覚を刺激していた。

 

「パ、パナさーん! ちょっと待って下さい! 速くて付いていけません!」

「こっちは慣れてないんだから加減してよ~。落っこっちゃうよー!」

 

 パナの遥か後方からヴァンパイア姉妹の苦情が飛んでくる。

 姉妹はヴァンパイアの能力でもって木々を飛び移っていたようだが、流石にそのスピードは「忍者のように」とはいかなかったようだ。とは言え暗闇を見通し、人外の身体能力で森の中空を駆けているのだから、普通に化け物染みた行動と言えるだろう。

 

「ごめーん、なんか楽しくってさ~。トブの大森林みたいに変な獣も居ないみたいだから~、羽を伸ばせるって言うか~、やっぱ自然はイイよね~」

 

 パナは改めて感じる。

 見渡す限り、視界の全てが自然の木々で満たされている――という光景は、なんて贅沢で素晴らしいモノなんだろうと……。

 百年近く森の中で暮らしてきた姉妹には絶対分からないだろうが、やっぱりこの地は楽園なのだ。リアルでは絶対に体験できない森林散歩。空気も香りもそよぐ風も、パナにとって得難き宝の山なのだ。

 

「もう急ぐ必要も無いだろうし……、此処でちょっと休憩しようか? まっ、疲労なんかしてないと思うけどね」

 

「それはまぁヴァンパイアですから……」

 

「疲労とかは無いし睡眠は不要だけどさぁ、適度な休憩は必要だと思うな~。動きっぱなしだと考えを纏める時間も無いしね」

 

 マイの言葉には一理あるように思えた。

 ヴァンパイアはアンデッドであるとは言え思考を持つ存在だ。不眠不休で動き続ける事は可能でも、ゾンビのように単純作業を繰り返すだけの木偶人形では困ってしまう。時折熟考して自らの行動を微調整し、または反省し、改善点を見つけて改良、そしてより良き結果へと繋げる。

 休憩とは身体を休めるだけでなく、頭の整理を行う上でも重要な要素なのかもしれない。

 もっとも何処かの白い悪魔や牧場を経営している眼鏡悪魔のように、休み無く行動しながらでも全てを読み解く事の出来る、超絶頭脳の化け物も居るようだが……。

 

「んじゃ~此処で休憩。……ん~っと、私達って今どの辺りに居るんだろ? アンちゃん分かる?」

 

 真っ暗な森の中であっても、パナの特殊技術(スキル)はしっかりと方角を捉えている。だけど地理に関してはサッパリなので、現在地が何処なのか全く分からない。

 

「そう――ですね。昼夜問わず飛び駆けてきましたから、そろそろエ・ランテル近郊かと思われます」

 

「お~、懐かしいなぁ。森へ逃げ込む前に立ち寄った最後の街だね。冒険者にもう少しで殺されるところだったから悪い思い出しかないけどぉ」

 

 軽い口調で物騒な思い出を語るマイに、パナは同情を禁じ得ない。何か慰めの言葉でも――っと一応リーダーらしい心遣いを見せたかったのだが、どうやらそうもいかないようだ。

 パナの探知に複数の人間が引っ掛かったのだ。

 対象は北から接近、数は十数人。かなり急いでいるらしく、道なき森の中を強引に突き進んでいる。探知対象の内二つは担がれた死体、一人は背負われた死にかけ、そして先頭の一人は……異常なほど強者であった。

 

「ふ~ん、居る所には居るんだね~。でも、こんな真っ暗な森の中を何処へ向かっているんだろ? ……おっとアン、マイ。誰かが近くを通るから静かにね。王国の追手とは思えないけど、まぁ念の為――」

 

 パナは突然現れたイビルアイ以上の強者に戸惑うものの、平静を装って様子見を決め込もうとしていた。――だが一瞬、全身を舐め回すような不快感に襲われ言葉が途切れる。

 何が起こったのか咄嗟には理解できなかった。

 ユグドラシルに於いてはコンソールウィンドウが開いて教えてくれた事象――それ故に対応が遅れてしまう。

 そう――それは――

 

「(うわっちゃー! アンとマイを隠密特殊技術(スキル)で囲ってなかった! 探知されちゃったよ)」

 

 異世界で初めて出会う強力な探知能力者に、パナは驚きを隠せない。

 咄嗟にヴァンパイア姉妹の気配を遮断し其の場から移動するものの、存在を知られた以上何かしらの反応があるだろう。

 今は其れを見定めるしかない。

 

 

 

「た、隊長ぅ! 止まって下さい、何かいますぅ!」

「くっ、全員止まれ! カイレ様を中心に円陣! 周囲を警戒せよ!」

 

 隊の眼とも言える“占星千里(せんせいせんり)”からの警告に、隊長と呼ばれた長髪の優男は瞬時に部隊を制御する。

 血みどろの老婆を抱えた隊員を中心に据え、他の者で周りを囲み視線を外へ向け、完全な戦闘態勢だ。まるで、つい先程まで命のやり取りをしていたと言わんばかりの警戒であり――殺気だ。

 

「何処に居る?! 数は? モンスターか? 」

「前方に二体ですぅ! で、でも探知直後に見えなくなりました。人型でしたがモンスターかどうか不明ですぅ。難度は九十前後ぉ!」

「九十だと?!」

 

 己の能力を全開にしているのに見えなくなってしまった二体の影。探知出来たのは一瞬であり、知り得た情報は少ない。

 長い髪を振り回して戸惑う半裸の女性――“占星千里(せんせいせんり)”にとっては信じられない状況であった。自分の探知から完全に姿を隠せる者など、この世に存在するとは思ってもいなかったのだ。

 戦闘に於いて己に勝る強者は多い。しかし探知にかけては絶対の自信を持っており、相手が“絶死絶命”であろうと“竜王(ドラゴンロード)”であろうと看破できると信じていた。

 それなのに――今、森の中で探知したはずの存在が見えない。

 完全に見えなくなってしまったのだ。

 

「駄目ですぅ、まったく探知できませぇん。せ、生命反応も無しです。どど、どうしましょう?」

「くぅ、……カイレ様の容体は?」

「危険な状態――ポーション、治癒魔法、効果薄い。このままだと危うい」

 

 大きな帽子の隙間から放たれる困惑の声と瀕死の老婆を抱えていた隊員からの報告に、若き隊長は美しい顔を曇らせる。

 このまま留まっていては重傷の老婆は助からない。

 既に強力なヴァンパイアとの遭遇戦で二名の隊員が死亡しているのだ。その上でカイレ様まで命を落とせばスレイン法国にとって許し難い損失となろう。

 

(しかしどうする? 今我々の近くで隠れている二体は、先程のヴァンパイアと関係があるのか? それとも無関係? いや、最悪の事態を想定すべきだ!)

 

 刻一刻と選択の時は迫る。

 隊長は――想定外の事が多過ぎて自分の手に余る、と弱音を吐露しながらも決断するしかなかった。

 

何方(どなた)か存じませんが、我々に敵意はありません! どうかこの場を通してもらえないでしょうか? 今は急ぎ、負傷した仲間を国元へ連れ帰る必要があるのです! 申し訳ありませんが、一刻を争う事態故に返答をお願い致します!」

 

 誰かが居るとは思えない森の木々へ向けて隊長は懇願した。自らの弱みを曝け出す行為ではあったが、もはや選択肢は無い。それ程までにカイレ様の死は重大なのだ。年齢からして復活の可能性が皆無であるが故に、死なせる訳にはいかない。

 

「――――そのお婆さん、私が治してあげようか? 呪いが掛かっていて癒せないんでしょ? どう?」

 

 森の闇間から聞こえてきたのは若い女性の声だ。しかも平々凡々としたのんびり口調で、その場の空気を読んでいないこと著しい。

 隊長としては緊張感のない声に戸惑いながら驚き、そして放たれた言葉の意味を理解して――更に驚愕した。

 

「なっ?! の、呪いを退けられると――解呪できると言うのですか?」

「うん、出来るよ~。解呪の御代として『それ』くれたらね~。今ならおまけで身体の完全回復も付けちゃうよ~」

 

 はっ、と顔を上げた隊長へ射し込む希望の光、ただ――同時に嫌な言葉も耳に入ってきた。

 姿の見えぬ女性と思わしき人物が言い放った『それ』とは? 嫌な予感しかしないが、隊長としては問い掛けない訳にはいかない。

 

「……申し訳ありません。貴方の望む『それ』とは何の事でしょうか?」

 

「ん? あれれ? 価値を知らない訳じゃないよねぇ。貴方達が持っている最もレアなモノ、解けない呪いの解呪に相応しい対価。――そうだよ、そのお婆さんが着ている竜の紋様が入った衣装、それを頂戴」

 

 やはり! そう心の内で叫んだ隊長同様、周囲の隊員達からも苦悶の表情が浮かぶ。

 なぜなら対価として提示された衣装は、絶対に差し出せない神の宝物であったからだ。無論、カイレの命などとは比較にならない。……いや、この場に居る全ての隊員を犠牲にしてでも護らなければならない最重要国家機密なのだ。

 

「恐れながら申し上げます。貴方の求める品は……差し出せません。しかし! 何か別の物ではいけませんか? 例えば私の――この籠手(ガントレット)は如何でしょう? 魔法が込められた国宝級の品です。価値は計り知れないかとっ!」

 

「う~ん、聖遺物級(レリック)かぁ……。しかも大した性能じゃなさそうだし、そんなもの貰ってもね~。世界級(ワールド)の代わりとしては百個あっても駄目でしょ」

 

 やれやれ、といった感じの声が後方から――又は真横から聞こえてきて冷や汗が出る。

 自然な動作で後方の“占星千里(せんせいせんり)”へ視線を向けるが、彼女はただ首を横へ振り、まったく探知出来ないでいる事を伝えてきた。

 横目でカイレ様の容体を確認するが、もはや一刻の猶予も許さない危険な状況に見える。

 決断するしかない――隊長は腹をくくり一か八かの一歩を踏み出す。

 

「申し上げる! 残念ですが仲間への解呪は諦めましょう。ただ……此の場は通してもらいたい! 対価としてこの籠手(ガントレット)は差し上げる! 如何か?!」

 

「えっ? 解呪しなくてイイの? それに貴方達を通すだけで籠手(ガントレット)くれるの? へ~、まぁ、私は構わないけど――」

「――良し、皆先に行け! 見知らぬ御方よ、見逃して頂き感謝する。もしスレイン法国へ足を延ばす事が有れば、その籠手(ガントレット)を兵士に見せてもらいたい。歓待出来るよう通達を出しておきます。では失礼!」

 

 手痛い損害――隊長はその場に残していく籠手(ガントレット)に、後ろ髪を引かれる想いであった。本来なら通行料のような名目で渡して良い防具ではない。あれは二度と手に入らない至高の品、スレイン法国に伝わる神々が残した宝物の一つなのだ。

 しかし、傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)の身代わりとしてなら安いものであろう。加えてカイレ様と隊員の命を救えるのなら迷う必要も無い。

 

「ばいばーい、気を付けてね~」

「はい、貴方様も――」

 

 隊員が十分先行したのを確認してから隊長はその場を離れ、仲間の後を追った。途中お気楽な別れの挨拶をもらったが、やはり何処から声を掛けてきたのか分からない。

 このような隠密能力を持った存在が傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)の価値を知っていたのだ。その上で見逃すと言うのだ。戦いになっていればどれ程の損害が出たのか――想像するだけで身の毛がよだつ。

 どれか一つでも選択を間違えていたなら、人類の護り手である我々が壊滅していたかもしれない。もしかすると、六大神の秘宝たる傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)を奪われていたかもしれない。

 幸運だった――強大なヴァンパイアとの遭遇戦で大きな被害を被ったのは不運だったのかもしれないが、撤退途中で全滅の免れたのは神の御加護があったからであろう。そうとしか思えない。

 ただ、スレイン法国の名を出したことは早計だっただろうか? 向かう方角から予想されたとは思うが、明言してしまった事が凶と出るか吉と出るか……。

 後悔は尽きない。

 

「た、隊長ぅ、――見えた、一瞬だけ見えたよ」

「なにっ?」

 

 合流した隊長を“占星千里(せんせいせんり)”は怯えと戸惑いの言葉で迎えた。

 

「二人じゃないよぉ、三人! 最初から三人居たんだよっ!」

 

 彼女が視たのは、籠手(ガントレット)を拾ってピョンピョン飛び跳ねる女性の姿だった。後の二人は木の上で確認、しかしあっと言う間に見えなくなってしまい――幻でも見たのかと自分を疑いそうになる。

 

「それでっ、何所まで読み取れたのです? 相手の力は?!」

「ふ、二人は難度九十前後だと思う……、でも下に降りてきた一人は……難度……ゼロ」

 

 一瞬聞き間違えたかと思ったが、その内容を理解すると駆けていた足から力が抜けそうになる。

 難度九十前後が二人なのは確かに問題だが、隊長たる自分――もしくは隊員数名で対処できる相手だろう。しかし難度ゼロとはなんだ? 生まれたての赤ん坊か? そんな難度にどうやったらなれるんだ?

 隊長は湧き出る疑問で思考を埋めてしまうが、当然その先にある結論は一つだ。

 難度ゼロであるはずがない!

 

「貴方でも見抜けないと言うのですか? それ程の相手だと?! やはり……戦闘を避けて正解でしたね。しかし……今日はなんという日なのかっ」

 

 出立するその時から困難な任務であることは理解していた。

 破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を支配下に置くという内容からして死者の一人や二人は想定の内。神器『傾城傾国』(ケイ・セケ・コゥク)を扱うカイレ様が居たとしても、無傷で帰国出来るという甘い考えは持っていなかった。

 それなのに、結果は目を覆いたくなるほど……。

 

「闇を纏った狼――吸血鬼の狼(ヴァンパイア・ウルフ)の襲撃、その直後に強大なヴァンパイアの強襲。即座に神器を発動したにも拘らず、手痛い反撃を受け完全に支配する事叶わず。更に拘束すら不可能で隊員を無駄に死なせた……」

 

 隊長は隊員に担がれている二つの遺体へ視線を向け、奥歯を噛みしめる。

 

「即時撤退とし、周囲を警戒しながら帰還していたにも拘らず待ち伏せ。カイレ様の容体を考慮すれば戦闘行為をする訳にもいかず、下手に出てすり抜けた。……いや、見逃してもらったと言うべきか? 相手は完全に姿を消していたのだ。我等に一撃を加えるぐらい容易いはずだろう」

 

「申し訳ありません、隊長。私が使役魔獣を周囲に放っていたというのに……」

 

 声を掛けてきたのは金髪の青年だ。

 通称“一人師団”、強力な魔獣を召喚し自由自在に操る獣使い(ビーストテイマー)である。

 

「いや、“占星千里(せんせいせんり)”と“一人師団”の警戒網なら万全と判断し、私が先を急ぎ過ぎたのが原因だろう。カイレ様の呪いの件でも焦っていたが、やはり斥候を出しておくべきだった」

 

 気を遣ったつもりが、隊長の言は「無能を信頼した私が馬鹿だった」と言っているに等しい。斥候の件も、そんな手間を掛けていてはカイレ様が助からないと一目瞭然なのだが……。隊長は少しばかり疲れているようだ。

 神人として強大な力を揮い、漆黒聖典の隊長として気を張ってはいたが、その重圧を支えるにはもう少しばかり年月が必要なのかもしれない。

 外面を誤魔化して大人っぽく振る舞ってはいるが、中身は年若き少年なのだから。

 

 漆黒聖典の隊長と隊員達は、言葉数少なく森を疾走し、スレイン法国への帰途へとついた。

 

 

 

 一方、十数名の強者達が駆け抜けた森の奥では、歓喜する女性の声が響き渡る。

 

「うっひゃー! 棚から牡丹餅! 何もしてないのにアイテムゲットだよー! 流石に世界級(ワールド)アイテムはくれないだろうとは思っていたけど、タダで聖遺物級(レリック)アイテムくれるなんて太っ腹! これってマイちゃんにピッタリだよ! もう素手で戦わなくても大丈夫だよ~!」

 

 パナとしては世界級(ワールド)アイテム所持者と遭遇したこと自体が、信じられない驚きであったと言える。此処がユグドラシルなら即座にギルメンを集結させてPvPを開始するところだろう。相手は一人を除き低レベルの集団だったのだ。世界級(ワールド)アイテムを奪取する機会としては絶好と言えよう。

 

「しっかし探知能力者って居るもんなんだね~。見つかった時は焦ったけど、話の通じるプレイヤーで良かったよ。またフェンリルみたいな神獣だったらと思うとゾッとしちゃう」

 

「でもパナさん、先頭の男性は凄く強そうに感じましたが……」

 

「うんうん、あれは駄目だよ。狂ったトレントより危険かもしれない」

 

 アイテムゲットに喜んでいるパナとは違い、ヴァンパイア姉妹は去っていった集団への警戒が緩んでいない。自らの生死に直結する相手だからこそ軽く扱えないのだろう。とは言え――アンデッドでも生存本能を刺激されるのだろうか?

 

「まぁ、結構イイ人みたいだったし気にしない気にしない。それにフェンリルと違って索敵能力が低かったから、いざと言う時は隠れて逃げちゃえばイイのよ。……でも、あのお婆ちゃん大丈夫かなぁ。籠手(ガントレット)で妥協して治してあげれば良かったかも? それにせっかく出会えたプレイヤーなんだからもっと話を聞きたかったなぁ」

 

 パナの脳裏には、いかつい筋肉ダルマに抱えられた血塗れの老婆が浮かぶ。

 一見しただけで命の危険がある重傷だと分かった。まるで大きな魔法の槍をどてっ腹へぶち込まれたみたいな――。

 

「たぶん世界級(ワールド)アイテムを奪おうとした誰かにやられたんだろうけど、あそこまでやっておいて逃げられたって……詰めが甘いな~。此処にウルベルトさんが居たらなんて言うか――、ぷにっとさんでも良い顔はしないだろうなぁ」

 

「あの~、先程から言われている世界級(ワールド)アイテムって何のことですか?」

 

「もしかしてパナちゃんが言ってた異世界に関係するアイテム? それって凄いの?」

 

 何のこと? 凄いの? ――そんな言葉を聞いたパナとしては黙っていられない。

 あのアイテム一つ手に入れるのに、どれほど苦労したことか……。世界級(ワールド)アイテムはギルドの自慢であり、ギルドメンバーの自慢なのだ。

 素晴らしい仲間が居なければ絶対に入手できない世界に匹敵するアイテム。其れを持っていると言うだけで、仲間に恵まれたギルドであることが証明される。

 

「こほん、アンもマイも良く聞いてね。世界級(ワールド)アイテムって言うのはね――」

 

 パナは語る。

 アインズ・ウール・ゴウンが勝ち得た、奪い取った、掠め取った十一個のアイテムについて……。二度と会えないであろう最高の仲間達について……。

 闇深き夜の森で――パナは嬉しそうに語った。

 

(あぁそういえば……あの長髪の隊長さん、手にしていたのは『入れ替えの槍』だったなぁ。別の場所に保管してある登録武器を、ワンアクションと合言葉で手元に装備出来る『入れ替えシリーズ』の一つ……だったかな? レア武器を持ち歩いてデスドロップしたくない場合は便利だったけど、入れ替えた後は元に戻せないからな~。使いどころが難しくて使用している人はあまりいなかった……。けど、何を登録していたんだろ?)

 

 ユグドラシルの武具を色々見ることが出来て、パナは少しばかり御満悦だ。加えてリグリットが言っていたプレイヤーにも出会えたので、ちょっとばかり興奮している。

 相手はすっかりこの異世界に馴染んでいる様子だったけど、その分多くの情報を持っていたに違いない。スレイン法国は異形種に厳しいと聞いていたので足を向けるつもりは無かったが、今後検討の余地はあろう。

 まぁ、この調子なら帝国内にもプレイヤーは居そうだし焦る必要も無い――か?

 

 

 ちなみに後日判明する事だが、瀕死のお婆ちゃん――カイレ様は死亡したそうだ。

 巫女姫が行う解呪の大儀式に、ほんの数分――間に合わなかったらしい。もちろん儀式を行ったとしても解呪できたかどうかも怪しいが……、ある一人の隊員は口にしたそうだ。

 あの時の足止めさえ無ければ助かったかもしれないのに――と。

 また当の隊長は、

 

籠手(ガントレット)を持ってスレイン法国へ来るがいい。その時は拘束して奪い返し、牢獄で歓待すると致しましょう。何者かは知りませんが――借りは返させて頂く!』

 

 はっきり言って逆恨みのような気もするが、まぁ仕方ないだろう。

 相手はそんな運命の下に生まれた堕天使なのだから……。

 




親切な人と遭遇して、仲良くなりました。
おまけに国へ招待してくれるそうです。
やっぱり同じプレイヤーとして親近感を持ってくれているのでしょう。
今からワクワクします。
どんな美味しい料理を振る舞ってくれるのでしょう。
お土産とかくれるのでしょうか?
タダでガントレットも貰えたし、期待が高まりますね。





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