堕天使のちょこっとした冒険 作:コトリュウ
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本作では微かな希望の光が見えてきたかも……。
狂った黄金。
厨二の英雄。
お子様ヴァンプ。
童貞食い。
レズ&ショタ。
調停者気取りのトカゲと老婆。
そして……へたれ堕天使。
あ、ああ、うん……、よかったね、おうこくばんざい。
「ほんと何かあったんじゃないか、って心配したんだから……」
「はいはい、御免なさいね。でも私達の仕事は急変するのが当たり前なんだから仕方ないでしょ」
「う~、なんだか扱いが悪いような気がするわ。すっごく心配したのに~」
頬を膨らませて可愛らしく怒る様も美しい、その女性はリ・エスティーゼ王国の第三王女ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ。『黄金』の名を冠する史上稀にみる美女であり、高い知性をも兼ね備えた羨むべき存在である。
そんな王女の正面に座っているのは親友のラキュースだ。
普段とは違うドレス姿ではあるが、身に纏う美しさはより一層その実力を発揮しており、『黄金』にも負けず劣らず輝きを放っている。
王女ラナーの隣に座っている――強引に座らされた――護衛のクライムからすれば、何度経験しても慣れない美女の競演であった。
「言ったでしょ、将来有望な冒険者と出会って色々面倒見ちゃったからだって――」
「パナさん……ね、でも貴方達『蒼の薔薇』が面倒を見るって何だか怪しいのよね~。……隠し事……してない?」
アダマンタイト級冒険者が王女の依頼を一時中断してまで、丸一日以上予定を遅らせてまで関わろうとする相手。それはとても疑惑に満ちた相手だ。
ラナーでなくとも詳しい話を聞きたいと思うだろう。英雄譚が好きなクライムも、優れた人物の話は聞いておきたいところである。
「ああぁ~んん~、だ、大丈夫よ、もうすぐ王都へ来るはずだから……。宮殿に直接連れてくるのは無理だろうけど、クライムが会いに行くことは出来るでしょうし――。聞きたい事があるならクライムに聞いてもらったら?」
「別に此処へ来ても構わないと思うけど……。ティナさんとかティアさんは普通に来ているじゃない。パナさんは女性なんでしょう? それなら『蒼の薔薇』の新しいメンバーとして連れてくれば大丈夫よ、ねっ」
王城への出入りが認められているのはアダマンタイト級として顔が知られているからであり、十分な実績と信頼を勝ち得ているからなのだが、そこに新たなメンバーだからと言って見知らぬ人物が姿を見せても当然ながら認められるわけがない。
と言うよりラキュース達でさえ眉を顰められ、歓迎されていないのが現状なのだから無理があるだろう。リーダーの身分が貴族であるからこその特別扱いなのだ。
ラナーがその事に気付かない訳もないのだが、同性ですら魅了する美しくも可愛いニコニコ笑顔の王女様は――まったく気に掛けてもいない様子である。
「そんな事より本題に入りましょう。村の位置は特定できそうなの?」
「ええ、いくつか候補があるから、まずは現地へ出向いて確認して欲しいのだけど……。大丈夫?」
「今更何を言っているのよ。それはまぁ冒険者ギルドからは睨まれるだろうけど、此処で引き下がる訳にもいかないでしょ。さぁ、やるわよ!」
「……ありがとう、ラキュース」
親友の心意気に感動し、瞳を潤ませる心優しき王女様。
護衛として、主を慕う一人の男として――傍に仕えるクライムは、民の身を案じ友へ感謝を捧げる聖女のごとき主人の美しさに、全身全霊を掛けて御護りしようと固く誓うのであった。
◆
何時も利用している宿屋の最上階――さらにその上の屋根に登り、耳に手を当てて頭の奥へ意識を向ける。
イビルアイが受け取った
「どうしたんだリグリット! 何があった?」
『すま――がパ――王都へ送――る事は叶わ――。トブの大森――題が発生し――じゃ!凶悪な魔――いや――が現れた! 難度は――を超えるじゃろ――のままでは人類が――亡する!』
「おい! 何を言っている? どうしたんだ?!」
『儂は最――希望に会って――。お前た――王都で――ナと合流――危機に備――るんじゃ! 頼――ぞ!』
「おい、ばばぁ! …………くそっ、一方的に喋るだけ喋っていきやがって」
屋根の上で憤るイビルアイは、仮面の奥でどんな表情をしていたのだろうか?
言葉遣いは荒く偉そうな事この上ないが、体格が小さな女の子でしかないので、可愛らしい我儘を振りまいているようにしか見えない。
そう――とても恐ろしいヴァンパイアであるとは思えない、本当に……。
「はぁ、こっちの
「お~、イビルアイ。あの婆さん何だって? 問題発生か?」
文句を言いながら一階の食事ができるスペースまで下りてきたイビルアイは、一番奥の丸テーブルを占拠している大柄な戦士に声を掛けられた。
同じテーブルには、長い髪を青リボンで結んだ細身の女性が一人。他のメンバーは何処かへ出向いているようだ。
「何かトラブルがあったのは間違いなさそうだが、よく分からん。どうもパナの奴を王都まで送って来れないような……そんな事を言っていた感じなんだが」
「おいおい、マジかよ。アイツ王都まで来れんのか? 絶対問題起こすぜ」
「同意、私が迎えに行こうか?」
イビルアイは仲間の言葉に「その通りだな」と同意し、続いて「必要ない」と否定する。
「パナも一応は冒険者になったんだ。迷子の子供扱いは止めるべきだろう。王都までの道のりぐらい自分で何とかしてもらわんとな」
「なんだ~? 先輩風ふかしてんなぁ。そんなナリで偉そうにしてると、またオッパイ揉まれるぞ」
「うんうん、今度は私にも揉ませろ」
「お前ら! 少し黙れ!」
女が三人寄れば姦しいとは言うが、其れはアダマンタイト級であっても変わらないようだ。周囲の冒険者からも「またやってる」と生暖かい視線が送られている。とは言っても王都における最上級冒険者である事に変わりはないので、誰も侮るような真似はしない。
ただ変人の集まりだと、何かに秀でる者にはやっぱりおかしな所が有るな――と思われているだけである。
「まぁんな事より、例の村は特定できそうなのか? リーダーはなんて?」
「ああ、昼には戻ってくるからその足ですぐ出発すると言っていたぞ」
「鬼ボス酷い、少しは休ませてほしい」
「しゃーねーなぁ。村自体は逃げねーけど俺達の動きは早晩気付かれるだろうから、必要な情報とかを隠匿される前に押さえねーとな。今の時点でも数日遅れているんだからよ」
一番いい加減な事を言いそうなのにも拘らず、マトモな意見を吐いてくる大柄の戦士ガガーランに対し、イビルアイは「お、おう」としか言えなかった。
たまに真面目になるから困る――仮面の子供と忍者娘の心情はそのようなモノであったのかもしれない。少し酔っている方がマシに見えてしまうのだから頭の痛いところだ。
「急ぐ必要があるのは分かっているさ。……それはそうとティナの奴は買い物でも行ったのか? ラキュースには付いて行かなかったんだろ?」
「うん、買い物は買い物。隠密看破のマジックアイテムがないか探しに行ってる」
「おいおい、パナ対策ってか? ありゃ~無理だと思うぜ。次元が違うだろ」
ガガーランの脳裏には、初めて目にした瞬間の黒い羽が浮かんでくる。
「いや待て、そうとは限らんぞ。隠密看破ではなく設置型トラップならどうだ?」
「なる~、パナは戦闘に慣れていない。そこに付け込む」
「初見の相手なら背後に回る癖があるからな。自分の後ろにトラップを設置しておけば……」
ガガーランの言うように、どんなに速く動く相手でも静止する瞬間は必ずある。『蒼の薔薇』のような熟練した使い手になると、付け込まれ易い危険な瞬間を気取られないよう工夫するものであるが――パナは違う。
圧倒的な実力の所為か、はたまた実戦経験が少ないのか、次の行動が非常に読みやすく、戦時における癖のようなものを看破する事が可能なのだ。
だからこそトラップは有効かもしれない。
「いける……かもしれんな。トラップの効果がどこまで効くのか不安ではあるが……」
「大丈夫、闇渡りの時間さえ稼げれば背後を取って勝てる」
「なんだ~? 今度はティアが腕試しするつもりなのか? 止めとけ止めとけ、アダマンタイト級が
「む、私が負けると思ってる? ガガーランの冗談は笑えない」
刃のように鋭くなった瞳を仲間に向け――頬を膨らませる忍者娘の姿は、本気で怒っているのかフリなのか分かり難い。
もっとも仲間ならばこそ理解しているのであろう、ガガーランは酒の入ったカップを片手にニヤニヤ笑うだけだ。
「――あら? なんだか楽しそうね。何の話をしているの?」
「おっ、鬼ボスお帰り~」
「よぉ、姫さんとの打ち合わせは上手く行ったのか~?」
「帰ってきたかラキュース、……ちょっとパナの対策会議をしていてな。設置型トラップを使えば勝てそうだと言っていたんだが、お前はどう思う?」
食事処兼宿屋である一階の正面扉を開けて入ってきたのは、ドレスではなく純白の鎧を着込んだ絶世の金髪美女ラキュースであった。軽く馴染みの冒険者へ挨拶を交わすと、真っ直ぐ仲間の居るテーブルへ向かい話題の中へ入る。
「パナさん対策って、どうして戦う前提なの? 同じ冒険者の仲間だっていうのに」
「ボスは甘い、仲間であると同時にライバル。
「確かに商売敵ではあるよな。どうせアイツはアダマンタイト級まで上がってくるだろうし、依頼の取り合いになるかもしれんぜ」
「それ以前に強者に対する対策は必須だ。お前の叔父だって、リグリットだって昔言っていたじゃないか?」
イビルアイの語る人物は現アダマンタイト級冒険者と、元アダマンタイト級冒険者だ。二人のアダマンタイト級から言われていた忠告を思い出してしまうと、ラキュースとしても反論し難い。
「うぅ、それは、そうかもしれないけど……。ってそれより出発よ出発! ラナーが候補の村を選び出してくれたから確認に行くわよ」
形勢不利な会話を取りやめ、ラキュースは本来の話題へと切り替える。
王女ラナーに麻薬を栽培しているであろう村々の位置を割り出してもらったのだ。今からその場所へ行って、実際に麻薬が栽培されているのか、守備兵の規模は、村民の数は、そして――壊滅させる為の手筈はどうするべきか等々、調査しなくてはならない。
「まだお昼前、お腹減った」
「人使いが荒いな~、俺達は今朝帰ってきたばっかりだぜぇ」
「まったく、正義の味方は大変だな」
「あっ、そ、そうね。私……ちょっと急ぎ過ぎたかもしれないわ。皆も疲れているでしょうし、確認だけなら私一人で――」
貴族たるラキュースにとって王都の腐敗は我が事のようなものだ。出来得る限り膿を除去して、健全な王国を取り戻したいと思っている。だがその想いに『蒼の薔薇』の仲間達を巻き込むのは筋が違うと言えるだろう。
王女から少なからず報酬が出るとは言え、アダマンタイト級に対する正当な価格かと言うとそうではない。半分ぐらいはラキュースの義憤によるところが大きいのだ。だからこそ仲間達に無理をさせる訳にはいかない。其れはリーダーとして絶対にしてはいけない自己中心的行為である。
「なぁ~に言ってんだ、このリーダーさんはよぉ。真面目か?」
「昼飯ぐらい移動中に食える。問題ない」
「ふん、ちょっとからかっただけだ。麻薬の撲滅を望んでいるのはお前だけではないんだぞ」
お決まりのパターンとでも言うかのように、仲間達からは笑いが漏れる。
そう――今までラキュースが暴走しそうになる度に、ガガーランやイビルアイが少しだけ文句を言ってブレーキを掛けていたのだ。もちろんからかうと面白い、という理由もあるだろうが……。
まぁ、何にせよ『蒼の薔薇』は今日も平常運転という事である。
「もぉ~みんなして~。……ふふ、ありがとう、感謝してるわ」
お互いに理解し信頼しているからこそ、スムーズに出立の準備へと取り掛かれるのだろう。と言うより、即座に動き出すだろうと予想してある程度整えていたのだから、ものの数分で全てが完了してしまう。まさに阿吽の呼吸というヤツだ。
「さてと……それじゃ~行くわよ! って言う前に一人足りないわね。ティナは何処? 部屋に居るの?」
「あ~忘れてた~、置いていくところだった~」
「演技下手くそかっ、リーダーの突っ込みを待っていたのがバレバレだろ」
「やれやれ、ティナなら市場へ行ったらしいぞ。私が呼びに行こう、お前達は馬の用意でもしておいてくれ。――正門で合流しよう」
「分かったわ」
てけてけ、と駆けていくイビルアイを見送り、ラキュース達は荷物を背に動き出した。
今回の任務は下調べではあるが、途中でどんな邪魔が入るかも分からない危険を伴うものでもある。今のところ『蒼の薔薇』が介入している証拠を残してはいないが、気付かれるのも時間の問題だろう。
麻薬の栽培拠点たる村を特定すれば、次は撲滅作戦が開始される。そうなれば麻薬流通を担っている犯罪組織が本腰を入れてくるはずだ。戦闘は避けられない、人死にが発生する事態になるだろう。
しかしそれでも退く訳にはいかない。
親友のラナーの頼みだからとかそんな理由ではないのだ。ラキュース自身、王都を腐らせている麻薬に――犯罪組織に、激しい怒りを覚えているのだから……。
(これでパナさんが王都へ来て、私達に協力してくれるのなら何も言う事は無いけど……、少し都合が良過ぎるかしら?)
ふと、出会った英雄の顔を思い出し、ラキュースは小さな希望に火を灯す。
王国に於いて国の為に戦っている人員は少ない。国王ですら力を持つ貴族の顔色を窺い、勢力天秤を傾けないようその場しのぎの方策を打ち出しているだけだ。それがゆっくり国の寿命を削っているのだと、知っているにも拘らず……。
(今は一歩一歩、自分の成すべきことを成すしかないわ。大丈夫、私には信頼できる強い仲間がいるのだから――)
未来は明るい――そう信じてラキュースは踏み出す。
王国民を蝕む悪しき麻薬を撲滅する為に、甘い汁を吸って肥太る犯罪組織を壊滅させるために。
丁度その頃、王都の正門では今にも倒れそうなほど疲労した早馬が、エ・ランテル近郊で起こった農村襲撃に関する第一報を運んできていた。
その報告に何が書かれていたのかは分からない。情報は秘匿され、中身を知る者は王族貴族の一部のみと制限されてしまったのだ。
帝国騎士によって引き起こされた損害とその正体。
王国戦士たちの死傷者。
戦士長の安否。
天使を操る特殊部隊の消息。
そして――謎の
なんだか世界が動き出したような気配がする――何処か遠くで白銀の鎧を着込んだ騎士がそう呟いた。
ただその者の兜の奥には、呟くような口も、世界を見定める瞳も無い。
何も無い。
にも拘らず、鎧の騎士は未来を憂うように遠くへ視線を飛ばす。その先にあるのはスレイン法国だ。
人類の守護を気取り、亜人や異形種を狩り殺す宗教国家。人類を護る為なら人類すら殺す、異常とも思える信仰に縛られた危うい狂人達。
世界の天秤が傾くとしたら間違いなくスレイン法国が関わっている事だろう――鎧の騎士はそう思わずにはいられない。だからこそ監視の目を強めているのだ。
この世界に無いモノでこの世界を壊さないように……。
この世界の原理を歪めて天秤を壊さないように……。
鎧の騎士はふと、遠くから拠点に居る自分を呼ぶような――懐かしい誰かが
あっちこっちでキナ臭くなっていますが、
モモンガさんはハムスターと戯れております。
ほのぼのとした癒しの一時でありますなぁ。
……でも、よく考えればこの物語――。
エンリ、ネム、ンフィー、ニグン、漆黒の剣、カジット、クレマン等々。
誰一人として出てきませんね。
これでイイのだろうか?